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番外編5.ごく一般的(?)な外来人の場合(ケース)

テンプレな感じで異世界入りした、とある外来人の記録。番外編4と微妙に(というかダイレクトに)リンクしています。


 乗馬鞭のようによくしなる細剣レイピアを振りかざし、素早い身ごなしで豚鬼(オーク)共を翻弄し、苦もなく打ち倒して踏みにじる。


 ──ヒュン、ヒュン!


 ギリギリで皮一枚裂くように加減して、地べたを這いずる豚共の耳や鼻先にレイピアを振るう。

 「オーホホホッ! さぁ、豚は豚らしく無様に膝まづいて、アタシの慈悲を乞いなさい!」

 耳に心地よいソプラノヴォイスで、みじめな獲物を嘲弄する美しいア・タ・シ……って、ちょい待て!


 ついついノリに任せてプチ女王様な行動とっちまってるけど、俺は本来、日本で生きてた平凡な大学生の男なんだ。


 それが、なんでこんな愛らしくも高慢な白金髪(プラチナブロンド)の少女の姿になったかと言うと……ありがちな展開だが、ネトゲーやってる最中に寝落ちしたら、なんだかよくわからない白い空間で目が覚めたって寸法。

 で、そこで姿の見えない声だけの自称・神様から、「異世界で暮らしてみないか?」と誘いを受けた。


 『アチラは、お主が先ほどまで遊んでおったゲームとそっくりの世界じゃ(まぁ、むしろ順序が逆で、アチラに似せてゲームを作ったんじゃが)。

 無論、そのままでは汝も色々不便であろうからな。我に可能な範囲で便宜をはかってやるぞ』


 「異世界転移チートキタコレ!」とwktkして盛り上がってしまっても、仕方ない展開だろ?

 で、だ。固●結界だとかスタ●ドだとか●魄刀だとか色々、チート無双するためのネタは思いついたんだけど、“神様”いわく、異世界で生活するためには、最低限、「言語理解」と「環境適応」、できれば「身体能力底上げ」なんかも持っておいたほうがいいらしい。

 そりゃまぁそうか。いくら“力”があったって、言葉もわからず、向こうの雑菌とかですぐ病気になったりするのでは意味がない。身体だって、生粋の都会っ子もやしな俺では、ファンタジーな世界じゃあすぐヘバっちゃうだろうし、ある程度強化してもらえるなら、その方がいい。


 『そうなると、残ったポイントでお主に与えられる固有権能ギフトは……ふむ、コレくらいじゃの』


 例をリストにして見せてもらったけど……うーむ、いまいちピンとクるものがないなぁ。

 あ、そうだ!


 「あのぅ、たとえば、俺が『グラジオンライフ・オンライン』で使ってるキャラの能力・知識その他諸々を、俺自身に移植(コピペ)するとかって可能ですか?」

 『む。可能は可能じゃが……あのゲームで作れるキャラクターは、どこまでいっても世界法則(システム)に沿った力しか持たぬぞ? 我が今与えるような“法則外のチート”とは縁がないコトになるが』


 それは──ちょっと迷うな。

 でも、俺の持ちキャラは高レベルだし、あの世界では一流冒険者といっていい域に達している。戦闘力だけじゃなく、副次職サブクラスもいろいろ工夫してあるから、仮に冒険者を辞めても喰いっぱぐれはないはずだ。

 チートスキルは浪漫だけど、そちらにポイントを食われてその他の技能や能力値にボーナスが割けなくなるのは、常識的に考えてマズいしな。浪漫を抱いて溺死するのは勘弁勘弁。


 「それでもいいです。お願いします!」

 『うむ、わかった。ポイントとしても問題はない範囲じゃ。それでも多少余る故、ちょっとしたサービスを付けておいてやろう』


 神様がホッとしたように頷く(いや、姿は見えないけど、そんな雰囲気だった)と、俺の意識は光に包まれ……。

 で、気が付いたら、このグラジオン大陸のどこかの平原に立ってたんだよな──ゲームで俺のセカンドキャラだった「ハーフエルフの魔法剣士、アリス・キャスタニアス(18歳・♀)」の姿になって。

