何時の日か陽だまりの下、貴女と笑い合う日がくればと私は思うのです(2)
王国から王子方と共にラーズシュタイン家の子供二人が遊学にやってくると聞いた時、我が耳を疑いました。
『ゲーム』ではそのような事が起こったという描写は御座いません。
勿論『ゲーム』では描写が無いからと言って絶対有り得ないという事ではありませんが、王国が『ゲーム』と全く違う場所ではない限り、そのような事が起こるとは思ってもいなかったのです。
過去の愚かな私ならば「私のため」だと思い違いをしていたでしょう。
ですが現実である事を認識している私はただ不思議でしかありませんでした。
『ゲーム』ではお二人の王子はお互いに対して確執を持ち、最後まで仲が修復する事はありませんでした。
第一王子は継承権を放棄せざるを得ない事件が起き、第二王子は王妃によって付けられた婚約者候補に振り回され、真っ当な愛情を注がれる事なく性格がねじ曲がったのだと『攻略本』にかかれていました。
その後出た『小説』により詳細な事も書かれていましたが、元凶である王妃と、王妃の駒とされていた悪役令嬢によって王子達は人生を滅茶苦茶にされてしまったのです。
王国では未だに王妃と悪役令嬢により国王もおいそれと継承権を持つ王子達を外に出す事など出来ないと、そう私は考えていました。
とはいえ、それはまだ事件が起こっておらず、王子方に確執が生まれていない状態なのだ、と思う事も出来ます。
あの悲しき出来事が起こった明確な時期は書かれてしませんでしたし。
――少しだけ考えない考えなかったと言えば嘘になります。
『記憶』を持つ私ならば王子達の間に生まれる確執の原因を取り除く事が出来るかもしれない、と。
ですが、所詮私は帝国の人間なのです。
他国の人間である私がそれを成し遂げる事など「本当に出来るのか?」と自分に問いかけても「成功する可能性は低いだろう」と思えてしまい、結局手だしする事に怯え手だしをする事は出来ませんでした。
そもそも起こるかも分からない事を相手に不審に思われる事無くお伝えする方法など私には思いつかなかったという事も御座いますが。
そして我が事ながら薄情だと思いながらも、なによりこれから起こるかもしれない他国の悲劇よりも現実にこれからやってくる方を警戒しなければならないと、そう思ってしまったのです。
『キースダーリエ=ディック=ラーズシュタイン』
たった一人に執着し、その方の駒となっている事も薄々気づきながらも次々と罪を犯し、最後には狂愛ともいえる思いと共に果てた令嬢。
『彼女』の生き様を『本』で読み、その事を思い出した私は『キースダーリエ』と姉上を重ねずには居られませんでした。
そんな彼女が帝国に来るなんて。
現実では何が起こるか分からないとはいえ、本当に驚きました。
彼女が遊学に来ると分かり私は兄上にも頼みキースダーリエの情報を集めました。
時間が無く、噂しか拾えませんでしたが、それだけでもキースダーリエという少女が好き勝手している事だけは分かりました。
……今考えれば愚かな事です。
噂とは誇張されるモノ。
裏付けをとってこそ生きた情報となると言うのに、私は噂を鵜呑みにしてしまったのですから。
そのツケを自ら払う事になってもそれは自業自得というモノです。
ですが巻き込んでしまった兄上には幾ら謝っても謝りきれない程の失態を背負わせてしまいました。
私は何処までも愚かであり、そのために巻き込まれた方々には謝罪をしても許されない事をしています。
幾ら皇族に産まれようとも私の愚かさは矯正されなかったようです。
「(本当に死んでも馬鹿は治らないモノなのですね)」
こんな事で証明された事実に内心自嘲するしかありません。
最初から警戒していた私をキースダーリエ様が信用しないのも仕方のない事です。
そもそも王子達の仲が悪いわけではないという事から分かる様にキースダーリエ様とて『ゲーム』と違っていてもおかしくはないと言うのに。
その事に気づいたのは彼女から「錬金術を嫌っていない」という言葉を聞いたから。
つまり私は彼女の態度や対応を一切見る事無く、本人の口から決定的な言葉を聞かされるまで自分が正しいと信じ切っていたのです。
むしろキースダーリエ様の殊勝な対応は此方を騙すための演技とまで思っておりました。
――実際、本来の姿では無かったとはいえ、それは此方に悪意を持ってなした事ではなく、私達の態度がさせた対応だったのです。
様々な情報から嘘と真実をより分け、悪意を囁いてくる人間を見極めなければいけない皇族として、私のした事は最低です。
子供だからと言って許される範囲をとうに超えているはずです。
それでも私がこうして皇族で居られるのは【水の恵み子】である事と王国が私達に処罰を求めなかったからなのでしょう。
正確に言えば、キースダーリエ様が王国と帝国の関係に亀裂が入る事を望まなかったからこその今なのです。
公爵家の人間として友好国を失うような事はしたくはない、とキースダーリエ様はおっしゃったらしいです。
父上である皇帝陛下は何よりもキースダーリエ様の慈悲に感謝せよとおっしゃいました。
幾ら私が身分的には上だろうと、いえ、だからこそ皇族として恥じない立ち振る舞いを私達は望まれます。
公爵家の、しかも相手は他国の人間。
そんな相手にあのような対応をした事は今後私達が一生をかけて背負っていかなければいけない汚点となりました。
「(死しても一生後悔を背負い生きていくなど『私』らしいと言えるかもしれませんね)」
『前』の時もまた『私』は一生背負う後悔の念を抱いていました。
あの時『私』は自分可愛さに尊敬していた方を突き放し、その結果として私の尊敬していた方は一生心に残る傷を負いました。
全てを『私』のせいとするのは傲慢かもしれません。
ですが少なくともあの時『私』にはまだ出来る事がありました。
その事に見ない振りをしていたがために『私』は一生弱虫の自分に嫌悪しながら生き続けたのです。
「(そんな生も長くは続きませんでしたが)」
若くして殺された『私』とこれから長い期間を後悔を背負い償い、自らの咎を雪ぐために生きていく「私」。
一体何方の方が辛い一生なのでしょうか?
