胸を過ぎる予感
何だかんだで本邸の鍋も使い慣れてきたかなぁと思うようになった頃、再び王城から交流復活を伝えるための使いの人がやってきた。
どうやら騒動の全てが終わった訳ではないけど、殿下達に出来る事は無く、というか子供に出来る事はもう無いらしくて再び交流が許された、という事らしい。
しでかしたのが子供だとはいえ、此処まで騒ぎが大きくなると子供がどうにか出来る範囲を超えているし、私達の手を離れるのも尤もだった。
私とお兄様……この場合私が被害者である事さえ事実と認識されてしまえば私達と会いたいと言う殿下達の言葉にダメだと言う理由も無い、という訳である。
私とお兄様も令嬢サマと顔を合わせる事がなければ特に問題はないので、断る事無く私達の交流は復活する事になった。
とは言え復活一回目は応接の間で少し話した程度だけどね。
その後数回の交流を重ねてようやくお互い変な緊張感から抜け出せた頃、令嬢サマの現状を殿下が教えてくれた。
「本人もだが、親も「王妃の許しを得た」としか言わず、むしろ王妃の後ろ盾がある自分達の娘にたてついたキースダーリエ嬢を罰するべきだと公言しているらしい」
「昔から存在する貴族の出だというのになげわしい事だと思うよ。家格というモノを全くりかいしていないのだからね」
呆れている弟殿下と、もはや破片の興味も無いらしい兄殿下の言葉に私は内心苦笑するしかなかった。
あの令嬢サマの親だから、もしやと思っていたけど、本人以上に親はお気楽思考だったらしい。
ある意味で権力を持っちゃいけない類の親だったらしい。
「(このままだと本気で自滅で没落コースっぽいなぁ、彼女等)」
御貴族サマらしい御貴族サマならば娘を切り捨てる事さえ視野に入れて動くかと思ったんだけど、どうやらそういったタイプでは無かったらしい。
そのせいで家は没落一直線な訳だけど。
娘を切り捨てるという冷酷だが家を守るためには確実な手段を取れる御貴族サマらしい御貴族サマか一家そろってあさってな方向で愚かか、どっちなのだろうとは思っていたんだけど。
どうやら愚か者の方だったらしい。
嫁ぐ事が前提の娘がいるのならば跡継ぎもいると思うんだけど……その子が憐れだ、男の子にしても女の子にしても。
まぁこの国の法によって【検査】もしていない年頃の子供ならば一族の者とは換算されない反面連座から免れる事になる。
連座も全てに適用される訳じゃないから微妙な線だけど、没落するなら同じ結果だとも思わなくもない。
令嬢サマに親類がいない訳がないからその子供は親戚が育てる事になるだろう。
養子先がマトモならば幸せになれるんじゃないかな?
出来れば逆恨みなんぞ思いつきもせずに育ってほしいものである。
……令嬢サマしかいない、なんて状態なら更に愚かである事を露呈するだけなんだけどね。
「本人は相変わらず君の事をののしっているだけで話が進まない、とうんざりした様子だったよ」
「ある意味一途な方なのですね」
思い切りはた迷惑ですけどね。
呆れを隠していないのだが殿下達も私を窘めなかった。
そういう事が必要な場所ではないと言う事もあるけど、共感できるという事なんだと思う。
そりゃ殿下に恋する乙女を自称している存在の一途な思いが私への怒りに負けたんだから呆れるしかない。
恋に夢するのは勝手だが、自分の言動で思いすら疑われているというのに、気づいてないとは盲目にすぎるという事である。
そこで殿下への愛を叫んでいれば「恋狂い」としてだとしても名が残ったかもしれないというのに。……私なら絶対に御免だが。
結局その程度だったと自分の言動で示したのだからお粗末な物である。
殿下が完全に吹っ切るのには役にたったみたけどね。
「親が親だから最初は同情されていたらしいけど、今は同類として扱っているらしい」
「自業自得だと言うしかありませんわね」
親も含めてね。
「まぁ調査はもう少し続くだろうけど、君達をわずらわせる事はないと思う」
「有難うございます」
顔を合わせる事がないのは良かったと思う。
今後お兄様に絡んで来たら厄介だし。
私に対して?
