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家族でのお話あい(2)




 何処か吹っ切れた様子のお父様は先程までの悲しみを一時的に秘めると真剣な表情で私達を対峙なさった。

 何方かと言えば私人としてよりも公人、貴族としてのお父様にお兄様と私の背筋が自然と伸びる。

 私的なお茶会とは言えど、此処は今公的な情報すら飛び交う場となった。

 まるで交渉でもしているような雰囲気にお母様が少しばかり呆れたお顔をなさったけど、そんなお母様とて隙が伺えないのだから同類だと思う。

 このお二人は結局似た物夫婦と言う奴なのかもしれない。


「まず例の公爵、いずれ「元」になるあの人を排除する事は出来たよ。きっとお前達が考えるよりも容易く、ね」

「それは、何となくですが分かりますわ。謁見の前にあれだけの失態を犯しながら、何が悪いかを理解なさっておられないようでしたし。あれが常態だと言うならば、既に相当の事をやらかしているだろうな、と」

「うん。彼は公爵とは言え、名ばかりでね。領地も広くは無いし、部下に押し付けて王都で色々やるのが趣味みたいな方でね。野心家と言うには理想も低いし、出来る事も大した事じゃなかったけれど」


 うわぁ、お父様ボロクソに言ってる。

 これって王妃様関係無くあの老人個人に相当の恨みが募ってるって事だよね?


「先代はまさに物語に出てくるような野心家であり、策に長けた方だったと聞いている。先王も政の中枢に据える事を戸惑う程にね。ただあの家はどうやら子を育てる才能だけは欠落していたんだろうね。野心家で能力を持っていた先代の唯一の失敗が、かの人を後継に据えた事かな。純血主義でもあったから他に継がせる相手がいなかったんだろうけどね」


 その先代当主が生きていたらさぞかし嘆いた事でしょうねぇ。

 自分の跡継ぎがあそこまでアホだったら。

 こういう時に言うんだっけ? 『故人が草葉の陰で泣いてるぞ!』って。

 

「まぁ本人は今の今まで才能があると思っていたし、元王妃の権威もあってか、何処でも横柄な態度を取っていたけれどね。……そうだね、同類を侍らせる事に関しては才能があったんじゃないかな?」


 取り巻きは同類ばかりって事ですね、分かりたくありません。


「王妃が女性第一の地位についたからね。公爵家である事はまぁ間違いでは無いし、王族の縁戚という事で更に権力を自分は持ったんだ、と勘違いしてもおかしくはなかったんだろうね」

「本来ならば公爵家の権威でもって王妃の後ろ盾となる、ではないですか? これでは完全に真逆だと思うのですが」

「そうだね。けど誰もが知っていたけれど、それが事実なんだよ。王妃があの地位にいたからこそ公爵家として面目が立っていた、と。だから今回の事で王妃が失脚してしまえば、あの家にはどうにも出来ない。公爵家は簡単に解体できないから、徐々に財産や権力を削ぎ取って、最後には領地に引っ込んで隠居してもらう事になる、って感じだろうね」


 今までの贅沢の日々なんておくれるはずもなく、醜聞と共に引きこもるしかない。

 みじめで、何処までも虚しい最期、という訳だ。

 とは言え王族を害そうとした黒幕の家族に対する処置としては甘いような?

 一族郎党処刑とか普通にありそうなのに。


「王妃は生涯幽閉になるとお聞きしました」

「うん、多分、そうなると思う」

「大罪人が出た家の処置にしては甘くはありませんか?」

「うーん。確かに一思いに、って話も出るとは思うけれど、公爵家を簡単に潰す事は出来ないし、領地経営の才は無くとも、嘘をつく才能はあったのか、それなりに取り巻きがいたからね。全部を一気処分してしまうとフォローできる範囲が越えかねない。だからじわじわと力を削っていって最後には抵抗出来ないくらいに無力化してから隠居してもらう、って話にまとまると思う」


 ……お父様、お兄様がドン引きしていますけど?

 言いたい事は分かるし、貴族らしい言い回しをせずに素直にお話下さるのは大変嬉しいのですが、お腹が真っ黒な発言をニコヤカに言われると反応に困りますわ。

 あぁ扇子が欲しいです。

 引き攣りそうな口元を隠す扇子を!

 今受け取るとあらかさまに口元を隠していると宣言しているから取ってきてもらう事も出来ないんですけどね!