 そういえば、神様に会う(?)直前に使ってたのは、こっちだったっけ。

 いや、一番強いメインキャラの聖騎士(20歳・♂)を直接指定しなかったのは俺のミスだから仕方ないよ? それにセカンドキャラとは言え、こっちもレベルはカンスト直前で強さ的には大差はないから、いいっちゃいいんだけどさぁ。

 「なんで能力だけでなく、姿までコピペされちゃってんの!?」

 うがーっ! と空に向かって吠えてもむなしいだけだ。


 はぁ~~なんでこんなコトに……んん? そういえば、俺、“能力・知識その他諸々”ってざっくりひとまとめに指定したんだっけ。もしかして、その中に“容姿”も含まれてたとか?

 ありうる。

 それに、このアリスは“魅力”の能力値が高い(傾国級の美女一歩手前くらい)んだけど、もとの俺の容姿で、そんな魅力を持ってるのってどう考えても無理があるよな。

 高位精霊魔法のうちのいくつかも“エルフの血を引く処女(おとめ)”であることが使用条件になってるはずだし……。

 仕方ない……のか。今更悔やんでも取返しはつかないんだし、ここはポジティブシンキング、ポジティブシンキング!

 「うわぁーい、若くて強くて多芸なハーフエルフの美少女になれたぞ、らっきぃー!」

 声が多少ヤケクソ気味なのは大目に見てほしい。


 ──ふぅ。よし、気持ちを切り替えよう。

 自分の容姿(からだ)の件はともかく、俺は今、コアゲーマーの夢である“ゲームの中の世界”に来ているわけだ。

 もちろん、コレはゲームじゃなく、現実だ。だから、当然、モンスターや野盗といった危険に出くわす可能性も、現代日本の比じゃないわけで……。

 「ブホ?」

 ……言ってるそばから、来たよ。よりによってこの状況で、一番来てほしくないモンスターが。

 でっぷり肥満した胴長短足の人間の身体に擬人化した豚の頭をのっけたような存在──豚鬼(オーク)

 RPGではゴブリンやコボルトと並ぶ人型の雑魚敵として有名なモンスターだ。“鬼”とついてるけど、『グラジオンライフ・オンライン』では獣人の一種(豚の特徴を持つ亜人ってことらしい)って設定だったな。

 もっとも、その性質や立ち位置は大半のゲームやファンタジー小説なんかと同じだ。下品で、乱暴で、大食らいかつドスケベ。18禁的に言うと、異種姦孕ませ要員だな。


 当然、今の俺みたいな、若くて健康的な美少女を見かけたら、目を血走らせて襲ってくるワケで……。

 逃げるには少々見晴らしが良すぎる場所なんで、仕方なく俺は応戦することを選んだ。

 緊張を押し隠して腰に下げた鞘から細剣を抜き放ち──そこで意識が途絶える。

 いや、途絶えたのは一瞬で、そのあとすぐに取り戻したんだが、気が付くと俺の身体は勝手に動いて、集まってきた10匹近い豚鬼どもを瞬く間に切り伏せていた。

 ゲームの時とほとんど同様の無双っぷりで“自分”が、敵を殲滅していくのを、“俺”は脳裏で見ていただけだった。

 (何じゃ、こりゃあ!?)

 そう思った瞬間、脳内(?)にメッセージウィンドーのようなモノが現れる。


 【神からの伝言】

『要望通り、オヌシが愛用していたゲームキャラクターにできるだけ近い容姿や能力にコンバートして送っておいたぞい。ただ、知識はともかく人格の方までイジると色々不都合エラーが出るので、そこはほとんど手をつけとらん。

 そのままだといきなり敵を殺傷するのはキツいじゃろうから、戦闘に突入するとオヌシのキャラを参考に作った疑似人格が立ち上がるようにしてある。

 もっともコレは、オヌシが命のやり取りに慣れるまでの自転車の補助輪のようなもので、オヌシが自分で手を汚す覚悟ができたら、以後、疑似人格は眠ったままになる親切設計じゃ』


