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理想の騎士とはなれずとも、何時の日か俺は俺らしい騎士になりたい(4)




 私の想いなど当然知りはしない彼等は周囲を気にした様子もなく、会話を続けている。

 だが、タンネルブルク殿とビルーケリッシュ殿は今までの会話に何か思う所があったらしい。


「……やっぱりか」


 タンネルブルク殿とビルーケリッシュ殿は今までの会話で何かの確信を得たらしく何処か納得しているようだった。

 しばし視線で会話をした後タンネルブルク殿がキースダーリエ様と向き合う。


「嬢ちゃん。オマエさんは自分に対する悪意に関しては恐ろしく寛大だよな? いっそ慈悲深いとも云える」

「ワタクシが慈悲深い? タンネルブルク様、冗談でも面白く御座いませんよ? ワタクシ程傲慢で自分勝手な者はいませんのに」


 タンネルブルク殿の言葉に対して本当に驚いているのかキースダーリエ嬢は貴族らしかぬ大きな動作で感情を表現していた。

 だが、そこまで驚いているのは彼女だけだったようで殿下方も、使い魔殿でさえ、ある種の納得をしている節が見えた。

 そんな周囲に困惑するキースダーリエ嬢に対してタンネルブルク殿は苦笑すると軽く手を振る。


「オレ等だって別にオマエさんが心の底まで善人だって思ってる訳じゃない」

「……そう言い切られるのも何だか釈然としませんけれど……それで?」

「だが、オマエさんは自分に身に何かが降りかかった時、他の奴が怒る事でもあっさりと流し最終的には無関心になる。違うか?」

「流石に殺されれば怒りも嫌悪も抱きますけれど?」

「だが、長続きはせず、その場ですっぱり話を終わらせる。……いっそ残酷な程、興味が無くなる。酷ければ相手の顔すら忘れちまうんじゃないかと思うが違うか?」

「……成程。そういう意味ならば否定では出来ませんわね」


 一体何があったのかは分からない。

 だが、先程聞いたばかりの話の事を考えれば、キースダーリエ嬢がそういった心持ちの方であると推察する事は出来なくもない。


「(ならば……ならば彼に対してのあの苛烈さは一体……)」


 先程抑え、消そうとしていた気持ちが再び湧き上がってしまう。

 しかも今度は消す事は疎か抑える事すら難しい程強く心の内をかき乱していく。

 知らず知らず拳を握っている自分に気づき、制御できない何かが身体の外に動作として出る程に渦巻いている事にようやく気付いた。

 歯を食いしばっていなければ叫んでしまいそうになる――「彼の騎士としての矜持をあそこまで叩き潰す必要があったのか!?」と。

 不敬だ。

 更に言えばその言葉を言う資格すら此処にいる誰もが持ち合わせていない。

 それでも自身が殺されそうになっても、残酷な程の無関心を貫く性情ならば、どうして、彼にそれが適応されなかったのか、と考えてしまう。

 抜けない棘はもはや隠せない程の痛みを私に齎していた。


「あー確かにな。自分を殺そうとした奴に対して何時までも確執があんなら、犬っコロ共と一緒に居られねーしな」

「かの令嬢の暴言に対してもキースダーリエ嬢は無関心を通していましたしね」


 そうだ。

 あの庭園に置いて、家格を考えず、キースダーリエ嬢を貶め続けたかの令嬢に対しても彼女は無関心ともいえる態度だった。

 やはり例外は彼の方なのだろう。

 だが、どうして?


「(もはや彼は近衛として、騎士としてやっていく事は出来ないだろう。それだけの事を彼はしてしまった。だが……どうしても思ってしまう。彼の中にあった騎士としての矜持をあそこまで完膚なきまでに叩き潰す必要があったのかと)」


 自身が害され殺されそうになった怒りからなら納得できた。……無理にでも納得させた。

 だがそれが違うのなら何故?


「そう。オマエさんは自分が害されたって言う理由なら驚く程あっさりと相手を見切り、無関心になる事が出来る。それを慈悲と取るか無慈悲と取るかは人それぞれだが。嬢ちゃん自身は自分がそういった性質だと云う自覚はあるんだよな?」

「ありますわね。確かにワタクシが自分に対しての害を及ぼした相手を“嫌い”と認識したのは唯一人のみですわ。後の方は記憶の片隅にいき、何れ薄れ消えゆく運命ですわ。それを慈悲と取る方がいるなんて驚きましたけれど、それすら現時点はどうでも良いと感じますわね。ワタクシの言動に対して慈悲深いと思ったとしても無慈悲と思ったとしてもご勝手にどうぞ? としか思いませんわね」