「どす黒いですわね」

「政を司っている存在に綺麗な人間なんていないからね。……本人は明らかに小物だったし、簡単に排除する事は可能だったよ。けれど僕達にもある思惑があったから出来なかったんだ」

「本人の価値ではなく、かの方を排除しては成し遂げられない事?」


 それなりの長さを誇る公爵家としての名、とか?

 それとも野心家であったと言われている先代当主の置き土産の可能性も無くはないかな?

 と、私が思いつく理由を考えているとお兄様があっさりと理由に思い当たったのか口を開いた。


「それは王妃の事ですか?」

「お兄様?」

「だって王妃が公爵家の後ろ盾だったんだろう? なら公爵家は切り崩しやすいかしょだったんじゃないか?」

「……なるほど」


 家の価値ではなく、何よりも排除したいと思っていた王妃がこの場合関係していた、と。

 確かにそっちの方が有り得るかも。


「ダーリエはむずかしく考えすぎだよ」

「うぅ」


 色々考えをこねくり回すのはある意味の趣味です。

 それで本質を見誤ってしまえば本末転倒なんだけど、さ。


「物事を深く考える事も必要だけど、今回はアールの言葉に一理あるな」


 お父様は笑って私とお兄様の頭を撫ぜてくれた。


「アイツ等から元王妃との確執は聞いているよね? アストに執着していた彼女はありとあらゆる手を使い正妃の座をもぎ取った。そして自身よりも愛され、本来ならば正妃になるはずだったカトゥークスを憎み、そしてアストから奪った。それでも彼女は証拠を残さず、故に王妃の座から引き剥がす事が出来なかった」

「やはりカトゥークス妃殿下の死は……」

「未だに明確な証拠は出ていない。とは言え、本人の証言もあるから確実ではあるんだ。……彼女を悲劇の王妃としてこれ以上力を持たせる訳にはいかなかったんだ」

「悲劇の王妃、ですか?」


 お兄様が首を傾げ、私も眉を顰める。

 あの老人、ひいては公爵家を潰す事で彼女が悲劇の王妃となる?


「実際後ろ盾となっていたのは元王妃であり公爵家は元王妃の権威により好き勝手していた。けどそれが暗黙の了解であり、公然の秘密だとしても実際は「公爵家を後ろ盾として王妃の座についた」のが真実となっているんだ。それが普通だからね」

「ああ。つまり早々に公爵家を潰してしまえば、後ろ盾を失った王妃となる。だと言うのに、そんなタイミングで王妃の座から引きずり落としてしまえば、陛下の名に傷がつく、という事ですわね?」

「まぁ簡単に言ってしまえばそうだね。元王妃は周囲を操作する事はお得意だったから、正妃としての座を誰かに奪われないように力を高めるために利用したはずだ。後ろ盾が無くなり、王妃の座を退くなんてありえない話じゃないけど、カトゥークスには子がいたけれど、彼女には居なかったからね。此処で正妃の座から彼女をどかせば正妃につくのはカトゥークスだった。それを良くは思わない人達も一定数がいたから、実際正妃の座を退かせる事は難しかったと思う」


 カトゥークス妃は爵位が低かったんだろうか?

 それとも別の要因が?

 まぁ何かは分からないけれど、カトゥークス妃が正妃となる事を忌避するのは王妃側以外にも居て、そんな人達の力添えもあっただろうから、排除は簡単にいかない。時間がかかればかかる程とれる手は減っていくって所かな。

 ギリギリ過ぎる予測に直ぐに王妃を排除する策は取れなかった。

 だから切欠となりえるあの老人たちも排除出来なかったって事か。

 はっきり言って釣りの餌として生かしておいた、って事になるんじゃないかな?

 その程度の価値しか無かったんだ、公爵家の当主の癖に。

 感じた印象通りだったと言えばそうなんだけど。


「元王妃を確実に排除するまでは泳がせておく必要があった。そしてどうせならば身近で監視するべきだと考えて「陛下を支持する人間が集まった派閥」を作り上げたんだ。そして一応僕がトップという事にして、彼等の不満を煽りつつ好き勝手にさせた。その時がくるまで出来るだけ罪を明らかにして集めておいてね。元王妃を排除した時、一蓮托生として連座に出来ずとも個人たちの犯した数々の罪を証拠に処罰できるようにね」

「まさに綱渡り状態ですわね」


 一歩間違えればお父様の手腕が疑われるし、トップに責任を取らす形で何かをしでかしかねない。

 他の派閥からの評価も下がる。

 結果として舐められる可能性が高い。

 宰相としても決してプラスにはならない。

 それでもお父様は監視という名目で抱え込んだ。

 全てはあの王妃を罰するために。

 

