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番外編7.令嬢/メイド

短めのちょいネタ。年代的には、番外編6同様、本編より20年程前の話です。

 「セリカって、ほんと女らしくてグラマーよね。いいなぁ」

 仕えている家の御令嬢に心底羨むように言われて、ティーポットから紅茶を淹れていたメイドは目をパチクリさせた。

 「エロイーズ様みたいなお綺麗な方に言われると、なんだか複雑なのですけど……」

 メイド──セリカの言う通り、彼女が側付きの侍女として仕えているエロイーズ・マリアンヌ・ド・ダルターナスは、掛け値なしの美少女だった。

 豪奢な陽光色の巻き毛と、人形のように整った顔立ち、そして雪のように白い肌という、この国プロヴァンヌに住む乙女なら誰でも憧れるであろう美の要素を兼ね備えているのだ。

 さらに小柄で華奢ながら均整のとれた肢体は、さながら現世に舞い降りた妖精と見まがうばかり。

 伯爵令嬢という身分もあいまって、世の多くの少女達が思い描く“理想のお姫様”像と極めて近しい存在だと言えた。


 対して、セリカの方は、エロイーズと歳こそ同じだが、ごくごく平凡なメイド娘にしか過ぎない。

 曾祖父の時代にグラジオン大陸の東方から移住して来たため、大陸西部のこのプロヴァンヌ皇国ではかなり珍しい黒髪黒瞳と、ほんの少し黄色みを帯びた肌が多少は目を引くが、顔立ち自体はいわゆる“十人並みの美人”だ。

 確かに女にしては比較的背が高く、胸もかなり大きい方ではあるが、それとて飛びぬけて目立つ要素ではない。

 実家は大きな農園を経営しており、それなりに裕福で多少は教養もあるが、身分制が厳格なこの国では、あくまで爵位を持たない平民だ。

 聞くところによると、海の向こうのアルビオレ王国では、貴族と平民のあいだに「郷士(ジェントリ)」と呼ばれる階層があるらしい。かの国でならセリカの家は確実にその郷士階級であったろうが、このプロヴァンヌでは平民として十把一絡げにされる存在だった。


 とは言え、ひと口に貴族と言っても様々で、平民のことを金が成る木かしゃべる家畜くらいにしか思っていない非道な輩もいれば、国と領民のことを本気で考えて貴人之責務(ノブレス・オブリージュ)を尽くす立派な“真の貴族”もいる。

 セリカが仕えるダルターナス伯爵家は、どちらかと言えば後者だ。陽気で平民にも気さくに接する伯爵と、厳格だが思いやり深い夫人のあいだに生まれた娘たちも皆、知的で淑やか、かつ誇り高く慈悲深い。

 ……もっとも、末娘のエロイーズに関しては、本性はなかなかお転婆だったりするのだが。


 叔母がエロイーズの乳母であった縁で、行儀見習いを兼ねてダルターナス家に仕えることになったセリカは、この家の人々と出会えて本当に幸運だったと思っている。

 とくに現在側に仕えお世話しているエロイーズとは、貴族と平民という身分差はあるものの、ある意味、主従の域を超えて親しくさせてもらっている。

 エロイーズは、少々勝気で好奇心が強過ぎるきらいはあるものの、基本的にはダルターナス伯の娘にふさわしい、優しく聡明な少女であり、主として、また同い年の友人としては非常に好ましい。

 ただ、残念なことに、15歳になったエロイーズは、来春から王都の王立学習院(カレッジ)に入学し、勉学に励むことになっている。

 ルイズが学習院にいる3年のあいだは、彼女付きのメイドであるセリカは暇をもらい、実家で家業を手伝うことになるだろう。基本的に学習院は従者の同伴は禁止されているからだ。

 弟妹たちに会えるのは嬉しいが、その面倒をみることや、畑仕事のことを考えると、多少憂鬱になる。

 いっそ地元で裕福な平民の娘が通う女学校に入学しようか……とも思うが、読書好きで勉強熱心なセリカは、エロイーズの許可を得て、彼女が家庭教師から習っている教科書や屋敷の蔵書類を読ませてもらい、それなり以上の学習領域に達している。

 今更、町の女学校に通っても退屈なだけだろう。


 「いいこと、セリカ。確かにわたしは自分でもそれなりに美人だと思うわ。周囲の人もお世辞込みとは言え、褒めてくれる。で・も! 最後に殿方が選ぶのは、いつだって胸の大きな女の子なのよ!」

 どうやらエロイーズは自分のスレンダーな体型にコンプレックスがあるらしい。

 あるいは、兄のように慕い、密かに憧れていた隣領の子爵が、巨乳の姉と結婚して義兄になったことにショックを受けたのかもしれない。

 「うーーん、そういうものでしょうか」

 もっとも、セリカなどに言わせれば、胸なんてあまり大きくない方が動くのに邪魔にならなくていい。エロイーズの好きな乗馬の際も、大きな乳房は邪魔になると思うのだが……。


