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世界の常識と『私』の知識(3)




 目の前には嬉しそうだけど何処となく威圧感を感じるツィトーネ先生。

 後ろには逃さないとばかりに仁王立ちをしているコルラレ先生。

 これこそまさに前門の虎後門の狼! じゃないかと思う。

 そしてとてもデジャブな状況でもあった。


「まず戦闘模擬試合としてはよくやったな、キース嬢ちゃん」

「有難う御座います」


 突然のお褒めの言葉には苦笑する事しか出来ない。

 運が私に味方しただけの一撃だったにすぎないからなぁ。

 私にとってはそうだけど、どうやら私の取った方法は決して間違いではなかったらしい。

 先生方を見ているとそう思った。


「普通俺みたいな武器指南の奴と戦う時は無意識で【魔法】を選択肢から排除する。だが実際【魔法】を使わず純粋な武器勝負だと事前に言っていない限り【魔法】を使う事は卑怯じゃねぇ。実践において騎士道精神を持ち合わせている魔物なんていないんだからな。だからキース嬢ちゃんが【魔法】を駆使した、その行動は正解だ」

「今回のように模擬試合だとしか言っていない場合は【魔法】も駆使して戦う事が当たり前であり、それを卑怯だのなんだの言う方が愚かだ。……今回もキースダーリエが【魔法】を使わず馬鹿正直に突っ込んでいったらツィトーネが【魔法】を使い試合は終了していただろう」

「そこら辺は初めての手合わせでの通過儀礼みたいなもんだな。外に出てしまえば、その程度卑怯とすら思われない。お綺麗な騎士道は基礎を学び土台を固める時か【魔法】を使わない武器や素手のみで戦う、武闘会のような場面でしか必要とされていない。なんせ戦闘技術を学ぶのはその必要があるからだからな」

「……自らの命、時には周囲の命を守るため、ですわね」

「ああ。お綺麗な手で自分の命も含めて周囲を守れるのか? という話だな。……まぁ正道も極めてしまえば自衛も他者を守る事もお手の物なんだろうけどなぁ」


 そこまで極める事が出来た人って天才って奴だと思うし、場合によっては英雄扱いされると思うんだけど。

 下手すると御伽噺にしかいないレベルの事を言われても困ります、先生。

 先生も同じような事を思っているのか「まぁ普通ありえねぇな」と言って笑っていた。


「嬢ちゃんは頭を使い多才なカードを駆使して勝ちを拾うという戦い方が最良じゃないかと思う。それは残念ながら綺麗な戦い方とは言えねぇかもしれねぇ。が、別に騎士を目指す訳でもなく、どこぞの貴族の家庭教師をやるつもりもないんだろ?」

「ワタクシの家格ではどこの家の家庭教師も出来ませんわ。経験を積み、何かを極めて初めて王家からお声がかかるかもしれない……それくらい低い可能性しかないと思います」

「だろうな。公爵家の人間である嬢ちゃんが人に教える立場になるにはその道か、平等を謳う学園の教師になるしかない。……が、どちらもなる気は毛頭ないんだろ?」

「はい」


 私がなりたいのはあくまで【錬金術師】である。

 いずれきたる政略結婚までの僅かな自由を私は【錬金術】を学び研究する事に注ぎたい。

 そして贅沢を言うならば結婚後も細々と研究をしたい。

 それが「私」の心からの望みだった。

 

 私の迷いのない答えにツィトーネ先生が苦笑しコルラレ先生はため息をつく。

 この短期間でも私の頑固さは分かっているからだろうけど。


「ならば今回のような戦い方を極めるべきだろうな」

「自分の命を守る事を第一に考えて戦う。それが嬢ちゃんが目指す戦い方って奴になるってこった」

「分かりました。もう少し自分に出来る事を探し精進していきたいと思います」

「――んで? 今回俺の前まで滑るように来たのは【魔法】か?」


 突然の話題の転換もさることながら、表情すらも一変されるとちょっと怖い気もしますね。

 それに、正直に言えば、先生の質問の内容は私にとってはちょっと困るモノだし。

 

 何処まで説明すればいいんだろうか?

