不安と期待を抱きながらいざ帝都へ
マクシノーエ隊長率いる近衛の皆さんと一緒に国境を越えた私達は帝国側の砦で案内兼護衛兼監視? の騎士様達と合流しアレサンクドリート帝国の中心・帝都に向かう事になった。
流石というべきか、高い外交能力を持っているらしいマクシノーエさんは王国側で起こった出来事の一切を帝国側に悟らせる事は無く如才無い言動で対応していた。
私達に口止めをしないのは、私達がうっかり言わないと言う信頼からか……私とお兄様に関しては言い出さないように無言で口止めしていたような気がするから信頼からじゃないだろうけど。
まぁ、お互い初対面だし、こっちにしてみればあっちは評価最低の近衛の一人なのだし、向こうにしてみれば異端過ぎて警戒心を抱く相手だし、そうなるのは仕方ないと思ってる。
お互い手探りで距離をはかっている内はお互い何もする事はないだろうから問題はないはずだ。
そんな事よりも問題は帝国側の人達がいるという事で私は年相応な猫かぶりをしようと努力する必要性が出て来た事だった。
幾らタンネルブルクさんに笑われようともロアベーツィア様に不思議そうな顔をされようとも、あまり自分が異質である事を前面に押し出すのは良くはない。
幾ら帝国と戦時中ではない上、今後百年は友好が続きそうだと言われていようと、私は帝国の人間では無く王国の人間なのだ。
隙が即王国を窮地に追いやる事はないだろうけど、それでも後で何かしらの材料に使われるのは面白くはない。
そういう理由もあって私は頑張ってこの年頃の貴族令嬢の猫を構築しようとしたんだけど――。
「(まさか、こんな所に落とし穴があろうとは……手本になる人が周囲に居ないってどういう事?)」
今まで深く考えた事は無かったんだけど、私には同世代の貴族令嬢と接する機会が全く無かったのだ。
親友はリアだけど、リアはあくまでメイドだ。
ラーズシュタイン家の中でならまだしも、外ではどうしても明確にでてしまう身分の差をどうにもする事は出来ない。
あとお父様は元王妃様の関係で派閥の構成が普通じゃ無かった。
だから私達も同派閥の同世代の人達と交流する事も無かった。
極めつけに、年頃になると王都に出るのが普通と言われても、そういった理由から無理に王都に出る必要は無く、私とお兄様はのびのびと領地で育ったのだ。
その事自体は良いんだけど、これが同世代との交流という面では大きな出遅れと言える。
しかもしかも、あの自称婚約者がばら撒いた嘘のせいで私の噂は物凄い事になった上、最初に交流を深めたのが殿下達なのである。
こんな状態で私達が同世代の輪に入れると思いますか?
「(まぁ普通に考えて無理だよね)」
理由を並べてみれば私に同世代との交流が無いのも納得されると思う。
また、私自身がその事に疑問も無く、不便も感じていなかったのが悪かった。
私自身何となく友達欲しいなぁとは思っても『前世』の年齢を考えると「私」の同世代など妹、弟しか見えない。
明らかに浮くと分かって積極的に交流を深めようとは考えていなかった。
学園に入れば嫌でも付き合いが出来るだろうと楽観視していたのもあるんだけどね。
その結果、手本となる貴族令嬢が居なくて私は今窮地に陥っていたりする。
「(いや、ねぇ? “我が儘令嬢の猫”はまだどうにかなるかもしれないけど、今回その“猫”はマズイし)」
遊学を許されたって事は幼いなりに教養とか礼儀作法とかがあるとみなされる。
あの我が儘令嬢の猫を被った私では決して許可なんて出ないだろう。
つまり私は遊学を許可される程度には優秀だけど、年相応な貴族令嬢の猫を構築しないといけないのだ。
「(無理! 何、その難易度高い猫!)」
身近な手本も無い、時間もない、ついでに人の目もあって練習みたいな事も出来ない。
そんな状況でどうしろと!?
内心焦りに焦っていた私は考えて考えて、周囲に心配されない程度に対応しつつ考えて考えて…………考えすぎな程考えて最終的には“口数の少ない貴族令嬢の猫”を被る事になりました。
そこ「逃げたな?」とか言わない!
これが一番無難だったんです。
「(お父様に迷惑を掛けることだけは回避しないといけないし)」
元々私なんておまけなんだから、出しゃばりよりも口数少なく後ろに控えている方が帝国側だっていいだろう。
それこそ無理矢理ついてきたって訳じゃないという事を示すにも最適だと言い訳じみた事も考えてみたりする。
「(次期当主でもなんでもない令嬢が一人ついてくるって……よくよく考えると変だしね)」
王国側の思惑を私達は何となく予想しているけど、帝国側はまだ元王妃の事は何も知らないだろう。
王国が情報を渡しているとは思えない。
だから彼方にしてみれば私の存在だけは浮いて見えるはずだ。
これで私が少しでも我が強い振舞いをすれば下手をすれば「権力を傘に無理矢理ついてきた」と受け取られかねない。
「(考えすぎと言えば考えすぎなんだけど……うん。念には念を入れるって事で)」
別に口数少ない令嬢の猫を肯定するための詭弁じゃないよ?
色々考えてこれが一番いいと判断しただけだからね?
私は誰にともなく弁解を心の中ですると目の前にある帝都に入るための門を見上げた。
そう、今私達は帝都の入口に立っています。
此処までの道中?
一切何事もありませんでしたけど?
「<ほんとーに何も無かったもんなぁ>」
「<なんだよ、いきなり>」
「<いやさぁ。帝国に行くまでに色々あったでしょ? なのに帝国領に入ったら一切何もなく、快適な旅だったからさぁ>」
特に魔物に襲われる事も無く、盗賊に会う事も無く、護衛の騎士サマ達に難癖付けられる事もなく?
