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番外編6.はっぴぃ☆はろうぃん!

数多の外来人の影響により、アールハインにおける日本の文化(サブカルチャー含む)の浸食は深刻(!?)だったりします。と言っても、現地の人も神もあまり気にしちゃいないのですが。年代的には本編の少し前(より正確にはこの“少年”はドムスの父母と同世代)です。

 「さて、物語おとぎばなしの主役を担うのは、運命に選ばれし勇者や優しい騎士、勇敢な姫君などですが、世界はそういったヒーローやヒロインだけで構成されているワケではありません。

 畑を耕す農夫や、お店で物を売る商売人、あるいは村や町を護る兵隊なども、この世界になくてはならない一員ですし、彼らは彼らなりに立派に物語を紡いでいるのです。

 これからお話しするのは、そんな名も無き──と言っても、もちろん、名前はあるのですが──ひとりの少年魔術師の物語です」


  * * *  


 「ふぅ~、これでアリンさんトコから依頼されたポーションはすべて完成したかな」

 駆け出し──それも師匠のもとから独立したばかりの15歳の新米魔術師フリエンは、できたできたばかりの鍋一杯の治療薬を、早速小瓶に分けて詰め始めた。

 『お疲れ様です、御主人様(マスター)。そういう雑用をアタシが手伝えるといいんですけど……』

 少年の背後でパタパタと羽ばたいていた橙色のコウモリが、見かけに似合わぬ可愛らしい声で、すまなさそうに少年に謝る。

 「御主人様」という呼びかけからもわかるとおり、コウモリはこの少年の使い魔だ。

 それも、少年が師である老魔術師のもとへ来た直後に、師に命じられて初めて行った“使い魔召喚の儀式魔法”で契約を結んだので、かれこれ3年越しの付き合いになる。

 「ははっ、いいさ。パルには、お使いとか留守番とか色々頼んでいるからね。十分役立ってくれてるよ」

 気の良い少年魔術師は呑気に笑うが、パルと呼ばれた使い魔の方は、内心申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 確かにコウモリは、黒猫やカラスと並んで魔術師の使い魔というイメージがある動物だが、実際には中堅以上の魔術師でコウモリを使い魔にしている人間は少数派だろう。なぜなら、猫や鳥に比べて、コウモリに“できる事”が非常に少ないからだ。


 猫は見かけによらず器用で、とくに使い魔として強化された猫なら、後ろ足で立って普通に歩き、色々雑用をこなす者もいる。はしっこさは言わずもがな。

 また、戦闘能力も身体の大きさに比してかなり強く、魔力も高いといいことづくめ。「初心者は、まず黒猫を使い魔にしろ」と言われるのも納得できる。


 一方、カラスに代表される中型の鳥は、器用さの方はそれほど期待できないが、空を高速で自由自在に飛べるというメリットは大きい。

 使い魔契約で契約したカラスなどは飛行能力も強化されるため、本来の数倍の運搬能力を期待できるし、一撃離脱形式のくちばしによる攻撃も、不意打ちで目などの急所を突ければ意外に侮れない。

 さらに言えば、感覚共有によってその優れた視力を共有できるため、空からの斥候役として、冒険者をしている魔術師などには非常に重宝されるのだ。

 もっとも鳥なので夜目が効かないのはデメリットだが。そちらを期待するなら、夜行性の犬や猫の方が向いているだろう。


 しかし、コウモリの使い魔は、それらのどの用途にも中途半端なのだ。

 まず、前肢は翼手と化しているので雑事をこなすような器用さは期待できない。かといって、本職(?)の鳥に比べると、飛行能力については速度も自由度もイマイチ。

 鳥と比べてさえ後肢の力が弱く、満足に地面を歩くことすらできず、そのため使い魔として強化されても、あまり大きな荷物を後ろ足で持って運ぶことは難しい。

 夜行性のため夜の見張りなどはかろうじてこなせるが、視力が弱いため感覚共有してもド近眼状態で、こちらもいまひとつ使い勝手がよろしくない。さらに飛行時の静音性などの面でも鳥に劣る。

 敵と交戦するとしたら、鳥同様に空からヒット&アウェイをかけるしかないが、牙で噛みつくとしても攻撃力不足が否めないうえ、悠長にガブリとやってるうちに相手の反撃をくらうのがオチだ。