あの程度に負ける程弱くはないつもりである。
猪突猛進の盲目な令嬢サマがどんな手で私を害そうとしても全て跳ねのける自信はある。
と言うかあのままだと言うなら裏工作一切無しで真正面から馬鹿正直に罵詈雑言を私にぶつけにくるだろうなぁと思う。
そうなってしまえば今後は幾ら温情を掛けられても貴族では居られないだろうけど。
最悪の場合は……まぁ言わぬが花である。
私は淡々と殿下達の話を聞いていた。
のだが、それが弟殿下にしてみれば淡泊に過ぎると見えたらしい。
「キースダーリエ嬢はあまりきょうみがないみたいだな? ひどい言いがかりをつけられたというのに」
令嬢サマに対しての罰、となると直接罰せられたのは私に対しての不敬罪が主だ。
と言うよりも処罰に関して一番大きいのは許可なく王族の専用地に入り込んだ事だろうけど、審議の上罰しないといけないのは私に対しての暴言なのだと思う。
何度も言うけれど私は公爵令嬢である。
【検査】を終えてラーズシュタインの一員と認められた事で私に対しては公爵家に準じる地位として扱わないといけない。
私がどんな態度でも許している、それが許される関係に令嬢サマがあると言うならばともかく、全く繋がりも無く、むしろ初対面から階級まる無視で命令したのは子供でも許される事ではない。
一度ならば多く見る事もできたとしても二度目はアウトだ。
しかも王族の許可なく専用地に入り込んだ。
情状酌量の余地が無さすぎるのだ、令嬢サマは。
この件に関しては私は被害者として厳罰を望める立場にあるのだ。
だと言うのにこの興味の薄さは弟殿下には不思議に見えたのだろう。
「いきどおりは感じないのか?」などと首をかしげている。
これに関しては兄殿下の方が私の心境に気づいているらしい。
いや、同類が故の推測かな?
「今後私やお兄様の目の前に出てくる事がないのならばどうでも良い、というのが本音ですわね」
あれだけ強烈であったとしても私にもう今後関係無いと分かった時点で興味も薄れたし、近いうちに姿かたちすらもしまい込まれて二度と思い出す事はないだろう。
無味乾燥な記録として脳内に仕舞われて御終いだ。
「そもそも仰っていた事が見当違いであり筋も通っておりませんでしたから。聞き流しておりましたし、あの程度の言葉など人を罵る言葉の中では可愛らしい部類でしたから」
噂に踊らされて真実に気づく事無く私を貶めようとした。
その言葉がどれだけ見当違いで自分の品位を落していたとしても気づこうとしない。
そんな愚か者の言葉に私が傷つく事は無い。
あと、私やお兄様にとって令嬢サマ程度の罵り言葉なんて罵倒の内に入らない。
もっとえげつない、もっと心を抉る事を私達は投げつけられてきたのだから。
「(尤も、子供しかいない場所で投げつけてくる知恵はあるのに、当事者の子供が覚えているとは思いもしない所中途半端としかいいようがなかったけど)」
「キースダーリエ」も覚えていた子供に吹き込むにはあまりに品の無い言葉の数々。
「わたくし」も「お兄様」も決して両親には言えなかった罵倒。
「私」にとっては鼻で笑う言葉でしかないし「キースダーリエ」だって成長している上で冷めた目でみていた。
お兄様も似たようなモノだろう。
とは言え罵倒としては結構なバリエーションで投げかけられたモノである。
機会があればそっくりそのまま言い返したいと思う。
そのためにはまずシチュエーションを整える事からしないといけないけど。
「その程度しか思いつかなかった者など興味が沸きようも御座いませんわ」
「なるほど。……兄上のような事を言うんだな、キースダーリエ嬢は」
……えぇと。
それは光栄に存じます? とでも言えば良いのでしょうか?
殿下、兄と同じで羨ましいって顔なさっていますが、今回のような思考と結論の場合でも嬉しいんですか?
少なくとも私が同じ状況でお兄様に似ていると言われてもあまり嬉しくありませんけど。
おぉ兄殿下が苦笑している。
そうですよね、それって人に対しての興味の薄さ、というか極論薄情である事を羨んでいるという事ですもんね。
あまり嬉しくないですよね、そんな共通点は。
兄大好きなのは共感出来ますけど、そんな所まで揃っても嬉しくないですよ、殿下?
