番外編8.はこいりッ!? -純情淫魔さん奮戦記-
外来人として地球からアールハインに行く例ばかりお見せしてきたワケですが、冒頭に「人材を交換」と書いてる以上、当然その逆の流れもあるワケでして……。
<innocent Eye's>
「何だ、ココは?」
気が付いたら俺は、見覚えのない……というか、あるはずのない場所に寝転がっていた。
「天蓋付きのキングサイズベッドとは、また面妖な」
20代男性の平均ないしそれをやや下回る程度の年収しか持たない、俺みたいな庶民とは、おそらく生涯無縁の代物だ。
服装は、普段部屋着にしているスウェットの上下だったが、念のため身体をパタパタと触ってみたところ、薄皮一枚隔てたような微妙な違和感がある。
試しに、思い切りギュッと頬をつねってみたが、触られているいるという“感触”はあっても、“痛み”は感じなかった。
「ふむ……明晰夢、というヤツかな」
一応、物書き──といっても“あまり売れてないラノベ作家”というヤツだが──のハシクレとして、その程度のムダ知識はある。
「まぁ、夢なら仕方ないが……アラサー独身男とロココ調の家具の取り合わせって誰得?」
ベッドにせよ、タンスにせよ、サイドテーブルにせよ……偏見かもしれんが、こういう姫様ちっくな雰囲気の調度が許されるのは、日本じゃローティーンからせいぜい20代半ばまでの女性限定だぞ?
加えて、ベッドカバーやクッションその他の色が、真っピンク! 今時、ラブホでも、こんなベタな色使いをしているトコは稀だろう。そのクセ、レースのヒラヒラがたっぷりとあっては、一体全体どういうコンセプトなのか疑いたくなる。
断言しよう。断じて俺のシュミじゃない!
「あ、あのぉ~、お気に召しませんでしたか?」
だからその時、背後から心底申し訳なさそうな女性の声がかけられても、俺はさほど驚かなかった。
振り返るとソコには……女神がいた!
面と向かって最初に目を引くのは、陽の光を蜂蜜に溶かし込んだような、見事な黄金色の髪だろう。
腰どころか太腿のあたりまである長い艶やかなその金髪を、束ねもくくりもせずに無造作に流しているので、パッと見には後光が差しているようにさえ思える。
そして、その金色と見事なコントラストを為している、ミルク色の柔らかそうな肌と、深海を思わせる深い紺碧色の瞳。
それらみっつの色彩を持つにふさわしい、繊細で整った美貌の持ち主でもあるのだが、ほんの少しだけ垂れ気味な大きな瞳が、美人にありがちな近寄り難さを緩和している。
背は高からず低からず……いや、今時の日本人女性の平均と比べると、ちと低めかな? 150センチ代前半と言ったところか。年齢は推定18~20歳くらい。
ただし、プロポーションはグンバツ(死語)。特に、白いゆったりした夜着を着てる今の状態でも、推定EからFカップのその見事な胸はハッキリ視認できる。
ちょっと困ったような表情でもぢもぢしながら、手にしたアンチョコらしきものをチラチラ確認している様子も、すンごく萌えるし。
──率直に言おう。すごく好みだ! それも未だかつて見た事のある女性の中でもダントツに!!
