先生一人目とのおかしな初対面(2)
痛いくらいの沈黙に包まれた離れの応接室――私にしてみればリビングなんだけどね。――では誰もが無言である。
正直に言って、怖いです。
お父様とコルラレ様は私をじぃっと見ているしリアは口を出せる立場じゃない。
私はどうしてこの状況になったか分からないからむしろ説明を欲している方だし。
お陰で誰も口を開かないただただ沈黙が痛い空間となっていた。
此処に来たという事はこの面子以外には聞かれたくは無い話でもあるんだと思うんだけど、それならお父様かコルラレ様が話を始めてくれないと困る。
関係無い話を私が世間話として提供する訳にはいかないし……何と言うか頭痛がしてきた気がする。
どんな理由かは分からないけど人の周囲を舞う光が見えるようになったせいかお父様達を見て居ると目が眩むまではいかなくても眼がチカチカする程度は光が眩しい。
リアの周囲も光が舞ってるけどお父様とコルラレ様の周囲は段違いに光の数が多い。
彩り豊かな光の大群にサングラスが欲しくなります。
この世界にサングラスは無いけど。
いい加減眼球疲労になってきたのか瞬きをして誤魔化す。
そんな事をしているとコルラレ様が突然「そろそろか」と言い出した。
――え?
そろそろ「実験体=私」が弱ってきた、とかですか?
別に手を出してきても噛みつきはしませんよ?
人権無視した行動をされそうになったら全力で暴れますが。
公爵令嬢の外聞とか淑女の羞恥心とかほっぽりだして全力で抵抗しますよ?
どんな状況だろうと私に付いてきてくれるであろうリアと共に全力で逃げますからね?
まぁそんな状況をお父様やお母様が許すとは思えないんですけどね。
それくらいは私達子供を愛してくれているとは思うんだけど。
「ダーリエ……お前は今自分が【魔法】を行使している事に気づいているかい?」
「え? ワタクシが【魔法】をですか?」
「やっぱり無自覚だったんだね。お前はね、今【眸】に【魔法】をかけている状態なんだ。目眩などはないかい?」
「……いいえ。ただ……先程から彼方此方に彩りを纏った光が舞っておりますの。ですから眼が少しだけ光のせいで疲れてしまっているようです。目眩などは感じませんわ」
目眩って【魔力】を使いすぎた時にヒロインが陥っていた状態変化だよね?
え? 今の私って常時【魔法】を発動している状況なの?
そういえばコルラレ様が現れる直前まで精製されていた【魔力】は殆ど無くて体の芯から【魔力】が引き出されている気がする。
これってもしかしなくても不味いんじゃない?!
【魔力】の枯渇は最悪どうなるか分からない以上避けるべきだよね?
「……今ワタクシは常時【魔法】が発動していると解釈してもいいのですね?」
「そうだ」
私の質問に答えてくれたのはお父様ではなくコルラレ様だった。
しかも同時にコルラレ様の手が私の目を覆うように掲げられる。
突然の接触に私は拒絶も出来ず固まるしかなかった。
けどお父様が何も言わない所を見るとどうやらこの行為は必要な行為らしい。
せめて事前に断わりを入れて欲しいんですけど。
「眼を閉じろ」
逆らいがたい声音に私は素直に瞼を閉じる。
コルラレ様の手はひんやりと冷たく、けど水晶玉と違い確かに人の温もりが存在していた。
無機質で整った容貌と合わせて人形のような方だと感じていたけれど、人である事には違いないらしい。
「ゆっくりと呼吸をしろ。落ち着いて心の中を真っ白にすればいい」
多分、コルラレ様が言っている事は【魔力】を感じ取る時に私がした事に近い気がする。
コルラレ様は【魔力】を感知しろと言いたいのかな?