「オレとしては一人でもいる事に驚きなんだが、それは良い。――じゃあ何で今回はあそこまでやった?」


 タンネルブルク殿の本題はこの言葉だったのだろう。

 もしかしたら彼は私達騎士の雰囲気からキースダーリエ嬢に集まる視線の意味に気づいていたのかもしれない。

 今、ナルーディアス元隊長は拘束され荷馬車に乗せられている。

 口には自決せぬように猿轡も噛まされていた。

 彼の口が拘束されていなかったのは彼が二度目の拘束を受けた一晩……彼が慟哭を上げ絶叫していたあの晩だけだった。

 今でも彼の慟哭が、絶叫が耳の中で木霊する。

 騎士としての矜持を徹底的に潰され、自我すら押しつぶされた痛みを湛えた獣のような咆哮。

 決定打はヴァイディーウス殿下だったかもしれない。

 だが、そこまでの道筋を立てたのはキースダーリエ嬢なのだ。

 彼女の言葉は他の騎士の矜持は守ったのかもしれない。

 部下である彼等の想いを汲んだモノなのかもしれない。

 だが、同時に残酷なまでに冷酷なまでにナルーディアス元隊長の心を叩き潰し、縋る希望すら奪う行為だった。

 それまでになされた事を考えれば彼女があそこまで怒る事は仕方の無い事かもしれない。

 だが、彼女の言葉は近衛……いや騎士としての私達の心すら抉り、そして反感に近い形の想いを抱いてしまうのだ――あそこまでする必要が本当にあっただろうか? と。

 

「(私自身が騎士であるからこそ、キースダーリエ嬢の言葉は心を抉り、自分が言われているような気分にもなった)」


 あれほど暴挙をおかした人間と同じと思われたくはないと思いながらも私達もまた罪を犯したのだ。

 だからこそ刺さった棘は抜く事が出来ず、そして痛みと共に抱いてはいけない疑問も抱いてしまう。

 私は今、未熟な自分が嫌になり、それでも心から答えを欲している。

 自分で解決しなければいけない事柄であるにも関わらず他者に答えを求めてしまう不甲斐なさを感じながらも答えを出せるただ一人に対して、その答えが欲しいと縋ってしまうのだ。

 周囲を見ると誰もがキースダーリエ嬢達を注目している。

 それに気づいているタンネルブルク殿達も話を辞める気はなさそうであるし、殿下達も手を止める私共を諫める事はしない。

 誰もが今此処で云うキースダーリエ嬢の言葉を必要であると判断したのだ。


 周囲の人間全員からの視線だ。

 相当の圧となってキースダーリエ嬢を襲っているだろう。

 だと言うのに、注目されている事に気づいているはずのキースダーリエ嬢はそれでも変わらぬ態度で口を開いた。


「ワタクシに対する暴言やワタクシを殺そうとした行為に対して、確かに怒りも恐怖も抱きましたし、思う所が全くないわけではございません。そこは勘違い成されないでくださいませね?」

「分かってる。それに対して何も感じないなら人としてどっか壊れてるとしか思えない。ただオマエさんはそこからの立て直しが異常に早くて、その上一度立て直しちまえば相手に対して無関心になるって話なんだろ?」

「そうですわね。その解釈でいいと思いますわ。ですから、まぁ皆さまがあの男に対してワタクシがやった事は過剰なのでは? と感じるのも致し方ないと思っておりますのよ? ワタクシがそういった性情であるからこそ、疑問は尽きる事はないのでしょう」


 キースダーリエ嬢はタンネルブルク殿から視線を外し、私達騎士を見回した。

 誰もが私と同じような棘を抱えている事にも気づいたのだろう。

 それでもキースダーリエ嬢は私達を咎める事無く、苦笑してタンネルブルク殿に視線を戻した。


「タンネルブルク様達はご存知かしら? 遠い異国には存在する『逆鱗』と言う逸話を?」

「いや? 悪いがオレには大した学があるわけじゃないからな」

「申し訳ございません。俺も聞いた事はありません」

「そうですか。――『逆鱗』とは此方で云うドラゴンのようなとても強く鱗に覆われた伝説上の魔物が持つ一つの鱗の事を指します。『龍』と呼ばれた存在は本来温厚な性情ですが、唯一、その逆鱗に触れられる事だけは許さず、触れたものには必ず報いを受けさせる。故に『龍の逆鱗に触れる事なかれ』と言う教訓に近い逸話ですわ。この逸話から転じて目上の者の怒りを買う事を『逆鱗に触れる』と言う言葉が出来ました。……勿論ワタクシが目上の者であるという事を言いたいのでは御座いません。ただ遠い異国での市井では『逆鱗』とはその者にとっては触れてはならない、害してはならない絶対のモノを指し示すそうです」

「つまり……あの男は嬢ちゃんのゲキリンに触れちまったって事か?」

「しかも、貴女のゲキリンとは「貴女自身を害する事ではない」と言う事ですね」


 そのような逸話があるとは知らなかった。

 だが、キースダーリエ嬢のゲキリンに元隊長が触れた、という事か?

 あれ程苛烈になる程の何かに?


「(一体何に?)」


 タンネルブルク殿達の言葉に同意するようにキースダーリエ嬢は笑みを深める。

 だが、それはあの時、元隊長である彼の矜持を叩き潰した時のように冷ややかであり、そして無垢さすら感じさせる笑みだった。


「ええ。ワタクシの『逆鱗』、それはワタクシにとって何者にも代えられない者達の事ですわ」


 そこで全員の視線がアールホルン殿に集まる。

 アールホルン殿自体はキースダーリエ嬢があれ程の事に至った理由に気づいていたのかもしれない。

 特に驚いた様子もなく、苦笑し彼女を見ていた。


「あの男はワタクシの『逆鱗』に触れました。だからワタクシはあの男に対して強い怒りを感じ続け、そんな折にあの男の心を徹底的に折る事が出来る機会が巡って来た。ならば、結果としてああなっても仕方ないとは思いませんか?」

「あ゛ー。成程。そういやあん時、オマエサン我を忘れ程怒ってたな。成程ゲキリンか」


 タンネルブルク殿はナルーディアス元隊長がキースダーリエ嬢のゲキリンに触れた機会に思い当たったらしい。

 何処までも納得した様子だった。

 だが、彼の様に納得した者は少数であった。

 大半は私のように、今でも彼女のゲキリンに触れたのが何時なのか分からないのだ。

 あの時?