「結婚しよう。ふたりで幸せな家庭を築くんだ!」
……だから、思わず目の前のその女性の両手を握りしめ、そんな戯言を口走った俺を、男(とくに25歳超えてシングルな輩)なら、誰も責められないと思うんだ、うん。
「えっと…はい♪ ……じゃなくて! い、いえ、嫌というワケではないのですけど、あのですね」
いくら夢の中とは言え(いや、欲望が素直に出る夢だからか?)、直球というよりむしろビーンボールに近い発言をカマしてしまった俺に対して、けれど彼女も慌てつつ、満更でもなさそうな反応を返してくれた。
おかげで、“会って即プロポーズ”というどこぞの万年煩悩少年みたいな真似をやらかしてしまった俺の方が、逆に落ち着くことができた。
「オーケー、お嬢さん、お互い、ちょーっとクールになろう。ホラ、深呼吸して」
「は、はい……」
──スーーーーーッ…………ハーーーーーーッ
いい歳した男女が、向かい合って真面目な顔で深呼吸している様子は、傍から見たら笑い事以外の何ものでもないだろうが、当事者同士は結構真剣なのだ。
「ふぅ。さて、落ち着いたところで、この状況を説明してもらえるか?」
「はい、わかりました。実は……」
「あ、ごめん、その前に自己紹介くらいは済ませておこう。俺は、神無月優伍かんなづき・ゆうご。「十月勇」のペンネームで物書きもやってる」
「あ、はい、存じております。わたしは、ユリーシア。ユリーシア・イナンナ・フェレースと申します。一応、フェレース一族の末席に身を連ねているハイ=サキュバスです」
そう名乗りながら、彼女は背中というか肩口からコウモリのような黒っぽい翼を出す。
ふむ。サキュバス……いわゆる女淫魔、か。頭にハイの字がついてるってことは、それなりに高等ってことかな?
「あのぅ、お疑いにならないのですか?」
「? ユリーシアさん、俺を騙したの?」
「い、いえ、そんなことはありません。ただ、その……現代日本の、社会人の方が、こんなに簡単に信じてくださるとは思わなかったものですから」
──それは暗に、「いい歳して夢見がちな厨二乙w」と言う意味だろうか?
「ち、違います、ちがいます!」
はは……冗談だって。
「うーん、敢えて言うと、学生時代の知人に、普通でないヒトが結構いたから、かなぁ」
人狼な先輩とか、蜘蛛女な先輩とか、龍神の生まれ変わりの後輩とか、魔法少女やってる後輩とか、絵に描いたようなマッドドクターな恩師とか……。
だから、今更“サキュバス”って言われても、「あ、やっぱり、いるんだ」くらいの感慨しか持たないのも、無理はないと思う。
「そ、そうですか……(そう言えば、この方、姫様達と同じ学園の出身でしたっけ)」
面食らったような、納得したような、微妙な顔つきになるユリーシアさん。
「で、そのサキュバスさんが、わざわざ男の夢の中まで出張って来たってことは、ナニをしよう、ってことかな?」
「はぅ!? そのぅ……えーっと…………はい」
「淫魔」と言うからには、ソチラに関しては百戦錬磨だろうに、どうにも反応が初々しいな。
まさか、と思いつつも、一応、念のために聞いてみる。
「もしかして……こういうこと、初めて?」
ボボッ、と真っ赤になった彼女の顔が、何よりも雄弁にその答えを物語っていた。
<Complex Image>
「わたくし、一族の落ちこぼれなんです」
ベッドに並んで(ただし、人ひとりぶんくらいの間隔をあけて)腰を下ろしたところで、彼女がポツポツと自らの事情を話し始める。
彼女は、此処とは異なる「アールハイン」と呼ばれる異世界にある魔界から来たこと。
フェレース家と言えば、魔界でもサキュバスを束ねる名門──伯爵家の家柄であること。
ユリーシアさん自身は分家の出ではあるが、現在の本家の当主とは“はとこ”にあたり、比較的血筋はよいこと。
にも関わらず、魔法も体術もてんでだめ、サキュバスの本領とも言える魅了関係も、内気な性格が災いしてかイマイチ……いや、イマサンであること。
「普通のサキュバスと違って、わたくしたちハイ=サキュバスにとっては、殿方の、その…“精”は、生きていくうえで必須というワケではありません。
そもそも“精”──生命力にしても、別段、え…えっちなことをしないと吸い取れないワケでもありませんし。
けれど、一人前の成人と認められるためには、殿方の精を“女”として摂取することが条件となっているんです」
成程、ある意味、淫魔の通過儀礼ってことか。
「ふむ。一応聞いておきたいんだが、君とその……コトに及んで、精を吸い取られたとして、俺の側には、どんなデメリットがあるのかな?」
穏やかに俺がそう尋ねると、俯いていたユリーシアさんが、ハッと顔を上げた。
「え!? も、もしかして……協力していただけるんですか??」
「まぁ、よほどのデメリット──たとえば生死にかかわるとか、寿命が縮まるとかがない限り、そのつもりだけど、どう?」
「それは、大丈夫です! 確かに、生命力を失ったことで、一時的に身体が極度に疲労したような状態にはなると思いますけど、しばらく休めば回復しますし、もし神無月さんが体調を崩されても、わたくしがお世話させていただきますから!!」
って言われてもなぁ。どうやらこのお嬢さん、かなりいいトコの箱入り娘っぽいし(しかも、異世界の魔界出身!)、家事はおろか雑用すら満足にできるかアヤしいトコロだが……。
だが、これだけ御膳が整ってるのに、据え膳食わないのは男がすたる!