そう当たりを付けると私は意識を集中させ他の事を遮断すると呼吸を落ち着け、体の中にある【魔力】を感じ取ろうとする。
すると確かに【魔力】が両目に集まっているのを感じた。
それになんと言えば良いのかただの【魔力】では無く、言ってしまえば存在が固定されているような感覚を受けた。
体を循環している【魔力】は存在こそ確認は出来るけど、何処か存在が曖昧なモノだと思う。
けれど今私の両目を覆っている【魔力】――多分【魔法】モドキのような代物なんだろうけど――は指向性を決められた確固たる存在感のようなモノを感じるのだ。
【魔力】を気体だとすれば此の【魔法】モドキは固体と言える代物といえば分かりやすいかもしれない。
明らかに違うと分かるコレに私は本当に【魔法】みたいなモノを発動させているのだと自覚せざるを得なかった。
――確かにこの気配は誰? とか思ったけど。まさかこの世界ではこれだけで【魔法】っぽいものが発動するなんて。
正式な【魔法】じゃないとしても、これはちょっと危なくないんだろうか?
常時発動の【魔法】なんて【魔力枯渇】の原因になりかねない。
ろくに【魔法】を学んでいない子供でも発動するなんてこの世界は【魔法】を使う時に誓約が必要ない世界なのかな?
と、考察は後にして取り敢えずこの【魔法】モドキを解除しないと。
何時私の【魔力】が枯渇するか分かったもんじゃ無いし。
「両目に何か違和感を感じるな? それは糸で編まれた何かだとイメージしろ」
丁度良くコルラレ様が解除の手順を教えてくれた。
成程、絡まった糸を解くように解除すればいいのか。
私は両目の周囲に発動している【魔法】モドキを糸を解くようにイメージする。
すると【魔法】モドキは何の苦も無く解け消えていった。
「ホォ」
コルラレ様の感心したような声が聞こえた気がしたけど気のせいよね?
私更に実験体に近づいてないよね?
何と言うか今の所、私の中でのコルラレ様はマッドサイエンティストのイメージなんですが。
興味のあるモノはトコトン調べて、興味の無いモノは例え人だとしても路傍の石と変わらない。
――あらやだ、先程までのコルラレ様、そのままじゃありませんの事?
動揺して思わず心の中までお嬢様風になる私。
取り敢えず何においてもコルラレ様が何者なのかお聞きしたいんですけど?
そんな気持ちを込めてお父様を見た私だったけど、お父様はそれには答えてくれなかった。
一体何者なの、コルラレ様って?
謎は深まるばかりである。
「ダーリエ。光は見えなくなったかい?」
「……はい」
そういえばコルラレ様に気を取られて忘れていたけど、今は三人を取り巻く彩りに飾られた光は見えなくなっている。
相変わらず整いすぎたご面相があって別の意味でサングラスが必要かもしれないけど。
お父様は勿論の事コルラレ様も大層美形でいらっしゃる。
ってか私、この世界で美形やら美人にしかあってない気がする。
使用人の人達だって私にしてみれば美形やら美人やらばっかだし。
もしかしてこの世界って私の世界よりも顔面偏差値が高いのかな?
だとしたら私の顔もこの世界では平均だったりして。
……この顔で平均とか、凄いな異世界。
そんな至極どうでもいい事を考えながら私は光が見えなくなった事に頷く。
「光の見え方なんだけど、どれくらいの大きさの光がどんな風に見えていたんだい?」
「大きさは決まっていませんでしたわ。最大でワタクシの拳くらいでしょうか? 最小は指で輪を作った程度でしたわ。……色は本当に色々だったとしか。ただリアの周囲は黄色の光が殆どだったのに対してお父様とコルラレ様は彩り豊かだったという違いくらいしかワタクシには分かりません」
実際お父様とコルラレ様の周囲は光が沢山舞っていて、そのどれもが違う色を纏っていた。
ややコルラレ様の方が色の数が多かった気がしたけど。
リアは言った通り黄色が主で、他の色はほぼ無かった。
お父様は黄色や白っぽい光と青色の光が多かったけど、他の色も結構存在していた。
コルラレ様に関して言えば何色あるか数えるのも一苦労な程色に溢れていた。
多分、銀色と黒色と紺色? みたいな濃い青色が主だった気がするけど……銀色は兎も角黒と濃紺は目立つ色だから多く見えた可能性もある。
だからリアやお父様のようにはっきりこの色が多かったとは言えなかった。
あれだけ光っていたモノが無くなると変な感じがする。
短期間だけど、見える状態に順応しかけていたのかもしれない。
人って順応する生き物だもんねぇ。
――今は目をこらしても見えないなぁ……あれ?