「なんて無謀な事を。しかも成し遂げてしまうなんて」


 考えられない胆力と忍耐力だと思う。

 それはまぁ仇と共に居た陛下にも言える事だけど。

 それだけ仲間を、愛する人を奪われた悲しみと怒りは深かったって事か。


「気づいている人もいたよ。僕達が理由あってのあの振舞いだと、ね。そういった人達が本当の意味での派閥の人間と言った所になるんじゃないかな」

「今回の事で派閥内部が大きく変動すると言う事ですか?」

「ああ。彼方についた人達は全て調べてある。大なり小なり罪を犯しているから、自分達のやらかした事に対しての罰を受けてもらう事になるだろうね」


 責任はトップの僕に擦り付けて甘い蜜を啜っていたんだ、放棄した責任を今度こそ取ってもらうだけさ。

 

 黒いモノを醸し出しながら笑うお父様にお兄様が再び引くのが分かった。

 相当鬱憤が溜まっていたんですね、お父様。

 自分達で決めたことだとしてもきつかったに違いない。

 少し考えるだけで胃に穴が開きそうだし。


「では、今度こそワタクシ達は同世代と交流を持っても良いと言う事でしょうか?」


 私はともかくお兄様には同世代の友人が必要だ。

 というよりもお兄様自身が寂しがっていた訳だし。

 まぁ気を付けないと縁談も死ぬほど舞い込んできそうだけど。

 私の言葉に一瞬驚いたお父様だったけど直ぐに苦笑になった。


「二人には窮屈な思いをさせていたね。派閥はほぼ二分化していたから迂闊な子を家に呼ぶ事も出来なかったんだ。お前達が取り込まれるなんて事は避けたかったから。今まで寂しい想いをさせてごめん」

「アストの子等にも簡単に合わせる訳にはいきませんでしたものね。あの方が近くに居る状態では特に」


 えぇと、別に殿下方と幼馴染ってポジションが欲しかった訳じゃないので、それは良かったなぁと思ったりしないでもないけど。

 お父様達が色々な事を考えて派閥に不穏分子を引き入れていた事はまぁ分かったけど、なら罪の一つや二つ増やしても問題ないよね?

 『キースダーリエ』やお兄様が受けた苦痛の分を、ね。

 事実だから別に過剰な罪って訳じゃないし。


「では派閥のトップの子等であった『キースダーリエ』やお兄様に下らない事を囀っていた方々も追加しておいて頂けますか?」

「……どういう事かな?」


 おぉう、お父様の笑みが深まったのに、部屋の温度が下がった気が?

 そしてお母様も笑顔のまま固まっておりますね、はい。

 お兄様は……慌てなくともいいと思いますよ?

 受けた仕打ちはきっちり返してこそ、ですよ。


「ワタクシ達個人が気に入らないのかラーズシュタインが気に入らないのかそれはそれは囀っていましたわ。何でも「アールホルンは出来そこないだ」とか「女子供は知恵を付けずにいれば良い。錬金術を学ぶなど淑女としておかしい」など? まるで『レコーダー』のように……失礼、何度も何度も同じような事を毎回毎回。同じ事を判を押す様に繰り返すならばおしゃべりな鳥にでも吹き込んで送って下さればよろしいのに。鳥ならば目で楽しむ事もできますでしょう?」


 囀っている時の形相などとても直視し難いモノでしたし――と貴族らしく微笑んで言い募る私にお兄様は頭を抱えてしまいました。

 お兄様、嘆く事はありませんよ。

 あれ、完璧に彼方が悪いですから。

 家格をあまり気にしない家柄とは言え、暴言など身分関係無く見苦しいモノ。

 『キースダーリエ』やお兄様の心に暗い影を落としただけで許されざる大罪ですから。

 性格形成時にあれでは人柄が歪みますからね?

 実際『キースダーリエ』にはその歪みが見られた。

 きっとお兄様も、だと思うけれど、違うんだろうか?

 違うならそれはそれでいいんだけどね。


 さてお父様とお母様は、と……え、えぇと?


「(さ、流石に此処までは想定外でした)」


 更に温度が下がって寒い……あ、あれぇ?

 お母様? お茶の中身が凍ってませんかね?

 そ、そりゃ青い御髪ですから水属性魔法が得意なのは予測できましたし、なら氷の操作もお手の物なんでしょうが……まさか温かいお茶を凍らすほどの冷気を発するなんて。

 しかも詠唱してませんよね?

