表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

174/305

船上での一騒動(2)




 息が苦しい。

 目が開けられない。

 体中が重たい。


 どうして?


「(……あの男に海に投げ込まれたから!)」


 脳が状況を理解した途端、私は目を見開いた。

 何処までも青い世界と白い日差しに私は今海面よりも大分沈んだ所にいる事に気づかされる。


「(しまった! 気絶したせいで沈んだ!?)」


 少しでも浮上するように上に向かって手足を動かすけど、服が張り付いて中々上がれない。


「(もー! 貴族の服装って布の塊だから余計重い!)」


 その間にも食いしばった口から息が漏れ出る。

 焦っちゃいけないと分かっていても流石に焦る。


「(まずい)」


 このままだと溺れる!


「<リーノ!!>」


 絶望的な予測が一瞬過った時クロイツの声が脳内に響く。


「(クロイツ?)」

「<リーノ! ブレスレット!!>」


 クロイツの言葉に私ははっと自分の腕にあるブレスレットを逆の手でつかむと心の中で叫んだ。


「(【Bubble-バブル-】!!)」


 ブレスレットに仕込まれた魔法陣が光り輝き私一人を風の膜が包み込む。


「ゴホッ! ゲホッ!」


 少し飲み込んでしまった水を吐きだし、ようやく私は念願の空気を吸い込む事が出来た。

 と、同時に少しだけ冷静な思考が戻ってくる。……クロイツが居なかったらヤバかったかもしれない。


「<リーノ? 大丈夫か?>」

「ありがとクロイツ。ブレスレットの事、頭からすっぽ抜けてたわ」


 手首に付けられたブレスレットは【付加錬金】を施したモノだ。

 水の中において水の膜を張り空気を常に供給する。

 私の魔力が続く限りは水の中で行動できる魔道具だったのだ。


「<名前はまんまだけどな>」

「そこは水無月さんに言ってよ。この魔法陣を残したの彼女だし」


 無色の魔女こと水無月灯さんが残した本に載っていた魔法陣を【付加】した魔石で作ったブレスレットはこの危機的状況において大活躍してくれた。

 今も緑色に光り効果が発揮している事が分かる。

 今の私にとってこの色が命綱なのだ。


「使い道がないと思っていた魔道具の思わぬ大活躍に驚きなんだけどねぇ」

「<まさかキシサマに突き落とされるとわなー。オマエどんだけ恨まれてるんだよ>」

「いや、違うと思う。あの男は皇女サマじゃない誰かに心酔してるんじゃないかな? ……ルビーンとザフィーアと同じ目してたし」


 誰かに心や魂さえ捧げる事を苦とも思わず、むしろ誇りとすら感じてしまう程の狂信的な思い。

 感情など一切など見せなかった男がみせた焔。

 あれは狂犬だ。

 主人以外には絶対に尻尾を振らず、主人の命ならば命すら欲しくは無いと笑顔で言い切る。

 男の主人の目的が私の殺害なのか、それとも危害を加える事なのか現時点では判断が付かない。


「けど私が死んでも男と男の主にとっては何の問題も無いと判断しているんだろうね」

「<だから主はコージョサマはじゃねーと?>」

「そこまで破滅思考は見られなかったからね。ってか私が手を出すのを待つ事はあっても自分から手を出す事はないと思うよ? あと流石に国家間で戦争が起こりそうな事はそうそうやらかさないでしょう?」


 そこまで破綻しているようには見えなかった。


「(むしろ其処までしそうなのはあの紅髪の……)」


 そこで首を振って思考を中断させる。

 少なくとも今考える事じゃない。

 幾ら魔力がまだ持つとはいえ、無限大な訳じゃないのだから。


「まず、海面に上がらないとね。このまんまじゃ私を助けるために誰か飛び込みかねないし」


 お兄様とか? と冗談っぽく言ったとたん、ドボンという大きな音と共に何かが海に飛び込んできた。


「え?!」

「<マジであのオニーサマ飛び込んだか!?>」


 私は慌てて風の膜を操作して海に飛び込んできた何かに近づく。

 けど、それが「誰か」分かった途端目を見開き固まってしまう。

 よりにもよってそこにいたのは魔法か何かで水の中で息をしている皇女サマだったのだから。

 皇女サマもまさか私が自力でどうにかしているとは思わなかったらしく、私を見て固まっていた。

 

 しばし沈黙の天使が私達の間に通り過ぎる。


「<って、おい。このまんまだとマジでオマエのオニーサマとかやさい騎士のあんちゃんが飛び込んでくるぞ?>」

「<はっ!?>」


 それは困る。……そしてやさい騎士のあんちゃんってもしかしてマクシノーエさん?

