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次、彼女と会う時俺はどんな言葉を掛けるべきだろうか?(3)



 城の中で騒動にまきこまれた俺は誰から見ても「普通じゃない」状態だったらしい。

 けれどそれに俺がきづくことができたのもまたキースダーリエ嬢のおかげだった。





 しゅうげき事件の犯人はやはり母上だった。

 父上によばれ教えていただいた。

 そのとき俺は一体どんな顔をしていたんだろうか?

 今でも俺を心配そうにみる父上の顔だけしか覚えていない。

 そう変なことは言っていないとは思うんだが。


 兄上やキースダーリエ嬢にも伝えるらしいが、多分俺は二人よりも詳しい事を教えていただいたんだと思う。

 主犯が母上――いや、もう母上と呼ぶこともゆるされないかもしれないな、王妃と呼ぶべきなんだろう。

 その呼び方もいつまでできるかは分からないが。

 ともかく血のつながった相手だからこそ俺はくわしい話をきくことができたんだと思う。。

 王妃の生家もからんでいるらしいが、そちらは王妃が王妃だったからその地位にあったものだから問題はない。

 周囲に自分の意志を広める事には長けていたかもしれないが、脅威と感じるまでの力はない。

 その力だって王妃が後ろ盾をしていたためそう見えていただけかもしれない。

 だから問題は王妃が犯人であった事だけだった。……それが一番大きな問題ともいえるが。


 多分父上は王妃を好いてはいなかったのだろう。

 もしかしたら憎んでいたかもしれない。

 親しい友人と最愛の人をうばわれた父上にとって王妃は憎悪の対象となっていたのだと話を聞いていて俺はようやく気付いた。

 父上にとって王妃がそういった対象ならば俺のことも嫌いなのではないかと思ったのだが、そう聞くと父上は苦笑なさって「母親がそうだったとしてもお前が俺の息子である事には変わらん。そんな心配しなくても良い」と言って頭をなぜられた。

 暖かいモノに安心しながらも疑問はどうしても消えてはくれなかった。

 本当に良いのだろうか?

 俺が王妃の血を引くことには変わりないというのに。

 このまま俺は王位継承権をほうきした方が良いのではないだろうか? とも考えてしまっていた。


「(あぁ、でもそれでは兄上が王になってしまう。兄上にその気はないというのに押し付けることはできない)」


 俺にえんりょしているというなら問題はないが、兄上は本気で王位に興味が無いようにみえる。

 ここで俺が継承権をほうきすれば嫌がらせみたいになってしまう。

 そんなことで兄上にうとまれるのはいやだ。

 俺にとって兄上は憧れであり、負い目を感じる相手であり、誇りなんだ。

 ……それだけではなく、ただ俺が兄上と共にいたい、とも思っている。

 無条件にそう思っても許されて、思うことができる相手は俺にはもういないだろうから。

 

 王妃は今後表舞台にたつことはないのだと父上が教えてくれた。

 【塔】に幽閉される、と。

 一時は王妃にまでなった貴人を即処刑するわけにはいかないんだろう。

 ……父上にそう言われた時、俺は王妃がすぐ死なないことに少しだけ安心してしまった。

 そしてそんな一瞬の思考がとても後ろめたいと思った。

 王妃は大罪人だというのに。

 俺の命すら失われることを許容したのに。

 兄上やキースダーリエ嬢に迷惑などとは簡単には言えないほどのことをしたのに。

 それでも王妃が命であがなう時が伸びたことに安心してしまった。

 兄上たちに対する罪悪感で胸が苦しかった。――この苦しみの原因はそれだけだとこの時の俺はそう思い込んでいた。実際は違う感情も確かにあったというのに。


 城にいる間、俺は殆ど一人だった。 


 俺の周囲の人間はまだ俺の側近というわけではない。

 王妃の口出しもあって俺には現在側近候補の子供がいない。

 王妃に押し付けられた子供たちは拒否していたから当たり前なんだが、それで良かったのだともおもっていた。

 王妃の意志を引き継ぐものを身近に招き入れるわけにはいかなかったからだ。

 そういった者たちが兄上を害さない保証がなかった。

 ただ王妃の力は強かったらしく父上たちも俺の側近候補を送り込めなかったのはきっと父上たちにとっての誤算だったのだろう。

 そのせいか今の俺には心から仕えてくれる人は存在しない。

 仕方の無いことだが、今はそれに感謝しなければいけない。


 今俺は騒動の渦中にいるのだから。


 国王である父上の血を引く第一王位継承者である一方大罪人となった王妃の血も引く俺は位置付けが難しい存在となった。

 この国では基本的に正妃の子供が王位を継ぐ。

 勿論例外はあるが、基本はそうだ。

 だが王妃が罪を犯した場合は一体どうなるのだろうか?