 無詠唱といいますか、むしろ無意識、ですかね?

 

 そんなお母様だけでも恐ろしいのに、お父様の方はあんまり見たくないなぁ。

 微笑んでいるのに、見た目だけなら麗しい、で済むのに。

 周囲に色々舞ってます。

 あれ? ダイヤモンドダストって明け方のスゴイ寒い地方でしか見れない現象じゃありませんでしたかね?

 あれあれ? ここ雪山でした?


「ダーリエちゃん」

「ひゃい!」


 しまった、噛んだ。

 思い切り子供のような真似をしてしまった私に二人を取り巻く空気が緩む。

 ……私の精神安定上必要なので体を張って阻止した、という事にしておきます。


「怖がらせてごめんなさい。けれど私もオーヴェもそのような事は一言も聞いていないのですけれど、一体何時頃からそのような蛮行があったのですか?」

「……記憶にある限り、物心ついた頃にはありましたわ。どうやらワタクシを良き傀儡に仕立て上げたかったようですが」


 まぁ家族大好きな『キースダーリエ』がそんな甘言に乗る訳も無く、望む対応を取らないと分かれば、甘い言葉の数々はあっという間に暴言へと変化した。

 元々の甘言ですら『キースダーリエ』の性格を全否定していたわけだから甘言とも言えないかもしれないけど。

 

「そうですか。アールは何時から?」

「ボクは……最初は次期当主としてすりよってくる感じでしたが、相手にしなかったので段々話しかけてくる内容が変わり、ダーリエが生まれてからはラーズシュタインには不適格だ、と言われるようになりました。錬金術の才がないことも言われた、きがします」

「そのくせ『キースダーリエ』の時は「錬金術を学ぼうと望む小賢しい小娘」扱いでしたわね。言っている事が矛盾している事にご自身が気づいておられないようです。嘆かわしい、というよりも其処までいくと喜劇ですわね」


 言っている事に一貫性が無いせいで言葉が薄っぺらい。

 『キースダーリエ』に対しての暴言を吐いている場所にお兄様が居合わせた事もあるし、逆の場合もあった。

 そもそも『キースダーリエ』とお兄様が幾ら子供だからと言って何を言っても分からないと思っていることこそが愚かだ。

 暴言に関しては親戚筋が多いのが嘆かわしい事かもしれないけどね。


 私とお兄様の話にお父様は頭痛を感じたのか蟀谷を抑えているし、お母様は笑顔でカヴァーしきれなくなったのかもはや無表情だ。

 正直言って美人の無表情は怖い。

 様々な感情が内を取り巻き、出来た無表情は背景も含めてもっと怖い。

 ただそれは私達への愛情が裏付けられた怒りな訳だから喜びも感じるんだけどね。……うん、けど、やっぱり怖いです。


「流石に親戚筋や分家を排除する事は出来なかったんだけれど、失敗だったようだね。……もううんざりするほど言っているけれど、ごめんね、ダーリエ、アール」

「お父様のお気持ちはわかりますから大丈夫ですわ。さじ加減が難しい事は何となくですけれどわかりますから」

「ボクもです。父上がボクたちのことを思ってくださっているのは分かりますから」

「うん。……思い出すのは辛いかもしれない。だけど確実に処罰するために後で詳しい事を教えてくれるかい?」

「ワタクシは構いませんわ、お兄様や『キースダーリエ』を傷つけた輩を地獄に叩き落として下さいませ」


 私の大切な人達に暴言を吐く輩なんて地獄に堕ちれば良い。

 後でお母様の事も悪く言っていたって付け加えておこう。

 お父様が遠慮しないように。……今の時点でしないだろうけど。


「任せてくれ」


 わぁお、良い笑顔ですねお父様。

 頼もしい限りです。

 と、暴言と言えばまだいましたね。

 いや、こっちに関しては暴言云々よりも問題が他にある、かもしれない。


「そういえば、あの自称婚約者サマですけれど、あの一家のせいでお父様達、軽んじられたりなさいませんでしたか?」

「どういう意味だい?」

「お父様がワタクシ達を信頼し、自由に動けるように取り計らって下さっていた事は理解しておりますが、幾度にもわたる無許可の我が家への訪問……は許可しておりませんのである種の不法侵入行為。更に切り捨てたとはいえ元側近のワタクシ達への攻撃行為。それらは露見してしまえば、お父様の不手際として責める方が出てくるのではないかと」


