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長い夜(5)



「<リーノ!>」


 停止した思考を叩き起こしてくれたのはクロイツの一喝だった。

 それに意識が急速に動き出した私は心の中ででクロイツに礼を言うと男に向かって手を突き出す。

 全てを投げ出すにはまだ早い!


「【Wand-ヴァント-!!】」


 胸を飾るペンダント兼魔道具の【解放の言葉】により私達を障壁が囲う。

 それとはほぼ同時に壁とナイフがぶつかり甲高い音が部屋中に響き渡る。

 障壁よりきた衝撃に仰け反った男は突然の障壁の存在に目を見開いていた。

 だが、直ぐに魔道具の存在に思い当たったのか、剣呑な眼差しで私を見下ろしていた。


「魔道具とは小賢しい真似を」

「あら。貴族令嬢たるモノ、身を護る物の一つや二つ持っていてもおかしくはないでしょう?」


 とはいえ、この部屋に魔道具が置いてなくてよかったと内心だけで呟く。

 同系統の魔道具の同時使用は出来ないというのが現在の「常識」なのだから。……実際、私も未だ成功例を見た事が無い。

 男はもはや表面も繕えないのか舌打ちすると再びナイフを振り上げる。

 未だにアーリュルリス様が私を庇っていると言うのに、振り下ろされるナイフに迷いは見られない。

 会話は多少成立はしている。

 だが男にはもはや正気など残っていないのだろう。


「(別に男のナイフなんて絶対通らないけど。今の内に中級魔法の障壁でも張っておくべきかな? と、なるとアーリュルリス様には後ろに下がってもらって……あれ? あー、アーリュルリス様から反応ないと思ったら、気絶していたのか)」


 仕方ない。

 どう考えても咄嗟の判断だったみたいだったし、彼女自身修羅場の経験が豊富という感じには見えなかった。

 先程までの緊張状態と良い、よく今まで持ったと言った方がいいのかもしれない。


「(私も元騎士が何をしでかすか分からず、相当気を張って……待って?)」


 皇女サマはアーリュルリス様に執着していた。

 だから元騎士はアーリュルリス様を護る様に動いていた。

 じゃあ今、こうしてアーリュルリス様がいてもナイフを振りかぶる男を前に元騎士が取る行動は?


 はっとして私は男を見上げる。

 勿論男が目的ではない。

 男の背後こそが目的なのだが、男を素通りして後ろを見た途端、私は自身の考えが間違っていない事を知る。

 男の背後に存在している人影が男に対して剣を振りかぶっているシルエットが見えたのだ。


「(しかも! その腕の振りは!?)」


 このままでは惨劇が起こる!

 止めようと焦っていた私に右手にある腕輪が目に飛び込んでくる。

 レアアイテムの腕輪であり、宝石の色は「青」

 これは水の加護があるという事を指し示す。

 ならば……。


 もはや考えている余地など無い私は咄嗟に右腕を突き出す。


「【我が魔力よ 変異し敵を倒す力となれ! 我が願うは敵を貫く鋭き水の集い! 水の刃よ 敵を貫け! Wasser-ヴァッサァ-】」


 繊細なコントロールが出来る程の余裕は今の私には無い。


「(けど水の加護があるなら今ならもしかしたら!)」


 私は難易度は上がる事は承知の上で、詠唱と共に風の精霊に希う。


「(【風の精霊よ! 私に力を貸して! 全てを吹き飛ばす大風となりて敵を吹き飛ばせ!】)」


 脳裏に過ぎった最悪の展開を回避するための最善の手を!