「コルラレ様の目が灰色?」
えー? さっきまでコルラレ様の目は黒かったと思うんだけど。
まさに漆黒の髪に眸って『地球』でよく見かける色彩だと思ってたんだけど。
いや、顔立ちは西洋風だから懐かしくは感じないけど、黒髪に黒目の人もいるんだなぁって思ってんだけどなぁ。
けど、どうやらそこら辺言ってはいけない事だったらしくてお父様とコルラレ様に再び緊張が走った気がする。
「やっぱり光の加減での見間違いじゃ無かったのか」
「先天的では無い。だが素養はあるのかもしれない」
「それは良かったのか、そうでないのか今の時点じゃ判断が付かないな」
ため息すらついてしまったお父様に私は更に居心地が悪くなる。
ここ私が貰った離れのはずなのに。
一応でも持ち主である私が居心地が悪いってどういう事なんだろう。
「お父様?」
「ああ、すまないねダーリエ。……ダーリエは先程の【魔法】を再び使う事はできると思うかい?」
「先程の、ですか」
何と言うか……多分出来ない事はないと思う。
さっき解除するために編み込まれた何かを解いていった。
その時どう編み込まれているかも分かったから。
同じように【構築】しようとすれば出来ない事はないはず。
イメージが大切だとしたら余計。
私は先程どう見えていたかを分かっているから、同じように見えるようにイメージした上で先程と同じように精製された【魔力】を使い【構築】すれば発動すると思う。
偶然起きた事を今度は意図的に発動させるから見え方にムラが出来るなど失敗する可能性はあるけど、練習すれば確実に同じように見えるように持っていく事は可能だと私は思っている。
ただこれって……出来ると言って良いことなんだろうか?
お父様達が先程から時々緊張しているのは私がやった事は既存の【魔法】には存在しないか、存在しても私のような子供があっさりと発動させる事は出来ない代物なのかもしれない。
それをあっさり出来るなんて言って大丈夫なのかな?
お父様はともかく、私は判断出来る程コルラレ様を知らないし信頼どころか信用も出来ないのだから。
何と答えればいいのか言えずに黙って居ると、お父様が苦笑してコルラレ様をみやった。
どうやら私が警戒している事はバレバレだったらしい。
――所詮子供の浅知恵だもんなぁ。
貴族としてこれからも生きていくのならこう言った警戒心を覆い隠せるだけの「猫」も養わないといけない。
とは言え、お父様相手に実践というのは正直分が悪すぎると思う。
それってレベル1の勇者がラストダンジョンに行くようなものだと思う。
そんな事になったら普通に一戦するだけで全滅するよね。
私も何れお父様と渡り合えるようになる?
……一生無理な気がする。
「ダーリエ。お前の考えている事は間違って無いと思う。お前が先程した事は既存の【魔法】に限りなく近いモノが存在しているけど【魔法】を習った事も無い子供が出来る事じゃない。……いや、正確に言うと少し違うか。本来ならどんなに膨大な【魔力】があろうとも【魔力操作】を教わった事もない子供が【魔法】を発動させる事は出来ないんだ。今回のような場合も本当なら発動せず【魔力】が空中に霧散する事で何も起らないはずだったんだ。【魔法】を発動させるために必要な【力ある言葉】も唱えてないしね」
「【力ある言葉】?」
「【魔法】をこの世界に具現化するためのキーワードのようなモノだよ。【詠唱】する事で【魔法】を【構築】し【力ある言葉】によって発動するんだ。……ここら辺は【魔法】を習う時に詳しく教わるとして……普通はこの過程を経ないと【魔法】は発動しない。無駄に【魔力】を消費するだけなんだ」
「……ワタクシは【魔法】を発動した訳ではないと言う事ですか?」
「【詠唱破棄】が無いわけでは無いが、それも子供の出来る事ではない。だからお前のやった事は【魔法】では無く【スキル】と呼ばれる類いのモノではないかと考えられる」
「【スキル】?」
確かゲームの中での【スキル】とは先天的やある条件を満たす事で使う事が出来る【魔法】とは違う能力の総称だったはず。
人の心を読む事が出来る【読心】や人を虜にする【魅了-チャーム-】とか有名無名なモノまで千差万別の【スキル】が存在していると説明されていたっけ。
あれって現実でも存在してたのか。
けどあれって基本的に【魔力】を必要としなかったんじゃ無かったっけ?