 護衛を付ける事は可能だった訳だしね。

 付けられたら私達は行動範囲が狭くなって困ったりしたわけだけど。

 貴族としての体面などを考えるなら護衛を付けるべきだったと思う。

 影働きをする人間が護衛についていた可能性はあるけれど、危機的状況でも出てこなかったし、可能性は低いかと思ってる。


「護衛に関してはお前達を信頼するという名目で放置していた僕の落ち度だね。もう聞き飽きただろうから今謝る事はしないけど、何かしらの償いはさせてもらうよ。……次にフェルシュルグだったね? 彼の言動は無かった事になっているんだ。かの家が彼を切り捨てたために僕等は抗議する方法を一つ失ったけれど、同時に平民であり貴族という地位ではなかった彼は事件ごと存在が消された形になっている。お墓も共同墓地に埋める事が出来なかったのはそういう意味もあったんだ。せめて彼を一人の人として埋葬させたかったんだけど、骨も残っていない事を言い事に全ての記録を消してしまったから、僕達に出来る事は無かった、という訳だ」


 成程、貴族としての体面もあるから、なら全てなかった事にするという選択を取らざるを得なかったって事、か。

 其処でお父様は私の影、クロイツのいるであろう所を見ると頭を下げた。


「君の尊厳を守りきる事が出来ず申し訳ない。この償いも必ず約束しよう。……僕を一欠けらでも信じてくれるならば待っていて欲しい」

「……別に死んじまった後の事なんざ気にしねぇし。彼方さんの利益になる事があったわけじゃねぇなら問題ねぇよ」


 今まで話しを聞いていたクロイツは影から出てくると私の肩にのりお父様にそういった。

 その後は何事も無かったかのように欠伸を一つすると再び影の中に戻っていく。

 早業のようなクロイツの言動にお父様は少し驚ている様子だった。

 あれってクロイツの言い逃げだもんね、そりゃ驚くわ。


「気にしなくても良いと思いますわ。フェルシュルグはかの方々に心を寄せていたわけではない御座いませんし、今はクロイツですから。……事件が起こっていないのだから危機管理の話には発展しなかった、という事ですよね?」

「そうだね。――僕の気が済まないから補填はさせてもらうから、何が良いか考えて欲しい。――だからそれらに対して難癖付けてくる存在はいないよ。そもそも公然の秘密ではなく、本当に当事者以外には知られてないからね」

「かの方達の取り巻きですら知らない、という事ですか。……では、自称婚約者の行為に関しては?」

「あぁ、あれね。……ダーリエ」

「は、はい!」


 笑みが麗しいのですが、お父様?

 目が笑っておられませんよ?


「僕は一度だってね。彼を歓迎した事はないんだ。むしろ貴族的言い回しでやんわりと早く帰る事や謝罪を要求したんだよ。けれど……」

「けど?」

「一度だって彼は帰る事も謝罪をする事もなかったなぁ。あそこまで見下されたのは久しぶりだったよ。ある日の事が思い出されて思わず力がはいってしまってね」


 全部の処分を書き連ねる時ペンを幾つかダメにしてしまったかな?

 微笑みながらとんでもない事を言いだすお父様に私とお兄様は手を取り合い震えるしかありません。

 寒いととかそういった事じゃなく、これが魔王に怯える村人の気持ちか、と妙な納得までしてしまう始末です。

 怒りの矛先が私達じゃない事は重々承知ですが、いろんな意味で心臓に悪いです。

 

「かの家も元王妃派だったんだけれど、一連の事で軒並み失脚する前にそれ相応の処分が決まってしまっただろう? そのせいでかの家は存続してしまっているんだ」

「没落しなかったのですね」

「まぁ不祥事をやらかした子供を切り捨てようとしたから、それが出来ないようにした上である程度の年齢がいったら当主の座を引くように要求したぐらいしか出来なかったんだよね」

「それはそれで過干渉と非難されそうですが?」

「一応こっちは被害者だからね。本来ならばお取り潰しが妥当の所を家の存続を約束した上の要求だからある程度の無理は効いたって所かな」


 家が残るのは慈悲じゃないとあの家の人間は誰一人として気づかなかったって事かぁ。

 生き恥を晒せって言われてるような気がするんだけど。

 あの貴族至上主義で自身の血を誇り他者を見下すプライドが無駄に高いかの家の方達がその事実に気づいた時耐えられるのか。

 公爵家を見下し、あまつさえラーズシュタインの一員として認められている子供に対しての暴言三昧。

 あまつさえ利用までしようとした輩が当主となった時、その家に対する信頼などあると思っているのだろうか?