私は弟殿下の言葉に対しては何も言えず、何とも言えない雰囲気の中、兄殿下の方に向き直った。
殿下もまた苦笑と言うか、何というか微妙な顔をなさっていた。
いやまぁ仕方ないよね。
という事でみない振りをして口を開いた。
「二度とワタクシやお兄様の目の前に現れなければ良い、程度には思っておりますけどね」
「相当の事がなければそうなるよ。あの令嬢はそれだけの事をしでかしているからね」
「親も輪に掛けて、のようですしね」
「むしろ罪に関しては親の方が重くなるだろうね。一度目の【儀式】によって家の者として認められてはいるけれどまだ一人前であるわけではないのだから」
「そこで娘を教育し直すとおっしゃっていれば子供のした事として罪が軽くなったでしょうに。お可哀想に」
この「可哀想」は「頭の中が空っぽだったせいで没落するなんて周囲の人、お可哀想に」という意味だ。
決して没落を招いた令嬢サマとその親に対しての同情じゃない。
彼女等の場合自分で選んだ道であり他の道をみないふりした結果だ。
一族揃って自業自得だとしか言いようがない。
ちなみに全く関係無いけど殿下の言っていた【儀式】は【属性検査】の事である。
一人前と認められる【成人の儀式】と並んで【認定の儀式】ともいわれる。
家の者として認知される事からこんな風に呼ばれているんじゃないかな?
私は【検査】で良いと思うけど。
強烈ともいえる嫌味に弟殿下は気づかなかったみたいだけど兄殿下とお兄様は気づいたようだった。
それでも諫めないんだけど、良いんだろうか?
いや、言った私が言う事じゃなんだけどさ。
「(そう言えば殿下達には結構素なんだけど、そこらへんはあまり気にしてないみたいなんだよね)」
子供らしくない子供なんて見慣れているって事なのかね?
……王族の子供なんてその最たる者だもんね。
しかも二十歳過ぎれば只の人な私と違って今後も優秀な本物の神童があちらこちらに居る訳だし。
考え方が少々大人びていて言葉が不遜な子供なんて許容範囲か。
そしてもしかして天然か? な弟殿下は自分をスルーされた事よりも私達の表面上和やかに話している事の方が気になったらしい。
何処か嬉しそうでちょっと寂しそうな口調で輪に入ってきた。
「兄上とキースダーリエ嬢は余程気が合うんだな」
「……(一応)光栄な事、と思います」
言っている内容は全く可愛くない訳だけど、いいんだろうか?
「見ていると俺も二人のようにきがねなく話せるようになりたいと思うな」
「(そ、それはどうなんだろうか?)」
気兼ねないかな?
貴族らしく思い切り笑顔で毒はいている、んだけどな?
確かにお互いを攻撃対象とはしていないから寒々しい関係ではないけれど。
後次期国王として裏に多少の含みを入れる会話は必要となってくるだろうけど。
……なんだろう?
自分と似たような感じになったら兄殿下は嘆く気がする。
このまんまでいて欲しいとまでは思わないけど、出来れば素直な部分はそのままに育ってほしい的な?
私もお兄様が私とそんな所まで同じになったら悲しくなるだろうし、そういう意味では似てるのかもしれないけど。
あれ? 何考えていたんだっけ?
「<落ち着け。第二オージは全く含みもねぇよ。ただ大好きなニーサンと対等に話しているオマエが羨ましいだけだ。年相応にアニキが好きなだけだろうよ>」
「<そ、そうだよね? 嫌味とかじゃないよね? 王族の子供として腹芸が出来ねば、とか思っている訳じゃないよね?>」
「<そこまで考えてるツラじゃねぇよ。一応素直に受け取っとけ>」
うん、色々難しいけどシンプルに「大好きなお兄ちゃんと仲良く話している私」を羨ましいと思っただけなんだよね。
……やっぱり殿下達も仲が良いと思いますよ?
少なくとも弟は兄が大好きなようです。
「私は今のロアとの関係も充分にきがねない関係だと思っているよ」
「ありがとうございます」
滅茶苦茶苦笑してますね、兄殿下。
うわぁ、何となく考えている事が分かりますけど。
そして弟殿下は仲が良い事を暗に示されて嬉しそうです。
「<これもある意味天然が最強?>」
「<ちょっとちがくねーか?>」
思わず出た言葉は黒いのに突っ込まれてしまったけど、弟殿下の一人勝ちって言わないかな、これって?