 俺が王妃の思想にそまっているのなら話は簡単だったのかもしれない。

 廃嫡してしまえば問題は無くなるのだから。

 だが俺は王妃の思想に染まってはいない……と自分では思っている。

 実際完全に染まっていないとはいいきれないのだが少なくとも兄上を押しのけてまで王位が欲しいとは思わないし、こたびのことは王妃が悪いのだと理解している。

 王妃の取り巻きが俺にとりなしを頼みに来たのだが、何を言っているのか理解できなかったしな。

 王妃は罪を犯した、だから【塔】へ幽閉される。

 シンプルだが間違えようのない答えだった。

 大体父上……陛下の決定に異議を唱えるならば自分でやるべきであるし、もっときちんとした理由を用意しないといけない。

 感情だけでどうにかなるほど陛下は甘くはない。

 子供の俺でもわかることなのにアイツらは分からないなどと呆れるしかなかった。


 俺をののしり去っていく姿はあれだけ可愛がってくれたのは「王妃の子」であり「王位継承権第一を持つ子供」だからだったのだと俺に知らせるには充分だった。

 俺の進退が決まっていないからだろう。

 あれから俺の周囲から人が消えた。

 みな俺を遠巻きにしている。

 変わらないのは兄上と父上ぐらいだ。……いや通っていた訓練場で会う騎士候補生たちは変わらなかったが、よくあっていいわけではないし彼等の家のことを考えればあまり近づきすぎるのもよくはないだろう。

 それ以外は巻き込まれることを警戒して近づいてはこない。

 薄情という前に理由がわかってしまったのはもしかしたら不幸だったのかもしれない。

 理由が分かっても相手に文句を言い周囲に当たり散らすのは俺のプライドが許さなかった。

 俺だって王族だ。

 王妃の血を引いているが陛下の血だって引いているのだから、人の目のある場所で子供のように泣きわめくことはできなかった。


 あの当時俺に近づいてくるのは俺の進退が気になる奴等か俺に王妃を助けることを訴えてくる奴等かだった。

 多分後者の存在の方がひどく直接的であり攻撃的だったように思う。

 当時の取り巻く環境を考えれば当たり前のことなんだろうが。


 王妃の取り巻きの言葉は大半が聞き流すことが出来た。

 が俺は何故か「母上が大事ではないのですか!」という言葉だけはどうして聞き流せなかった。

 俺は王妃を大事に思ってはいけないのではないのか? とも思ってしまっていたんだ。

 王妃は大罪人だ。

 その血を引くからこそ俺は王妃とは違うのだと示さないといけない。

 そう思ったから俺は王妃に「もう母とは思わない」と突き付けたのに……。

 