 彼等に底辺から這い上がるだけの根性が無ければ没落よりも悲惨な末路が待っているだろう。


「(……だとしても、二度と私達家族の前に姿を現さないというならば何の問題もないけれど)」


 かの家の事でうちが攻撃される事が無いのならば、自称婚約者など家ごと忘れてしまってよいだろう。

 既に顔も朧げだが、まぁこれで綺麗さっぱり忘れられるというモノだ。

 あの一連の騒動の事で覚えているのは“フェルシュルグ”だけでで良い。


「それならばワタクシは何ら問題は御座いませんわ。家族に何かしら不利益が降りかからないならば、覚えておく必要もない方々ですので」

「そこまで割り切るのか?」


 お兄様に思わずと言った感じで突っ込まれて私は苦笑するしかない。

 私は基本的に「人」に対して無関心ですよ?

 それこそ『わたし』の時から、ね。


「覚えておく価値もありませんわね」

「ダーリエがそれで良いならいいんだけどね」


 苦笑しているお兄様は、それなりに私のこの薄情な性質を間近で見てますもんね。

 思わずと言った感じで言ってましたけど、実際そこまで驚いてもいませんよね?


「後は何かあるかな?」

「……多分ワタクシに高品質の魔石を渡したのも先生方を通して忠告があったのもワタクシ達の自衛手段、助けが来るまで時間を稼ぐための手段を持たせるため、ですわよね?」

「そうなるかな。正直、白昼堂々城を襲撃するなんて事起こるとは思ってなかった……と、これも言い訳かな?」

「いえ。実際黒幕が黒幕でしたし、普通起こる事ではないと思います。というよりも頻繁に起こってもらっても困る事、ですわね」


 平和とはいえ守りが強固な城で白昼堂々襲撃事件が起こるって普通に有り得ても困る。

 これが戦時中ならば侵入し放題って事じゃないですか。

 そうじゃなくとも内乱の際、城にて要人を狙いたい放題というのは頂けない。

 今回は内部を熟知し、穴を造り出す指示が出来る相手が黒幕であった事が問題、という事でいいと思う。

 今回の事を教訓に警備の見直しをするべきかもしれないけれど、それこそ私達の考える範囲外だ。

 下手すれば宰相であるお父様とて口出しを控えるべき案件だろうし。

 

「頻繁に起こる事だと色々な面で問題になってくる案件ではあるね。だから今後の国での話し合いになると思うよ」

「ならば、ワタクシ達の知るべき事では御座いませんわね。ワタクシはありませんわ。……お兄様はどうですか?」

「ボクは……そうですね。今回のような事があれば出来るだけ事前に話をして欲しいと思います。たとえ今分からずとも情報を得て調べる事で分かるかもしれません。ボクはもう「無知」でいたくはありませんから」


 真っすぐ強い光を宿し前を向くお兄様に内心感嘆の息をつく。

 本当にお兄様は心が御強い方だ。

 そしてあんなめにあっても真っすぐだ。

 既にネジくれ曲がって真っすぐなんて言葉何処を探っても出てこなくなって久しい精神構造の私にしてみれば眩しいくらいだ。

 弟殿下も真っすぐな方だったし、お兄様と殿下は気が合いそうだ。

 恐れ多いとはおもうけれど、お兄様と殿下が心をさらけ出す事の出来る友となれるならば……それはそれで嬉しいと思う。

 私自身は出来れば近づきたくはないけれど、友を得る機会を得られなかったお兄様が親しくなりたいと、地位など関係無く思えるならば後押しできれば、と。

 これだけ真っすぐならば私が気を付けなくとも直ぐに友人など出来るだろうけれど。


「お前達はもう親に守られるだけでの子供じゃない。全ての目と耳を覆い隠すよりも正確な情報を渡す事で考える事の出来る人間だと思い知らされたからね。今後は遠慮せずに教えてあげるよ」

「お願いします!」


 お兄様は笑顔で即返事でしましたけれど、私は少し腰が引けました。

 お父様の笑顔が、まぁ公人としての顔を多少含ませていた気がしたから。

 うん、まぁ情報は欲しいけれど、お父様の本気と遠慮なしは厳しい気がしないでもないです。

 

「……お手柔らかにお願いいたしますわ」


 私は凡人なんですから、出来ればソフトにお願いいたします。……手加減苦手そうだからあまり期待は出来ないけれど。









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