しかも、ルックスと言い、雰囲気と言い、この娘は俺の好みにド真ん中ストライクコースなのだ。
幸い、締め切りは一昨日終わったばかりで、次の仕事までは多少余裕がある。最悪、一週間くらい寝込むことになっても、問題はないだろう……たぶん。
何より、飼い主が遊んでくれるのをワクワクして待つ仔犬みたいな目付きをしたこのお嬢さんに「NO!」と言うのは、限りなく難しい。て言うか、俺には無理だ。
「そ、それじゃあ……」
「うん。ふつつかものだけど、ドゾヨロシク」
「に゛ゃっ!? 神無月さん、ソレ、わたくしの台詞ですよ~」
などという軽いじゃれあいをして、緊張感をほぐす。
「あ、そうだ。ところで、この部屋って、ユリーシアさんの趣味?」
「いえ、そのぅ……ちょっと違います。あのぅ……コレを参考にしました」
「?」
彼女が手にもっていたアンチョコらしきものの正体は、薄い文庫本だった……て言うか、コレ、俺が書いた『黒百合のストレンジャー』じゃねーか!?
真っ当なラノベ一本で食っていくのは、俺のレベルでは難しい。で、ときどきジュヴナイルポルノの雑誌の仕事とかも別名義で請け負うんだが、その連作短編が6本溜まったんで、こないだ単行本化されたのだ。
「え、えっと、神無月さんのご趣味は、こういうのではないか、と思いまして」
「う、う゛ーーむ゛」
いや、こりゃあくまでフィクションだからな。
確かに、毎回エロいメに遭いつつバージンだけは守り通すヒロインの怪盗が、最終回で、ライバルにして密かに想いを通じあっていた若き警部に抱かれるシーンは、こういう感じの部屋の描写を入れたけどさぁ。
「その、お気に召さないようでしたら、変えましょうか? それくらいなら、わたくしの魔力でも十分可能ですし……」
「むぅ……手間かけて申し訳ないけど、そうしてもらえると助かる」
「は、はい。では……」
一瞬、目の前が真っ暗になったかと思うと、次の瞬間、俺はどこか懐かしい雰囲気のする和室の畳に座っていた。
「いかがでしょうか? 神無月さんが抱いておられる“一番落ち着く場所”のイメージをお借りしたのですけど」
目の前の座卓の向かいにいるユリーシアさんは、いつの間にか藍色の浴衣に着替えていた。
金髪碧眼のいかにも外人(むしろ人外?)な彼女だけど、意外にもその格好は似合っていた。
慣れた手つきで急須からお茶を入れ、コトンと俺の目の前に置いてくれる。
「うん、コッチの方が十倍いいな」
予想以上に美味いお茶をすすりながら、ココが夢の中であることも忘れて、リラックスする俺。
「聞いてもよろしいですか? 此処は……」
「ああ、俺の母方の祖父母の家のイメージだな。もっとも、高校の頃にふたりとも亡くなって、家も売りに出されたから、正確とは言えないかもしれないけど」
でも、ここが俺にとって一番落ち着く場所だというのに異論はない。
じぃちゃんもばぁちゃんも凄くいい人で、俺の「作家になりたい」という夢を応援してくれていた。もし、ふたりの励ましがなければ、今みたく物書きのハシクレになってなかったかもしれない。
それだけに、夏休みとか長期休暇の度に遊びに行ってた“この家”が売り払われた時はショックだったしなぁ。
「とても、大切な場所なんですね。あの……そんな場所で、わたくしなんかと、その……イタすことになってもよろしいのまでしょうか?」
