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何処までも貫く強さ(2)




 剣と剣がぶつかり合う甲高い音が廊下に響き渡っている。

 まだ幼いと言ってよい年頃の子供が青年と呼べる歳の人間相手に一歩も引かぬ気迫で立ち向かっている。

 背に結界と結界の中にいる人間を守りながらも複数の人間を前に一歩も引く事無く立っている。

 このまま時間を稼げば異変に気付いた誰かが駆けつけてくれるだろう。

 この光景は私にとって作戦通りと言えた。


 ……その立ち位置に居るのが私ならば。


 剣同士の押し合いで力負けした殿下が一歩後退り、受け流すとすかさず懐に入り込み相手を切り捨てようとする。

 だが赤い獣人もその程度は読んでいるかのかあっさりと身を引きかわす。


 時折魔法が飛び交い結界を護り囮となり立ち回る殿下の背中を私はただ茫然と見ている事しか出来なかった。


 殿下が私と同じ結論にたどり着き、囮という作戦を思いついた事には何の驚きも無い。

 策士タイプであり、冷静に思考を巡らせる事の出来る人間ならば誰でも思いつく事だろうと思う。

 けど四人の中で自分が囮を買ってでる理由が分からなかった。

 年下の女の子である私を囮には出来ないという、いわば正義感からならば道理を説き、立場を認識させる事で納得してもらう事は出来るかもしれない。

 私個人を気に入っているなどの理由ならば、それでもご自身の立場を忘れて下さるな、と言う事は出来る。

 けど殿下は自分が最適だから囮になると判断し結界を出ていった。

 お兄様や弟殿下に出てもらう訳にはいかないという判断は分かるし、私もそう思う。

 けれど私ではダメだと判断した理由が分からない。


 私の力量を疑っているのならばまだ良かった。

 けど彼は私がある程度立ち回れる事を知っている。

 少なくとも弟殿下の発言の裏は取っていただろうから。

 今まで私が動けない事を疑う様子は無かった。

 戯れとは言え私を訓練に誘う事すらあったのだ。

 そんな殿下が今更私の力量を疑って囮を買って出るとは思えない。

 

 殿下が自分を最適と言った理由がどうしても読めない。

 なにより殿下の浮かべたであろう表情の理由が私には分からなかった。


 私は死にたがりが嫌いだ。

 殿下は死にたがりとは言えないけど、自分の存在価値に酷く懐疑的なように見えた。

 あそこまで隠す事無く慕う弟の思いすら真っすぐ受け取れていない部分があるように感じられた。

  

 此処で自分の命が潰えようとも、その事で悲しむ人がいても、その悲しみにこそ喜び目を閉じ逝ってしまう危さ。

 殿下や私達のために死ぬ事さえ自分の価値を見いだせたと言って笑う、そんな場面を簡単に思い浮かべる事が出来る程、殿下は自らの根幹が揺らいでいる気がするのだ。


 自分の存在価値を疑う気持ちに私は共感出来ない。

 ただ「わたくし」はお兄様を揺るがしかねない自分の存在を疎んでいた部分もあったし周囲の言葉に自分が揺らいでいてあまり善き育ち方はしていなかった。

 それでもそれはあくまで「わたくし」が抱いていたモノであり「私」には決して共感する事は出来ないモノだった。

 記憶が混ざり合ったから理解は出来るけれど、心の底から同意する日が来る事は無い。

 

 だからこそ私は殿下の暴挙の理由を推測する事は出来ないのかもしれないとふと思った。


「(だからと言って唯々諾々と従う理由は私には無い)」


 私は今すぐにでも殿下を結界内に引きずり戻して、自分が飛び出したいと思った。

 けどそのために殿下が素直に結界内に戻るための言葉が思いつかなかった。

 力で引きずり戻すには私は幼すぎる。


 もう少し、もう少しだけ情報が欲しい、と強く思った。


「――……ら?」

 