 唯一の利点である超音波発声機能を鍛えることができれば、ソナーのような役割を果たすことや、音波を応用した遠隔攻撃(ミラクルボイス)を使えるようになることが、僅かな救いだろう。


 これらの諸条件を鑑みて、魔術師──少なくともきちんとした魔術学校や師に学んだ者の間では、「使い魔にコウモリを選ぶのは情弱、もしくは雰囲気重視のカッコつけ」というのが定説になっているのだ。

 では、この少年──フリエンの場合はどうかと言えば……実は単に師匠の薦めに従っただけだったりする。

 もっとも、それで召喚&契約できたのが、素直で温厚な、この「パル」と名付けたコウモリだったので、フリエンは十分に満足していた。

 そして、使い魔パルの側はと言えば、こちらは主に対してほとんど心酔と言ってもよい感情を抱いていたが、それだけに自分にできることがあまりに少ないことに心苦しさを感じていた。

 (もしアタシが人間だったら、もっと色々マスターのお世話ができるのに……)

 とは言え、実際にその想いを口にしたことはなく、パルはコウモリの身でできる限りの事を懸命にこなしているのが現状だ。


 『そう言えば、マスター、今日は万聖節前夜祭(ハロウィンパーティ)みたいですよ! お仕事が一段落されたのなら、少し羽根を伸ばされては如何ですか?』

 こんな風に、街の上を飛び回って得た巷の情報を世情に疎い主人に伝えるのも、パルの役目だった。

 「へぇ、もう、そんな時季だっけ」

 それは本来、このグラジオン大陸には存在しない、異世界チキュウの祭事なのだが、チキュウから来た外来人で大陸有数の商人でもある人物が、聖降誕祭(クリスマス)恋人記念日(バレンタイン)などとともに、30年程前からこの地に広めている(無論、商機になると見込んでのことだ)。

 聖降誕祭や恋人記念日がどちらかと言うと都市部で盛んに祝われているのに対し、万聖節前夜祭はカボチャなどの収穫物をふんだんに用いることもあって、地方の農村やそれに近い町などで祝われることが多い。所によっては収穫祭などと合体しているケースもあるという。

 もっとも、そういう込み入った事情は、大半の人にとっては関係のない話で、「とりあえず楽しく浮かれるお祭り騒ぎの口実があればよい」程度の認識がほとんどだろう。


 『はい! 今年は、ミス・ハロウィンコンテストが10周年なので盛大に行われるそうです』

 と、若い男の子の関心を引きそうな情報ネタを伝えてみたものの、肝心の主の反応は淡白だった。

 「ふーん、そうなんだ。ま、男の僕には関係ないや。でも、美味しいカボチャ料理やお菓子が格安で食べられるのは、ちょっと魅力かな」

 どうやら、色気より食い気というところか。もっとも、普段の彼は美食家というにはほど遠いつつましい食生活を送っているので、こう言う時くらいは多少贅沢してもよいだろう。