 クロイツ、アンタもうちょい名前の付け方考えよう?


 心の中でそんな突っ込みをしつつ私は皇女サマを風の膜の中に招き入れる事が出来るのかを考える。

 相手は魔法か何かで水の中でも呼吸が出来ているらしいし、多分会話も可能なのだろう。

 とはいえ、風の膜に入っている私と会話が出来るかどうかは謎だ。

 それならば招き入れて同じ状態になった方が良いだろう。

 私は出来るかどうかは分からないけど、相手を招き入れるイメージをしつつ風の膜に手を添えた。

 それを見て皇女サマは少し困ったような顔になりつつ私の手に重ねるように風の膜に手を添えてくれた。


「(あ、出来そう)」


 感覚が出来ると言った途端私は皇女サマの手に触れると招き入れるようにゆっくりと引っ張った。

 一応抵抗される事無く、入って来た皇女サマは風の膜を見回すとはっきりと後悔の表情を浮かべて深々と頭を下げて来た。


「わたくし共が連れている騎士がとんでもない事をしでかして申し訳ございません」

「……頭をお上げ下さい。気にしてしないとはいえませんが、ワタクシは怪我などもしておりませんから」


 詳しい話は私達が船の上に戻ってからだ。

 それを分かっているのか皇女サマもすまなさそうな顔のまま顔を上げる。


「皇女サマが海の中でも呼吸をしていたのは魔法ですか?」


 このまま上がっても良いのだが、こんな憂い顔のまま上がるとそれはそれでキシサマ方が煩そうなので、取りあえず話題を振ってみた。

 そんな私の心情が通じたのか皇女サマも特に反発する事無く答えがかえって来た。


「ええ。帝国で魔法が使える者は誰しもこの魔法を最初に覚えます。ですから他の加護が強く覚える事の出来ない者以外は皆この魔法を使う事が出来ますわ」


 海に近い帝国ならではの魔法って事か。

 この調子だとその手の魔道具も存在してそうだ。……私が今使っているモノとは違うかもしれないけど。


「あ、あの。この膜のようなものは一体」

「これは魔道具によって作られた風の膜です。ワタクシの魔力がつきぬかぎりなくなることはないのでご安心ください」

「魔道具? 錬金術で作られた、という事ですか?」


 どこか戸惑いの混じった声に聴かれた問いに内心首を傾げる。

 私が魔道具を持っている事がそんなに不思議なんだろうか?

 

「はい。ふか……いいえ。新式錬金術によってワタクシが錬成したモノですが、効果は問題ございませんよ?」

「貴女がお作りになった!?」

「え?」


 どうしてそれに其処まで驚くのでしょうか?

 歳か? 歳ですか? 歳が問題なんですか?

 別に幼児でも錬金術は出来ますけど?

 未だ創造錬金はシュティン先生が付き添ってますけどね!

 それでも近頃初回限定になっている所、スパルタすぎると思いますけどね。


 何となく私が錬金術を使える事に驚いているよう様子に内心クサクサしていると皇女サマの視線が私のブレスレットに移り「そう、ですか。貴女は錬金術を嫌ってはいないのですね」とポツリと呟いた。

 もしかしたら私に聞かせるつもりは無かったのかもしれないけど、残念ながらこれだけ近くにいて聞こえない訳がない。

 言っている意味はイマイチ分からなかったけど。

 

「(何で私が錬金術を嫌ってる前提なんだろう?)」


 むしろ一生錬金術に関わっていられるなら幸せなくらいなんだけど。

 家族を愛しているからこそ家を出て錬金術師として生きていく事は出来ないし考えていないけど。

 皇女サマの意味の分からない態度に内心眉をひそめると、突然皇女サマが頭を下げて来た。

 しかも先程よりも余程低く、その姿は本気で謝っているように感じられた。


「今までの私の態度がこのような事態を引き起こしてしまい本当に申し訳ございませんわ。そして我が国の騎士達の態度も。私達を許す必要はございません。ですが、どうか帝国が王国に隔意が無い事だけは分かって頂きたく思います」

「<え? 何!? いきなりの方向転換!? これも罠!?>」


 いや、悪いと思ったんだけどね?