 切り札はとっておくべきだと思う。

 私はツィトーネ先生もコルラレ先生もそれなりには信用している。

 けど、それは私の身が常に安全であるという信頼ではない。

 だって先生方は「私の」先生である前に「お父様」の友人なのだから。

 天秤に私とお父様やお母さまを乗せた時、当然お父様達へ傾く。

 「キースダーリエ」という私個人に対して重きを置いてはいない。

 コルラレ先生はそれが顕著だけどツィトーネ先生も同じ考え方だと思う。

 私がお父様達と敵対する事なんて有り得ないけど、私が取り返しのつかない事をしでかした時、先生方は私を切り捨てる。

 お父様達は決して出来ないだろうから代わりに先生方が手を下すんだと思う。

 それだけの絆が先生達とお父様達との間に結ばれている。

 

 私が『地球』でそうだったから分かる。

 私は親友や悪友個人は大切で絶対的に守るべき相手だと考えていた。

 実際守れるかどうかじゃない。

 ただ私が守ると勝手に決めていただけ。

 けど、だからと言って親友達の友人や、親友たちの親、兄弟にそれだけの感情があったか? と言えば、全く無かったと言い切れる。

 私が守ると決めたのはあくまで親友や悪友達本人だけだったのだから。


 本人では切り捨てる事が出来ないならば代わりに切り捨てる事ぐらいは平気でしただろうと思っている。

 

 そんな私と同じ空気を先生達から感じていた。

 同類だからこそ分かる……先生達は代わりに切り捨てる事の出来る側の人間だと。


 それはそれで安心できる部分はある。

 だって私もまたお父様やお母さまが大事なのだから。

 両親に不利益が降りかかる前に止めてくれるのなら有難いとすら思う。


 ただそうなると先生達は私の絶対的な味方にはならないと言う事だ。

 そんな相手に一体どれだけの事を明かしても良いのだろうか?

 この世界の様々な常識をまだ学んでいない私には何が正常で何が異常かすら分からない。

 だから何処まで明かしていいのか判断出来ないでいた。


 私にとっては深刻なその悩みはコルラレ先生にはバレているらしく――まぁ当たり前と言えば当たり前か、と思う。同類である事は先生も分かっているのだろうし――「いいから話せ。お前が非常識な事はもう把握済みだ。今更おかしな面が増えても何も思わん」と言われてしまった。

 

 ――まぁ今の所万人に出来ようが出来まいが切り札とはなり得ないだろうし、考えても仕方ないか。


 切り札とは、それがそうなり得ると判断出来る知識が必要である。

 つまり今の私では百年早いって事か。

 素直に話すほかないだろう。

 ……まぁ【スキル】については省くけど。

 いざ話すとなると分かってない事ばっかりで別の意味で話しづらいと思わなくもないけど、ね。


「あれは多分【魔法】には分類されないかと思います。ただ【精霊】に助力を願っただけですので」

「意志無き【精霊】にか?」

「ここら辺は解釈の違いと言えばよいのか、無知故の思考と言えばよいのか……ワタクシは【精霊】にはとても微弱ながら意志があるのではないのかと思ったのです。だから個人によって【精霊】が取り巻く数が違うのではないかと。単純な好悪だとしても【精霊】に意志があるのならば、意志疎通の可能性もあると、考えました」


 【精霊眼】で視た時先生やお父様、クロリアでは周囲を舞う光の数が違った。

 その後他の人も見てみたけどやっぱり人によって違っていた。

 けれどそれは単純な【魔力量】には比例していなかった。

 だから【精霊】にとって相性の良し悪し……【精霊】に好ましい人とそうではない人がいるのではないかと思ったのだ。

 これは私が『地球』で得た知識のせいで考察しようとしてみた事柄の一つだった。

 

 『ファンタジー物』の中には「精霊王」などという高次的な存在が登場していた。

 意志を持ち世界を支える精霊達の王様であり自分の属性の精霊を統べる、人では決して普通の方法で勝つことは出来ない存在。

 そして精霊達も意志を持ち人と契約する事で魔法を使えるようになる。

 色々書き方が違うけど、大体の精霊は意志を持っていたし、精霊に力を借りないと魔法を使えないなんて設定もあったと思う。

 