一応【スキル】の事は知っているけど『ゲーム』の知識だし、何処まで実際同じなのか分からない。
だから黙っていると知らないと判断してくれたのかお父様が簡単にだけど【スキル】について教えてくれた。
「【魔法】とは違う能力の総称だよ。これも後で詳しく教えて貰いなさい。……僕達が知りたいのはダーリエのやった事がとある【スキル】を習得するために必要な条件を満たす行為だったのか、ダーリエだけが発動する事が可能な【スキル】だったのか、そのどちらなのかという事なんだ。だから出来るかを聞きたいし、出来るのであれば方法を教えて欲しい。それで僕がやってみれば色々分かるからね」
【魔法】や【スキル】の詳しい説明に関しては今後先生に教わった方がいいよね。
最終的には【錬金術】を教えて欲しいけど、知っていて損はないし。
だから取り敢えず、そこは良い。
そしてお父様が色々知りたい理由も納得出来るモノだった。
私もそこら辺は知りたいし、コルラレ様も検証するならばいた方がいい。
取り敢えず悪意を持って広めたりはしなさそうだし、問題ない、かな?
うん、大丈夫という事にして置こう。
正直これ以上お父様をはね除ける事は出来ないし、その理由も思いつかない。
今だけコルラレ様のマッドな所を忘れよう……忘れる努力だけはしたいと思います。
じゃないと話が進まないしね。
「……分かりましたわ。ただ色々な偶然が重なった故に起ったのが今回の出来事ですので。何処までをどれだけお伝えすれば良いのか」
「もっともだね。取り敢えず……ダーリエはもう一度同じ状況を創り出せそうかい?」
「多分、出来ると思いますわ。色々試す必要はあると思いますけれど」
「危険に陥るモノでもないからやってみてくれないかい?」
「……はい」
私はお父様に促されるまま目を閉じると今度は意識して先程同じように【構築】する。
目を閉じ両手を胸の前で組み、体中に巡っている【魔力】を両目に集中させ、あの時と同じ気持ち……「誰何」の気持ちを強く持ち【魔力】を編み上げる。
一応さっきと同じようなモノの【構築】に成功した気がする。
けど精製された【魔力】ではないせいか何となく【構築】されたモノが希薄な気がする。
やっぱりここら辺もさっきと同じにする必要があるのかな?
けど、これでもどうにかなりそうな気もするのだ。
何回かは失敗しても良いだろうから、一応このまま先に進める。
試行錯誤しなければ完成は出来ないだろうから、文句も言われないだろうし。
私はゆっくりと瞼を開ける。
すると成功のような失敗のような不思議な状態になっていた。
光は一応見える。
光の光度が先程よりも低い事を無視すれば問題ないと言えるレベルだと思う。
けれどコルラレ様を見て成功とは言えないだろうなぁと、思ってしまった。
コルラレ様の眸は灰色だった。
けれど【魔力】のせいか歪んで見えて容貌が分からないようになってしまっている。
分かるのは色味だけ。
ずっと見てると先程とは違う意味で気持ち悪くなりそうだなと思った。
顔を僅かにしかめてしまったのかお父様達も私の中途半端な成功に気づいたようだった。
「どうやら失敗のようだね」
「中途半端な成功と言った方が良いかと思いますわ。光は見えますが……」
「パルの見え方がオカシイと言う訳か」
「はい」
「そうなってしまった理由は分かるのかい?」
「一応、これではないかと言う事がありますわ」
「それは【魔力】に関してだな?」
「……はい」
コルラレ様は先程私の【魔力】を感知し歩いてきたと言っていた。
つまり【魔力】を精製すると質の向上と共に強い【魔力】として周囲に発するという事。
その行為は珍しいのか、そうではないのか分からない。
とは言えどっちにしろ子供の私がすればおかしな行為である事には変わりない。
何処までさらけだしていいんだろうか?