 どうやら、神様が最後に言ってたサービスがコレらしい。

 確かに、自分の身体が勝手に動くというのはアレだが、戦闘専用のオートモードを立ち上げていると考えれば、むしろお得かもしれん。

 しばらく頼りにさせてもらうか。


 ──ん? まだ続きがあるな。


『追記.疑似人格が便利じゃからと言うて、戦闘時に頼りきりになるのは止めた方がよいぞ。基本的にオヌシ本来の人格と疑似人格は独立した別物じゃが、疑似人格を使用する時間が長ければ長いほど、オヌシ自身へのフィードバックが大きくなるでな。簡単に言うとオヌシに疑似人格の要素が混じっていく、というコトじゃ』


 あちゃあ……やっぱり、そんな旨い話はないのね。


 そんなコトを考えていると、「戦闘が終わった」と疑似人格とやらが判断したのか、俺に肉体の主導権が戻ってきて……冒頭のような状況になってるってワケだ。

 ちなみに、我に返った俺がモタモタしているあいだに、生き残った数匹の豚鬼たちは、命からがら逃げ出している。


 「しまった、トドメ……いや、今回はコレでいいか」

 なにせ、残された豚鬼どもの死骸の凄惨さと、そこから漂う血の匂いで、俺のモチベーションが下がりまくっている。

 “生き物”を俺自身の手で殺すのはまた別の機会にしよう。

 どうせ、コイツら程度では戦利品もたいしたモノは望めないので、俺は即座にその場を離れることにした。

 ──俺の中の冒険者知識が「死骸をそのままにしておくと、血の匂いが肉食の獣を呼び寄せる」とか警告してくれてるし。


 「…………ふぅ、ここまで来れば、問題ないか」

 街道──というには、俺の観点では少々細くて頼りない幅と舗装度の道に沿って、南の方角に黙々と10分ほど歩いたところで、ようやく俺は多少の精神的な余裕を取り戻すことができた。

 「それにしても、アリスの性格って、あんな感じだったっけ?」

 ハーフエルフなんで本来の年齢より多少幼く見え、また人間にもエルフにも馴染みきれずに育ったので、反動として高慢でサディスティック(ただし本当は寂しがり屋で愛情に飢えている)という脳内設定は、確かにあったんだが。

 「何でソレを神様が知ってるんだか……って、“神様”だからか」

 便利だな、ファンタジー。

 どこかから「ファンタジーなめんな」という憤りが聞こえてきそうだが、あえてソレは黙殺して、これから先のことを考える。


 「所持品と所持金は……うわぁ、こっちもゲーム時のままか」

 装備中の細剣「フラッシュハイダー」は、ゲームでのとあるイベントの完全クリアーで手に入れたレア報酬で、聖剣や魔槍といった壊れ性能を持つ一品物には及ばないものの、それに1、2段劣る程度の高品質かつ高性能な代物だ。

 フラッシュハイダーの特性はその軽さと刃の鋭さで、ただでさえ素早い動きのできるレイピア使いにとって、理想的な武器と言っていいだろう。

 本来、剣士は空を飛ぶ敵との相性もあんまりよくないんだけど、この武器を装備してると、特殊技として「剣閃」という風属性の遠隔攻撃技が使えるから、そちらをカバーできるのも大きいな。

 とは言え、無敵と言えるほどでもなく、アイアンゴーレムなどのやたらと堅い敵やジャイアント系のように大きすぎる敵との相性は、かなり悪いんだが。

 装備してる防具の方は……。

 「うわ、よりによってコレかよ」

 こちらもゲーム内イベント“ハロウィン記念仮装パーティ”の報酬としてもらえる女性向け装備「いたずら魔女のチュニック」と「かぼちゃパンツ」、「紺と橙のニーソ」の3点セット。