 「でも、ひとりでああいう華やいだ場所に行くのもなぁ。ん? そう言えば……」

 何かを思いついたらしく、師匠から独立時の餞別代わりにもらった中級魔導書をペラペラめくり始めるフリエン。

 「あった! ねぇ、パル、君も一緒にハロウィンに行ってみないかい?」

 『へ? あ、アタシが、ですか?』

 フリエンの顔の前でホバリングしながら、コウモリの使い魔は、目をパチクリさせる。

 「そうそう。以前、師匠の所にいた頃、言ってただろ。色とりどりの御馳走がどんな味がするのか興味があるって」

 『あ……』

 確かに、いつだったかそのような事を言った記憶はあった。

 『アタシなんかでよろしければ、無論お供しますけど……どうせなら、エリンさんとかホーリィさんとかを誘われた方がいいんじゃないですか?』

 「あ~、薬屋のエリンは鍛冶屋の弟子のマークと一緒に回ると思うよ。ホーリィさんは、酒場の看板娘なんだから、今日なんか特にかき入れ時で、抜け出す暇はなさそうだし」

 どうやら主の数少ない女友達はどちらも予定が詰まっているらしい。

 『はぁ、そういうことでしたら……』

 「うんうん…………っと、これでよし。じゃ、この魔法陣の中に入って目を閉じて」

 魔法陣に紋章や文言を追加し、五芒星の各頂点に何やら宝玉らしきものを置いていた少年魔術師が、ニコやかに使い魔を手招きする。

 よくわからないものの、主の言いつけなので逆らえず、工房の一角に描かれた汎用魔法陣の中に舞い降りる。

 「それじゃあ…………詠っ!」

 口の中で何やら呪文をモゴモゴ呟いたフリエンが、彼にはやや不似合いな武骨な樫の杖(こちらも師匠からの餞別だ)を振り下ろすと、何かの魔力が魔法陣内に降り注いだ。


 『ま、マスター、何を……』

 言いかけて、パルは身体が熱くなるのを感じた。

 途方もないエネルギーが全身をかけめぐり、痛みこそないものの、体中の骨格がきしみ、何かが変わる感覚する。

 『ひゃっ! な、何?」

 思わず身をよじったパルはまぶたを開け──しかしながら、そこで信じ難いものを目にする。

 「あ、あれ? アタシ、手がある……それに足も」

 いや、無論、パルにだって元から手足はある。しかし、今、彼女が目にしているのは“どこからどう見ても人間のものとしか思えない手足”だった。

 無意識にワキワキと手足を動かし、それが自分の思い通りに動くことを確認する。


 「うん、初めて使った魔法だけど、巧くいったみたいだね。ほら」

 「あっ、はい……ふわっつ!?」

 鏡代わりに錬金術などで使用する銀の反射板を渡され、そこに映っている自分の姿を見て、パルが素っ頓狂な声をあげたのも無理はないだろう。

 掌より少し大きいくらいの銀製の円盤には、びっくりしたような目で見返す、13、4歳くらいのオカッパ頭の女の子が映っていたのだから。

 「! アタシもしかして、人間の姿になってるの!? さ、さっきまでコウモリだったのに!」

 どうやら、フリエンが【人化術(ヒューマナイズ)】をかけてくれたらしい。

 【人化術】とは、読んで字の如く、人間以外の者が人の姿をとるための術だ。長年経験を積み、魔力を高めた使い魔なら自分で使うことも可能になるのだが、パルにはまだまだ無理なはずの高等技術だった。

 ただし、使い魔の主側が相応の技量と知識を持っていれば、こんな風に自らの使い魔にかけることは可能なのだ。


 (アタシみたいなタダのコウモリが、ハロウィンパーティーに行きたいだなんて無理だって思ってたけど……も、もしかしてこれなら!)

 主の忠実なお供として──そして、密かにそれ以上の感情も抱いているパルにとっては、降って湧いた夢のような幸運だった。


 「そのままの格好ではちょっと地味かな。せっかくのハロウィンなんだし……よっ、と」

 自らの術の成果に気をよくしたフリエンが、朴念仁な彼にしては珍しくいいところに気付き、再度杖を振る。

 すると、簡素な黒のキャミソールとショートパンツといういでたちだったパルの服装が、白をベースに黒とカボチャをイメージしたオレンジ色の装飾で彩られたミニドレスに変化した。

 手には白いレースの手袋と二の腕までの長さの緋色のアームカバーを着け、脚には同じく緋色のニーソックスと白いハーフブーツを履いている。

 襟元あたりで切り揃えられていた髪も、腰くらいにまで長く伸び、黒とオレンジのツートンカラーのリボンでツインテイルに結わえられる。

 さらに、ハロウィンらしいジャックランタンの顔を象った飾りのついた黒いヘッドドレスと、僅かに彼女の出自を窺わせるコウモリの羽をデフォルメしたような髪飾りが、その橙色の髪を飾っていた。


 「まぁ、幻術の応用みたいなもので、半日も経ったら戻っちゃうけどね」

 「うわわ、素敵な服まで……御主人様マスター、ありがとうございます! アタシみたいな使い魔のわがままを、叶えてくださって……」

 どこからどう見ても“これからハロウィンパーティに出かけるべくおめかしした女の子”そのものの外見になったパルは、感激してペコペコ頭を下げているが、主たるフリエンはと言えば……。

 (か、可愛いッ!)