と、其処まで考えて私は結構とんでもない事に思い当たり青ざめる。
――私、明らかに子供らしかぬ言動をとってない?
今更気づくなと言われそうだけど、私が今までしたお父様やコルラレ様との会話って五歳の子供が普通に出来る事ではない気がする。
子供にしては賢いの範囲に収まってるんだろうか?
怪しまれず神童扱いも困るけど、怪しまれたらもっと困る。
幾ら前世を思い出したとしても私が私である事には変わりないのだから。
別にキースダーリエを殺して成り代わった訳じゃ無いし、性格が完全に変わった訳でも無い。
ただキースダーリエに前世の『名も無きわたし』の記憶が蘇っただけ。
本当にそれだけの話なのだ……私の中では。
私では無く、他の人間から見た時の事を考える事をすっかり忘れていた。
――今更子供らしく振る舞うなんて出来るはずもないし……いっそ貫くしかない、のかな?
ドチラにしろお父様達に今更子供のふりなんて出来るはずも無い。
そうなるとこうやって【魔力】を精製する事が私の年で出来るなんてオカシイかもしれないなんて今更なのかもしれない。
――少なくともさっきまでの言動ですぐ排除とか化け物とか言われる訳じゃ無いみたいだし。
この世界ではこの程度なら驚く程の事じゃない……なんて事だったらいいなぁ。
そんな儚い願いを抱きつつ私は覚悟を決めるしか無かった。
これからもこのままのスタイルを貫く事を。
結果として起る全てを受け止める覚悟を。
私は一度大きく深呼吸をすると言葉を紡ぐ。
「【魔法】の基礎である【魔力操作】が本に書いてありましたので試してみたのですが【魔力】らしきモノ自体は直ぐに分かりましたの。それを体内の一カ所に集める事も比較的容易に出来ましたわ。ですが、その際違和感を感じました。それを確かめるため意図して体中に【魔力】を巡らせてみると【魔力】の何かが変わったような気がしましたわ。感覚の問題なので言葉で表すのは難しいのですが、しいて言えば【魔力】から不純物を取り除いていき透明度を上げたと言えば良いのか、要らない部分を削り【魔力】の質を高めたと言えば良いのか……コルラレ様が現れるまで、これが何なのか考えておりました」
実際はゲームとの差異を考えていたり精製された【魔力】の使い道を考えていたんだけど、これくらいは誤差だと思う。
それにしてもスタイルを貫くと覚悟してしまえば言葉が出てくるモノだと思った。
反応が怖いのは事実だけど、誤魔化す方法は思いつかないし自分がやった事が何か分からないって方向に持っていこうと思っている。
事実、私はコレがなんなのか正確には分かっていない。
まるきりの嘘じゃなければ疑われる事も無いだろう。
――何時か、お父様やリアには本当の事を教えられたらいいなぁ。
少なくともリアには絶対打ち明けたい。
お父様やお母様、それにお兄様にも打ち明けたいけど……其処までの勇気もまた今の私には無かった。
――勇気を出さないといけない事だらけだなぁ。
ちょっと一歩踏み出せない自分が情けなかった。
「ですので咄嗟に知らない気配を感じ、その不可思議な【魔力】を使い【構築】したのだと思います。結果として今【構築】したモノと密度が違うモノに仕上がったのではないかと」
私はそろそろ光が煩わしくなったので先程と同じ手順で解除する。
私の説明にお父様とコルラレ様は何かを思案していた。
けれど取り敢えずの結論が出たのか口を開いた。
「それは多分【魔力】の【洗煉化】又は【精製】と呼ばれる類いの行動……【スキル】の一種だ。【魔力操作】の上位版と言っても良い。体内を流れる【魔力】を正確に把握し体内を巡らせる時違和感に気づく事で使用する事が出来る。ただ【魔力操作】の上位版であるため明確に【スキル】とは言われないが」
「一度【魔力操作】をやってみただけで違和感に気づくなんて、ダーリエは余程【魔力】の【操作】と相性が良いのだろうね」
「感覚とは言え、無意識では無く、意識してやっている所、とんでもないな」
「僕の娘だからね」
お父様の明るい声に私は少しだけ首を傾げた。
――あれ? もしかしてお父様って微妙に親ばかの気があるの?
