番外編3.花嫁衣裳は誰が着る?
番外編2の数十年後くらいを想定。だいぶ現状(本編時点のグラジオン)に近づきつつあります。見方によってはあまりハッピーとは言えない結末ですので、不幸耐性のない方はご注意を。
<ウェディングドレスクエスト>
我々の住む世界・地球とは、似て非なる異世界アールハイン。
そこには、“地球人”と姿形こそよく似通った(そして精神性もある程度は近い)ヒトが住んではいたが、同時に地球では空想の産物とされる魔物や妖精・精霊の類いも確かに存在していた。また、圧倒的多数派のヒューマンに比べると比較的少数ではあるが、エルフやドワーフ、トロールなどといった種族も普通に隣人として暮らしている。
物理科学の面からみれば、文明レベルはおおよそ地球の近世から近代直前くらいだろうか。もっとも、アールハインでは、科学よりも魔法やそれに類する技術の方が発展しているため、単純に地球の歴史とは比較できないのだが。
さらに、同じアールハインにおいても、3つの大陸でその技術や傾向は大きく異なる。
魔術の学術研究面が重視され、さらに錬金術も同じくらい発達し、それらが人々の生活に根付いているクラムナード大陸。一応17の国に分かれてはいるのだが、そのすべてが“クラムナード連盟”に加盟しており、連盟を代表・統括する“盟主”が選出されて各国の利害調整に励むおかげで、小規模な紛争はともかく“戦争”と呼べるほどの事態に至ることはほぼないと言ってよい。
魔物や精霊などを召喚する術に長け、また魔法工芸品の製作もさかんだが、数多の小国が集合離散し、恒常的に紛争が起こっているが故に、他からは“暗黒大陸”とも揶揄されるサイデル大陸。この地は土着魔族の勢力も強く、大陸西南のおよそ5分の1が魔族の勢力範囲となっている。
そして、残るひとつ、グラジオン大陸は、魔法は元より武術や巫術、忍術など様々な技術がバラエティー豊かに(あるいは無節操に)発達している土地だ。すでに一部には初歩的な銃器の類いさえ出回っている。
これは、この大陸の歴史が比較的浅く、大陸全体に未だ多くの魔物や猛獣が跋扈している土地柄のため、何よりもそれらに対処する多彩な“力”が求められた結果だろう。
ただし、最新の調査では、人類発祥の地は実はこのグラジオンで、何らかの理由で新天地を求めて大脱出した人々が他の2大陸に辿り着き、そこでそれぞれの文明を築いたのだ──という学説も出ているが。
その真偽はさておき、グラジオンの現状は、この大陸独特の「冒険者」と呼ばれる存在を生み出した。
いや、他の大陸にも冒険者を自称し、あるいは他者からそう認められている存在はいることはいるのだが、グラジオン大陸における冒険者は、大半の街に仕事の斡旋所を擁する立派な“職業”なのである。
前述の学説を裏付けるように、この大陸には古代文明の遺産とおぼしき遺跡も多く、また、魔族の本拠地であるいわゆる“魔界”(という名の亜空間世界)と直結するダンジョン──“冥宮”が幾つか存在するというのも、他の2大陸とは異なる特徴だ。
もっとも、他の大陸や数百年前ならいざ知らず、現在のグラジオンでは、ヒトと魔族は“好意的中立”とでも呼ぶべき関係に落ち着いているため、魔族が人界に、あるいは人間が魔界に大規模侵攻するなどという物騒な事態はほぼ考えなくともよいのは救いだろう。
とは言え、両者の交流ができて初めて判明したのだが、実は冥宮自体は魔族が造ったわけでも、その管理下にあるわけでもなかった。諸説あるが、「必要に応じて自然発生した」という説が有力ではあるものの、未だわからぬことも多い。