 もはやそれは策というよりも願いに近かった。

 結界から突き出された手から作り出された水は槍となりシルエット……元騎士の剣を弾き飛ばす。

 同時に【精霊】の力で男達は壁際まで物凄い勢いで吹き飛んでいった。

 だけど、まだこれで終わりにでは出来ない。


「クロイツ!! 元騎士の男を拘束して!!」

「おう!」


 私の命により影から出て来たクロイツが私の魔力を使い大きくなるとそのまま元騎士の男に体当たりする。

 攻撃を食らったと言うのに既に立ち上がりかけていた元騎士は流石にクロイツの事までは想定外だったのだろう。

 クロイツの攻撃をもろにうけ、再び地に臥せった。

 その上にのしかかるクロイツ。

 これで元騎士は無効化されただろう。


「(長く持つかは分からないけど)」


 一時的な危機の回避により思考は戻って来たけれど、次の手を考えている暇が与えられるとは思えない。

 身体能力は相当だと想定できる元騎士が此処にいる事という最悪の事態には内心舌打ちするしかない。

 兎角、クロイツの方が大切な訳だし無理をしてほしくはない。……最悪、あの男の命が失われたとしても。

 最低の事を考えつつ、クロイツに【念話】で「【何かしそうなら直ぐ逃げてね】」と伝えると「【あー。あんま抵抗してねーみてーだけどな】」と返って来た。

 想定外の返答に私は思わず男では無く、元騎士を方を見てしまう。

 すると元騎士も私を見ていたらしく目が合ってしまった。

 

「まさか邪魔されるとは思いませんでした」


 口は塞いでいないからか元騎士は相変わらずの笑みを浮かべて口を開く。


「貴女様にとってあの男など助ける価値もないでしょうに」

「まぁそれはそうですわね」


 チラっと其方を見ると、未だに私に対して憎悪の視線を向けているし、しかも散々見下してきた相手に好感を持つ程私は物好きではない。

 多分この場で男を助けなくとも誰も私を責めないだろう。

 あの男はアーリュルリス様にも刃を向けたのだから。

 色々な理由からして無条件で助ける理由など存在しない、と考えておかしくはない。

 実際、私も無条件で助けた訳じゃないし。


「ではどうして?」

「そうですわねぇ……一番は血の雨など浴びたくないからでしょうか?」

「え?」


 元騎士の笑顔が崩れる。

 素が垣間見えた事にこんな時だというのに、少しばかり勝ったと感じてしまった。

 どうやら、この場において決して優位に立つ事は出来ないという状態は私にとって結構悔しい事だったらしい。

 そんな自覚と共に私はニィとあまり上品とは言えない笑みを浮かべる。

 どうせ正気なのは元騎士の男だけなのだから構わないだろう。


「貴方の剣の軌道は明らかに男の首に向かっていましたし? そのままにしておけば男の首を刎ねたのでしょう? それでは男の首が刎ねられた後、その血が私達に降りかかるではありませんか。幾ら結界で防げてたとしてもあまり見たい光景ではありませんもの」