そんな事を言うお父様を初めて見たんだけど。
コルラレ様も呆れているけど悪いようには思って居ないし。
……もしかして大丈夫、かも?
私は異端と思われずに済むかもしれないと少しだけ安心する事が出来た。
だからコルラレ様が私の方を向いても直ぐに反応する事が出来たんだと思う。
「先程と同じ状況でもう一度やってみろ。【洗煉化】した【魔力】で行えば成功するのだろう?」
「……確約はできませんけど」
私はそう返すと再び目を閉じる。
深呼吸をすると体内にある【魔力】に意識を集中させ、意図的に【魔力】を体内で循環させる。
その際【洗煉化】という言葉を意識すると、あの時よりも早く同じ状況になった。
これが定義付けしたかどうかの違いなのだと思う。
【洗煉化】した【魔力】を両目に集めていく。
そして丁寧に【魔力】を構築する。
その時、同じように「誰何」の気持ちを込める。
これら全ての作業を私は一つ一つ確認しながら丁寧に行った。
焦れば雑になるし、雑になれば失敗する可能性が高い。
何度も行えば直ぐに出来るようになる所も今の時点では無理だから。
焦る必要のない時まで焦る事はないもんね。
取り敢えず成功する事だけを考えて時間をかけて作業を行っていく。
「……成功したようですわ」
瞼を開けた私の目に彩り豊かな光が飛び込んでくる。
同時に黒目のコルラレ様も其処にいた。
歪んでいる様子も無いし多分成功したよう。
……それに【魔力】が使われていない事も分かった。
最初に【構築】した【魔力】以外は減っていない気がするのだ。
――気のせいで【魔力】は減っているのかも知れないけれどね。
何はともあれ成功には違いないと思う。
それを告げるとお父様は微笑みコルラレ様は何かを探るように私の目を見ている……のですが、ちょっと怖いのですが。
お父様とのやり取りなど色々見た事によって折角マッドな所を忘れようとしていたのに、再び蘇ってきてしまう程コルラレ様の目は私――実験体――に興味津々という色を隠そうともしていない。
もう一度言います……はっきり言って怖いです。
そんなコルラレ様に気づいたのかお父様が話を進めてくれた。
出来れば止めて欲しいのですが、お父様。
止める事はしてくれないお父様に内心泣きそうになりながらお父様の次の指示を待った。
「ダーリエ、目を閉じてくれ。……【構築】を探るだけだからじっとしていて欲しいんだ。出来るね?」
「はい」
さっきちらっと本人しか見えない【構築】をどうやって知るのかと思ったけど、方法があるんだね。
そりゃ無ければ【魔法】の伝授なんて出来ないんだけどさ。
魔道具でも使うのかな?
私はそんな事を考えつつ再び目を閉じる。
すると今度は暖かな温もりが両目を覆った。
さっきのコルラレ様の手も人としての温もりは宿っていたけど、お父様の手の方が暖かいと感じる。
それはそう感じている私の心持ちの違いからなのかもしれないけれど。
――コルラレ様が冷え症とかだったら面白いのに。
とはいえ、外見的に似合ってる所が微妙な所だとも思う。
そんな本当にどうでも良い事を考えている内にお父様の【構築】を探る作業は終わったのか温もりが離れた。
……そういえば、今更だけどこの【構築】って【魔法陣】とかじゃないのかな?
【構築】って其処に至るまでの構造って事だよね?
なら中途半端なのを【構築】って呼ぶなら兎も角完成したモノは【魔法陣】って呼べないのかな?