しかしながら、学者や為政者以外の者にとっては、「其処に魔物が湧き、他の地域では見られない植物や鉱物が採取できる」ということの方が遥かに重要だった。
そういった諸々の情勢が噛み合った結果、遺跡や冥宮の調査(と言う名のトレジャーハンティング)や、未開地域に生息する害獣や魔物の討伐、商隊の護衛など、“危険を冒すことの専門家”である冒険者の出番は、グラジオンのあちらこちらに転がっているのだ。
さて、そんなグラジオン大陸の中心部、一般に「中原」と呼ばれる地域のとある町に男女一組の冒険者がいた。
男性の名前はロプルス・ノークロス。中原出身で、キチンと整えられた枯れ草色の髪と鳶色の目を持つ穏やかな印象の好青年と言えるだろう。
背の高いその恵まれた体格からよく前衛系の戦士や拳士と間違われるが、職種は「賢者」だったりする──まぁ確かに、賢者は術師系のクラスにしては武器攻撃も比較的巧みではあるのだが。
女性の方の名前はユズハ・ハルカ。背中でひとつに束ねたクセのない黒髪と同じく黒曜石のような黒い瞳を持つ、東方出身の小柄な少女だ。クラスは「忍者」、いわゆるクノイチだが、その明るい陽性な雰囲気は、“闇に生きる忍び”的なイメージとはおよそかけ離れたものだった。
ふたりは冒険のパートナーであると同時に恋人同士であり、近々結婚する予定になっていたのだが……。
「──はぁ~、いいなぁ……」
昨日、友人の結婚式に出て以来、ユズハはどことなく上の空で時々ホゥッと溜息をついたりしている。
「そんなに、気に入ったのかい、昨日のアレ?」
苦笑しながらロプルスが尋ねる。
「そりゃあね! だって、ホントに素敵だったんだモン!」
ユズハが夢見るような瞳で、昨日出席した結婚式の光景を思い浮かべている。
昨日の新郎新婦もやはり冒険者のカップルだった。
「修道僧」のバーン・イシュトリアと、「舞踏家」のレイナ・ストレンジ。ふたりの友人であり、時々パーティーを組むチームメイトであると同時に、冒険者としての技量や格を競う好敵手ライバルと言うべき存在でもある。
ひと足先に結婚に漕ぎ着けたこと自体は別に構わない。別にそんなコトで張り合おうなどとはユズハだって思わないし、第一、自分達も来週末に婚礼を控えているのだ。
冒険者になった直後ぐらいからの長いつきあいだし、結婚式にも喜んで参列し、素直に祝福できた。
しかし、その結婚式当日、ふたり──正確には花嫁のレイナは、「アッ!」と驚くサプライズを参列者に投げかけてきたのだ。
通常、南方や東方のごく一部を除いて、グラジオンに於ける婚礼衣装ウェディングドレスと言えば白一色が定番である。
しかし、昨日の午後、婚礼会場に入場してきた花嫁のレイナは、喪服を思わせる漆黒のドレスに身を包んでいたのだ。
一瞬呆気にとられた参列者達だったが、目端の利く者が新婦の衣裳の正体を看破すると、その驚きは感嘆へと変わった。
細やかなレースやフリルの装飾が多いゴシック調のそのドレスは、極上のシルクとも蜘蛛織布とも異なる、まるで光を吸収するような深い黒の布で形作られており、白い肌とのコントラストで互いを引きたてている。
本来は黒に近い焦茶色であるはずのレイナの長い髪は、魔法の染料でも使ったのか薄く青みを帯びた銀色に染め上げられ、隕鉄製の黒いティアラで飾られている。
涙痕を思わせる特徴的な目元のメイクも併せて考えると、どうやらコレは、女淫魔サキュバスや海妖姫セイレーンと並んでその美しさを讃えられる女性型アンデッド“悲嘆精”をイメージした仮装コスプレなのだろう。
新郎のバーンが、不死王を思わせる紫紺のローブに身を包んでいることも、その推測を裏付けていた。