 このあたりの問答は、いつもの流れだったが、しかし今日は少し趣きが違った。

 「──ねぇ、セリカ、貴女、本当にわたしのこと羨ましいって思ってる?」

 「?? はい、そう思ってますけれど……」

 「なら、さ。もし、一時的にわたしの立場になれる……って言ったら、どうする? しばらくわたしと代わってくれるかしら?」

 「……え!?」


 ──エロイーズの提案は驚くべきものだった。

 彼女の屋敷の長年閉ざされていた倉庫で偶然見つけた一組の妖しげな魔法の指輪には、はめた者同士の魂を入れ換える効果があると言うのだ。

 うさん臭い話だったが、好奇心に負けたセリカは、エロイーズの「しばらく入れ替わってみない?」という提案につい頷いてしまった。

 セリカはもちろん、エロイーズも内心半信半疑だったのだが、その「換魂の指環」は添えられていた覚え書き通りの効果を発揮し、ふたりの少女の心を入れ換えたのだ!

 平素とまるで異なる視点や身体の感覚の違いに新鮮な感動を覚えるふたり。


 その時は、わずか半刻だけの入れ替わりで済ませたのだが、普段とはまるで異なるメイド(あるいは貴族令嬢)としての環境で過ごすことに味を占めたふたりは、それからも度々秘密の入れ替わりを実行するようになる。

 そしてついには、エロイーズに代わってセリカが王都の学習院に入学するという“大冒険”を計画・実行するに至ったのである。

 勉強好きなセリカは思いがけず高等教育を受けられることを喜び、“エロイーズ”になり済まして学習院へ向かい、勉強より身体を動かすほうが好きなエロイーズは“セリカ”として何食わぬ顔で彼女の実家に“帰る”。

 それまでにも何度か入れ替わりを実行していた──そして回を重ねるたびにふたりとも巧みに相手になりきることができるようになっていたので、そう簡単にバレるおそれはなかった。


 ──そして数ヵ月後。

 元より素質があったのか、“エロイーズ”は学習院でも有数の優等生となり、貴族としての立ち居振る舞いや礼儀作法も身に着けて、他の生徒たちからの“憧れの君”となっていた。

 一方、“セリカ”は庶民の暮らしへの知識不足で、当初こそ多少は苦労したものの、思い切り身体(しかもセリカの大柄ですこぶる丈夫な肉体)を駆使して働く喜びに目覚めていく。

 また、彼女は末っ子だったため、セリカの弟や妹にお姉さんぶれるのも非常に楽しかった。


 当初は年末休暇で“エロイーズ”が屋敷に戻った際に元に戻ろうと約束をしていたのだが、いざ顔を合わせると互いに今の生活が未だ名残惜しく、「もうしばらくこのままでいよう」と合意して、ふたりの少女は再びそれぞれの“日常”へと戻っていった。

 翌年の年末も、結局同じことの繰り返しとなった。


 しかし、17歳になったことで、ふたりの日常に僅かに変化が生じる。“エロイーズ”は家が決めた婚約者と引き合わされ、“セリカ”の方も地元の若者から求愛を受けることとなったのだ。

 どちらの相手も好青年で、なし崩しに彼らと交際を始めたふたりは、すぐに恋人との甘いひと時に夢中になってしまった。

 エロイーズは現在の義兄にかつて淡い想いを抱いたことこそあるものの、ふたりとも実質これが初めての恋と言ってもよく、その分歯止めが効かなかったのかもしれない。


 とは言え、さすがに一生このままと言うわけにはいかないだろう。

 つらい気持ちを互いに押し隠して、“エロイーズ”が学習院を卒業したら必ず元に戻ることをふたりは約束していたのだが……。


 18歳の夏、“セリカ”が溺れていた弟を助けるために川に飛び込み、何とかふたりとも無事助かったものの、大事な指輪の片われを無くしてしまうという、思いがけないハプニングが起こる。

 3年目の年末休暇で、涙ながらにそのことを“エロイーズ”に告げる“セリカ”……無論、言うまでもなく、その“中身”は本来のエロイーズだった。


 「換魂の指環」が無くては、もはや入れ換えは不可能だ。

 “親友”の不始末を“伯爵令嬢”は優しく赦し、受け入れ、結局ふたりの少女は、その後互いの身体を取り替えたまま、それぞれの人生を歩むハメになったのである。

 ──もっとも、ふたりがそれを厭い、“ちょっとした悪戯心”を起こしたことを後悔したかと言うと……まぁ、その可能性は低いであろう。

 なぜなら、“セリカ”は、故郷に戻った“エロイーズ”の元に“以前と同様”誠実に仕え、“エロイーズ”も“セリカ”を非常に重用していたからだ。


 その後、“エロイーズ”は20歳、“セリカ”は19歳になった直後に、それぞれの婚約者と結婚し、幸せな家庭を築いた。

 ふたりは身分の差を超えて終生友誼を結び、“セリカ”は“エロイーズ”の子の乳母まで務めた……と、ダルターナス伯家の記録には残されている。

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