 そう強く心に描いた思いを読み取ったのか、それともただの偶然か。

 理由は分からないけど突如私の耳に殿下達の声が飛び込んできたのだ。

 私は耳を澄まして殿下と赤い獣人の会話を探る。

 何か情報、そこまではいかなくとも切欠となるモノが欲しかった。


「お遊びの剣のわりにはやるナァ?」

「ほめ言葉として受け取っておくよ」


 剣のぶつかりによる甲高い音に掻き消える程の声量で話している二人。

 多分私以外に彼等の会話を聞いている存在はいない。

 二人も聞かれているなんて思いもしなかっただろう。

 だからこそ二人のやり取りはお互いにとって挑発が含まれようとも本音なんだろう判断できた。

 私は聞き漏らさぬように耳を澄ませる。


「ナァ? お前は王子なんだろウ? 何故こんな事をしてんダ?」

「意味が分からないな?」

「分かってんだロ? 囮か何だかは知らねぇが、このまんまだとお前死ぬゼ? 救援が来ない事ぐらい分かってんじゃねぇノ?」


 お前もあの嬢ちゃんもナァ、と人を挑発するような声で言い放つ赤い獣人の言葉に私は手を握りしめる。

 そんな事言われなくとも分かっている。

 殿下が飛び出しそんなに時間はたっていない。

 けど剣戟の音は廊下に響き渡り、怒号にも似た声をもまた異変を知らせるには充分な声量だった。

 なのに、この場に誰も来ない。

 王城には多くの使用人と多くの騎士が常駐している。

 そんな大勢の人が一人たりとも近くに居なかったなんて本来なら有り得ない。

 偶然としてならどれだけの奇跡的状態だったの云うのか。

 

「(偶然は人によって作り出す事が出来る。出来てしまう)」


 人払いを命ずる事が出来る人間がこの王城にどれだけいると言うのか。

 あの人形のような暗い翠玉を思い出して不快感に眉を顰める。

 証拠も何もない、ただの憶測だ。

 人に話してしまえば私が不敬罪を問われる程の推測……もはや妄想の域でしかない。

 けれど、あの時の私に向けていた冷たく無機質な憎悪と殿下に向けていた悋気にも似た怒り。

 あの時の姿と暗い翠玉が私に妄想を妄想として終わらせてはくれない。


 それは殿下も同じだったのだろう。

 殿下の声には隠し切れない諦観と、自身の根幹すら揺るがされた脆さが感じられたのだから。


「私の死にざまに心から涙してくれる存在が一人でもいるのならば、私にも価値があると思えるだろうから、私はこうして君と剣をかわしていられるんだ。――そのためなら死すら怖くはない」


 静かで穏やかで儚く脆い。

 死を積極的に望む訳では無いのに、自分の命で自らの価値観を計るような真似を簡単にしてしまう。

 根底にあるはずの「自分」が確固として存在しないからこそ自らの価値を計るために簡単に自分の命をチップに出来てしまう。


 殿下の思いに「私」は理解を示し「わたくし」は共感してしまった。

 

 殿下の思いに共感出来てしまう「わたくし」はもしかしたらああなっていたのかもしれない、と「私」は思う。

 自分は自分なのだという確固たるものを確立する事が出来ず、揺らぎ迷い、欲しいと嘆く子供。

 今の私には殿下が泣く子供に見えた。――そして幼い「キースダーリエ」もまた涙を流す子供だったのだと思った。


 「キースダーリエ」は家族に愛されていた。

 けれど同時に口さがない人間に幼い頃から色々な事を吹き込まれていて自己を確立する際の大きな障害となっていた。

 下の子であり女の子であるが故に担ぎ上げるには軽い神輿であるはずだったがために、自分というモノを確立する邪魔を散々された。

 その方が操りやすいとも思っていたのだろう。

 浅はかだが、真実、幼い子供相手なら成功していたかもしれない恐ろしい行為でもあった。

 「私」と融合したから全く意味をなさなくなったわけだけど、揺らぎ苦しんだ「キースダーリエ」の心の痛みを私は忘れる事は出来ない。

 