「ああ。て言うか、むしろだからこそ、ココがいい」
俺は、湯呑を座卓に置くと、まっすぐに彼女の目を見た。
「あらかじめ言っておくと、俺は一応初めてじゃない……と言っても、まぁ、いわゆる風俗に行ったことがあるだけで、残念ながら恋人の類いとシたことはないんだけどな」
高校時代に恋人らしき女の子はいたけどキス止まりで、卒業したら自然消滅しちまったからなぁ。
「は、はい」
「で、だ。さっきも言った通り、俺にとってキミはすごく好ましいタイプなんだよ。だから、今晩ひと晩だけでもいい。どうせなら、俺と──そのぅ恋人同士になったつもりで、エッチしてもらえないかな?」
言いながら、どんどん顔が熱く赤くなってくるのがわかる。くそぅ、これこそ、普通女の子側が言うべき台詞だろーが。これだから素人童貞は……。
けれど、ユリーシアさんは、「キモ~い」とかそういう軽蔑した目ではなく、むしろ感動したような面持ちで俺を見つめている。
「い、いいんですか、わたくしなんかで……」
「あぁ、キミがいい。恋人をこの家に連れて来て、じいちゃん達に紹介するのが、俺の密かな夢だったから」
間髪を入れずにそう答えると、彼女はいっそう瞳を潤ませ、正座のまま見事な挙措でススッと下がり、そのまま三つ指ついて深々と頭を下げる。
「それでは、不束者ではありますが、宜しくお願い致します」
うん、やっぱり女の子が言うと映えるよな。
「ああ、こちらこそ、よろしく、ね」
かくして、一夜限りの恋人──その長い夜が始まったのだった。
<Dreamin'>
座敷の隣りには、用意周到(?)に枕ふたつ並べた布団が用意されていた。
もじもじする彼女の手を引いて、隣室に移動する。
「やっぱり、恥ずかしい?」
「うぅっ………実は、その……はい」
布団に横たわったユリーシアは、顔を真っ赤にして泣きそうな目で俺を見ている。
この、今時珍しい程の純情ガールが名門サキュバスの血縁だと言うのだから、世の中はわからんもんだ。
「あっ!」
浴衣の胸元に手を伸ばしたところで、一瞬それを押し止めようとする素振りを見せるユリーシア。
「いや、少しずつでも馴らさないと」
「あ、す、すみません。そう、ですよね」
懸命に恥ずかしさを堪えながら、生まれたての仔馬みたくプルプル震えているけなげな彼女に様子が愛しくて、俺は精一杯優しい声音で語りかけながら、彼女の蜂蜜色の髪をゆっくり撫でる。
「大丈夫。乱暴にはしないって約束するから。俺を信じて」
「! はいっ……」
なぜかトロンとした顔つきになって、俺の手に身を委ねるユリーシア。
そんな彼女のいぢらしさに、俺の中の興奮と愛しさがどんどんかきたてられていく。
はだけた着物の胸元からこぼれるふたつの膨らみに、ソッと手を伸ばす。
「んくっ……!」
指先がその柔らかな弾力を確かめるのとほぼ同時に、ユリーシアが呻きを漏らす。
「ごめん、もしかして強過ぎたか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
言葉を濁されたが、おおよその意図はわかった。どうやら、感じてくれてるらしい。
「えと……神無月さんのお好きなようになさってください」
て言われてもなぁ。いくら淫魔だからって、さすがに初めての子に手荒な真似をするのは気が引けるし。
「それに……神無月さんになら、わたくし、何をされても……」
!!