 だから逆に私にとって「精霊」とは意志を持つ存在っていう先入観が拭えない。

 この世界での力の塊に近しい存在を【精霊】と称するには少しだけ抵抗があるのだ。

 気になる事は徹底的に調べたいという欲が私にはある。

 ただこれに関しては他の人は前提条件が違うから言う事は出来ないだろう。

 一人でコツコツと調べていくしかないので遅々として進んでいないのが実情だったりする。


 けれど今回、私の推測は全否定される程の間違いではないという事が分かった。

 【精霊】に対する特定の行動を指示する事が出来た。

 つまり、少なくとも私の思考をフィードバックして力を操作するだけの何かが【精霊】には存在すると言う事じゃないかと思う。

 それが微弱な意志なのかまでは分からないし、今後の研究事項だけど。


 ――【風の精霊】力を貸してくれてありがとね。


 今更だけど【精霊】に心の中でお礼を言うと風が頬を優しく撫でた気がした。

 ……こういう偶然にも思える何かが私が【精霊】に意志があるんじゃないかと思ってしまう理由の一つなんだけどね。


「【魔法】とはイメージを強く持ち【魔法陣】を描く事で発動する。けれど【魔法陣】になる手前のモノでも発動する事があるのですよね? 今回は多分、それと同じような事なのではないかと思います。イメージを明確にし【精霊】へ助力を希った結果が今回の模擬試合での一連の動きではないかと思います」

「……【精霊】に特定の仕事をさせるとは」

「話聞くととんでもねぇ事しでかした気がするんだが」

「そもそも【精霊】に意志があると考えた事自体異例だ。確かにそれはこの世界での常識に乏しい子供だから、と言えなくもないが」

「そうやって思いついた事に対して、そんだけ思考を巡らせる子供は普通いねぇわ。んなのがゴロゴロしてたらある意味で恐ろしいっての」

「結局【精霊】へアプローチする所まで考察を進め実行する。其処まで最初にキースダーリエが到達するのは必然と言った所か」


 なにやら先生が考察モードに入りそうなので私は話を進める。

 考察モード中の先生は心臓に悪いです……マッド的な意味で。


「ワタクシが【精霊】に願ったのは最初ツィトーネ先生の元へ滑るように移動する時と投げ飛ばされた際、体勢を立て直す助力を願った時」

「あー。あの妙な体勢だったのにいつの間にか着地出来る体勢になってた奴な」

「最後に痛みを緩和して欲しいと思った時、ですわ」

「あの切羽詰まった状態で其処まで考える事が出来たのかよ。すげぇな。俺にレイピアを投げたのも的確な判断って奴だったしな」

「あ、れは……申し訳ございません」


 意趣返し、八つ当たりに近いです、あれ。

 そこを取り上げられるととても申し訳なく思います……本当に先生ごめんなさい。


「ん? 謝る必要はねぇぞ。あの場合武器は手放さなければ危ねぇ。が、体勢が崩れまくった所を突かれる心配はあった。その追撃を避けるために敵へ投擲するのはベターだと思うぞ? ただ着地を全く考えず痛みを和らげる方向にいったのはマズイと思うけどな」

「追撃を避ける策を考えていなかったのは詰めが甘いと言わざるを得ない。相手が動けた場合攻撃されて命の危険もあった。……そういう意味では逃げる事が困難な空中を選んだのも問題と言えば問題だが」

「宙にわざと投げられた訳だし、その際も敵である俺から目を離さなかった。直ぐに次の行動に移った事を考えれば問題はないだろうな。あの状況で攻撃系の【魔法】を使えるなら防御もできんだろ。……そういう意味では受け身を取るまで俺を見ていた最後も及第点か」

「全体的に評価するならば初戦であった事も鑑みて合格点と言えるだろう」

「だな」


 す、すみません。

 其処まで色々考えていた訳ではないのですが。

 過大評価過ぎませんか先生達。

 ほぼ行き当たりばったりな行動ですよ、あれ。

 高すぎる評価に居たたまれないです。


「あ、有難う御座います。ですが評価を頂ける程立派な戦い方をしていた訳ではないのですが」


 出来るだけ先生を視認しようとしていたのは、先生が【魔法】を使う事が出来るという事と『地球』での悪友が『敵の一挙一動から目を離すな。ガンつける気持ちで睨みつけろ。いっその事相手は獣で殺ってやるくらいの気持ちでいけ』と言われたからだ。

 今考えると私は何と戦わされそうになっていたんだ? と思わなくもない。

 けどあの頃は武道に通じていた悪友の言葉を疑わず心に刻み込んでいたんだけど。

 今、評価されたし無駄じゃなかった……のかな?


