律儀にフラグを回収して帰国する事になるようです
アーリュルリス様と私を誘拐拉致した事件はかなり大きな事件として扱われる事になった。
そりゃそうだ。
自国の皇族と他国の賓客を誘拐して、場合によっては害そうといたのだから大きくならない訳がない。
だからとばかりは言えないが、事件は徹底的に洗われ関係者は皆罰せられるという話だ。
捜査は難航するかと思ったけど、意外とそうでもないらしい。
結局最後の時まで私には名乗らなかった、名前も知らない参謀の位置付けに居た男は、特に抵抗する事無く全てを話している、かららしい。
誰から聞いたのか、情報を持ってきてくれたマクシノーエさん曰く「気持ち悪いくらい素直に話している」とのこと。
私が最後に見た男は魂が完全に抜け、心が折れていたが、もしかしたら未だにそのままなのかもしれない。
とは言え、男が素直に供述している御蔭で関係者は次々に捕縛されている訳だから、男の「膿を出す」という目的は達成される事になるのだ。
今後男自身がどうなると男にとっては本望だろう。
自己犠牲型の英雄願望に巻き込まれた身としては、面倒だったとしか思えないけど。
何はともあれ、事件は未だに捜査中だろうし、それに伴い王宮内も慌ただしい。
これだけ大きな事件となると、もしかしたら私達の遊学も期間が短くなるかもしれない。
「<ってかよ。今までの事を考えると、テーコクとオーコクの力関係が崩れるんじゃねーか?>」
【念話】でのクロイツの突っ込みに私は苦笑する。
クロイツの言いたい事はよく分かる。
幾ら被害者の私が「大事にしたくない」と言っても、もはや一個人の話ではなくなっている。
正直言ってこうなると帝国と王国の間のパワーバランスが崩れても可笑しくは無い。
と、私も思っていた。
けど、どうやら、そうでもないらしいのだ。
「<いやさぁ、それが大丈夫らしいんだよね>」
「<は? いや、このまんまだと今度はオーコクが舐められるんじゃね?>」
私もクロイツとまるっきり同じような事を疑問を抱いた。
抗議は勿論しなきゃいけない。
幾ら遊学している中で一番身分が低く、代わりが効くとはいえ、私が公爵令嬢である事は事実なのだ。
そんな私が、言ってしまえば帝国の御家騒動に巻き込まれて様々な被害にあった。
王国としては抗議しないで甘んじるという事は帝国を上に見ていると宣言するようなものだ。
対等であるからこそ保たれる平和というものが存在している以上、舐められる対応は出来ない。
だから王国として抗議はしている。
帝国に来てからの一連の出来事はそんな事ばかりだから、積み重ねると大きな借りとなってもおかしくはない。
そりゃ今度は帝国よりも王国が上、なんておかしな事を考える輩が出て来たとしてもおかしくはないし、真っ当な貴族でも多少帝国に対して強気に出れると考えても仕方ないだろう。
本来ならば、らしいのだが。
マクシノーエさんが教えてくれた事を思い出して、私は小さくため息をつく。
「<それがさぁ。王国って先代国王の時に帝国に凄い借りがあったんだって>」
「<はぁ?>」
驚くよねぇ。
私も聞いた時は驚いたし。
先代の国王陛下。
現国王の父君に当たる御方は名君とまでは言われていないが、平穏な治世を敷いていた、可もなく不可もなくな御方だったらしい。
私としても先代王国陛下の事は殆ど知らない。
王国史を勉強した際も特に変わった憲法を施行したという話も聞かないし、勿論悪政を敷いた話も聞かない。
引っかかると言えば国王の地位を譲渡するのが早い、という事ぐらいだ。
だが、そこら辺の事も含めて、一般人には知られていないが、色々あったらしい。
その際、帝国には大きな借りを作ってしまったとの事。
現在帝国と王国が対等であるのは現皇帝が穏健派であり戦争のデメリットをきちんと理解している理知的な方である事と現国王の手腕によるものらしいのだ。
「<帝国貴族がやたら王国を見下していたのも、実際そこら辺が関係しているらしいよ>」
「<ふーん。そういや対等の国力だってのにみょーに上から目線だったな、アイツ等>」
「<うん。どうも帝国貴族の一部にはその「借り」とやらを足掛かりに全てを統一して唯一の大国として君臨するべきっていう強硬派がいるんだって>」
「<うへぇ。一体どんな借りなんだよ、そりゃ>」
「<さぁ、そこまでは>」
確実にお父様は知っているだろうけど、聞く気は無い。
まぁ気にならないのか? と言われると悩む所だけど。
ともかく、実は既に先代の時に微妙にパワーバランスが崩れていたし、五月蠅い貴族は結構いたらしい。
そんな中、私に対する様々な事件が起こった事で、今度は帝国が王国に大きな借りを作る事になった。
だからまぁ、最終的にはお互いの借りで相殺って形で元の対等の関係に戻るんじゃないだろうか、というのが大方の予想となっている……らしい。
王国にとっては嬉しい誤算で帝国にとっては――正確に言えば帝国の強硬派にとっては――残念な結果である。
皇帝筆頭に穏健派としては借りを惜しむのではなく、結果的に自国のやらかしが帳消しになるのでもろ手を挙げてとはいえずともまぁまぁ満足な結果らしい、という話だ。
――私としては此処まで明け透けに、しかも詳しい情報付きで話してくれるマクシノーエさんが怖いのですが。
マクシノーエさんって実は私の事あまり子供扱いしてないよねぇ。
いや、自業自得の部分が大きいから今更なんだけどね?