いや、だから、君みたいな可愛い娘がソレを言うのは反則だって!
そんなことを、つい先刻会ったばかりとは言え、一目惚れした女性に言われて、奮い立たない男がいるだろうか? いや、いまい(反語)。
「ユリーシアっ!」
だから、堪え切れずにガバチョと抱きしめてしまった俺を責められる筋合いはないはずだ、たぶん。
「あっ!?」
俺の激しさに一瞬怯えたような声を漏らしたユリーシアだが、抱きしめる腕に込めた俺の想いに気づいたのか、すぐにリラックスした表情を取り戻してくれる。
彼女が落ち着いた頃合いを見計らって、俺は再度“攻略”に着手する。
「あ、あの……あまり見ないで、くださいぃ」
「ふぇっ!? ほ、褒めていただけるのは嬉しい、ですけど……ひぁンっ!」
「ぁ……はぅんッ!」
「ちょ……あぁぁん……!」
「そ、そんな恥ずかしいトコロ、じっと見つめないでくださぁい」
不器用なりに、真情の籠った俺の行為で、ユリーシアはのぼりつめていく。
そして……。
「……っ、あ……!! あぁ……また……クる……キちゃいますぅぅぅーーーッ!」
そして、しばしの充実した時間の後、ユリーシアは、俺の下で心底幸せそうな表情を浮かべながら未踏の高みへと上り──そのまま意識を喪ったのだった。
<You don't know that Story>
地球の方はもとより、異界の住人でさえ誤解されている方が多いのですけれど、わたくしたちサキュバスは(ハイ種だけでなくレッサー種も含めて)、決して“殿方の精を四六時中求めるだけの痴女”ではありません。
いえ、確かに満月の夜などは、レッサー種の方は繁殖期の動物にも似た疼きをその身に抱えられるとは聞いていますけど、それ以外はごく普通に生活──生産活動や文化活動、あるいは戦闘行動なども可能なのです。
こう言ってはなんですが、一部の血の気の多い獣人族や鬼魔族の方々などに比べれば、魔族の中でも比較的理性的で、温和な種族だとさえ言えるかもしれません。
喜怒哀楽は元より、親子や夫婦、友人間の情愛だってあります──無論、それが人間や神族のそれとまったく同じものかと問われれば、無条件に肯定はできませんが。
神無月さんにも説明したとおり、わたくしたちハイ=サキュバスに至っては、吸精行為すら生きていくうえで必須ではありません。
とは言え、吸収した精気をダイレクトに魔力に変換できるのがサキュバス族の特性ですから、そうした方が手早く強くなれるのも確かですが。
それなのに、サキュバスの成人儀礼として“男性との性行為を通じての吸精”があるのは……「それが伝統だから」と言うのが、一番わかりやすい理由でしょうか。
日本人の方にわかりやすく言うなら、そうですね……成人式、と言うよりはむしろ高校の卒業式あるいは卒業試験って感じですね。
その例えで言うなら、この歳になっても男性から吸精行為をした経験のないわたくしなどは、20歳過ぎても留年して高校に居座っているようなものでしょうか。
無論、分家とは言え名門の端に連なる者としては大変な不名誉です。
故に、ごく一部の理解ある縁者を除いてわたくしに対する風当たりは強く、まさに針のむしろとも言うべき状態でした。
幸い、地球への留学経験がある本家のメルヴィナ様とリアリィ様、そしてお二方の御母堂である伯爵様は、わたくしの小娘じみた感傷にも理解を示してくださいました。
とはいえ、わたくしがこのような心境に至ったのは、かの御方達からいただいた地球の書物が元凶なのですから、ある意味、卵と鶏の論議のような気がしないでもありませんが……。
ええ、そうなのです。
本、とくに読み物好きなわたくしは、いまだ頻繁に地球に出かけられることの多いお二方から、現在流行っている小説や“漫画”と称する絵物語の類いを貸していただく機会が多々ありました。
魔界にはない文化の数々、とくに少女向けのそれらにすっかり魅せられたわたくしは、いつしか「初めては好きな殿方と結ばれたい」と言う、サキュバスとしてはかなり異端な感情を抱くようになっていたのです。
もっとも、わたくしがいくら夢想家だとは言え、普段は魔界に住む身で人間の殿方と情熱的な恋に落ちるだなんて、都合のよいハプニングがありうると思うほど、浮世離れはしておりません。
けれど──ある時、リアリィ様から戴いたとある本、お二方の地球での学友であられた方が書かれた一連の小説に、わたくしはすっかり惚れ込んでしまいました。
そしてその熱は、いつしか物語自体だけでなく、それを書く方への興味にまで拡大してしまっていたのです。
この素敵なお話を書いているのは、どんな方なのだろう?