 誰が好き好んで血塗れになりたいというのか。

 ただでさえ、今夜はパーティーに出てから不愉快に思う事ばかりなのだ。

 その締めくくりに血塗れとは本気で笑えない。


「ああ。後、どうやら作戦の全容を知っているのは、その男だけみたいですので。全てお話していただけないと。割に合わないとは思いません?」


 一応そういった理由もある。

 一番とは言ったけど、別にどっちも思っての行動な訳だけど。

 理由に人道的なモノが含まれないのは私らしいと言えば私らしいだろう。

 少なくとも私はこういう人間だ。

 貴族らしくなく振舞いながらも本音を話していた私だが、元騎士の表情が笑みから完全に崩れていく姿がとても愉快だった。

 唖然としている姿なんて、正直見られるとは思ってなかったから余計に面白い。


「あ、あはははははは! そんな理由かよ!」


 私の答えに元騎士は唖然としていたが、立ち直ると今度は何故か目元を手で覆うと大笑いを始めてしまった。

 あまりの変貌には流石の私も驚くしかなかった。

 確かに笑顔ばかりの男ではあったけど、此処まで素と思われる姿で大笑いをするとは思わなかった。

 元騎士の爆笑状態に別方向に飛ばされた男も驚き、そちらを見ている。

 と言うか、今、男の頭の中には私の事など一切存在しないだろう。

 それほどまでに元騎士の変貌は驚くべき事という訳だ。


「あー。成程なぁ。今まで分かんなかったけど……アンタ、獣人の【主】とかやってないか?」


 口調すら変わった元騎士の質問に私は一瞬答えるか迷ったが、まぁ害があるとも思えず頷く。


「だろうなぁ。ま、もし今は違ったとしても最終的にはアンタは絶対獣人の【主】になっただろうな。それだけアンタは【強い】んだ」

「獣人が【主】を選ぶ際の条件は決まっておらず、強さが全てでは無いと思いましたけれど?」

「らしいな。けど【強さ】……少しちげぇか。正確に言えば【魂の輝き】が獣人が【主】を選ぶ条件らしいぜ? 正直俺は自分が獣人の先祖返りといわれよぉが、どうでも良かったんだが」

「それ、どうでも良いで済ませて良い事なのでしょうか? それはそれで思い切りの良い事だと思いますけれど」

「俺以上の化け物のいたもんでなぁ。ま、ともかく。俺はあの御方が「飢え」を埋めて下さる方だと一目で分かった。だが、それが何処からくるか分からなかったが、今アンタを見て気づいたわ。……俺はあの御方の【魂】に魅入られたんだな。あーまさか最期の最期でそんな事が分かるなんてなぁ」

「……実は私と会話する気が御座いませんわね?」


 元騎士はどこまでもマイペースに嬉しそうに語ってい。

 だがその実、疑問と会話の様式のはずなのに自分の想いを吐きだしているようにか思えない。

 合いの手を入れるのも無駄と言われている気分になる事実にがっくりと気が抜けそうだ。

 実際クロイツは元騎士の男に「何、コイツ」という視線を向けている。

 私もクロイツに完全に同意したい。


「いやいや。感謝してるぜ? 今まで、なんでか分からなかった事が分かったんだからな。だからまぁ機嫌も良いし、そこの奴は殺さないでおいてやるよ」

「……結局そこの方が何をしようと最愛の主様の計画には全く支障がないという事ですのね。まぁどんな理由だろうとこの場を血の海になさらないのならいいですけれど……ああ、ならばクロイツにも傷一つつけないでくださいませ。むしろ其方の方が重要ですので」


 元騎士の身体能力なら振り切られる事も、その返す手でクロイツを傷つける事も可能だろう。

 別に男に死んでほしいわけではないが、優先順位からするとクロイツの方が上だ。

 投げやりに言った言葉に元騎士が再び爆笑する。

 何と言いますか、そろそろクロイツがおりても問題無い気がしてきたのですが?


「ハハハハハ!! もうアンタおもしろすぎるだろ! ま、あの御方を下に見たそこの奴に対する怒りは残ってるが。アンタがいるなら、それなりの目にあうだろうしな。それで満足しとくわ」

「この国でワタクシには何の権限も無いのですが。その方は自滅するとは思いますけれど」

「まぁな。けど、今の表情だけで結構留飲は下がったし、問題ねぇよ」


 元騎士の言葉に、ようやく私は男へと視線を向ける。

 すると何故か男は完全に心が折れたように虚ろな目をしていた。

 僅かに見える感情は……“恐怖”だろうか?