 あの時は一体何時の事なのだろうか?

 私達は一体キースダーリエ嬢の何を見逃したのだろうか?

 そんな私達の疑問に気づいたのだろうか。

 キースダーリエ嬢は周囲をゆっくりと見回し、再び冷笑を浮かべた。


「あら? 少し考えれば分かるとおもいますけれど。――お父様を無能と謗り、ラーズシュタイン家の者達を嘲り、ワタクシの無二の相棒であるクロイツを【混じりモノ】と蔑んだ。ワタクシのような異端ともいわれかねない娘に愛情を注ぎ、普通の娘と扱って下さっている家族を家の者を欠片だって知りもしないのに自分の中で勝手に「こうである」と決めつけ罵り続けた。ですからワタクシはワタクシの『逆鱗』に触れた男に相応の対応をしただけですわ」


 キースダーリエ嬢はそこで「ほぉ」と溜息をついた。


「あのままあの男を野放しにしておけば何時かお父様に対して害をなしたとは思いません? あの男は陛下に心酔しているという大義名分の元、自分こそが正義と夢想し、お父様を排除したでしょう。その時になって後悔するなどワタクシは絶対したくはありませんでしたの」

「ですが! それは貴女の予測でしかないはずです! だと言うのに騎士としての矜持まで奪う必要は本当にあったのですか?!」


 遂に堪えきれなくなったのかナルーディアスの部下であった内の一人が声を上げる。

 声を上げた騎士はヴァイディーウス殿下とロアベーツィア殿下に非難の目を向けられたが、決して逸らす事無く、ただキースダーリエ嬢を見据えていた。

 だが、そんな強い、もはや憎い仇という視線を向けられているのにも関わらずキースダーリエ嬢は特に怖がることなく、そして不敬と騒ぐ事も無かった。

 ただ少しだけ不思議そうだった。

 その対応こそが私達の棘を増やしている事に気づいていないのだろうか?


「(いや、気づいているのかもしれない。キースダーリエ嬢にとって我々など“その程度”の存在なのだから)」


 彼女の中で此処にいる私達騎士に対する評価は底辺なのだろう。

 私達の心の内を知る必要性すら感じていないかもしれない。

 それでもこうして答えを希求する騎士と相対すれば相手をしないわけにもいかないのだろう。

 キースダーリエ嬢は小さくため息をつくと口を開いた。


「実際お父様と陛下の間に溝を作るためにワタクシやお兄様を害す計画を立てた男がお父様を害さない保証など、むしろそれこそ何処にありましたの? それに……――」


 そこでキースダーリエ嬢は困ったような、それでいて心底分からないといった表情で言った。


「――……大切な者達を護りたい気持ちは同じだと言うのに、どうしてやり過ぎと非難されてしまうのかしらね? ワタクシが子供だからですか? それとも彼が貴方方にとって敬愛していた隊長だから? それとも……貴方方が彼と同じ近衛だからかしら?」


 俺はその言葉に頭を何かで殴られたような錯覚に襲われた気がした。

 確かに俺は元隊長に対して自身を重ねていた。

 俺もまた罪を犯した者だからだ。

 だが、それでも、隊長とまでなった人間を尊敬し、その相手に対してのやり過ぎに怒りを感じ、悲しみを感じていたと思っていた。

 抜けない棘を構築していたのは一人の人間を徹底的に叩き潰した事への疑惑とやり過ぎだという怒りのだと思っていた。

 

「(だが、本当にそうだったのだろうか? 俺は自身で思う以上に元隊長が「騎士」であるからこそ納得出来なかったのではないだろうか?)」


 キースダーリエ嬢にとって大切な……ゲキリンとなっている者達を害そうとしたからこそ彼女はあそこまで怒りを露わにし、元隊長の心を叩き潰した。

 大切な者を護りたいという気持ちは誰しも持ちえるモノだ。

 だからこそ元隊長を敬愛していた部下達はキースダーリエ嬢のやり過ぎた言動に対して反感を持った。

 何方も間違った情動ではない。

 だが、俺はどうなんだろうか?


「(俺はナルーディアス隊の人間ではない。同じ「近衛」であるだけだ。だと言うのに、まるで同じ隊に所属していた者達のように怒りすら感じていた)」


 義憤を感じる程俺は正義感を持ち合わせていただろうか?

 いや、人並みには持ち合わせているが、少し共に行動しただけの相手に肩入れする程強くは無いと俺自身が知っている。

 ならば、この短い期間でナルーディアス元隊長に敬意を抱いたからか?

 いや、違う。

 俺にとっての隊長は御一人だけだ。

 では、ナルーディアス元隊長の思想に共感したのか?

 それも違う。

 俺は最初に自分の考えとは違い、変わっていると思っていたではないか!?


