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律儀にフラグを回収して帰国する事になりそうです(2)




 一目見ただけで分かる豪華なホールを前に私はがっくりと淑女ならざる仕草を取りなくなるのを必死に我慢していた。

 表情は完全に引き攣っているだろうし、笑顔を保てているかすら謎である。

 目の前に広がる絢爛豪華に飾られた舞台が断頭台に見えてくる。

 あれ? 私今から処刑されるのでしょうか?


「<あ、はは。ある意味公開処刑だよねぇ>」

「<お、おい。落ち着け? な?>」

「<え? 何言ってるの、クロイツ? 私、落ち着いてるよ? ただ目の前の舞台までの道が断頭台までの道に見えるだけで>」

「<それ、全然落ち着いてねーよ!>」


 クロイツの焦った声に「(あー。戦闘中でも無いのに、此処まで焦ったクロイツの声も珍しいなぁ)」などと思ってしまう所、今の私は相当マズイ状態にあるらしい。

 いや、分かってるけどね?

 立場が逆なら同じ事考えて、同じような事言うだろうし。

 けどね? 仕方ないと思うの。

 まさか、こんな状況になるとは欠片も考えていなかったのだから。

 

 どうして私は帝国に来てまでヴァイオリンを演奏しなければいけないのでしょうかね?


 こうなったのは、多分帝国が芸術の国と言われている事とお兄様の迂闊な一言のせいだと思います。

 ――幾ら敬愛するお兄様でもこの仕打ちは酷いです。

 その内、何かしらの仕返しはさせて頂きますからね! ――嫌いな食材をこっそり多めに盛ってもらう事ぐらいしか思いつかないけど。


 今回の波乱の帝国遊学に対して一番焦っているのは当然皇帝陛下である。……いや外交官とか外交省が倒れそうな程青ざめているだろうけど。それは省くととして。

 皇帝陛下とうよりも帝国のトップとして一番難しい舵取りを迫られているのは皇帝陛下である。

 被害者が一番身分の低い私だとしても、これでも宰相の娘であり公爵令嬢である。

 国家間の貸し借りの問題は解決したとしても、私個人の心の傷はまた別問題であると考えられているのだ。

 実際の所、私は一切心に傷など負ってないし、危害を加えられるたびに倍返しといわんばかりにやり返している。

 だから、別にその点は全く問題無い。

 むしろ私と共に誘拐されたアーリュルリス様の御心を案じるべきであると帝国の人達に言いたいぐらいである。

 とは言え、そんな規格外の令嬢は私くらいのもんである。

 つまり本来の貴族令嬢ならば、帝国での一連の出来事は心に多大な傷を負い、塞ぎ込んでも致し方ない。

 残りの帝国滞在を引きこもりとして過ごしても文句は言えないレベルらしいのだ。


 そもそも普通の令嬢ならば、今頃こうして生きているかも謎な気がしないでも無いが、そんな最悪の状況は誰も想像したくないものである。

 当然、私も最終的に帝国と王国が戦争、なんて事になったら困るので、規格外の令嬢でよかったと思わなくもない。

 ――別に自己肯定のための武装理論ではないですよ? 多分ね。


 心に傷一つ負ってない私だが、力説されるとピンピンしている事が申し訳なくなってくるのだが、心が欠片も傷つけてないのに演技するのも悪い気がするから困ったものだ。

 ここは「規格外でごめんなさい?」と謝るべきか?

 って、どうして私が謝らないといけないのだろうか?

 何て訳の分からない事になっているのが私の現在の状況である。

 帝国の上層部は私がアーリュルリス様と『同類』である事は把握しているはずだ。

 だが、あくまで帝国の基準はアーリュルリス様なのである。

 私は自身が『日本』でも規格外扱いであった事実を知っている。

 外見、身体能力のスペックはともかく精神構造的には決して“普通”ではなかった事を自覚しているし、今世でもその精神構造をほぼそのまま持ち込んでいる。

 まぁそれは“キースダーリエ”も根幹は同じだからこそなのだが。

 そういった内輪の話を知らない帝国にとって、「アーリュルリス様が同じような仕打ちを受けた場合どうなるか?」が帝国の基準である以上、私の心の傷を心配するのは致し方ないの事と言えなくもない。

 事件が起こってしまった過去はもう変える事は出来ない。

 ならばどうするか?