「(あー。うん。化け物とでも思われたか。今更だからいいけど)」


 まさか他国でまで化け物と思われるとは。

 ……それこそ今更か。

 帝国に来てから今日までの事を思い出して私は内心苦笑する。

 思い返しても濃すぎる日々である。


「それに……そろそろ終わりだ」


 何時の間にか爆笑をやめ、何時もの食えない笑顔を浮かべた元騎士の静かな言葉と共に爆音を立てて扉が開かれた。

 と、言うか多分蹴り破られたのだろう。

 壊れた扉の向こうから騎士の格好をした人間が三人程入って来たのだ。


「アーリュルリス殿下! キースダーリエ様!」


 多分隊長格らしき騎士の男が誰かを探す様に彷徨わせた視線が私達にたどり着く。

 推定隊長さんは私達の元へ駆けようと、慌てて膝をおり覗き込んできた。


「ワタクシは無事ですわ。アーリュルリス様も怪我は御座いませんが、極度の緊張もあり気絶しておりますの」

「それは……助けが遅れ申し訳御座いません。キースダーリエ様がご無事で本当に良かった。それでは、殿下をお渡し頂けますでしょうか?」


 隊長さんは私にそういう傍ら元騎士と参謀っぽい男を拘束するように命令している。

 それを見て私も「クロイツ、戻って来なさい」と命ずる。

 普段は命令口調なんてしないけど、他人の居る場所ではそうしないと色々五月蠅い輩がいるのだ。

 別に対等の関係でも良いだろうに。


 とはいえ、そんな事よりも此処でアーリュルリス様を引き渡す前にする事がある。

 男達が拘束され、クロイツが戻って来たのを確認すると私は隊長を見据える。


「先に無礼をお詫びしておきます。ですが質問にお答えいただけますか? ……貴方の忠誠は誰に捧げられたモノですか?」


 私の唐突の質問に隊長さんだけではなく、拘束していた残りの騎士の動きも止まる。


「何故そのような質問を?」

「お答え下さい」


 無礼なのは百も承知だ。

 だけど、私にはもはや騎士というモノに対して信頼感を持つのが難しくなっている。

 特に誰か特定の相手に忠誠を誓っている騎士という存在に。

 隊長さんは特に怒っている様子は見られない。

 が、私が引かない事も伝わったのだろう。

 少し困ったように微笑み口を開いた。


「我が剣は皇帝陛下に。我が盾は護るべき民のために。忠誠は国へと捧げております」


 模範解答だろう。

 だが、眸に嘘偽りもまた見られない。……此処での問答はこれ以上しても無駄だろう。


「そうですか。失礼な質問をして申し訳御座いません。……アーリュルリス皇女様を宜しくお願い致します」


 結界を解くと私はアーリュルリス様を隊長さんへと預ける。

 隊長さんはまるで壊れ物を抱くように静かに、そして慎重に立ち上がった。


「キースダーリエ様は歩けますか? 無理なようなら部下に」

「お気持ちだけ頂きますが大丈夫ですわ。それよりも早くこの屋敷から出ましょう。心配して下さる方々に早く顔を見せなければ」

「……承知致しました」


 取り敢えず私の言葉に従ってくれるらしい。

 私は元のサイズに戻り肩に乗って来たクロイツを撫ぜると一度だけ振り返る。

 拘束されても変わらない元騎士の男ともはや魂すら抜けているような有様の男を一瞥する。

 二度と会う事は無いだろう彼等に特にいう事も思い浮かばないし、相手も私に対して何かいう事も無いだろう。

 私は結局何も言わず、一瞥しただけで振り返り扉へと歩き出す。

 後ろで僅かに誰かの笑い声が聞こえたが、多分元騎士の男だろう。

 だが、そんな事もはやどうでも良い事だった。


 最初から交差する事無く、交える事も無い。

 そして二度と会う事の無い相手に対して掛ける言葉など私は持たないのだから。






 隊長さんの後に続き部屋を出ると、彼方此方で同じ制服の騎士達が慌ただしく動いているが分かった。

 証拠でも探しているのか残りを探しているのか大勢の騎士服の男達が彼方此方の部屋を出入りしている。


「<屋敷に残っているのはあの二人だけだと思うけど>」

「<他のしょーこ品とかのそーさくじゃねーの?>」

「<そんな所なんだろうけどね>」


 騎士達は隊長さんの腕の中にいるアーリュルリス様を見て一瞬驚き、心配そうな不安そうな表情をするが、彼の「傷は無い」という言葉に安堵し、捜索に戻っていく。