「(……結局、俺はナルーディアス元隊長が近衛であるがために、自分を重ね怒りを抱いていただけだったのか)」


 その人になされた事に対する悲しみと怒りではなく、その人を通して自分に憐れみを感じ怒りを感じていたとは。


「(俺はどこまで浅ましいんだ!)」


 騎士たる矜持を持つ事は何も悪くない。

 それでも騎士として、人として失格である人間が騎士の矜持を語るなどもってのほかだ。

 浅ましく、人でなしである俺が騎士たる資格など……。


 目の前では絶句しているナルーディアス元隊長の部下でありキースダーリエ嬢に対して抗議した騎士が何処か唖然とした表情で立っている。

 彼は一体何を思い何を感じているのだか?

 だが、少なくとも俺なんかよりはナルーディアス元隊長に対して真っすぐな思いを抱いているはずだ。

 キースダーリエ嬢は困った顔のままその騎士を見ている。

 言われたことに対して答えを返したキースダーリエ嬢がこれ以上何かを言う必要は無い。

 だからこそ騎士である彼の方が何かを言うべきだが、今の彼に何か言葉を発する程の余裕はないだろう。

 ただ無為ともいえる時間が流れる。


「オマエ等さー」


 何も言えなくなった騎士達を前に沈黙を破り喋りだしたのはキースダーリエ嬢の使い魔殿だった。


「デンカ達の事もなんだが。オマエ等コイツが子供だって事都合良く忘れすぎじゃね? オマエ等大人だって大切なモンのために必死になんだろ? 大切なモンが害されれば、加害者に怒りも感じるし、場合によっちゃ殺意も沸くよな? なんで、リーノ達がそーじゃダメなんだよ?」


 使い魔殿がキースダーリエ嬢の肩が降り俺達を睥睨する。

 見上げられているのに、見下されているような、そんな圧迫感に俺……いや私は剣に伸びそうな手を何とか戒める。


「リーノ達が貴族だからか? けどコイツ等子供だぜ? しかも本来なら今までの一切合切の事でオマエ等全員の首を飛ばす事が出来るくれーでっかい権力を持ってる子供だ。だってのに、オマエ等を処罰する事無く、元凶の男だけに罰を与えるだけで済ませているんだぜ? それってじゅーぶん理性的だし、貴族としても良い分類にはいるんじゃねーの? それともアンタ等、子供の癇癪で死にたいのか?」


 使い魔殿言葉に今度こそ私達騎士は言葉を失った。

 

「確かになぁ。自分より身分が下のヤツなんて駒としか見てない奴も大勢いる中、嬢ちゃん達も殿下達も子供らしかぬ程に理性的だな。嬢ちゃんのやった事は確かにやり過ぎとも感じるが、今回の旅の目的は帝国に問題を持ち込むんじゃなく友好の証として、そして殿下達に休息を与えるためなんだろ? なら明らかに後々に響きそうな問題が国境を越える前に解決した事を喜ぶべきなんじゃないか?」

「騎士とは本来任務遂行のために私情を押し殺す事を好しするはずです。冒険者風情の言葉ですので気分を害するかもしれませんが……今回の一連の出来事はキースダーリエ様達が年齢不相応なまでに理性的であるがために余計貴方方の感情制御が未熟過ぎるように感じます」


 タンネルブルク殿とビルーケリッシュ殿の言葉が新たな棘となり胸に突き刺さる。

 冒険者風情と自分では言っているが、彼等は国からの依頼すらも受ける事がある高位ランクの者達なのだ。

 その彼等が言っている事に冒険者風情が、などと云える程此方は立派な存在ではない。

 既に満身創痍な私達だが、使い魔殿はそれでもなお私達を言葉で切り刻んでいく。

 威圧感と共に、彼もまた普通の使い魔ではない事を思い知らされた気分だった。


「そりゃ今まで尊敬して? 目標としていた奴があんな奴だったってのには同情するけどよー。それはテメェ等とあの男の間にある事でリーノ関係ねーじゃん。だってのに、やり過ぎだのなんだのリーノを責めてよー。アンタ等本当に何したいの? 何? あの男に殉じするために喧嘩を売ってんの? なら、勝手にどっかで死ねばいいんじゃね? リーノを巻き込むなよ」