ただただ快適な旅の結果帝都までついてしまった。
王国領での道中が波乱万丈過ぎたものだからあっさりつきすぎてこの後何かあるんじゃないかと警戒してしまう程何もありませんでした。
「<あー。普通はそれを喜ぶべきなんだろけどなー。あんだけあったからなー>」
「<そうそう。此処まで何も無いと帝国に居る間に何かありそうで怖い>」
「<気持ちはわからねーでもねーけど、疑心暗鬼すぎねーか、それ?>」
仕方ないじゃん。
「私」になってから一時の平穏の後は大抵厄介事がやってくるんだからさぁ。
「<ってかフェルシュルグの事だってそうだったしねぇ>」
「<あれはオレのせいじゃなく、オマエの自称婚約者のせいだっての。……もうちょい気楽になれよ。厄介事が前倒しで来たとでも思っておけば?>」
「<それはそれで物悲しい気持ちになるのはなんでだろうね?>」
安全なはずの王国領で騒動に巻き込まれて帝国領では平穏って。
それはそれで悲しいモノがあるよね?
だからと言ってこれから帝国に居る間に騒動が起こってもらっても困るんだけどさ。
「<大体なー、あるか分からねー騒動の事よりもオマエには警戒しないといけない事があるんじゃねーの? あの能天気と優男の冒険者コンビがいねーんだからよ>」
「<どーせキシサマたちの事なんて信頼する気ねーんだろう?>」と言われて私は内心苦笑する。
タンネルブルクさんとビルーケリッシュさんは帝都に入る少し手前の街で別れた。
なんでもそこに古なじみがいるらしい。
ギルドもある大きな街だし、何かあった時の連絡先としてギルドの名前も教えてもらった。
私はてっきり帝都の中でも護衛任務は続くと思ったけど、どうやら道中だけの話だったらしい。
まぁ考えてみれば王国側と帝国側の騎士サマ達がいる中、高位とは言え冒険者がはばを利かすわけにはいかないのだろう。
それでも帰りの道中も任務の範囲だから帰りは連絡をくれ、という形になっているのだから、一体お父様はどんな交渉をした事やら。
「(あれだけ凄腕の冒険者を長期間拘束出来るなんてお父様は本当にどんな方法を使ったんだろうね? しかも相手は貴族の護衛任務は殆ど受けない事で有名なのにさ)」
分かるのは脅したわけじゃないって程度だ。
あの人達は脅しても絶対依頼なんて受けないからって理由だけど。
理由は分からないけど長期の護衛任務を受けてくれたタンネルブルクさん達はしばらくその街を拠点に短期の依頼を受けて過ごすらしい。
そんな事を話をしてタンネルブルクさんとビルーケリッシュさんと別れた。
タンネルブルクさんは最後まで一言多かったけど。
「<「暇になったらキースとして来てもいいぞー」なんて言われてもねぇ>」
「<自由な時間があってもいけるわけねーのにな>」
「<分かって言ってるからこそ性質悪いよねぇ>」
タンネルブルクさんはいい加減私がラーズシュタイン家の令嬢だと信じて欲しいと思います。
いや、正確に言えば、彼は私がラーズシュタイン家のキースダーリエだとは理解しているのだ。
ただ「キース」の口調と振舞いが本性だと思っているだけで。
「<ある意味間違ってないからこそ性質悪いんだよねぇ>」
「<そーいう所が曲者なんだろーよ、あの能天気は>」
勘なのか、何なのか分からないけど、全部が間違っているわけじゃないから困る。
とは言え、タンネルブルクさんとビルーケリッシュさんの腕を信頼しているのは事実だ。
同じく騎士サマ達を信頼できないのも事実なのだ。
元々最低ラインまで落ち込んだ信頼値を帝国領を帝都まで旅した程度で上げられるわけもない。
未だに私とクロイツの騎士サマに対する信頼度は底辺を彷徨っている。
「<もう職務中私情を隠せるならどうでもいいんだけどね>」
「<悲しいくらい最低ラインの要求だよな、それ>」
仕方ない。
それに対しての恨み辛みは私怨で暴走したあの男に向けて頂きましょう、と言うしかない。
そんな感じでクロイツと【念話】で話していると馬車の窓が数度ノックされた。
カーテンをひくとマクシノーエさん居て「帝都に入ったら窓を開けて頂いても構いません」と言ってきた。
「街並みが王国とは大分違うので、楽しめると思いますから」
「マクシノーエ。教えてくれてありがとう」
「いえ。それでは帝都に入りましょう」
どうやら入る準備が出来たらしい。
一応カーテンを閉めると馬車が動き出すのを待つ。
「楽しみだな、キースダーリエ嬢、アールホルン殿」
「ええ。本当に」
ロアベーツィア様の屈託のない笑顔に私とお兄様も微笑む。
「(本当に。楽しいだけの遊学になれば良いのだけど)」
内心そんな事を考えてしまい私は苦笑すると動き出した馬車に身を任せた。
努力次第では歴史に名を残す事すら出来ると伝えられている【神々の愛し子】
だけど【愛し子】は加護の代わりに数々の試練も与えられるとも言われている。
一説では神の寵愛に値するか試されていると言われているが、真実は定かではない。
私ことキースダーリエ、それにヴァイディーウス様とロアベーツィア様。
三人もの【愛し子】がいて試練が起こらないはずがない。
それをすっかり忘れていた私は一抹の不安を抱きながらもこれから帝国での滞在に大きな期待をしていたのである。
加護と表裏の試練。
その結果何が起こり、何を得るのか?
それが分かるのはもう少し後、帝国での騒動が収束した後の事になる。