そんな私の疑問はお父様によって解決した。
「これは【構築式】とは言えないね。立派な【魔法陣】のようだよ」
「……確かに。粗い部分はあるが【魔法陣】として【魔法】が作動するレベルの【式】だな。これならば発動するかどうかだけの確認をすればよさそうだ」
「【構築】では無く【魔法陣】なのですか?」
「そう言えばダーリエは【魔法】について全く知識が無いんだったね」
「その状態でこれとは……つくづく恐ろしいな」
「だから僕の娘だよ? それに僕の奥さんを誰だと思ってるんだい?」
「……そうだったな。【錬金術師】として最高位にいるお前と【魔術師】として最高位にいる彼女の子供、か。とんでもなくても可笑しくは無い、か」
……コルラレ様。
そのお話私は初耳なのですが。
しかも聞き捨てならないのですが。
お父様が【錬金術師】でお母様が【魔術師】である事は知ってるけど。
もしかしたら高位のランク持ちなのかもなぁとも思ってたけど。
最高位ってどういう事ですか?
え? マジですか?
……後で詳しく聞きたい気もするけど、それ以上に聞きたくない気がするのですが。
なんとも言えない顔になっている私にお父様はどうやら「分からない単語が出てきた」という理由だと思ったらしく、直ぐに説明してくれた。
実際それよりも気になる事があるのですけどね?
「ああ、ごめんね。……えぇと。【魔法】を発動させるためには【魔法陣】を【構築】する。更に【力ある言葉】によって現象を起こすんだ。つまり【魔法陣】にまだなっていないモノ全般を【構築式】又は【構築】と言うんだ。さっきまでダーリエがやっていた事は【構築】段階であると思って居たから【構築】で通していたんだよ」
「成程」
「けどどうやらこれは【魔法陣】として成立している。これで発動するかどうかを確かめれば万人が発動出来るのか、他に条件があってダーリエが偶然合致したのかが分かるね」
「……先に言っておくが、これは普通の人が簡単に出来る事ではない。吹聴する事は自分の首を絞める行為だと思って居た方が良い」
「わかりました」
元々吹聴する気なんてなかったけどね。
天才扱いも神童扱いもごめんです。
まぁイメージ優先のきらいが有るみたいだし、そこら辺は『地球』の知識と成人した精神があるから成功したんであって、私が天才って訳じゃ無いと思うけど。
頷いた私にコルラレ様は満足そうだった。
今回の騒動の原因である【魔法陣】を映しているのは鏡のような魔道具で多分【構築】の状態でも【魔法陣】でも映す事が出来る代物なんじゃないかな?
お父様は鏡の中の【魔法陣】をしばし見つめていたかと思うと私と同じように目を瞑り【魔力】を精製しだした。
ちなみにこの【魔法】? 【スキル】? どっちでも良いけど……は【魔力】の流れも見る事が出来る、相当な優れものだった。
これが私でも【構築】出来たのだから、この世界の【魔法】は一度しっかり学んだ方が良いかもしれないと思う。
何処までイメージ優先か分からないと危なくて使えない。
心の中にある「やりたい事リスト」に「【魔法】の事を学ぶ」という項目を書き込む。
まぁ優先順位第一は何が来ても基本的に【錬金術】だけど、ね。
お父様は両目に【魔力】を集中させて【魔法陣】だと思うモノを創り出すとそれを発動させようとした。
ちなみに何故私が【魔法陣】だと言い切れないかと言うと、私にとって【魔法陣】なんてモノは見た事は無いし、この目も【魔法陣】を細かく分析する事は出来ないからである。
精度を上げれば出来るかもしれないけど、必要性も感じない。
別に私は冒険とか戦いで無双したい訳じゃ無いし。
というよりも、ある意味で初めて見る【魔法】に私は少しだけワクワクした気持ちを隠せなかった。
そんな私の期待が叶う事が無かったけど。
お父様の【魔法】は発動しなかったのだ。
突然【魔法陣】が瓦解して霧散してしまった。
あまりに唐突な出来事に驚き固まっていると、お父様は苦笑してしまい、コルラレ様は予想は出来ていたのか肩をすくめた。
「……どうやらこの【魔法】だけでは駄目なようだね」
「そう簡単に【スキル】を得られたらここまでこれは……【精霊眼】は重宝されていない」
「【精霊眼】?」
思わず口を挟んでしまった私にコルラレ様は一瞬しまったという顔になるが、直ぐに無表情に戻る。
……あー口挟んじゃ駄目だったか。
でも仕方ないと思うんだけど。
他の人が発動出来るとか試そうと説明する時名称がないと説明は難しいと思う。
今回みたいに私が一から説明するならまだしも……と言うよりも私は全員に説明したくない。
ただでさえ異端だと、自重しないといけないと思って居るのに、全員に同じような説明する事になったら自重もへったくれもあったものじゃない。
何処まで自分をさらけ出して良いか?