「クロイツ。言い過ぎですわ。それに幾ら何でもあの男に殉じる程の価値は無いと思いますわよ?」

「……ダーリエ。それはフォローとは言わないからね。むしろ更に怒りをあおっているだけだと思うよ?」

「え? そうですか? ……そう言われてみればそうですわね。ごめんなさい。別に喧嘩を売るつもりはなかったのですけれど」


 嫌味ではなく、本気で済まなそうな顔をして謝るキースダーリエ嬢に段々自分達が惨めになっていく気がした。

 使い魔殿の言葉は辛辣だが、決して間違ってはいないのだ。

 特に私はそこまでの感情すらナルーディアス元隊長に抱いていないのに勝手に怒りと失望感を感じていたのだから。


「(――ああ、そうか。俺はあの時、俺達の気持ちを汲んで下さったキースダーリエ嬢を、あの時殿下を護って下さった強い眸に勝手に期待し、そして共感を感じていたのか)」


 今回の事でそれが幻想だと感じ、勝手に失望したのか。


「(なんて、なんて事を俺は)」


 本来なら此処に誰よりも罪深いのは俺だったのだ。

 しかもそれを詳らかにする勇気すらない。


「(申し訳ございません、キースダーリエ嬢。申し訳ございません、隊長)」


 本当に俺は騎士に、近衛に選ばれて良い人間ではなかったのだ。

 近衛とは騎士とは清廉潔白であり、志高く、そして何よりも愛国心を持つ者が目指す場所だ。

 結局、俺のような俗物が居て良い場所では無かったのだ。

 もはや諦観すら浮かんだ俺がただ断罪を待つかのような気分で事の成り行きを見ているとキースダーリエ嬢と目が合った気がした。

 気のせいかと思う程刹那な時間だったが……いや、気のせいなんだろう。

 俺に視線を向ける理由がキースダーリエ嬢にはないのだから。


 キースダーリエ嬢は俺達を見回すと少し困った顔で口を開いた。


「別に貴方方がワタクシのした事に納得がいかずとも良いのですよ? ワタクシはワタクシの思うままに振舞い、貴方方の大切な方を害しました。ですからある意味では貴方方の怒りは正当なモノですもの」


 それは新たな衝撃だった。

 これにはタンネルブルク殿達も驚いたのか、何を考えているのか問う視線をキースダーリエ嬢に向けている。


「ワタクシは知らずとも、きっと貴方方には良き方だったのでしょう。そのように思った理由を知りたいとは思いませんけれどね。……ワタクシにとってあの男はワタクシの『逆鱗』に触れ敵対した者でしかございませんから」


 そこでキースダーリエ嬢は一息つくと抗議してきた騎士を見据える。


「ワタクシは今更あの男に情けを掛ける気も御座いませんし、やり過ぎたとも思っておりません」


 そんな煽るような言葉に騎士達の間に緊張が走る。

 だが、そんな緊迫感の中でもキースダーリエ嬢は揺るがない真っすぐな眼差しで俺達を見据えている。


「ですからワタクシは貴方方に対しても、騎士として職務中私情を挟むような真似をなさらなければ心の内までは気に致しません。たとえ内心ワタクシに対して怒りを募らせ憎悪を纏わせようと騎士としての言動に問題が無ければ、問題は御座いませんわ。だって貴方方は近衛隊。一番に思うは国の事、陛下の事、そして国民の事なのですから」


 「その憎悪の先が殿下方に向くならば問題ですけれど」と本当に何とも思ってない様に云うキースダーリエ嬢に怒りを感じていた騎士ですら困惑を隠せなくなっていた。

 それほどまでにキースダーリエ嬢の言っている事は理解出来ないのだ。

 自分を憎む事を許すばかりか、職務として私情を見せないならば騎士として傍にいる事すら許すとは。

 一般的な貴族……いや平民だとしても言えないであろう事をあっさりと言い切ってしまうキースダーリエ嬢の心の内が俺には全く分からなかった。


「騎士とて人ですもの。嫌いな人もいれば憎い相手もできましょう。そんな憎む相手に仕えるのは少々触りがあるでしょうが、貴方方はワタクシに仕える者ではないので問題ありませんし。……ワタクシはワタクシの『逆鱗』に触れて、敵としてあの男を排除致しました。ならばあの男を慕う誰かに怒りを憎しみを抱くな、などと云える立場には御座いませぬもの。だから心の内で思うならばご勝手にどうぞ?」

「おいおいリーノ。それだとオマエを個人的に襲撃する輩が出るかもしんねーぞ?」


 使い魔殿の言う通りだった。

 ナルーディアス元隊長の部下であった彼等が何を考え何処までキースダーリエ嬢に対して思う所があるかは分からない。

 だが、思い詰めて何かをしでかす者が出ないとは限らない。

 感情を制御する事が当たり前の貴族でさせ今回の一件で自暴自棄などという有り得ない行動に出たのだ。

 人とは思い詰めれば何をしでかすか分からない生き物なのだ。

 だが、そんな使い魔殿の言葉にもキースダーリエ嬢は笑って怯える様子もなく答えを返していた。


「ワタクシ個人を攻撃するのならば、返り討ちにするだけですわね。たとえそれが貴族としての手段だとしても。そうなれば貴族流のやり方でお返しさせて頂くだけですわ」

「そ、れは……俺達にはそんな事が出来ないと高を括っているのですか?」


 問う騎士の声は掠れていた。

 困惑と、僅かながらの恐怖。

 今彼の心は俺等と同じく混乱の中にあるのだろう。

 言葉に含まれた怯えに気づかないはずもないのに、それすらも気にせずキースダーリエ嬢は言葉を紡ぐ。


「いいえ? 近衛に選ばれる程の方々なのですから、侮るなど。ですが、心など抑えつけて抑えられるモノでは御座いませんし、無理に押さえつける方が後々歪むモノです。だからワタクシの個人的な我が儘で始まった憎しみの連鎖はワタクシ自身が始末をつける、と思っているだけですわ。……ああ、それでもそうですわね」


 そこでキースダーリエ嬢は再び冷笑を浮かべる。

 その冷たさと威圧感に気圧される。


「もし、貴方方がワタクシの『逆鱗』に触れた時、その時はお覚悟を。その時は貴族としての常識など関係御座いません。どんな手を使ってもワタクシの大切な人達を傷つけた者達に対して徹底的に報復致しますから」