 キースダーリエはあけられた虚を埋めるために家の象徴でもある【錬金術】を強く願っていた。

 「私」という芯が融合された事で揺るがなくなり、薄れていった感情ではあるけれど、確かに抱いた事があるのだ。……揺るがない「何か」が欲しい、と。

 それは自分を確立させるために必要な切欠であり、要素である。

 残念なのは錬金術の才は残念ながら自己を確立させるには足りなかったという事だろう。

 だって揺るがない核と成す「何か」は本来ならば周囲の人間、特に家族に求めるモノなのだから。

 身近な存在からの絶対的な肯定、それが自己を形成する第一歩なんじゃないかと私は思うのだ。

 決して温もりの無い無機質なモノに求めるべき事じゃないと思う。


 キースダーリエはそれを錬金術に求める反面魔法にも求めていた。

 何処までも才能にそれを求めていたのだ。

 けどそれは得られてもダメだったと「私」には分かる。

 才能という曖昧で無機質なモノに縋っても自己を確立させる何かには足りない。

 多分錬金術や魔法の才能に恵まれていたとしても「キースダーリエ」は何かが欲しいと嘆く心を抱えたままだっただろう。


 それを得るためには命すら天秤にかけてしまう危うさを抱えて育ったかもしれない。

 まるで目の前の殿下のように。


 殿下は「わたくし」に似ている。

 目の前の光景はそれを叩きつけられたような気になってしまう。

 もしかしたら「わたくし」がなっていたかもれない姿。

 殿下の言葉を聞いて私はそれを強く実感した。


「(殿下がどうしてそうなったのかは分からない。けど私には多分一生、理解は出来るけど共感は出来ない)」


 それだけは分かった。

 欠けている人間として、理解は出来るけど、それだけだった。

 そして意外にもそれは二人の獣人も同じだったらしい。

 聞こえていたのか青い獣人の視線が殿下に向かっているし、赤い獣人の視線は殿下越しだけど私にも見えた。

 赤い獣人の目には複雑な色が浮かんでいて、だけどその中に拒絶や不可解さは浮かんでいない気がした。


「お前狂ってんナ」


 声音も何処か呆れたような感情が宿り、だと言うのに言葉の割には強い嫌悪は感じられなかった。

 それが分かったのだろう。

 応えた殿下の声音もまた強い敵意を感じられないモノであった。


「分かっているさ」


 二人の視線が交わり再び激しい剣戟の音が廊下に響き渡る。

 もう声は聞こえなかった。

 けど充分だった。

 私の中に込み上げる怒りにも似た感情が爆発するには。


「<黒いの、取引よ。私の魔力を後で幾らでも上げるわ。だから結界に目くらましを掛けて>」

「<別にそりゃかまわねーけど。場所が動かなかったら同じじゃねーの?>」

「<問題はないわ。多少なら動く事が出来るし、お兄様なら結界を縮小する事も出来るから>」

「<そーかよ。――タイミングは?>」

「<……私が結界を飛び出した時、よ>」


 身の内にふつふつと沸き立つ怒りを溜息一つで逃がしてやる。

 怒りに身を任せちゃダメだ。

 私達が無事に切り抜けるためには冷静さを欠いてはダメ。

 

 相手の命を奪う覚悟なんてもうした。

 自分の懸念だって関係無い。

 ただこのまま殿下一人を矢面に立たせて、殿下の賭けを見ている事は出来ない。

 そんな覚悟も賭けも私の知った事じゃない。

 幾ら「わたくし」に似ているからってそのために観客になってあげる理由は私には存在しないのだから。


「(そもそも私は殿下の心情を考慮しなければいけないの?)」


 冷静になった頭は非情ともいえる思いを浮かび上がらせた。

 そして私はそれに対して「否」を問う気はない。

 そもそも私は自分が人でなしである事を自覚している、ある種救いのない欠落者である。

 目の前で奮闘している殿下見捨ててしまう程堕ちたつもりはないけれど、心から寄り添い助力する程私の懐に殿下は入っているとでも?