 これに「魔女の三角帽子」と「厚底ブーツ」、「黒マント」を加えた6点でフルセットなんだけど、そちらは課金アイテムだったんでたまたま買ってなかったのが幸いしたな。

 なにせ、名前から想像がつくと思うが、どう見てもハロウィンの仮装の魔女っ子にしか見えない格好なのだ! いくら、今の俺が肉体的に女性……というか女の子になってるからって、ソレはちょっと恥ずかしい。

 外見(ルックス)を抜きにしても、性能的にも魔力や魔法耐性への補正が高い、どちらかというと後衛向けの装備だし。まぁ、俺──というかアリスも“魔法剣士”だから、まるっきり恩恵がないワケじゃないけどな。

 頭には「金色鷲の羽付きベレー帽」、足元は「竜革のブーツ」と、いつも愛用してる装備で、マントもミスリル糸を織り込んだ最高級品だから、防御力自体は、高難度ダンジョンにでも潜らない限り十分足りてるだろう。3点セットの方も後衛向けにしては、わりと防御力高めだし。


 「所持品の方は……あ、【歪曲収納(ストレージ)】はちゃんと使えるのね」

 【歪曲収納】は、ゲームでありがちな“どう見ても外見とは不釣り合いな収納容積を持つ自分専用の保存袋”を作るための魔術だ。

 これは、かつてこの世界に来た“外来人”の何人かが持っていた“倉庫数個分もの収納容積を持つ「アイテムボックス」と呼ばれる異能(ギフト)”を、何とか魔法で再現できないか試行錯誤した末に生み出されたもので、アイテムボックスほど規格外ではないものの、腰に提げるポーチくらいの袋に大き目の段ボール箱数個分(魔力量によって差が出る)の収納能力を与えてくれる。

 当然、高レベルな魔法剣士のアリスもそれを習得している。ゲーム時代には、携帯できるアイテムの数を増やすだけの効果しかなかったわけだけど、実際に冒険者になった今となっては非常に重宝する代物だ。

 なにせ、レベルカンスト一歩手前のアリスの魔力量は一流の専業魔術師と比べても遜色なく、さすがにアイテムボックスには及ばないが、四畳半一間に積めるくらいの荷物は【歪曲収納】で持ち運べるみたいだからな。

 このくらいの運搬量があれば、モンスター討伐でなく、町から町への個人運送を生業にしても十分やっていけるだろう。街道沿いに出るモンスターや野盗くらいなら、(アリス)の敵じゃないだろうし。


 「とは言え、中身の方は、あの時アリスが“持ってた”分だけか」

 流石にホームタウンの倉庫に預けていた分の装備やアイテム、素材までは入れておいてはくれないらしい。

 それでも、ハロウィンイベントのダンジョンにソロで潜る予定で、薬や食料(『グラジオンライフ・オンライン』は満腹度の概念があって、0になると徐々にHPが減るのだ)を多めに持ってきてたのは助かったな。

 ──倉庫の中にあったはずの、激レアランクの装備品の数々の行方は考えない方向で。下手に考えると血の涙を流しちゃいそうだし。


 「現金の方も、あの時持ってた10万ゴールドちょいはあるみたいだから、町に着いてもなんとかなるかな」

 ん、町……?

 そうだ!

 「【転移(シフト)】、あの魔術が使えれば、一瞬でホームタウンに設定してたルドラの町に帰れるんじゃあ……」

 早速呪文を唱えてみたんだけど、こちらは残念ながら不発。

 「そういや、【転移】って、“行ったことのある場所”に“示標(マーカー)”を残しておかないとダメなんだっけ」

 アリスとそっくりな姿&能力になってるとは言え、あくまで俺は俺だ。当然、こちらに──グラジオン大陸に来たのは初めてなのだから、示標を打ってあるはずもない。

 「でも、その割に、【歪曲収納】にはアイテムが入ってたよな」

 ゲームプレイ時の装備を身に着けてるのと同じで、そこまでは“諸々”のうちに含まれるってことか。もしくは神様の親切(サービス)か。

 「まぁ、無一文で放り出されるよりは数段マシなんだし、いいけど」


 ともあれ、一通り現状は確認できた(ついでに魔術も問題なく使えることがわかった)ので、俺は【位置確認(ロケーション)】の呪文を唱えて、今いる場所がどこか確かめてみた。