 ともかく、色々行き当たりばったりで運によってかみ合った結果があの一戦だからあんまり評価が高いと今後のハードルが高くて困る。

 最低基準が高すぎると、それはそれで公平な評価とは言えなくなると思う。

 ……まぁ高評価が単純に怖いだけと言えばそうなんだけどさ。

 そんな自己保身なのか小心者なのかよく分からない思考のまま先生方を見やる。

 けれど先生方の表情は予想していたよりも真剣で、本当に私の試合に対しての考察をし評価してくれたのだと分かった。


「確かに。初戦だからこそ上手くいった部分も多いのだろう。次はこの阿呆も隙を作らないだろうからな」

「今度はアホか」

「間抜けでも良いが? ……だが初戦にも関わらず【魔法】を使う事に躊躇しなかった点や自らの考察を駆使して【精霊】を扱う事を試合で成功させた点などは十分評価に値する。だから私達は合格点だと言ったのだ」

「勿論、未熟な部分があるのも分かってるからな。別にこの一戦で全てを見極めたと言ってる訳じゃねぇ。ただ思考が柔軟だという所をみせてもらったとは思ってる。今後も考える事はやめるなよ? それは嬢ちゃんの武器になるんだからな」

「……はい。今後も精進致します」


 どうやら私の方が考えすぎだったらしい。

 先生達はそれぞれの分野で一流の人間だから、今回の一戦で私の弱点と利点になり得る所を見極めた。

 けどそれは私の全てではないという事も承知の上でだった。

 今後先生達の課題は厳しいモノになると思う。

 けれど、それは私を過大評価しているからじゃない。

 ただ私に出来るギリギリを見極めて課題を課すのだ。

 コルラレ先生の座学の時のように。

 ……それはそれで今後に溜息をつきたくなるけど。

 それも含めて私なら出来るのだと期待されていると思えば頑張れる。

 今後私が努力を怠らない限り見限られる事もないはず。

 此処まで一流の人が講師についてくれるなんて幸運、そう簡単に手放したくないし、ね。

 

 私が何となく理解したと判断したのか先生方は自らの考察に話題が移っていった。


「にしても……【精霊】に行動を指示、か」

「確かに【魔法】の前段階でも何かしら効果が発動する事はある。それを意図的に起こしたと考えれば理解できなくもないが」

「【精霊】に意志を伝えるってのがまず想像できねぇんだよなぁ」

「……力の塊に意志があるとは思えないからな」


 そこら辺はこの世界での常識と私の知っている『知識』が違うせいだと思う。

 私は精霊が意志を持つという事を仮想だとしても「知っている」

 けど先生達にとって【精霊】は意志無き存在だという事が「常識」である。

 前提条件からして違うから想像しにくいのは当然だと思う。

 そういう意味では【精霊】に特定の行動を指示する事は私か私と同類の人間しか出来ないかもしれない。


 そう考えた時、再び頭の中で何か音が鳴った気がした……まさか?