 どうやら推定とは言え、この人は本当に隊長格らしい。


「<私の不躾な質問にも普通に答えてたし、一応何かしでかす事はないのかな?>」

「<の、割には視線を外してねーみてーだけど?>」


 クロイツの揶揄いを含んだ言葉に内心苦笑する。

 取り敢えず顔を見た事のある人間にアーリュルリス様の身柄が引き渡されるまでは緊張を解く事は出来ないのだ。

 先程はこれ以上の問答は意味がないと思ってやめたけど、隊長さんを信用しているわけではない。

 と、云うよりも騎士というモノに対して不信感が拭えない。


「(どうしたもんだか)」


 今まで出逢った騎士達が真っ当で無かっただけなのは分かってはいるのだが、それでも強烈な存在ばかりに会い過ぎた。

 この不信感は徐々に緩和していくしかないだろう。

 余計なモノを埋め込まれてしまい溜息しか出ない。


「<何はともあれ、取りあえず脱出は出来そうだからいいけど>」

「<まだ夜はおわらねーだろうけどな>」

「<……ですよねぇ。アーリュルリス様が気絶している限り事情聴取って私がしないとダメだしねぇ>」


 出来れば今日は簡単に済ませて、本格的なのは明日以降にして欲しいモノである。

 こちとら被害者なのだ。

 その程度の配慮は願いたいものである。


「<そもそもオマエも見掛けはガキだしな>」

「<体力その他諸々は外見年齢相応ですけどぉ>」


 現に隊長さんも心持ちゆっくり歩いている気がするし。

 あ、それはアーリュルリス様を抱きかかえているためかな?


「<お兄様と会いたいなんて贅沢は言わないから、せめてマクシノーエさんかその部下の人に会いたいです>」

「<おー。確かにな。辛うじて信用出来る顔に早々に会いたいもんだな。いや、オニーサマに会いたいのはただのブラコン心だろーが>」

「<そぉいう事です。私頑張ったし、ご褒美が欲しいです>」

「<そこはブラコンを否定しろよ>」

「<無理>」

「<相変わらず即答かよ!>」


 今の所、クロイツとの会話だけが日常を感じさせてくれる癒し扱いですが、何か?

 ペンダントの魔道具も使ってしまったし、精霊を纏わせて周囲を警戒しなきゃいけないし、そのぐらいのご褒美が欲しいです。

 そして色々繕う余裕もありません。

 と、いうよりもクロイツ相手に繕う必要性を感じません。


「キースダーリエ様、大丈夫ですか?」

「ええ。問題ありませんわ」


 立ち止まり、微笑みかけて下さるのは嬉しい? ですけど、早く外に出たいです。

 気遣って下さってくれるのは有難いですけどね?

 隊長さんに対してニッコリと余所行きと分かる笑顔で返す。

 けど、隊長さんは特に気分を害した様子もなく、微笑みを崩さず「何かありましたら直ぐにお声をおかけください」と言って歩き出す。


「<あら。大人の対応>」

「<いやまー。あれが普通なんじゃね? オマエ一応令嬢様だし、賓客だし>」

「<あー。そぉなんだけどね>」


 そう言われても「(大人の対応なんですね)」としか思えないのは私が擦れてるせいですかね?

 何とも言えない気持ちを抱えつつ、私は慌ただしく働いている騎士達の間を抜けて歩き続ける隊長さんについてしばらく歩いていると屋敷をようやく出る事が出来た。

 入口とは言え外に出た事を確認したくて見上げると空は満天の星々が輝いていた。

 雲が無いのか月明りで充分に周囲を確認できる程明るい。

 そんな中、ようやく出れた事に私は周囲に気づかれないように小さく深呼吸をする。

 まだ警戒は完全には解けないが、取りあえず危機は去ったとようやく判断できたのだ。

 更に言えば、屋敷を出た先には大勢の騎士が居て、その先頭には第四皇子がいる。

 此処までくれば幾ら私でもこれから何かが起こるとは思えない。

 と、いう訳でようやく気を抜ける状態となったのだ。

 後は隊長さんがアーリュルリス様を引き渡すのを確認出来れば警戒も完全に解いてよいだろう。


「<あー疲れた>」

「<まだ終わってねーけどな>」

「<まぁねぇ。けど一応第四皇子がいるならアーリュルリス様は無事だし、後は事情聴取ぐらいでしょ>」

「<オマエ、妙にあのコージョサマを気にすんな?>」


 クロイツから変だという気配を感じてため息を返す。

 別に私だって人の心配くらいしますよ?