答えなどでるはずも御座いませんが、少しでも皇族として恥じぬ生き方をせねばいけないとだけは思うのです。
皇族に産まれましたが私は帝位には興味が御座いません。
ですから今後帝位につく事がないと言われる事自体はむしろ兄上の邪魔をせずに済んだ事に安堵しているくらいです。
ですがエッシェルトール兄上も巻き込んでしまった事には今でも後悔しか御座いません。
ご本人は「これで周囲が帝位に付けということなく、研究にぼっとうできるからもんだいないよ」とおっしゃっていましたが、私のせいで負わなくともよいモノを背負ってしまったのです。
その事が兄上の進む道をどれだけ阻む事か。
それが分かっていてもこうやって再び巻き込んでしまった自分の身勝手さに嫌悪が募ります。
分かっているのです。
本来はこのような私的なお茶会にキースダーリエ様を呼ぶ事すら良くはない行為なのだと。
海の中にある神殿の事について、という表向きの理由があったとしてもキースダーリエ様と兄であるアールホルン様をお呼びする行為は褒められたモノではございません。
しかも私はあの夜半ば強引にお誘いしたのですから。
姉上の騎士であるカトルツィヘルとキースダーリエ様が対峙なさっている所を見た時は血の気がひきました。
既に姉上の命によってキースダーリエ様は一度御命を狙われています。
その命令を今度はカトルツィヘルが遂行しようとしているのではないかと考えたのです。
実際は何やら話をしていただけのようですが、それよりも私はキースダーリエ様の姿に何よりも衝撃を受けたのです。
カトルツィヘルを真っすぐ見据え対峙するキースダーリエ様は月明りに照らされた銀髪が月光を反射し輝き紺色の眸は強い覚悟を秘めて煌いていました。
私の脳裏にはあの美しく、そして気高い姿が今でも焼き付いています。
一体私はキースダーリエ様の何を見ていたのだろうか? と幾度となく自分に問いかけてしまう程に。
更に驚く事実を私は知る事になるのです。
半ば無理矢理カトルツィヘルから引き離し、そして彼女を部屋に送った私は、その道中の会話によりようやく気付いたのです。
キースダーリエ様が私の『同類』なのだと。
その時の驚きと来たら!
「(その後普通に対応できていたか、今でも自信が御座いません)」
その結果が理由をこじつけてのお茶会の招待です。
ただでさえ底辺の私に対しての信用ももはやマイナスになっている事でしょう。
ですが、私は知りたいのです。
この世界に『私と同じ存在』がいるのかどうかを。
そして居るのならば「理解者」はいるのかどうかも。
私にとってエッシェルトール兄上のような存在がいるのかどうか。
「(だってこの胸に宿る空虚感は決して一人では埋める事はできないのですから)」
だから私はキースダーリエ様に「全てを理解している方と共にいらしてください」と言いました。
きっとキースダーリエ様はアールホルン様といらっしゃる事でしょう。
用意されたテーブルを見て今の自分はとても落ち着きが無い事に気づかされます。
そわそわと初恋の君を待つような自分に呆れるばかりです。
それほどまでに私はキースダーリエ様がいらっしゃるのを心待ちにしているのです。――その心に抱く思いは初恋のように甘くも優しくもありませんが。
「(多分私はどんな理由を付けようとも、ただ会いたいのでしょう。私と『同じ』人間に)」
胸を埋める事の無い空虚感を分かち合う、そして『地球』は存在していると肯定してくれる方に。
そう考えると自身の身勝手さに内心苦いモノが広がります。
ですが、結局私はその誘惑に勝てませんでした。
「(ああ。私はどこまでも自分本位の存在でしかないのですね)」
心を占めるソワソワした期待感と自分に対する苦い思いに私は小さく深呼吸をしました。
もう後戻りをする事は出来ません。
ならば私は少しでもキースダーリエ様達が不快感を感じる事無く、そして少しでも利があるように取り計らうだけです。
――友人になりたいないなど、もはや私が言える事ではないのです。
そのような事、口に出す事すら許されません。
キースダーリエ様お願いです。
この一時。
この一時だけ許して下さい。
これから私は贖罪のために生きる事になるでしょう。
二度とこのような機会を得る事も出来ないでしょう。
キースダーリエ様とこうしてお茶会をする機会も二度とこないでしょう。
だから私は心の中でどれだけ謝り、そして自己嫌悪に陥ったとしても取りやめにする事はありません。
私は今、自分勝手な心に嫌悪し、そしてキースダーリエ様に心の中で幾度も謝罪しながら、お越しなるなるのを待っています。
そうやって私は自分の自分勝手さに呆れながらもキースダーリエ様がお越しなるまで目まぐるしく様々な事を考えていたのです。
――そんな私を隣にいらした兄上が苦笑しながらも見ていた事にも気づかずに。