どういう暮らし、どういう人生を歩んできて、このような優しい物語を書くようになられたのだろう?
著者の方と比較的親しかったというリアリィ様から、その方──神無月優伍様のお話を聞く機会もあって、わたくしの頭の中で、神無月様の存在が、少しずつ大きくなっていきました。
いい歳して小娘のような恋煩いに囚われたわたくしを案じた伯爵様は、魔王様とかけあって、地球への短期滞在を許される“人材交流会”のメンバーに、わたくしをねじ込んでくださいました。
「えぇか、ユリちゃん。好きな男が出来たら、その胸に思い切って飛び込んでみるのも、女の甲斐性ってヤツやで。ふぁぃとや!」
そんな暖かい激励の言葉までくださいました(メルヴィナ様は、「ママはおもしろがってるだけよ」なんて呆れられていましたが)。
100日近くにわたる講習(“地球の人間”としての常識や基礎知識を身に着けるためのものです)の後、いよいよわたくしは他のメンバー共々、地球の日本に降り立ち……。
三日間ほど遠巻きに観察した後、神無月様が、予想していた通りのお優しい方であったことを確信したわたくしは、ついに今宵、意を決して、かの方の夢の中にお邪魔したのです……。
<Dreaming Continue>
「あ~、つまり……ユリーシアはストーカーだった、と」
結局、夢の中での3連チャンの後、さらに明け方、自室で目が覚めた時に同じ布団の中に彼女の姿があると知った瞬間、自制しきれずに再び今度は現実で励んだ結果、当然俺の精力は見事にempty状態、そのままダウンとあいなった。
ユリーシアによると、彼女も経験が浅い(て言うか初めてな)だけに、生身での吸精の加減が上手くいかず、思ったより大量に精気を吸い取ってしまったらしい。
もっとも、昨夜の約束通りユリーシアが、布団から出るのも億劫な状態の俺を、甲斐甲斐しく世話してくれているため、別段後悔はしてないけどな!