 いきなり180度態度が変わっても、罠の方向性を変えたいのか? って方に思考が最初にいってしまうんですよね。

 

「<リーノ。気持ちは分かる。分かり過ぎるが、流石にこのまま頭下げさせておくのはやばくねーか?>」


 クロイツの突っ込みに我に返った私は、取りあえず罠などの可能性を排除して「取り敢えず頭を上げて下さいませ。こたびの事にかんしてはもはやワタクシ共の手を離れかけております。ですからワタクシからいえる事はほとんどありません。……ですが、王国は帝国と今までと変わらない友好を望んでいると、ワタクシはそう思っております」と告げて頭を上げさせた。

 皇女サマは今までの憂い顔でも企み顔でもない顔、しいていえば自己嫌悪している時の表情をして手を握りしめていたが、直ぐに小さく深呼吸をしたかと思うと「分かりましたわ。私がまずしなければいけないのはキースダーリエ様への謝罪ではなく、帝国の皇族として王国にたいする弁解と謝罪ですわね。貴女様への謝罪はその後改めてさせて頂きます」と言って微笑んだ。

 そんな皇女サマに対して「(皇族も大変だなぁ)」としか思えない私も大概人でなしだなと思った。……あ、今更か。

 皇女サマにどんな心境の変化があったかは知らないけど、聞ける立場でもないし、聞きたいとも思わない。

 自業自得としか思えないからフォローする気も起きないし。


「それでは上にあがりましょう」


 取り敢えず憂い顔では無くなったし、と思って風の膜を操作しようとした時、後ろから強い引力のようなモノを感じた。

 思わず振り返ると皇女サマも何か感じたのか私の横に並ぶと一点を凝視している。

 その場所は多分、船の上で見た場所……精霊が舞飛び「何かの力」が満ちている場所だった。

 私達が見ている中、今まで何もなかった場所が段々変化していく。

 何と言うかヴェールが段々引かれていくように現れる建物とそれに合わせて強くなる「何かの力」に私は目を細める。

 全てのヴェールが消えたそこにあったモノを見て私は咄嗟に『パル〇ノン神殿』のようだと思った。

 全てが白で構築された神殿のような造りは海の中にあるはずなのに完全な形を保っている。

 流石に完全体な『神殿』を見た事はないけど、もしかしたら当時使われていた時はこのような形だったのではないかと、そう思う建物が目の前に鎮座していた。

 

「<流石、聖域。神々が身近な世界だわぁ。海中にあるってのに完全な形を保っているなんて>」

「<あれ、聖域なのか?>」

「<多分、ね。力の性質的に?>」

「<成程。魔力じゃねー力を感じるわけか>」


 ちょっとクロイツが暴走する事を警戒したけど、案外クロイツから怒りの気配は感じなかった。

 緊急事態であるからかもしれないけど。


「まさか。本当に此処に聖域があるなんて」


 皇女サマの呆然とした声が聞こえて、そちらの方を見ると、皇女サマは何処か恍惚とした表情と敬虔な信者のような清らかな表情が入り交じった複雑な表情をしていた。

 こういう表情を見るたびに私は世界観のギャップを感じてしまう。

 私は別に聖域と言われても何とも思わない。

 むしろ神様なんてのは遥か彼方見守って下さっている方々って感覚だ。

 幾らこの世界では神々と近しいと知っていても、私自身が【闇の愛し子】だと分かっていても、結局はそこに落ち着いてしまう。

 

「(だから、どうしても神様にたいしての周囲の対応に微妙な気持ちになるんだよねぇ)」


 そういう意味では同胞であるクロイツや神様なんて関係ないと考えている節があるルビーンとザフィーアの方が付き合いやすいと感じるくらいだ。……その点だけわね?

 未だに魅入っている皇女サマに私は内心嘆息しつつ声をかける。


「皇女サマ。出来るだけ早く上に上がりましょう。皆、心配しているでしょうから」


 私の言葉にようやく我に返った皇女サマは一度だけ聖域に対して深く一礼した後、何処か照れたような表情で謝って来た。

 最初からこんな感じだったら当たり障りなく過ごせたのになぁと思ってしまうのはご愛敬という事にしておいてもらおう。


「ではいきましょうか」

「はい」


 今度こそ私は引力のようなモノを振り払い上に上がっていく。

 未だに引力のようなモノは感じるけど、取りあえずこの場に縫い留める程の力はないらしい。

 段々と近づいてくる海面に安堵しつつ、船上で起こっている状況に小さくため息をついた。


「(そういえば、皇女サマって自分の態度が最悪外交問題になるって分かってたんだ)」


 それでも私を警戒しなければいけない理由があったって事なのかねぇ?

 私はそんな事を頭の片隅に考えつつ海面へと手を伸ばすのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] くどくどと色々と考えている様なのに、海に投げ込まれることは、想定していなかったようですが、落ちたらどうなるかくらいは考えているのかと思っていたよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