とかく、色々な事情により帝国と王国の間に大きな溝が出来てしまうという状況は避けられそうである。
それだけは良かったと素直に喜べる事である。
「<私としては大国同士の戦争なんて冗談じゃないと思っているから、これで対等に戻るならいいなぁとは思うけどね>」
「<オマエ、オーコクに戻ったら英雄になれんじゃね?>」
「<上層部にとっての? 冗談じゃないから>」
色々な事に巻き込まれ過ぎて、お腹一杯です。
休暇のための遊学のはずなのに、一切休めていないとはこれ如何に?
「<それにしても、この世界も案外ギリギリの上を保っている平和だったんだねぇ>」
「<あー『ゲーム』だともう数百年も戦争をしてねーって話だったんだったか?>」
「<うん。王国史を読んでもずっと戦争はしていないって書かれていたし>」
内乱や小さな小競り合いはあったらしいし、王国と帝国の他にも国は有るから、戦事が一切無かった訳じゃないらしいけど。
少なくとも『ゲーム』の中のモノローグでは『不穏な気配もなく、平和が続いている世界』というくだりがあったはず。
それがまさか帝国と王国の間が微妙な関係だったとは。
『ゲーム』では一体どうやって解消していたやら。
それとも解消されていなかったのかねぇ。
『ゲーム』には帝国に人間は出てこなかったと思っていたけれど。
案外『続編』でもあればそこら辺の詳しい話も出て来てたのかもね。
「<ま。最終的にパワーバランスが崩れず戦争が起こらないなら何でも良いけど>」
「<成り行きの結果だけどな>」
「<一応誰も怪我してないから良しって事にしておく>」
後は平和に遊学の残りを消化できるならね!
そろそろ遊学らしい事がしたいです。
「<けど、大変不本意とは言え殆どフラグは達成したし、後は穏やかに過ごせるんじゃないかな?>」
「<まーな>」
「<後は平穏に残りの帝国滞在といきたいもんだよねぇ>」
「<音楽やら芸術やらを鑑賞しながらか?>」
「<それもいいねぇ。後は見れる範囲で本とか読みたい。特に帝国特有の魔法とか、魔道具とか書いてるやつ>」
芸術にも無関心という訳では無いけど、私とってはそっちの方が興味を惹かれます。
魔道具はともかく魔法に関しては結構国の特色ってありそうだしね。
別に音楽鑑賞とかも嫌いじゃないし、帝国は芸術の国と謳われるし、そんな国の一流の演奏だ。
さぞかし聞きごたえがありそうだから一度くらいは鑑賞したいもんだけど。
さぞ、王国とは趣の違う演奏を聞かせてくれる事だろう。
「<ん? 音楽?>」
「<どーした?>」
「<えぇと……うーん? 音楽に関しては何かフラグっぽい事があったような?>」
「<あ? んなもんあったか?>」
今、頭をちらっとよぎった気がしたんだけど。
「<気のせいかな?>」
「<じゃね?>」
「<そうだね>」
ざっと考えても出てこないし、勘違いかな。
最近フラグ立てては達成していたから、フラグ立ててた気になってたのかも。
「<うん。気のせいだね。これで平穏な帝国滞在できそうです>」
「<あんま念を押さない方がいいんじゃね? それこそまたフラグが立つぞ>」
「<そりゃ勘弁してほしいわ>」
クロイツの言葉に肩を竦めると私はそれなりに晴れやかな気分で部屋を出るとお兄様の元へと足を進める。
お兄様に呼ばれていた事を思い出したのだ。
そういえば、お兄様からお話って一体なんだろう?
特に改めて呼び出されたまでのお話なんてないと思うんだけど。
部屋に来てほしいと言った時のお兄様のお顔を思い出して私は内心首を傾げるのだった。