で、布団から半身を起して、彼女が作ってくれたおじや(予想に反して味は悪くない……てか美味い!)を「ふーふー&あ~ん」して食べさせてもらった後、彼女からの懺悔というか打ち明け話を聞かされた俺の第一声が上のものだったわけだ。
「か、神無月さん、ヒドいです~」
さすがに温厚なユリーシアも怒ったのか、拳でポカポカ叩かれた。
「や、ごめんごめん。冗談だって。むしろ、単なる偶然じゃなく、俺を初体験の相手に選んでくれたことを光栄に思うよ」
即座に謝罪したのでユリーシアの機嫌も直り、今は何となくイチャイチャと言うかまったりしてるんだけど……。
「えーっと……」
「あ、あの!」
いかん、カチ合っちまったな。
「じゃ、じゃあ、ユリーシアから」
「い、いえ、神無月さんこそ」
あー、やっぱしこうなったか。ま、それならお言葉に甘えて。
「えっと、さ。さっき聞いた話だと、そのぅ“人材交流会”とやらで、しばらく日本こっちにいるんだよね? 住む場所とかは、もう決まってるのかな?」
無論、俺が言外に滲ませた意図を、彼女はしっかり読みとってくれた。
「えっ……その、まだです。これからステイ先を探すつもりでした」
そう言いつつ、伏し目がちにした視線をチラチラとこちらに投げかけてくる。
はは、飼い主に「撫でて撫でて」と期待する仔犬みたいで、わかりやすいなぁ。
一瞬、トボけてみようかと言う悪戯心が頭をもたげたが、自粛しておく。そんなにコトしたら、彼女、マジ泣きしそうだし。
「だったら、ユリーシアさえ良かったら、ここで俺と一緒に住まないか? 少々ボロいが、君の分の部屋くらいあるしな」
俺は、木造築30年で猫の額ほどの広さとは言え、一応二階建ての一軒家を借りて住んでいる。もっとも、一階は居間と台所とトイレ、二階も部屋が和室と洋室がひとつずつあるだけの、下手なマンションより貧相な住まいだけどな。
二階の部屋の和室を寝室、洋室の方を物置にしてるが、洋室は整理したら空けられるだろう。
「はいっ、ぜひお願いします!」
パァッと大輪の花がほころぶような笑顔を見せるユリーシア。
──うん、まぁ、思いがけない美女とのアバンチュール(?)に浮かれて、馬鹿な事をしてるという自覚は、俺にもある。
彼女はどうやら俺のことを気に入ってくれたみたいだし、俺もその点は同様だが、ちゃんとした恋人同士になるには流石に障害が多すぎるだろう。
仮に種族の差とやらを気合いで乗り越えたとしても、彼女いわく「地球へは短期滞在」らしい。森鴎外の『舞姫』よろしく別れなければいけない事は今から明白なのだ。
「ステイ先を探す」と言ってたくらいだから、滞在期間が1週間未満ってことはないだろうが、1ヵ月か、それとも1年か。あるいは、一般的な留学と同様3~4年か。
いずれにしても、遠からず“別れ”が来ることは目に見えているのだ。
「「それでも……たとえ一時でもいいから、君と共に歩みたい」……ですよね?」
「うっ! 『七彩城物語』も読んでたのか」
自分の著作から登場人物のクサい台詞を目の前で引用されると言うのは、たまらなくこっ恥ずかしい体験であるということを、俺はたった今リアルで理解したよ!
「読んだ時はいまひとつピンときませんでしたけど……今なら、あのアルバート少年の気持ちが理解できます」
俺の身体に負担をかけないよう、膝まづいてそっと首に抱きついてくるユリーシア。
しなやかで暖かな体の感触と、ほのかに鼻をくすぐる女らしい香りが、俺の中の頑迷な部分をたちまち壊してしまう。
「──ああ、あんなことを書いた俺も、今初めて実感したよ」
認めよう。そもそも俺は彼女にひと目で心を奪われたじゃないか。なのに、いまさら変な意地を張ってもしょうがないだろう。
どちらからともなく唇を重ねる俺達。
そして、このキスが、“美人で愛らしく淑やかな淫魔”という矛盾した魅力を兼ね備えた彼女との、同居……いや同棲契約締結の証となったのだった。
<オマケ>
「ところで、短期滞在って具体的にどれくらいなんだ?」
「そうですね、コチラの暦で言うところの……おおよそ20年くらい、でしょうか」
「ぜ…ぜんっぜん、短期じゃねぇ!!」
不覚。羽さえ出さなければ人間ソックリの外見に油断して、人間との寿命、ひいては時間感覚の違いに思い至らなかったぜ。
「戸籍や住民票も登録しましたから、婚姻届もちゃんと受理してもらえますよ?」(ニッコリ)
……まぁ、20年あれば子育てもできるから、いいんだけど、な。
ちなみにユリーシアさんのイメージは「金髪碧眼で髪を伸ばした鷺●文香」だったり。彼女が言う「ハイ=サキュバス」とは、グラジオン大陸の魔界出身で、初代女帝モーガンの薫陶により、その欠点を克服した一族を指します。