 「あちゃあ、大陸南東部かぁ」

 最後のプレイで寝落ちしたときオート移動してたから、随分ホームタウンからは遠く離れた場所にいるみたいだ。

 「ここからだと、一番近くにある大きな町は……ヤマトかな」

 アキツと呼ばれる中世から近世にかけての日本っぽい文化を持つ国の主都で、食べ物とかもソッチ系のが多いから、今の俺にとっては有り難い場所かもしれないな。

 「よーし、ヤマトを目指してしゅっぱーつ!」


 そして旅を始めて2日目の昼、街道沿いに歩いていた俺は、不穏な物音をいちはやく察知した。ハーフと言えど、エルフの聴力は伊達じゃない。

 「うーん、コレは……複数の人間が戦ってる?」

 南の方のサイデル大陸と違って、現在このグラジオン大陸では、国同士の戦い──いわゆる戦争は(国境でのちょっとした小競り合い程度を除いて)起きてないはずだから、モンスターの襲撃か、あるいは物取りの類いか。

 状況次第ではあるけど、できれば襲われてる方は助けてあげたいな。

 俺は、街道を一歩外れて背の高い夏草に身を隠しつつ、極力速足で戦闘音のする方へと向かった。


 あ~、なんて言うか典型的な“野盗”って感じの格好の集団が、二台の高級馬車に襲撃かけてるな。

 まぁ、馬車の方もそれなりの腕前の護衛が何人かいたみたいで、少ない人数の割に拮抗してるし、たぶんこのままでも2、3人犠牲は出るにせよ、勝てるとは思うけど……。


 ──でも、それでは、美しくないわね。


 あ、ヤバ。戦いの空気にアテられたせいか、自分の中の「アリス・キャスタニアス」としての疑似人格が目を覚ましたのがわかる。

 ……まぁ、いいか。どの道、加勢はするつもりだったんだから。心の中で溜息をつきながら、“俺”は“アタシ”に主導権を譲った。


 * * * 


 アキツ風(つまり和風)の巫女装束を着た少女は、自らを護ってくれる護衛の人々に向かって、懸命に治癒や援護のための術を放っていた。

 15、6歳くらいだろうか。長い真っ直ぐな黒髪をなびかせた、いかにも楚々としたヤマト撫子な雰囲気を漂わせた娘だけど、突然の流血沙汰にも取り乱さず、自分のすべきことを懸命に為している様子は好感に値する。

 けど、さすがに経験不足故か、背後から自分に忍び寄っている賊にまでは注意が回らなかったみたい。

 ニヤリと笑った小男が、短刀片手に飛びかかろうとしたその瞬間!


 「フンッ、下郎が! アンタ程度が可憐な乙女の柔肌を傷つけようなんて、百億年早いのよ!」


 気配を殺したまま走り寄ったアタシは、下種な笑みを浮かべた男を背中から愛剣フラッシュハイダーでバッサリ縦に“両断”する。

 フラッシュハイダーみたいなレイピアは本来“突く”ことに特化してるんだけど、アタシの剣の技量が剣圧によって対象を“切り裂く”ことも可能としているのだ。

 その気になればアタシは、フラッシュハイダーに備わった「剣閃」の特技を使わずとも、剣先から数十センチ離れた相手を“斬る”ことだって可能だ。

 もちろん、背後から心臓をひと突きにする方が楽なんだけど、この場合は、無言・無音で小男が絶命するより、血しぶきと絶叫をあげて斃れる方が、周囲の目を引く効果が高いからね。