「……体力などを確認したいので【ステータス】を表示させても宜しいですか?」

「ん? 構わないぞ」

「有り難う御座います」


 私は了承を取って【ステータス】を開く。

 一応体力などの減りを確認した後、本命の部分――称号――を確認する。

 称号には「公爵令嬢」「闇の愛し子」「転生者」……そして「精霊と心交わす者」と表示されていた。

 どうやらさっきの頭の中の音は「称号」を得た時の音だったようです。

 それにしても【スキル】の時と良い、「称号」を得た時と良い、何かしら【ステータス】に追加されると知らせてくれるらしい。

 音の違いというか、感覚の違いは【スキル】の場合はピースが嵌るような感覚で「称号」の場合はまさに音が鳴るといった感じである。

 これも多分個性が出ると思うし、そもそも私以外に「称号」が存在しているのかが疑問だった。

 コルラレ先生の説明に出てこなかったのは存在しないのか説明するまでも無かったという事なのか。

 【ステータス】が人それぞれ違うと言うならば「称号」が存在しない可能性は十分にあると思うけれど。


 何やら無表情で【ステータス】を見ていたらしくツィトーネ先生に心配されつつ私は【スキル】「称号」習得時にはそれとなく知らされる事を頭の片隅に置いておく。

 集中している時に気が逸れる要因は出来るだけ排除しておきたいし。

 ついでに今度は先生方を誤魔化す方向で。

 色々不確定要素が多すぎて何も言えません。


「……体力が思ったよりも削れていたので、少し不安に」

「体力に関しちゃ休めば戻るからそんなに心配しなくても大丈夫だ」

「強制的に戻す【回復薬】もあるが自然治癒が出来る時に使う必要はあるまい。薬の乱用は自然治癒力の低下を招くからな」

「はい」


 【回復薬】も存在するのか。

 なら【錬金術】を学んだら作っておかないとなぁ。

 【採取】にはハプニングが付き物だろうし。

 そして薬の乱用はご法度。

 免疫低下とか色々副作用があるって事か。

 まぁ幾らでも服用できる万能薬なんて実際あったら困るもんね。

 【錬金術師】が最強の職業って事になるし。

 ただでさえ創るモノを考えないと最凶になるってのに、そんな付加価値は要らないんだよね。

 【錬金術】は学びたいけど煩わしい事には巻き込まれたくはない。

 ……これも我が儘って奴なのかもしれないけど。

 

 まぁそこら辺はともかく【ステータス】を見た本当の理由には気づかれなかったようだった。

 ただ【スキル】の時は一発でバレた事を考えれば、少なくとも先生達には「称号」は気にする価値の無いモノか知らないから、なのだろう。

 私も「称号」を得る事で何が起こるか分からないんだけど……ここら辺も一人で考察しないといけないって事かぁ。

 一人で調べる事が多くて泣きそうです。

 色々誤魔化しつつ話は進んでいった。


「【精霊】との意思疎通に関しちゃパルやオーヴェの仕事だな。えぇと……俺から言えるのは、キース嬢ちゃんは知識を取り入れれば入れる程手数が増えるタイプだと言う事と武器も一つに固定しない方が良いかもしれないって事だな」

「シュティンヒパルだ……だが、確かにそうだな。戦術書を読むのも良いが歴史書を読む事で戦争の時の戦略を知るのも有意義だろう。武器に関してはコイツの指示に従った方が無難だ。コイツは獣的な直感を持っているからな。いざと言う時は外さない」

「おー珍しく褒められたぜ」

「褒めたつもりはないが? ただ私はお前は獣並だから“勘”だけは信用しても良いと言っただけだ」

「へーへー。どうせ俺は獣並の男ですよ。……ともかく、近距離はレイピア、遠距離や後方支援は【魔法】だからな、後は中距離用にクロスボウや弓もそれなりに使える様になった方がいいと思うぜ」

「……そうですわね。他の武器も基礎は一通りやってみようと思います。ご指南宜しくお願い致します」

「おう」


 器用貧乏の道まっしぐらだけど、どうせ元々何かを極める事には向いておらずに手数で勝負だと言うならどの武器も平均的に扱えるようになるべき。

 色々な武器の動きを知っておけば冷静を保ち余裕が出来るし、対処法を考える思考が戻ってくるはずだし。

 ただ全部を平均的に鍛えるってのもそれなりの才能が必要な気がするんだけど……器用貧乏もそう言われるまでの工程は厳しいようですね。


「歴史書に関しては……読んだのはまだ神代の時代ですわね。戦争の記録が残っている時期まではまだまだかかりそうです」

「読もうとしているだけマシだと思うぜ? 俺は学園に入るまで一切本を読んだ事が無かったからな……あ、ちなみに俺は確かに平民だが、本を読もうと思えば読める程度は裕福だった」

「つまりコイツは読書とは無縁の脳筋だったという訳だ。……歴史書と言う訳では無いが“今の体系と違う【魔法】の事が書かれている本”と“遠い遥か異国で起こった異界より来たと言われている存在による“魔”との闘いが描かれた本”そして“嘗て【大錬金術師】と謳われた人間による著書”がある」

「あーそこら辺は物語としても有名だし面白かったな。俺でも読めたし」

「読み切るのに酷く時間がかかっていたようだがな」

「教科書や参考書以外に読みきれただけでもスゴイと思えよ」

「貴様はもう少し知識を取り込め。頭も働かせろ」

「頭脳労働は俺の領分じゃねぇんだよ」


 何時もの先生達の軽口のやり取りが酷く遠く聞こえた。

 【錬金術師】の本も気になる。

 けど、それよりも今、コルラレ先生は何と言った?

 異界より来たと言わなかったか?

 異界……つまり異世界より来た人間がこの世界にいる?