冒険者ならではのシャレっ気に一同は湧いたが、レイナが着ているのが“本物のバンシーのドレス”であることが知れると、再度の驚きが広がる。
なにせバンシーは、冥宮深部でしか滅多に見られないモンスターだ。よほどの熟達者ならともかく、“もうすぐ上級に手が届く中級冒険者”というバーンやレイナのレベルでは、勝ち目がないわけではないが気軽に戦える相手でもない。
「──運がよかったのですわ」
「そうだな。少々てこずったが、初めて戦った相手を服をほとんど傷つけずに倒せたってのは確かに僥倖だった」
若き夫婦が語る苦労話もまた、この良き日を彩るエピソードのひとつになる。
ふたりは、沢山の友人たちに見送られて、5日間の新婚旅行に旅立って行った。戻ってきたら、ユズハ達の式に夫婦で出席してくれる予定だ。
「はぁ~、レイナ、綺麗だったよねぇ」
「まぁね。普段は勝気なトコロが目立つあの子も、さすがに結婚式の日だけあって、お淑やかな感じがしたし」
“我がまま暴走お嬢”も“しおらしい新妻”に変えるとは、結婚式、おそるべし!……と、冗談交じりに考えるロプルス。
チラと傍らにいる自らの許嫁に視線を投げる。
(結婚すれば、彼女もお気楽で能天気な点が多少はマシになるかな?)
「いや、無理ぽ……」と失礼な事を内心で呟く婚約者を尻目に、ユズハは何事か考えているようだ。
「ねぇ、ロルくん。わたしたちの結婚式関連の準備は、もうほとんど残ってないよね?」
「ん? ああ、会場は押さえてあるし、招待状も出した。新居と荷物の整理も終わってる。あとは、キミのウェディングドレスの手配……って、まさか!?」
さすがは公私にわたるパートナー。ユズハの言いたいことがわかったようだ。
「アレを手に入れにピコーの冥宮まで行く気かい? さすがに僕達だけじゃ、バンシーのいる場所まで潜るのはキツいと思うけど」
ロプルスの危惧に対して、しかし、ユズハは緩やかに首を横に振った。
「ううん、ターゲットはバンシーじゃないよ。第一、まったく同じコトをしても、二番煎じでインパクトはイマイチだし」
「じゃあ、何が狙いなんだ?」
「ふっふ~ん、目的地はね、ヘイヨウよ!」
「! なるほど、喪妃か!!」
喪妃とは、東方領域の中でもヘイヨウ付近のごく限られた地域にのみ出現する女性型アンデッドモンスターだ。
色鮮やかなその地の古い民族衣装の晴れ着をまとった少女の姿をしており、冒険者と対峙すると、水系の攻撃スキルと短刀による攻撃を仕掛けてくる。
嘆きの精が“美人”と形容されるのに対して、この喪妃は“可憐”と表現するのがよく似合う可愛らしい外見をしており、またその衣裳も確かに綺麗なのだが……。
「まぁ、確かに僕達でもそれほど苦労はせずに、倒すには倒せるんだけど……」
「服のサイズとデザインが問題なのよね~」
ふたりは、昨日丸一日、ロプルスの【転移】の呪文でヘイヨーに跳び、近くの冥宮に潜って20体近い喪妃を倒した。そのおよそ半数からなんとか衣装をゲット(どういう理屈かアンデッドの衣服は倒すと死骸と共に消えることも多いのだ)して、今朝がたヘイヨーまで戻って宿を取り、現在その選別の真っ最中だった。
そもそも、古代王国時代に未婚のままで死んだ12~15歳くらいの貴族の娘が当時の婚礼衣裳姿で葬られ、その後、不死系モンスターとして復活した……というのが、この喪妃という魔物のルーツだと言われている。
ユズハも確かに東方系のルーツを持ち、生粋の西方人と比べれば比較的小柄なのだが、一応成人した18歳。さすがにローティーンからミドルティーンの東方人の女の子の服で丈が合うものは、なかなか見当たらない。