 そして、その目論見は見事に当たったみたい。

 野盗側は仲間(たぶんそれなりの腕前?)がやられて明らかに怯んでいるし、馬車側も戦いで巫女娘から離れ過ぎてたのを悟ったみたい。じりじりと陣形を整えている。


 「──どこのどなたかは存知ませぬが、巫女様を守っていただき、かたじけない」

 いかにも侍ちっくないでたちの女武者が、敵から意識を離さないまま、それでも律儀に目礼しつつアタシに声をかけてきた。

 むぅ、この女性、かなりデキるわね。魔法抜きで1対1だと、アタシもけっこうヤバいかも。

 「気にしないで。ああいう下品で愚昧な輩が嫌いなだけだから」

 油断なく剣を構えたまま、ニッコリとアタシなりの極上の笑顔を浮かべて答える。

 「悪党と品性下劣な男に生きる権利はない……そう思わない? ミス・サムライ」

 「ははっ、そうだな。貴殿とは意見が合いそうだ」

 こちらも漢前な笑みを浮かべつつ、女武者は刀を構え直した。

 「さて、その下劣な汚物の残りを、チャッチャと掃討しておかねばな」

 「手伝うわ。これでも淑女のたしなみとして汚掃除(おそうじ)は得意なの」

 ニヤリと笑い合い、改めて野盗どもに視線を向けると……明らかにたじろいでいるのがわかる。

 ま、当然よね。ただでさえ互角かやや不利だったところに、もうひとり腕利きの剣士(じつは魔法剣士だけど)が加わり、一撃でひとり倒されたんだから。


 「チッ……引くぞ!」

 野盗の頭らしき髭男は、この場の流れが読めないほど、まるっきりバカというワケでもないみたい。手下に撤退を指示してる。

 ──けど……残念ね。その決断はすこ~し、遅かったわ。“俺”ならともかくアタシは、アンタらみたいな存在を生かしておいてやるほど甘くはないの。


 『猛き雷よ、我が掌中より出でて、迅く解放されよ……【球雷制射(サンダーボルト)】!』


 「な……!? き、キサマ、魔法つか……」

 「バリバリバリ!」なんて擬音はコミカルだけど、もたらされた結果はスプラッタ。アタシが使う対集団呪文の中でも、ひと呼吸で唱えられていちばん射程のあるソレを背中からくらった野盗の一団は、ひとり残らず高圧の電撃でショック死してる。

 いやぁ、乱戦の中では使える攻撃魔法は限られるけど、一団となって逃げる相手なら、動く的よね。


 「ぐくぅ……よ、よくも」

 訂正。頭目だけは虫の息で生き延びたみたい。害虫ゴキブリってヤーね、シブとくて。

 アタシは女武者に視線を送り、彼女が「心得た」と目で頷いてトドメをさそうと足を踏み出し……かけたところで。


 「待ってください!」

 思わぬ方向から「待った」がかかった。

 ──パターンからして大体予想できると思うけど、案の定、あの巫女さんだ。


 「れ、澪霧さま……」

 傍らの女武者が畏まってるところから想像して、それなりに身分のある少女みたいね。

 「あら、こんな状況でまさかの助命嘆願かしら?」

 世間知らずのお嬢様に皮肉のつもりでそう返したんだけど、彼女は意外なほど肝の据わった表情で、アタシを見返していた。

 「はい。ですがそこの人のためではありません。貴女と私のためです」


 …………へ!?


 * * * 


 巫女の少女──澪霧(れいむ)によって死なない程度の最小限の治癒魔法をかけられた男をキッチリ縄で捕縛し、片方の馬車の荷台に放り込んでから、俺は澪霧にもう一台の馬車の内部に招かれた。

 疑似人格(アタシ)の方は戦闘が済むと「面倒事はゴメンなの」とばかりに、さっさと引っ込んでしまったので、ここは俺が自分で判断するしかないんだが……。

 「で、さっきは何であんなコト言ったのか、聞かせてもらえますか?」

 自己紹介と他愛のない社交辞令を交わしたのち、俺はズバリと訊いてみた。

 平和な日本で生まれ育った俺としては、戦ってる相手ならともかく、すでに戦闘力を失った相手にトドメをさすのは内心抵抗があったけど、それはソレ、これはコレ。こちらの世界の道理なら生かしておく筋合いはないはずだ。