……いつの間に勝負になっていたんだ、とは言わないでね。
私も思った事だから。
どうでも良い事かもしれないけど、交流を重ねる事によって両殿下が素を垣間見せるようになった気がする。
兄殿下は貴族らしい、と言うか特定の何か以外への興味の薄さとかを見せるようになったし、弟殿下はアウトドア派で意外と直感で動く事があるとか、そういった所を隠さなくなった気がする。
王族然とした二人から見える子供らしい素の状態は彼等もまた普通の子供なのだと教えられるようだった。
……まぁ『わたし』からすると子供らしかぬ面の方が目立つし多いと思う訳だけど。
神童とまでは言わなくとも冷静で賢い子供が多いのは環境のせいなんだろうね。
反面、人として未熟な大人が多いのも環境のせいなんだろうけど。
私はお兄様の方をチラっと見る。
お兄様は殿下達を苦笑しつつ少し微笑ましそうに見ていた。
本来なら神童として公爵家の跡継ぎとしての地位を確固としていたであろうお兄様。
だと言うのに「私」と言う存在のせいで周囲が騒がしい事この上ないのに私を「妹」として真っ当に愛して下さっている。
兄殿下もまた立場を考えれば弟殿下を恨む事も己の立場を呪う事もあり得たというのに弟殿下が次期国王である事を望んでいる。
こうやって見るとむしろお兄様と兄殿下の方が似ていると思うんだけど。
私と兄殿下が似ているのは周囲に対するスタンスぐらいのモンじゃないかなぁ。
内面的な葛藤などに関しては「私」よりも「わたくし」の方が共感できただろうし、ね。
理解は出来るけれど共感は出来ないというのは中途半端なんじゃないだろうか?
私は本当にこうして素を見せるに値する人間なんだろうか?
私の何処を見てそう感じ取ったのか聞いてみた所である。……聞く時は直感派の弟ではなく理論派の兄の方にじゃないと満足のいく答えは得られなさそうだけど。
ただお兄様に似ているにしろ「わたくし」が共感できるにしろ、兄殿下が弟殿下を家族として愛している事は見て分かる程にあからさまだ。
それに気づいているからこそ弟殿下も兄と慕っているんじゃないかと思うんだけど。
「(別に私とお兄様の関係を羨む必要は無いと思うんだけど)」
十人十色、人なんて決して同一の人など存在しない。
それが分からない殿下でもなさそうだと言うのに。
それでも羨んでしまう程の何かがこの王城であったのだろうか?
「(そう言えば【闇精霊】に対しての忌避感と嫌悪感が蔓延しているんだっけ?)」
聞いた時は王都でよくやるもんだとしか思わなかったけど、実際はそう楽観的に考えられる事なんだろうか?
国に置いて頂点に君臨する国王とそれに準じる王族に属する殿下の地位が揺らぐ程の忌避感が選りにも選って王都で?
……だとすれば殿下だけではなく同じく【闇の愛し子】である私もまた命の危険があると言う事なのだろうか?
私は自衛の手段は持っているけど、あくまで時間稼ぎしか出来ない程度でしかない。
「(もう少し護りを固めるべきだったかな?)」
護りと言えばお兄様に渡した付加錬金を施したモノしかない。
お兄様は常に身に着けて下さっているのが見て分かるけど、それだけではあまりに心もとない。
つい最近お兄様には中心の魔石を取り換えて渡した。
まだ外から魔力を供給付加錬金は施せないから仕方ないんだけど。
材料となる魔石はお父様に用意してもらったモノだから品質は保証出来るけど、初級の守護しか施せていないのは護りとしてはちょっと弱いかもしれない。
王城でそこまで警戒する必要はないはずなんだけど、何となく気掛かりだった。
「(何でだろう。嫌な予感が朝から拭えない)」
時間がたっても薄れていかないざわざわとした嫌な感じ。
一体私は何を感じ取っているのだろうか?
これは私が何かを感じ取っているという事なんだろうか?
だとしたら私は何から何を受け取り損ねているのだろうか?
「キースダーリエ嬢?」
「……いえ、何でも御座いませんわ」
どうやらお茶を手に取ったまま水面を見つめていたらしい。
眉間に皺ぐらい寄っていたかもしれない。
淑女として気を抜きすぎたようだ。
此方を心配そうに見ている殿下達やお兄様に私は微笑みかけるともう一度「大丈夫」だと言う事を告げた。
特に差し迫った懸念がある訳では無い、私の感覚だけの話だから、実際何かが起こっている訳では無いのだ。
今までだって普通に話をしていたから問題はない。
だからか三人とも特に追及してくる事は無かった。
私はその事に安堵すると再びお茶に口を付ける。
「(警戒する事事態は悪い事じゃないけど最善かと言われれば……。けど今の時点ではそれしか出来ない、か)」
嫌な予感が、ただの予感で終わる事を願うしかない。
そう思うのだが、それでも胸に過る嫌な予感に私は小さくため息をつくのだった。