「(そんな事有り得ない)」


 結論が出てしまえば思ったよりも冷静になる事が出来た。

 今まで騒動に一緒に巻き込まれていたせいか、少し私らしくない状態だったらしい。


 今この場で一番大切なのはお兄様だ。

 そして自分の身も出来る限り守らないとお兄様が悲しむから自分の身も守らなければいけない。

 更に言えば殿下達を守らなければ後々面倒な事になるから殿下達も守る。


「(けどその護るの範疇に「心」は入ってない)」


 密かに深呼吸を一つ。

 その御蔭で大分視界がクリアになった気がする。


 「キースダーリエ」の辿っていたかもしれない可能性の一つが目の前にいてあまり良い選択をしなかったがために引きずられていた部分もあるんだろう。

 けどまぁ、どうせ私は共感できない領域だ。

 私がそうなる事は絶対ない。

 それ以外何が必要なの? という話だ。

 今、私はしなければいけない事があるのだ。

 他所事まで考えて身動き取れなくなる方が愚かである。


「殿下、お兄様、申し訳ござません」

「キースダーリエ嬢?」

「ダーリエ?」

「これから少々言葉が乱れるやもしれません。出来ればみなかった振りをして下さいませ?」


 私は半身振り返るとニッコリ笑う。

 いっそ場違いともいえる言葉と対応に殿下が面食らうのが分かった。

 けどお兄様は私の含みにも気づいたらしく微妙な顔をしていた。

 そんなお兄様に微笑みかけると再び真正面に向き直り機会を伺う。


 その時目が合った青い獣人が僅かに目を見開いた気がした。

 そんな事よりも私の目には殿下の方に向けられた弓矢がはっきりと目に映った方が重要だった。


「【我が魔力よ 変異し敵を倒す力となれ! 我が願うは鋭き風の刃! その刃持て全てを切り裂け! ――Wind!】」


 私は結界を飛び出すと青い獣人に向かって風の刃を放った。

 別にこれで傷を負わせる事を目的にしていた訳じゃない。

 ただ身体能力に長けた獣人の横を無傷で通り過ぎるための隙が欲しかっただけだった。

 だからか魔法も刃というよりは風を圧縮した空気砲のような形状となり青い獣人を襲った。

 不意打ちだったのか青い獣人は防ぐ事無く風を叩きつけられて後ずさる。

 その横を駆け抜けると殿下の背に背を合わせる様に立ちこっちを向いている弓矢と襲撃者を睨みつける。

 足が何か硬いモノを蹴りつけたけど、それを確かめるために下を向く余裕は無い。


「キースダーリエ嬢?」


 殿下の驚きの声に返事する事無く私は放たれた矢に両手を押し出す。


「【風の精霊! 押し返して!!】」


 頭の中で明確にイメージし放たれた矢をそのまま襲撃者に倍のスピードを纏い襲ったらしく襲撃者は避ける暇もなく肩に自ら放った矢が深々と刺さったのが見えた。

 けれど動きを完全に封じるまではいかなかったらしい。

 あれは、相当の手傷を負わさないと動きを止める事は無いだろう。

 足が再び何かを蹴りつける。

 カツンという音に金属――多分剣のたぐいだとあたりをつける。


 私は素早く膝を折ると足元にあったナイフの類を掴み、此方に来ようとしている襲撃者を見据えた。


「(この手で命を奪う覚悟は既にしている!)」


 頭の中で警告音がガンガン鳴っているけど、その全てを意志の力でねじ伏せる。

 ナイフを強く握りしめると襲撃者に向かって投げ放つ。

 頭の中で確実に動けない傷を負わせる箇所、喉に向かって飛ぶように精霊に願う。

 イメージ通り女の子の力では決して出せない鋭さとスピードをもってして投擲されたナイフが襲撃者の喉に飲み込まれていく。

 赤い、どこまでも赤い血が流れ出る姿に私は目を逸らさなかった。

 私は今命を奪ったのだ。

 自分の命を狙う敵だとしても、今灯火を掻き消した。

 私が死にたくは無いから。


 思ったよりも呆気ないと思うのはこの非常時に感覚が麻痺しているからだろうか?

 だとしても今は好都合だ。

 後でどれだけ苦しんだとしても、私は大切な人を守るため、私の心を守るために相手の命を奪った事を後悔しない。

 

 全員の視線が私に集まるのを感じた。


 こんな幼い女の子が無造作ともいえる方法で人の命を奪った事に驚いているのだろうか?

 顔を上げると青い獣人が私を見て感情を揺らしていた。

 そこに宿る感情は読み取れないけど、関係ない、と切り捨てると周囲を警戒する。

 

「キースダーリエ嬢?」

「殿下、申し訳ございません。ですが貴方が勝手をなさるならわたくしも好きにさせて頂きますわ」


 結界内に戻るように説得でもしたいのか何処か咎める口調で私の名を呼ぶ殿下に私もニッコリと笑う。

 場違いな程の笑顔に殿下も口を噤むしかなかったようだ。


「ですが安心なさって? わたくしは死ぬ気はありませんから。仮令敵の策略により救いがどれほど遅くなろうとも、最後の最後まで足掻こうと思っております。その際は殿下にも足掻いて頂きたいと思っておりますけれどね?」