誰にならいいか?
そこら辺も今後見極めないといけないのだから。
全員に説明するなんて冗談じゃない。
という事はお父様かコルラレ様か、どちらかが説明して試してもらう必要がある。
第三者を介する事になるから名称とか定義して話すのがぶれない方法の一つだと思うんだけど。
とはいえ、此処まで「しまった!」と言う顔をコルラレ様がする程だとは思わなかった。
今更聞かなかった振り出来ないし、どうしよう?
なんとも言えない顔をしているであろう私に、今度はお父様が肩をすくめた。
「ダーリエの前で言ってしまったパルが悪いね」
「だからシュティンヒパルだ。何度言ったら直すつもりだ? ……だが確かに俺が迂闊だったな」
「大丈夫だよ。言わないように言えばダーリエは周囲に言いふらしたりしないから……理由を今は言えないけど黙って居て欲しいんだ、ダーリエ」
「分かりましたわ、お父様。ですが「今は」なんですの?」
「ああ「今は」だよ」
別にお父様達が私に害をなすために黙っているなんて思わないから、問題ないけど。
と言うよりも、私名称を付けた方が良いと思って居ただけで、其処まで深刻な何かを探った訳じゃないんだけど?
どうやら私は何時か秘密を一つ教えられるらしい。
「ああ。けど【スキル】の名前だけは調べればすぐに分かってしまうね。それだけは教えておくべきだね。……ダーリエ。お前のそれはね【精霊眼】と呼ばれる【スキル】だ。詳しい事は自分で調べて御覧」
「【精霊眼】は基本的に公言する【スキル】ではない。その事だけは頭に入れておいた方が良い」
「……わかりました」
どうやらこの【精霊眼】という【スキル】は色々曰く付きのようです。
そもそも私ってその【スキル】を習得してるのでしょうか?
ここまで色々やっていて出来ていなかったら骨折り損のくたびれもうけでは?
もはや猫を被っておらず表情が出て居るであろう私の思った事をお父様は正確に悟っているらしく私が言葉を発する事無く会話が成立していた。
……横着じゃないわよ?
「ダーリエは【スキル】を習得しているよ。それも後で分かるから楽しみにしていれば良い……先生もようやく見つかったしね」
そう言ってお父様はコルラレ様の方を見る。
――え? もしかして……
「宜しくねパル」
「だからシュティンヒパルだと…………だが、そうだな。ここまで関わってしまえば仕方あるまい」
「そういう事……ダーリエ。彼は高位の【錬金術師】だから。彼から存分に【錬金術】を習うんだよ」
決定事項なのですね、お父様。
かなり厭世的な方のようですが?
本当に大丈夫なんですか?
ほんとーに【錬金術】を教わる事を楽しみにしていたのですけど。
……今は少しだけ不安なのですが。
とはいえ当主であるお父様が言い出した事は決定事項です。
コルラレ様も悪い方ではなさそうだし。
もう一度覚悟するしかないって事なんだよね。
「――改めまして。ワタクシ、キースダーリエ=ディック=ラーズシュタインと申します。これから宜しくお願い致します。コルラレ先生?」
私は椅子を降りると一礼する。
するとコルラレ様も椅子を立ち私の前に立つと礼を取った。
「私はシュティンヒパル=バロニア=コルラレ。ラーズシュタイン当主とは昔から懇意にさせて頂いている。キースダーリエ嬢の教師となる。以後宜しく頼む」
こうして私の大きな期待と少しの不安を抱く【錬金術】を学ぶ大きな一歩は踏み出されたのだった。
……コルラレ先生のマッドな部分がでませんように!