 「はい。アリスさんは冒険者──それもかなりの腕前とお見受けしますが、ご自身の経験からして、このような場所に野盗が出るという点にご不審は抱かれませんか?」


 ──そう言えばそうだな。ゲームでは割と見境なくエリアごとの設定に基づいて一定数の敵がポップしたけど、現実の世界ではモンスターも野盗もれっきとした生物だ。ゲームみたいに突然沸いて出るモンじゃない。

 都市から遠く離れた辺境の地ならいざ知らず、ここはヤマトの手前の割合大きめの町アスカから徒歩で1日程度の距離だ。

 当然、街道沿いは、それなりの頻度で町の警備隊が出張って治安維持活動ごみそうじしているはずだし、そんな場所にそれなりの規模の野盗がいたら、即座に討伐という流れになるのが普通だろう。

 そもそも護衛付きの馬車2台相手に、あの人数で特攻カマすこと自体無謀で、だからこそほぼ互角の戦いになってたわけだしな。

 そして、そんな形勢不利な状況でも粘るような根性のある野盗なんて滅多にいない。いたら、普通は傭兵団とか冒険者になってるし。


 「つまり何か裏がある、それをアイツに吐かせたい、と?」

 おそらくはこの巫女さんが襲撃の目標(ねらい)で、かつ巫女さん自身にも心当たりがあるんだろうな。

 馬車や随伴する人間の様子からして、たぶん高貴な身分の権力争いとかの類いかな?

 (うわぁ、いきなり厄ネタじゃないか)

 できれば、そういう厄介事には巻き込まれたくない。

 (こりゃあ、適当な理由をつけて、明日アスカの町についたら別れるか……)

 そう思った俺だったが、残念ながら、それはちょっと遅かったらしい。


 「アリスさんに急ぎのご用事がないのなら、(わたくし)の護衛をヤマトまでお願いできないでしょうか? 相応以上の報酬は出させていただきます」

 第一印象とこれまでの会話から推測するに、少なくとも嘘は言ってなさそうだし、報酬もキチンと払ってくれるだろう。

 (けど、当面の金には困ってないんだよなぁ)

 この美少女巫女さんを謀略の魔手から助けるというのは、(精神的)男としては心躍る面がなきにしもあらずだったけど、ドロドロした陰謀劇に関わるのはちょっと……。

 そう結論して、断りの言葉を返そうとしたところで、澪霧さんは、とっておきの切り札を切ってきた。

 「金銭的報酬とは別に、護衛として同行していただければ、ヤマトの都にも入れて差し上げられると思います」


 !!

 そうだ……忘れてたよ。

 アキツって、とある事情から半ば鎖国に近い状態で、とくに王都であるヤマトには、アキツ人以外は原則的には入れないんだった。

 本来の俺の姿ならともかく、今の(アリス)はプラチナブロンドとルビー色の瞳が人目を惹く、ビスクドールみたいな美少女だ。どこからどう見てもモンゴロイド系のアキツ人には見えない。

 (そう言えば、ゲームでもヤマトには入るのはひと苦労だっけ)

 やたら手順が面倒くさい連鎖クエストを達成して、ようやっと回数制限付きの入都パスをもらえるレベル。

 もっとも、一部のサムライやシノビ、ミコといった東洋系の職種(クラス)に就いてるキャラ以外には、そうそう何度も入る必要のある場所でもなかったけど。

 しかし、今、この娘の護衛を務めれば、少なくとも一回は面倒な手順をすっ飛ばしてヤマトに入れるわけだ。

 (まぁ……いいか)


 「わかりました。引き受けましょう。微力ながらお役に立てれば幸いです」

 そう言って、俺は彼女の護衛を引き受けたんだが……。


 その後、ヤマトに着いた時点で、俺は彼女を取り巻く策謀に否応なく関わることになり、新たな“霊奮(たまふ)りの巫姫”候補である澪霧と、長きにわたり(厄介事込みで)交友を持つことになったりするのだから、つくづく目先の利益に流されるのは止めたほうがいいと思う。

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