「……どうして? そこまでの価値が私にあるとは思えない。何故出て来たんだ? 君だって分かっているはずなのに」


 殿下の疑問の言葉に私の考えは間違っていなかったのだと分かる。

 殿下は命が潰えようとしていても命の価値を証明出来る事に満足して死んでいくのだろう。

 自らの芯がブレている殿下にとって自らの価値に実感が持てない、と思っているのかもしれない。

 同時に私も同類なのだと思っていたらしい事も分かった。

 まぁそう思ってしまう気持ちも分からない事も無い。

 少なくとも「わたくし」は殿下の思いに共感出来ていたのだから。

 「私」も「わたくし」も等しく「キースダーリエ」である以上、様々な一面から私を同類認定するのも有り得ない話じゃないと思った。

 

「ワタクシが死んだとしても家にはお兄様がいらっしゃる事ですし、家を続けていく事に何の問題も無い。誰もがワタクシの価値など認めないかもしれない。跡継ぎの決まっている家の次子など、価値を問う事すら愚かと蔑まれて笑われる。それは一つの真実ではないかと思いますけど……――」


 私はそこで殿下を見上げた。

 唖然としている殿下に私は素のままうっそりと微笑む。


「――……だからと言って私が自らの命を諦める理由にはなりませんもの」


 前を向き隠していた短剣を構える。


「他者から与えられた自らの価値などそれこそ私には無意味です。私は生きて生きて、それこそどれだけ無様だろうと生き続けて、その生きた道筋にこそ価値を求めます」


 どれだけ愚かと言われようとも、誰にお前には価値など無いと蔑まれようとも、私は私自身の生きた道によって私を肯定する。

 「キースダーリエ」の心を軋ませた虚無感も殿下の伽藍堂で虚ろな心の有り様も私には関係ない。

 私は共感出来ないし、共感する事もしない。

 同類に私はなり得ない。


 だからこそ私は殿下の望みを此処で否定する。


「美しく価値ある死など私には無用! 傲慢と謗られようとも貫き生きるまで!」


 私は声高々と宣言する。

 無様だろうと傲慢だろうと生を諦める事など決してできない。

 死に際に寄せられる悲しみで自分の価値を彩るなんて愚かとしか思えない。

 だからこそ私はココで殿下が死に寄り添う事を見逃す事は出来ない。

 自らの死を許容し、自らの価値を其処に見出す真似を私は看過しない。


 それがどれだけ殿下の心に傷を与える所業だとしても。

 私は私のエゴを貫き通す。


 この場に居る全ての人間が私に視線を向けているのが分かる。

 様々な感情がそれぞれの胸の中に渦巻いている事だろう。

 そこには忌避感や嫌悪感、疑心や侮りなど決してよろしくない感情も混ざっているに違いない。

 それを知りながらも私は傲慢とも云える笑みを浮かべる。

 全てを受けとめて、それでも私は私の生きる道を邪魔させはしない。


「「アッ、アハハハハハッ!!!!」」


 一種異様ともいえる膠着状態を崩したのは二つの哄笑だった。

 赤と青の獣人がこの場にそぐわぬ程大きな声で笑っている。

 

「面白すぎんだロ! しかも口だけじゃねぇときタ。お前は自分の道を貫くために敵を殺しタ。それでも生き抜くのだと、貫く事を決めタ。最初は自分を囮にするくれぇ自己犠牲に富んだ奴かと思ったんだがナァ。実はとんだ傲慢なお嬢様だった訳カ!」

「面白イ」


 獣人以外の襲撃者は私の言葉と態度に完全に引いている。

 目が明らかに「化け物」と言っているのが見て取れた。

 殿下はどう思っているかは知らないけど、まぁ良く思われるとは思っていない。

 そんな中二人の獣人の言動態度だけが異様だった。

 とは言え、どんな感情を向けられても私にはどうでも良い事なのだけれど。


「どうとでもおっしゃって下さいな?」


 私もニッコリ笑って剣を構える。

 そんな私の行動に再び全員の気配が殺気だったのを肌で感じた。


「これは、もしかすると、カ?」


 赤い獣人が何かを呟いた気がしたけど、残念ながら聞こえなかった。

 それよりも対峙する形になった青い獣人の殺気に力量差をはっきりと突き付けられていたから。

 分かっていた事だけど、時間稼ぎくらいしか出来そうになさそうだ。

 私の課題が露見しなければ良いのだけれど。


「さぁ、再開するとするカ。……殺し合いをナ!」


 赤い獣人の言葉を皮切りに私もまた戦いの渦中に飲み込まれていくのであった。





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