 相手は皇族だしね。

 まぁ他の理由が主な所だけど。


「<まぁ一番の理由は、庇ってもらった貸しがあるからだけどね>」

「<成程。別に今までので帳消しな気もすんけどな>」

「<私としてはそれじゃ納得いかない訳ですよ>」


 貸し借りは早めに解消しておくに限る。

 だから、それまで無事でいてもらわないと困る訳よ。


「<それに、一応皇族としての意地も見せてもらったし?>」

「<懐に入らないまでも、それなりに気に掛ける存在になったってわけか>」

「<国も違うし、帝国滞在中だけのほそーい縁だけどね>」


 幾ら『同類』でも深い繋がりを持つ事にはならないだろう。

 相手は皇族として生きる事を決めたのだから余計に。

 そんな事をクロイツを話している間にアーリュルリス様は無事引き渡されたようだ。

 何故か第四皇子の腕の中にいるアーリュルリス様を見て内心苦笑する。


「<さぁアーリュルリス様の受け渡しも無事終わったし、さっさと事情聴取にいきますかね>」

「<夜はまだまだ長いなー>」


 クロイツの言葉に肩をがっくりと落とす。

 外見は子供なんですけどね、私。

 え? こういう時だけ子供だと持ち出すなって?

 仕方ないでしょう?

 体力その他諸々が子供なのは事実なんだから。


「<言わないでほしいわぁ。……と嘆いていても仕方ないか。さて、と。さっさと終わらせますか>」


 いい加減ウンザリしてきている長い夜を終わらせるため、私は溜息を一つつくと前を向き、令嬢の仮面を被ると歩き出すのだった。





 ちなみに、流石に外見子供――外見不相応の中身である事は殆ど知られていないから実質子供だからという理由で――に対して詳しい聴取は人道的な問題があるらしく、この夜は簡単なモノで終わった。

 けど、休めると思って喜んだ私に立ちはだかったのは何故か身内だったりする。

 と、いうのもお兄様は勿論の事、何故かヴァイディーウス様やロアベーツィア様達に散々心配され、お説教染みた事も言われる事になり、夜が中々終わらなかったのである。


 心配してくれていたのは嬉しいと思うし、仕方ないかなぁと思うけど、皆さま、それでもあえて突っ込みさせて下さい。 


 ご心配をお掛けした事は大変申し訳なく思うのですがロアベーツィア様。

 「自分も一緒に誘拐されればよかった」とかおっしゃられるのはおやめください。

 貴方は王族なんですよ?

 お兄様も「ついて行けばよかった」なんて一緒に誘拐されても構わないと取れる発言はおやめください。

 公爵家の次期当主が何を言っているのですか。

 そしてヴァイディーウス様。

 お二人の発言を咎めて下さい。

 どうして真逆と言える、直接的な言い回しで言わないだけで、自分もそう思っている的な発言は不穏でしか御座いません。

 私は無傷ですから。

 殿下達が攫われたらマクシノーエさん達が大変なので自重して下さい。

 え? 私は不可抗力だったし、賓客の中では一番地位が低いから良いんです。

 ……婉曲にそう言ったら説教がかなり伸びました。

 どうして怒られたか未だに分かりません。

 後々ため息をついていたクロイツに教えてほしいと言いましたが、教えてくれませんでした。


「いや、オマエ、ぜってー言っても理解しないだろうから無理」

「そんな事ないから教えてよ!」

「や、無理なモンは無理だから諦めろ」


 こんなやり取りをしたにも関わらず。結局クロイツにも教えてもらえずモヤモヤしている私が此方です。

 一体何故私の説教の時間は伸びたのでしょうかね?



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