 自らの使い魔が化身した少女の愛らしさに見惚れていた。


 先程の変化したての際は、魔術師として自分の術の成果を検分する意識が強かったのだが、衣装をそれらしく整えたうえで、落ち着いて改めて見直すと、目の前の“女の子”が彼自身のツボをクリティカルヒットする外見であることに気付いたのだ。


 もともと彼は、とあるそこそこ裕福な商家の末っ子として生まれた。幼少時から頭がよかったため、8歳になると町の初等魔術学校(プライマリースクール)に入学し、12歳の時に優秀な成績で卒業したあと、すぐに祖父の知り合いの老魔術師に弟子入りしたのだ。

 実家はもとより師である老魔術師のもとにいたころも、周囲の他の弟子は男女問わず皆彼より年上だったため、事実上“みんなの弟分”として可愛がられることが多かった。

 それはそれで決して嫌なわけではないが、逆にそういう環境であったが故に、弟妹という存在に憧れがあり、またガールフレンドもできれば年下がいいと密かに思っていたのだ。

 その彼の前に、(外見的には)2、3歳年下で、ルックスも如何にも彼好みな娘が現れたのだ。少しくらいボーッとしても無理はないだろう。


 「あの……マスター?」

 おずおずと下からその“少女”に覗きこまれて(そしてその可憐な仕草にさらなる“追撃”を受けつつ)、フリエンは何とか“主”としての威儀を整える。

 「あー、コホン! うん、問題ない。似合ってるよ、パル」

 ──彼の称賛にパッと顔を輝かせる少女を見て、「かわいいなぁ」と内心デレデレになってるあたり、完全にアウトだが。


 「じゃあ、そろそろ行こうか」

 自らもハロウィンらしい黒マントとトンガリ帽子(もっとも彼の場合、その職業柄、仮装というより正装と言うべきだが)を身に着けた少年魔術師は、使い魔が化身した少女に声をかける。

 「はいっ、マスター!」

 元気よく頷くパルに左腕を差し出すと、一瞬びっくりしたような目で見た後、僅かに頬を染めながら、彼の腕にすがりつくような姿勢でそっと寄り添ってくる。

 少女の身体の体温と、控えめだが確かに“ある”胸の柔らかさを片腕に感じてドキドキしながらも、極力平静を装って、彼女を紳士らしくエスコートするフリエンの態度は、15歳の童貞少年としては、それなりに頑張っていたと言えるだろう。

 ──まぁ、その見栄が最後まで続くかは保証の限りではないのだが。


  * * *


 時に手をつなぎ、時に腕を組んで、仲睦まじく黄昏時の街に繰り出したふたりにとって、それは夢のような半日だった。


 「わぁあ~、これが人間のハロウィンパーティー……」

 好奇心に目を輝かせる少女を、優しい目で見守る少年。

 パルはフリエンの使い魔としてハロウィン時の街の光景も何度か見たことがあるはずだが、やはり俯瞰して遠くから眺めているのと、実際にその場で参加するのは色々違うようだ。

 「マスター、これとっても美味しいです!」

 屋台で買ったカボチャプリンにおそるおそるスプーンをつけ、口に運んだパルの顔が、満面の笑顔になるのを見ていると、テーブルに向かい合って座り、お茶を飲んでいるフリエンまで楽しくなってくる。

 「ほら、マスターもひと口どうですか」

 「どれどれ……」

 何気なく差し出されたスプーンをパクリとやってから、自分が今したことに少年は気付く。

 (こ、これって間接キッスじゃないか! しかも、こんな街中で……)

 途端に気恥しさがこみあげてくるが、「はい、あ~ん♪」をやった側の当の少女が何も気づいてないようなので、極力意識しないよう努める。

 ──もっとも、周囲の人々は微笑ましい小さなカップルの様子を生暖かいニヤニヤ笑いを浮かべて見守っていたのだが。


 ドデカカボチャコンクールやパンプキン料理大会、お化け仮装大会、そして多少のトラブルがありつつも何とか無事開催されることとなったミスハロウィンコンテストなどを見物していると、瞬く間に時間が過ぎる。


 「マスター、これは何ですか?」

 「これは……うん、多分あの輪投げで、うまく棒に輪をひっかけられたら、下にあるお菓子がもらえるんだと思うよ。やってみるかい?」

 「そ、その……はい、できれば」

 モジモジと控えめに頷く連れの少女の仕草に、「う~ん、かわいいなぁ~」と内心アホの子のように何度も同じ感想を抱きつつ、外面はニコやかに微笑を保って、少年は夜店の店主に何枚かの銅貨を渡す。