 うっそりと笑む姿からは彼女が本心から言っていると突き付けるような迫力と覚悟が伝わって来る。

 彼女は宣言通り徹底的に報復するのだろう。……その結果がいかなるものとなろうとも。

 

「たとえ、その結果ワタクシ自身の身がどうなろうとも、です。――ワタクシ、皆に振りまく慈悲など持ち合わせておりませんので」


 ようやく彼女の考えている事と今回の一連の出来事が一本の線に繋がった気がした。

 これまで語られた性情の彼女にとって一等大事な者達、そうゲキリンに触れた。

 その結果がテナルーディアス元隊長なのだと此処に居る誰もが認識した。

 いや、認識させられたのだ。

 まだ幼いキースダーリエ嬢の威圧感に気圧され、そして刻み込まれたのだ。

 決してキースダーリエ嬢のゲキリンに触れはならぬのだと。

 再び息苦しい程の沈黙がこの場を支配する。

 だが、今この空間の支配者はまだ幼いキースダーリエ嬢だった。


「煽ってるのか、心折ってるのかわかんねー言葉だなー」


 キースダーリエ嬢の支配する空間を壊したのは暢気ともいえる使い魔殿の言葉だった。

 あっと言う間にキースダーリエ嬢を取り巻く恐ろしい程威圧感も霧散する。

 残滓すら感じられない空間に、先程までの事が夢のように錯覚してしまいそうだ。

 だが、背筋に残る冷たい感触だけが全てが現実であると教えていた。


「どちらのつもりも御座いませんけれど? 大体騎士とて我欲も感情も持つ人間なのですから。別に人一人殺したい程憎んでも可笑しくはないと思いますし、保身に走る者だっているでしょうし、信じたくないモノを信じない自分勝手な心を持ち合わせているモノでしょう? ワタクシが彼等が仕えるべき主ではない以上、無理に押さえつける必要は感じなかった。それだけのお話ですわ」

「そこら辺が独特の考え方なんだけどな。……どうやら余計なお節介だったようだな」


 タンネルブルク殿が苦笑しているが、そんな彼にキースダーリエ嬢は微笑みかけた。


「いいえ。タンネルブルク様のお気持ち、お心遣いには感謝しておりますわ。実際此処で何かしらの話をしておかなければ、今後お会いする機会も御座いませんし、別の形で爆発し、矛先が殿下達へ向かっては大変ですもの」

「待ってください。それではキースダーリエ嬢に全ての悪意が向かってしまいます。今回のことは元を言えば私たち王族の不始末だというのに」

「いいえ、いいえ。ヴァイディーウス様、それは違います。あの男は最後に自分の忠誠からきていた憎しみが私への憎しみに負けたのです。その時点であの男は完全なるワタクシの敵になり、そして事はワタクシの領分になりました。ですから殿下達が御気に病む事は御座いません。ワタクシはワタクシのした事の後始末を別の方に押し付ける気はありません」


 気に病むヴァイディーウス殿下に対してキースダーリエ嬢は微笑み、自分の我が儘だと言い張る。

 筋は通っているかもしれない。

 だが、それでも元々を考えれば殿下達が気に病むのは致し方ない事なのかもしれない。

 ただ俺達は護るはずの俺達が殿下方の御心患いの原因になっている事を恥じるべきだ。

 たとえ既に騎士として失格の俺だとしても、今だ「私」は騎士なのだから。


「ですから、お気になさらないでください。これはワタクシが許せず口を挟んでしまい起こった事でもあるのですから」


 それでも気が晴れないのだろう。

 何とも言えない顔をなさっている殿下達に困り顔で少し悩んでいたキースダーリエ嬢は何故か急に貴族らしかぬ笑みを浮かべた。


「では、代わりに馬車を調べる許可を下さいませんか?」

「はぁ? おい、嬢ちゃん。そりゃ流石に行き成りすぎて意味が分からん」


 突然の話題転換に驚き、絶句してしまった私達に代わりタンネルブルク殿が問いをかけてくれた。


「ワタクシは本当に気にしておりませんけれど、それでは殿下達は気に病むのですよね? ですから交換条件を出せば少しは気も晴れるかと?」

「それは……そうかもしれませんが」

「なぜそこで馬車がでてくるんだ?」


 首を傾げるロアベーツィア殿下の疑問にキースダーリエ嬢は馬車を見て何処か好奇心を抑えきれない表情をなさった。

 一気に子供らしい姿になり、あまりの変貌に今度は別の意味で固まってしまう。


「いえ、実は前々から気になっておりましたの。国境を越える際、馬車などに紋章などを入れる事で止められる事無く抜ける事ができますわよね? ですが今回は何故か御忍びスタイルですし、馬車にもそれらしい紋章は刻まれておりません。ですが魔力などは感じられるので、気になっておりましたの」

「ああ。それなら、紋章に登録された魔力の持ち主が魔力を流す事でそれらが浮かび上がる魔法陣が仕込まれているので、魔力を感じるのだと思いますよ?」

「やっぱり! ワタクシ、それが何処に刻まれているのか気になっていましたの。ですが流石に許可なく馬車を調べる訳にもいきませんでしょう? ですから諦めていましたが、今ならば許可を頂けるかと」