 私と同じ……『地球』から来たかもしれない人間がこの世界にはいると言う事なの?

 口を開く事が酷く恐ろしく感じた。

 声が震えてはいないだろうか?

 私は今普通を装っているのだろうか?

 ……私は「私」の表情をしているのだろうか?


「あ、の……その……異界より来たというのは、御伽噺と言う事ですの?」

「……いや、違うな。書き方は物語と言った風体だったが、実際に起こった事をそのように記しただけだろうと言うのが後世の人間の解釈だ。何故そのように書かれたかは分かっていないがな」

「最初に書かれている文字みてぇな部分も含めて謎が多いんだよな」

「……文字のような部分?」


 それは、もしかして……もしかして異界での文字で書かれた文章、かもしれない?

 『地球』の言語かもしれない?

 胸の鼓動が聞こえてくる。

 この激しい音が周囲に聞こえていないか心配になる程私は今動揺していた。

 先生方が此方を見ていなかった事が唯一の救いだと思った。

 今、私は何も取り繕う事が出来ていないだろうから。


「かもしれんな。ただ研究は遅々として進んでいないようだが」

「まぁ昔の文章だしなぁ」


 幸いにもツィトーネ先生の言葉に私の思考は一気に冷めたため先生方に動揺がバレる事は無かった。

 「後世」「遅々として進んでいない研究」「昔の文章」

 それは記した人間がもうこの世にはいないと言う事。

 解釈を様々な研究者が研究する程古い書物。

 『地球』での古文書にあたる書物と言う事である。

 

 もうこの世に同類はいないと分かった事で私の思考は一気に冷える事が出来た。

 

 ――大体私以外に居たからと言って何が変わるというの?


 私はもう「キースダーリエ」だ。

 『地球』での『名も無きわたし』じゃない。

 この世界で五歳まで生きて来た「わたくし」でもない。

 全てを合わせて産声をあげた「私」なんだから。


 流石に同類が居るかもしれないという状況に一瞬だけ思考が振り切れた。

 けどたとえ誰が居たとしても、私がこれからする事は変わらない。

 私は私らしく自由に生きるだけだ。


 心の中で深く深呼吸をするとまだ話している先生達を見やる。

 もう何時もの私だろう。

 心配せず普通に話しかける。

 異界に興味があると悟らせないように他の部分を指摘するために。


「魔物との戦い方などが載っているのですか?」

「あー。あれに関しちゃ素人に対しての戦術指南とか戦い方の教え方とかが結構詳しく書いてあったな、確か」

「成程。……【錬金術】の本には心惹かれますが、まだ基礎も学んでいない身。今はまだ無理そうです。同じく体系の違う【魔法】に関しても同じ事が言えるのではないかと」

「……消去法で残った本があれと言う事か」


 何処か探るようなコルラレ先生の視線に私は微笑む。

 多少口元が引き攣っている気がしないでもないけど気合でどうにかするしかない。

 それにしてもピンポイントで私の動揺を誘う本のチョイスって……私は一体先生に何を探られているのでしょうか?

 さっき動揺したのは不味かったなぁ。

 私が異界に興味を持ったからと言って私が「転生者」であるなんて思いつくはずもないけど。

 そうなると何でそのチョイスだったのか悩む所なんだけど。

 ……本当にただ読みやすい本を選んだ、とは思えない。

 現に今の先生はあのマッドな目をしているし。

 

 近い内に先生に研究テーマとか聞いた方がいいかもしれない。

 まさか「異世界」についての研究とかではないと思うけど……違うよね?

 だとしたら私程ピッタリな検体はいないんだけどね!?

 違うよね?

 ……ああ、今すぐ先生を問い詰めたい。

 盛大な自爆だから無理だけど。


 ――うん、考えない事にしよう。そして出来るだけ隙を見せないようにしよう。……気を付けよう、本気で。


 心の中で何度も頷き頭に叩き込む。

 

 私、実験体になる覚悟は流石にしてません!


 これらの攻防はコルラレ先生が私個人を認めて、私の家族についての憂いが殆ど解けるまで続く事になる。

 ……考えすぎは悪い事じゃないんだよ?

 ただ無駄な事も多いってだけでね!


 ちなみにツィトーネ先生は外見通りの御方でした。

 ……ある意味でコルラレ先生も外見通りですけどね。









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