 そこは帝国らしく音楽や絵画、そういった芸術方面で心を慰めるしかない、と思い至ったらしい。

 帝国らしいと言えばらしいと思うので、そこまでは全く問題はないのだ。

 私とて別に音楽鑑賞や絵画鑑賞が嫌いな訳じゃない。

 観劇などなら喜んでお誘いに乗っただろう。

 だが帝国側は私がか弱い? 普通の令嬢であると想定して慎重に事を動かしたいと考えた。

 つまり私の好みを探る、というか私がそういった方面に対してどれほど知識があり、どれほど興味があるのかを知りたいと考えたのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが私のお兄様である。

 私とお兄様の仲が良好である事は帝国に来てからの短期間でも見ていて分かる程だったらしい。

 まぁ私とお兄様も隠しているわけじゃないから当然と言えば当然である。

 と、いう事で帝国の人達はお兄様に私のそういった方面の事を聞いたらしい。

 此処までは、まぁ問題が無いと言えば問題が無い。

 気を使いすぎだと思うのは私が全く傷ついていないからであり、傷ついた令嬢を慰めるなら必要な慎重さなのだという事も分かる。

 

 ん? という事は帝国には問題はないのかな?


 と、云う細やかな疑問はさておき。

 お兄様は最初こそ帝国の人達に対して当たり障りのない答えを返しくれていたらしい。

 けどお兄様は意外にうっかりな所をお持ちだったようで、音楽に関しての私の弱点ともいえる部分をウッカリ忘れてしまっていたらしいのだ。

 だからかあっさり言ってしまったらしい――「妹は演奏者としての腕前もなかなかなのですよ」と。

 お兄様が忘れていた事……それは私の演奏が身内限定にのみ「巧い」と称されるモノである事である。

 技術的な問題は無い。

 そこだけは家庭教師にもお墨付きを頂いている。

 問題となるのは私が心を許している存在以外の前では一切音に感情が乗らない事だった。

 はっきり言って身内以外が居る場所での私の演奏など『オルゴール』の方が優秀なのでは? と言われる程無機質な代物に成り下がってしまう。

 決して人様にご披露出来る代物ではない。

 お兄様もうっかり言ってしまった後にその事を思い出してくれたらしいのだが、時は遅し。

 その頃には帝国側も私の腕前に興味を持ってしまっていた。

 しかも殿下達までも興味を持ってしまっては、もはや止めようがない。


 あのー、今回の企画って私に対する心の慰めという名目だったのでは?


 そんな風に突っ込みをいれても私には許されると思う。――あまりに言い方が俗っぽくて心の中でしか突っ込む事も出来ないのだが。

 やっぱり帝国の人間は大なり小なりこれと決めると一直線な気質を持っているらしく、その後はお兄様のお話が聞き入れられる事も無く。

 

 あっという間に企画は整ってしまい、私はこうして舞台までの道の前で珍妙な表情で立っている事となっているのである。


「<お兄様。王国に帰ったら覚悟しておいてくださいませ>」

「<おっ? ブラコンのオマエがオニーサマに何かすんのか?>」

「<帰ったらシェフに頼んでキャロットを山ほど食べて頂きます!>」

「<って。それ仕返しか? そしてあのオニーサマはニンジン嫌いなのかよ>」

「<巧妙に隠してるけど、私にはお見通しです。生のまま食べて下さいませ>」

「<オマエのニーサンは兎か>」


 私の右手を掴んでエスコートして下さっているお兄様の腕をぎゅっと掴むと小声で「すまない」と返された。

 心底すまなさそうな顔をなさるお兄様に一瞬だけ絆されそうになる。

 けど、ぐっと歯を食いしばって耐える。

 私は復讐を諦めません。

 ええ、諦めませんとも。

 生のニンジンスティックを食べて兎さんの気分を味わって下さい。

 な、泣いても許しませんからね!


「<……その後ニンジンケーキを食べて頂きますからね!>」

「<それはお仕置きか? ご褒美か? どっちだ?>」

「<勿論! …………仕返しですとも!>」

「<悩んでいる所、怪しいもんだな>」 


 クロイツさん、だまらっしゃい。

 幾らお兄様が「ダーリエのキャロットケーキなら食べられるよ」と言っていたとしても、ニンジンはニンジン。

 ニンジンが御嫌いなお兄様に対する仕返しには違いありませんわ!


「<で? オマエの仕返しもどきの事はともかく、この場はどーすんだ?>」

「<仕返しもどきとはなんですか! じゃなくて……どうしようもないよね?>」


 私はこれから盛大に恥をかきに行くのですよ。

 未だに目の前の舞台が断頭台に見えますが、致し方ありません。

 『旅の恥は掻き捨て』っていいますもんね。

 いいでしょう。

 技術だけは認められた私のヴァイオリンをとくと聞いてくださいませ!


「<あー、うん。ガンバレ>」


 クロイツのやる気のない、というよりも心底同情した後押しに内心思う所がありながらも私は一歩を踏み出すのだった。




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