 「まいどっ! そっちの嬢ちゃんがやるのかい」

 「は、はい、僭越ながら」

 「よーし、お嬢ちゃん可愛いから、輪っかをひとつオマケしてあげよう」

 「か、可愛いだなんて……でも、ありがとうございます。頑張りますね」

 両手の拳を握り、フンスと気合を入れるパル。

 「マスター、お土産の甘ーいお菓子、たくさん持って帰りますから!」

 「あはは、期待して応援してるよ」

 もっとも、未だ人間の手の扱いに慣れていないパルは、結局4投とも外してしまい、半ベソかいてるのを哀れに思った屋台のおっちゃんが参加賞のお菓子パンプキンクッキーをちょっとだけ多めに包んでくれることになったのだが。

 あるいは、広場で流れる音楽に合わせて、少年に手を引かれた少女が、おっかなびっくりステップを踏み、最後の最後でミスって足を滑らせ、転びかけたところを主に抱きとめられ、真っ赤になる……なんて一幕もあった。


 けれど、楽しい夢はいつか覚める──それを一番よくわかっているのも、この少女の姿をした使い魔だった。


 夕飯代わりのパンプキンパイをふたりで仲良く分けあって食べ、いくつかのお菓子をお土産に持って、“家”に帰るふたり。


 「それじゃあ、疲れたろうから、今夜はパルはこのベッドを使って寝るといいよ。僕は、居間のソファを使うから」

 少年魔術師が、使い魔とは言え姿は年下の女の子なパルに気を使い、紳士らしく寝台を譲ろうとしたのだが……。


 寝室から出ようとしたところで、未だ着たままだったマントの裾を少女にギュッと握りしめられることになる。

 「ん? どうしたの、パル?」

 「あの……」

 一瞬だけ言い淀んだものの、こんな“奇跡的な幸運”がそう滅多にあるはずがないことを理解していたコウモリ娘は、意を決して主に告げる。

 「マスターを差し置いて、使い魔であるアタシがベッドを使わせていただくわけにはいきません」

 「あ~、気にしなくていいよ。これは男の見栄と言うか、自分の煩悩に対する戒めというか……」

 照れくさそうな顔で、フリエンはポリポリと頭をかく。

 自分好みのルックス&性格(もとより自らの使い魔の気性は十二分に理解している)、かつ自分が命令したら大概のことは拒まないだろう女の子が、ひとつ屋根の下にいるとなれば、フリエンならずとも若い男の子ならイケナイ妄想を抱くものだ。

 “事故”を起こさぬよう、己が使い魔相手にさえ気を使う少年は、誠に紳士的と言ったよいだろう。


 けれど、勇気を振り絞ったパルの言葉が、その場の空気を一変させる。

 「だったら……その……一緒に寝ましょう、マスター!」


  * * *


 ベッドに並んで腰かけるふたり。

 「──一応確認しておくけど、若い男と女が緊急事態でもないのに一緒の寝台で寝るってことの意味は理解してるかい?」

 「はい……そのぅ、え、エッチなこと、するんですよね?」

 もぢもぢしながら(しかし、満更でもなさそうな表情で)そんなコトを、自分好みの可愛い娘に言われて、年齢の割に強固なはずのフリエンの克己心のタガが、2、3個まとめてハジケとんだ。