 実は一度だけ俺は罪を犯した貴人が滞在する居室に連れていかれた。

 俺をそこに案内した人間は純粋に俺を思っていたのか、王妃と会い俺が母恋しさに助命を願うことを望んでいたのか、それは分からない。

 けれど助命など俺に出来るはずがないということには気づかなかったんだろう。

 その場に連れていかれようとも決定的な溝が生まれるだけだと思っていたし、実際そうなった。


 王妃はやり過ぎたんだ。

 俺や兄上という王位継承権を持つ子供や高位の家の子供であるキースダーリエ嬢達の命を狙ったあの事件は誰も庇う事の出来ない大罪なんだ。

 それを理解している俺が王妃を受け入れることができるはずがない。

 いくら親として親愛の情を抱いていた相手だとしても俺は王族の男子であることは変えようがない。

 子供でも俺は王族なんだ。

 だから王妃と会った俺は王妃に「あなたを母と思うことは二度とない」と突き付けたんだ。

 ……その時俺がどんな顔をしていたかを教えてくれる存在はいない。

 決して良い顔はしてなかったことは分かるんだがな。


 俺にとっては何とか言い出すことができた言葉に対して王妃は笑っていた。

 あの中身を感じさせない気持ちの悪い笑みで。

 王妃の中で俺の占める部分がいかに少ないか思い知らされた気分だった。

 だって王妃はその後小さく「貴方はやはり陛下に似ておいでですね」と言っていたのだから。

 王妃の言葉に俺はその場に座り込む所だった。

 怒りや悲しみや脱力感、様々な感情が俺のなかをうずまいていた。


 あの時俺はきっと泣き叫びたかったんだと思う。


 俺を通して父上のことしか見ていない相手を「母」とよぶことなんて誰ができようか。

 そう分かっているのに、どうしても胸の奥に空白が出来たような空しさを感じることを俺はとめることができなかった。

 ただただ空しさを抱えて俺は王妃との最後の時を終えた。

 あの後俺をあの部屋に連れていった存在がどうなったかは知らない。

 知りたいとも思う余裕もなかったんだ。


 俺に向かって「母親が大事じゃないのか!」という存在はあの時のことを知りはしないのだろう。

 それでも彼等のその言葉だけは聞き流せない。

 俺に「王妃を母と思え」と叫ぶ奴がいるかと思えば俺に「貴方にとって王妃は母ではないですよね?」と訳知り顔で同意をもとめてくるやつがいる。    

 俺を思って言う奴がいるかと思えば保身のために言ってる奴がいる。

 統一性のない言葉の数々は確実に俺を落ち着かない気分にさせた。


 一体俺に何を求めているんだ? と喚きたい思いもあったに違いない。

 あの頃の俺は自分が平静を保たなければいけないとかじょうに感情を抑えようとしていたから、余計混乱していたんだと思う。

 その行為がさらにおれを追い詰めていたことには気づかなかった。

 

 王妃は俺の血のつながった実母だ。

 王妃はこの国において大罪人だ。


 どっちも事実であり変えることの出来ない決定事項なんだ。

 だと言うのにいくにんもの人が俺に刷り込むかのように言葉を落としていく。

 しかも両端にあるような言葉を、だ。

 せめて言ってくる言葉を統一してくれとうんざりした気分になるのも仕方ないと思わないか?

 俺がそんなことを言える立場ではないことはわかっているが、そこら辺を理解している俺でもうんざりしてくる程度には言葉を落としていく奴らは多かったんだ。

 

 俺が自分の立ち位置を明確にすればいいんだろうか?


 が、直ぐに「それでも無理だろうな」と結論がでてしまう。

 俺は何度も云うようにもう自身の立ち位置を明確にしているようなものだったんだ。

 俺は王妃を拒絶した。

 胸の中にある空白を無視して俺は王妃に宣言した。

 つまり俺は陛下の意に従うと、母上を擁護するたちばになるつもりはないと、そういったつもりなんだ。

 それでも減らない言葉の数々がある意味答えというやつなんだろう。


 俺は一人でかんがえることも許されないのか? と思ってしまうていどには好き勝手言ってくる奴等は多かった。

 遠巻きが基本で俺の周囲にいることはさけているのに、自分達の意見だけはきっちり言い残していく。

 貴族というのはこういうモノなのだろうか?

 自分の利益を守るためには幼いとまだ言われている俺に意見を押し通そうとすることに何のためらいも感じていない。

 貴族と言うのはそういう生き物ということなんだろうか?


「(それは……兄上が王位につきたくはないと思うわけだ)」


 兄上は側妃の御子であるわけだし俺よりもうるさい声はおおかったはずだ。

 そんな奴等の上に好き好んで立とうとは思わないだろう。

 まぁ今の俺にも同じぐらいうるさい連中とかしているようだが。


 遠巻きに俺を見ている奴等。

 俺に何かしらの宣言を求めている奴等。

 同情なのか何なのか妙に慣れ慣れしい奴等。

 

 そういった奴等が俺の周りに飽和しそうなったとき、俺にも限界がきてしまった。

 当たり前だ、と言っても良いんだろうか?

 逃げと言われても仕方ないが当たり前だ、と言いたい。

 俺は王族だが、同時に子供なんだ。

 講師が変わるまでは抜け出しの常習だったんだぞ?

 変わった後の講師連中の講義はおもしろかったから抜け出す理由が無くすっかり良い子扱いされていたが。

 あの時使っていたルートを俺が忘れているとでも思ったのだろうか?

 今よりも幼いころ見つけたルートを今の俺が見つけられないわけないだろうに。

 

 俺は覚えていたルートで部屋を、そしてついには城を抜け出すことに成功した。

 過去使っていたルートがまだ使えることには少し呆れたが、手間がはぶけてよかったとも思う。

 街に出た時一時的だろうとわずらわしいモノから解放されて俺は少しだけ息がしやすくなった気がした。

 城を抜け出した俺はあてもなく歩いていく。

 まだ城内での異変を知らない街は何も変わらなかった。

 そのことに安心もするし少しだけ悲しさも感じていた。


 色々言われてゴチャゴチャした俺の頭は一体どんな答えを望んでいるのだろうか?

 俺は一体何と言われたいんだろうか?

 それを言ってくれる人はいるんだろうか?


 そんなことを考えていただろうか。

 俺の足はいつの間にかある家に向かっていたらしい。

 いや、城以外でいったことのある場所がここだけだったというのもあるかもしれない。

 家格にあったでかい屋敷の前で俺はあわてて家人のところへ走っていく兵士を見送ると彼の心境を考えて苦笑するしかなかった。




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