 意気揚々と、無邪気に目を輝かせるキースダーリエ嬢は先程までの大人びた、いや大人顔負けの姿からは想像もつかず、今までの旅でみた深窓の令嬢といった風情でも無かった。

 だが、彼女の事を全く知らない私でも、その姿は何処までも年相応の、無理のないもののように感じられた。


「(此方がキースダーリエ嬢の素なのだろか?)」


 そこまで考えて私は首を振る。

 人など様々な側面を持つものだ。

 どれが「素なのか」など論ずるだけ無駄なのかもしれない。


「そういえば、そのような魔法陣が刻まれている様子は無かったな。一体どこに刻まれているのだろうな?」

「そう、そこです。ワタクシもそれが気になって。中はざっと見た所見当たりませんし……ああ、ですが、もし紋章によって魔法陣が違うなら王家の秘匿魔法陣になってしまいますわね。流石にそれを調べさせてくれとは言えませんわね」


 残念な様子を隠さないキースダーリエ嬢にヴァイディーウス様は笑いだす。


「……クス。大丈夫ですよ、キースダーリエ嬢。魔法陣自体に秘匿性はありません。ただ魔力を流す際に対となる魔石が必要となるのですが、そちらに魔力登録の魔法陣と共に紋章別の魔法陣が刻まれているのです。ですから馬車に刻まれている魔法陣だけなら誰が見ても大丈夫なモノですから問題ありませんよ」

「本当で御座いますか?! でしたら、お気になさるのなら馬車に刻まれた魔法陣を見せて頂きますか?」


 完全に子供のような……いや、年相応な姿でヴァイディーウス殿下に許可を求めるキースダーリエ嬢とその横で同じく目を輝かせていらっしゃるロアベーツィア殿下。

 そんな二人に対して苦笑しながらも柔らかく微笑むヴァイディーウス殿下。

 先程までの緊迫した雰囲気など微塵も感じさせない場所にタンネルブルク殿とビルーケリッシュ殿は苦笑し、使い魔殿は呆れてるように見えた。

 一変した雰囲気のまま離れていく殿下達を私達はただ見送る事しか出来なかった。

 少し離れた所で和やかに話をしている殿下達をただ何と無しに見ていると騎士の誰かがぼそりと「恐ろしい方だ」と呟いた。

 その視線の先に居たのはやはりと言うべきかキースダーリエ嬢で、他にも似たような感情を込めて彼女見ている者達がいた。

 それを他の人間が諫める事も無いのは今此処にいる全員が何かしらの畏怖をキースダーリエ嬢に感じた、という事なのだろう。


「(ただ。私自身は今一体どんな顔をしているのだろうか?)」


 何故か私は彼等と共感できず、何処か他人事のように感じているのだ。

 私が感じているのは恐れか? 怒りか? それとも……。

 自分の感情が分からないという奇妙な状態に陥っていた私は声をかけられてようやく一人の騎士が近づいてきた事に気が付く有様だった。


「何とも恐ろしい方だったな」

「其方もそう思うのだな」

「ああ。アールホルン殿は今の所聡い処をお持ちだが、それでも普通と言い切れる程度には普通の方だ。賢く、努力を怠らなければ神童と呼ばれる程の方だとは思うけどな。だが、キースダーリエ嬢は違う」


 眼鏡をかけた、この騎士もまた別の隊から来た騎士であり、多分アールホルン殿の監視報告任務を受けていたのだろう。

 私とは違い正確な報告を出せるという事だ。

 とはいえ、今後どうなるかは私同様分からない部分もあるだろうが。


「最初から浮世離れした雰囲気をお持ちの方だったが、確かにあの方は異端と言わざるを得ない。……何処か私達とはズレを感じる。しかも今回それを隠す事無く発揮なさった。だからこそ、そのズレを受け入れられる度量を持っていないと彼女とは共に居る事は出来ないのだろう」


 そういって彼は何処か眩しそうに殿下達を見ている。

 彼が眩しいと、羨ましいと思っているのはどちらにだろうか?

 キースダーリエ嬢にか? それとも殿下達にか?

 だが、未だに共感を抱けない私では多分聞いても理解できないだろうと思うと聞く事も出来なかった。

 ふと、彼になら私の胸の内を少し明かしても良いのではないかと思った。

 きっと、それは彼もまた傍観者にならざるを得なかった存在だったからだろう。

 少しばかりの彼との共通点が私に口を開かせたのだ。


「ズレに関しては私は分からん。だが……そうだな。私が感じたのは恐ろしいとは少し違う気はする」

「そうなのか?」

「ああ。じゃあどんな? と問われると答えられるのだが。ただ……――」


 キースダーリエ嬢の言った言葉はどれも鮮烈であり、苛烈とも残酷とも取れた。

 そんなキースダーリエ嬢の恐れを感じる者がいるのは頭では理解できるのだ。

 それでも私が今胸の中にある思いはそういった恐れとは違うものだと断言できる。

 どうしてかと自問自答すれば、何となくだが答えに行きつく気がした。

 私はきっと他の者達とは違う所が気になっているのだろう。

 ナルーディアス元隊長を自分に重ねていると理解した瞬間は自分の醜悪さに嫌悪感すら感じたが、それを飲み込んでしまえば、元隊長がした事が騎士として許さる事ではないという事実が如実に浮かび上がる。

 それ故にキースダーリエ嬢のした事が多少過激だったとしても、他の者のように恐ろしいや怒りの感情は薄れた。

 だからこそ私は彼等とは共感出来なかった。

 ならば、私が引っかかって飲み込めない部分は何処なのか?