 「あ~、その、なんだ。確かに、今のパルと、そういうことをしたくないと言ったら、嘘になる。て言うか、むしろ、ものすごくしたい」

 かろうじて残った理性を総動員しつつ、自らの欲望を認めるフリエン。


 「マスターのえっち」

 ほんのり頬を赤らめ、上目遣いでそんなことを言う少女の様子に、残り少ない良識のタガが、また一本はじけとんだ。

 「でも……マスターなら、いいです………うぅん、お嫌でなければ、ぜひお願いします」


 嗚呼、2、3歳年下の可愛らしくて保護欲をそそる女の子にこんなコトを言われて欲望を制御できる男がどれだけいるだろうか。

 もしいたら、その人はたぶん聖人君子になる資格があるだろう。

 「うん、そのお願い、承った。こちらこそ、よろしくお願いします」

 根が真面目な彼らしく、そう言うと、パルの唇をとらえて軽くキスし、パルが驚いている瞬間に抱き寄せる。

 少女からの抵抗はなかった。


 ……

 …………

 ………………


 「パル……大好きだよ」

 「! マスタぁ……アタシも大だいダーイ好き!」


 やがて、感極まったパルが熱い息を吐く。あふれるほどに注がれるフリエンの思いの丈をしっかりと受け止めながら、彼女は半ば無意識に呟いていた。

 「……あぁ……熱い………」

 昂揚した少女の両肩から、バサリと悪魔のような黒い翼翅が広がる。


 そのまま意識を失ってしまった少女を、少年はギュッと抱きしめ、自らも眠りに落ちるのだった。


  * * *


 「ふぇっ!? な、何でですか??」

 愛しい少女の──少々すっとんきょうな──声で、少年魔術師は目を覚ます。

 まだ眠い目をこすりながら、顔を向けると、すぐ隣で、全裸にシーツを巻き付けただけという刺激的な格好の少女が、何か慌てたような表情を浮かべているのが見えた。

 「おはよ、パル」

 「あ! ま、マスター、おはようございます」

 最愛の主に向けてニッコリ笑顔で挨拶した少女だったが、すぐに不安そうな顔になり、フリエンに身を寄せてくる。

 「その……マスター、アタシ、ヘンなんです」

 「?? 何がだい?」

 「えっと……一晩経ったのに、元の姿に戻ってなくて」

 どうやら、使い魔の少女は、今の姿が硝子靴姫(シンデレラ)の如く一夜限りの仮初のものだと「思い込んで」いたらしい。

 あるいは、昨晩、あれほど必死になってフリエンを誘ったのも、「二度とないチャンス」だと思っていたからかもしれない。


 「プッ……あのね、パル。君のその姿は、確かに本来のコウモリの姿とは異なるけど、同時に、それもまた君の姿形(からだ)に他ならないんだよ」

 「え……」

 「わかりやすく言うと、昨日の儀式魔法は、単に一時的に人間化する術をかけたわけじゃなく、君という使い魔自体の格を上げて、人間形態になれる能力を付加したんだ」

 「えぇっ! で、でも、昨日「幻術の応用みたいなもので、半日も経ったら戻っちゃう」って……」

 「ああ、そりゃ、ドレスのことだよ。ほらっ」

 少年の指さす先には、確かに黒のキャミソールとショートパンツがくしゃくしゃになって積まれている。

 「──そ、それじゃあ、もしかして、アタシ、ずっとこの姿のままでいられるんですか!?」

 ようやく、少年魔術師の言葉の意味を理解したのか、使い魔の少女の顔に喜びの表情が浮かびあがる。

 「ああ、君が望むなら、ね。それに僕としても、君にはその姿でいてもらった方がうれしいかな」

 「マスター! 有難うございます」

 歓喜のあまり抱きついてくる少女の身体を受け止める。

 「はは……喜んでもらえたなら甲斐があったよ。でも、感謝の気持ちは、言葉じゃなく行動で表してほしいかな?」

 「ふぇっ!? 行動って……あっ」

 自らのほっぺをツンツンと突くフリカンのジェスチャーで、彼が言いたいことが分かったのだろう。

 「そ、そうですよね。確かに、感謝の気持ちはキチンと形にしないといけませんよね」

 頬を染め、もじもじしつつも、どうやら嫌がってはいないようだ。

 「わかりました、イキます!!」

 ムダに全身に気合を入れながら、少女は少年の頬にチュッと可愛らしくキスをする。

 それだけで、した方もされた方も真っ赤になっているのだから、初々しいものだ──昨夜はもっとスゴいこともしたクセに。


 「アハハ、こういうの憧れてたけど、やっぱりちょっと照れくさいね。それと……その姿の時は、僕のことは名前で呼んでほしいかな」

 「はい、フリエン様♪」


  * * *


 「──それからというもの、少年魔術師の工房には、小さなコウモリの使い魔に代わって、背中に黒い羽を生やした可憐な少女が、彼の助手兼メイド兼恋人として侍るようになったのでした。おしまい」


 ベッドに入った5歳くらいの少女に昔話を読み聞かせていた、母親らしき女性が、パタンと絵本を閉じる。

 「ねぇねえ、ママ、その魔法使いさんとコウモリさんは、どうなったのかな?」

 「んんー、そうねぇ多分……」

 言いかけて、子供部屋のドアの向こう──夫が未だ仕事をしているであろう書斎の方をチラと見やる。

 「それからふたりは、末永く幸せに暮らしたのじゃないかしら──アルタミラみたいな可愛い子供も生まれて、ね」


 我が子を寝かしつけて夫の元へ向かう、年若い──せいぜい二十歳くらいに見える──母親の背中には、パタパタと黒い翼翅がはためいているのだった。

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