 その答えが今理解出来たのだ。


「……――騎士とは人であっても良いのだな」


 そうだ、私は何故かその言葉に酷く心が揺さぶられたのだ。


「騎士とは清廉潔白であり、国を愛し剣を捧げ、陛下に忠誠を示し、そしてその剣をもって国民を護る者達の事だ。そしてその中でも実力も兼ね備えたのが近衛隊だと私は思っている」

「それを真に体現している存在は確かに「人」とは言えないな」

「ああ。だが私は近衛とはそうあるべきだと思っていた。だからこそ騎士を人と言い切るキースダーリエ嬢の言葉に酷く困惑し、その後の言葉で騎士も「人」であっても良いのと思わされた」


 別に私とて人の身で、そうあれるとは思っていない。

 だが、少しでもそんな理想に近づくために自分を削るべきだとは思っていた。

 そのくらいの努力をしなければ私程度の存在では近衛という栄誉ある場所に居続ける事は出来ないと思っていたのだ。

 

「(ああ。そうだ。……だからこそ私が真に怒りを覚えるのは元隊長であったナルーディアスの方であるべきだった)」


 近衛の、しかも隊長と言う地位にいるにも関わらず私怨で様々な事をし、最終的には国民であるキースダーリエ嬢を害そうとした。

 元隊長への共感が薄れれば浮き出てくるのは彼がした事が許され難い行為だと言う事実だけだった。

 私は同じ罪を犯した騎士という共通点に惑わされて、自分を重ね、キースダーリエ嬢に不満を覚えた。

 

「(それこそが私の許される事の無い罪だ。……だが、同時に酷く人らしい感情だとも言えるのではないだろうか?)」


 だからこそ騎士は人であると言い切られた事に私は恐れを感じるのではなく、何故か安堵にも近しい不思議な感覚に陥ったのだろう。

 私が近衛として騎士として失格なのだと言う気持ちには変わりない。

 だが、それでも騎士とて人なのだから、罪を贖い、そして再び自分の目指す「騎士」になりたいと。

 そう思う事ぐらいは許されるのではないだろうか?


「(都合が良すぎるとは思う。きっと騎士として再び国に剣を捧ぐ事すら許されないかもしれない。それでも俗物でも目指せる所はあるだろう。そう思うのだ)」


 そうやって自分の中にある不可解な感情にある程度整理がついた時、隣から小さくだが、笑い声が聞こえた。

 何だと思って見やると先程まで話していた騎士が押し殺すように笑っていた。


「成程。流石あの家の者だな、君は。先程まで死にそうな顔をしていたが、今は大丈夫そうだ」

「そんなに酷い顔をしていたのだろうか?」

「ああ。まぁ今はそんな事、考えていないんだろう? ――――これすらも考慮に入っての発言だとしたら、かの令嬢は慧眼ではすまないな」

「ん? すまない。最後の方何を言っているのか聞こえなかったのだが?」

「いや、たいした事ではないさ。……お互い次に会う時はどんな立場にいるかは分からないが、君とは共に行動してみたいな」

「随分楽観的だな」

「ここで悲観的になっても仕方ないだろう? では次がある事を願っておくよ」


 彼はそう言うとあっさり、背を向けて歩き出す。

 これからの事を考えれば誰でも気鬱になろうだろうに、飄々とした態度を崩さない彼に何とも変わった奴だと思った。


「(だが、周囲にいる未だに畏怖と混乱の中動けない彼等よりは先を考えているだけ良いのかもしれないな)」


 殿下達は未だに和やかに歓談中だ。

 私はそれを少しだけ見つめると、次の自分のする事、しなければいけない事を考え深く嘆息する。


 何時まで騎士と名乗っていられるかは分からない。

 だが、それでも志と矜持だけは何時までも「騎士」でいたいと思う。

 ああやって穏やかに笑っていられる人々の笑顔を護りたい。

 そう思って私は剣を取ったのだから。





 この後何事もなく国境に着き、人員交代後、私達は国へと帰還した。

 その後、起こった出来事については色々あり過ぎて未だ困惑の中にいる。

 整理がつかない事ばかりなのだが、一つだけ。

 私は降格処分になり近衛ではなくなったが、騎士として除籍処分を受ける事は無かった。

 そしてあの時行動を共にした眼鏡をかけた騎士、そして何故か近衛時代、同じ隊だった時の同僚、私は友人と思っている男と共に殿下達の守護を担う隊に組み込まれることになった。

 自分でも本当に何を言っているかは分からないのだが、隊長曰く、上層部の思惑が色々働いた結果らしい。

 詳しい事情を知りたいと思わなくもないが、今はただ騎士であれる事に感謝して置こうと思う。

 そして烏滸がましい事ながら何時の日か殿下達、そしてキースダーリエ嬢とアールホルン殿に自身の身努力の証を見て欲しいと思った。

 汚名返上する事は出来ずとも、騎士としての自分を貫く覚悟だけは知ってほしい、と思うのだ。


 そんな覚悟を決め、今私は本当に同僚になった眼鏡をかけた彼と友と共に鍛錬の日々を過ごしている。

 ――何故か三人で一纏め扱いになっている上「変わり者トリオ」扱いだけは解せぬのだがな。




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