また、戦った相手が身に着けていたものなので、どうしても破れたり汚れたりもしてしまう。その点も選別を困難にしていた。
「お、コレなんてどうだい?」
そんな中で、ロプルスが選び出した一着は、確かにユズハの背に合いそうな大きさだった。
「どれどれ~……あ、ピッタリ!」
服の上から、藤色の上着を羽織ってみたユズハは、まさに自分のために誂えたようなそのサイズに驚く。
「そう言えば、コレ、最後に倒したあの子のじゃないかな?」
ロプルスが言う“あの子”とは、昨日の夕暮れ時に遭遇し、少々苦戦しながらも何とか倒した喪妃で、言われてみれば普通の喪妃よりも少し大柄で体力も多かったように思う。
「たぶん、そうね。生地の色合いもいいし、大きなほつれや汚れも見当たらない……うん、コレに決めた!」
目当てのものが手に入り、ユズハはご機嫌だ。
ふたりは【転移】で再び中原に戻り、“新居”へと帰ってきた。
ユズハはヘイヨウの家具屋でわざわざ“衣桁”と呼ばれる着物を掛けるための台まで買い込んでいる。利便魔術の【清浄】で綺麗にした、くだんの喪妃の衣裳を掛けて、部屋の隅に飾っておくことにしたようだ。
「おいおい、本格的だなぁ」
「あんなに綺麗なんだから結婚式で1回着るだけなんてもったいないじゃない。部屋のインテリアにちょうどいいと思うよ?」
「ま、キミがそれでいいなら別に僕は構わないけどね。それより……」
ロプルスが、平素の柔和な表情に似合わぬ力強さで、ユズハを抱き寄せ、そのまま唇を奪う。
「むぐッ……んんッ……ぷはぁ、もう、ロルくん、昼間っからダメだよぅ」
「昨日と一昨日がお預けだったからね」
微笑いながらも、彼の手が巧みにユズハの衣服の胸元に忍びこむ。
「ひャン! もぅ、しょうがないなぁ……」
ユズハが折れ、ふたりはソファーに倒れ込んで睦み合いを開始する。
──その光景を、部屋の隅で置かれた着物は静かに見ていた。
<花嫁衣裳を着るのは……>
そして迎えた結婚式の当日。
式場の控室で、ユズハは向こうで買ってきた東方風の下着姿に着替えていた。
控室に運び込まれた衣桁からあの喪妃の衣裳を手に取り、思わず頬ずりする。
「ふわぁ~、もう数百年以上前のモノのはずなのに、柔らかいし、肌触りもすごくいい。それに、お店には売ってない一品物だし、きっと皆も驚くだろーなぁ」
浮き浮きしながら、ユズハは、袖口の広がった藤色の上着を羽織って腰紐をしめた。
合わせ目をキチンと整えてから、ロングスカートに似た紅色の袴を履き、飾り帯を結ぶ。
思った通り、まるで彼女のためにあつらえたかのように、衣裳のサイズはピッタリだった。
──ち…がう……
「ん? 誰かいるの?」
何か声が聞こえたような気がして、ユズハは振り返るが、とくに人影は見当たらない。
──そ……た……の……
「??」
多少不審に思いながらも、ユズハは普段はポニーテイルにしている黒髪をほどいて、控室に設けられた鏡台の前に腰かけた。
鏡を見ながら、鏡台に置かれていた櫛で、背中まである髪をゆっくり梳かす。
──しかし、彼女は気付かないのだろうか?
手にしたその櫛が見事な螺鈿細工の、骨董品屋なら大枚はたいても買いたがるような高貴な代物であることに。
そして、その櫛で梳る毎に、自らの髪が少しずつ伸び、今や膝近くまでの長さに達していることに。
髪を梳き終えたユズハが、ツインテールの形に髪を結って、大きな金色の鈴と真紅のリボンからなる髪飾りを頭頂部の左右に付け、薄く白粉をはたき唇に紅を差すと……準備完了だ。
ユズハ自身、いかにも東方の出身らしい黒髪黒瞳なので、これで見た目はほとんど喪妃そのものになった。
「うわ~、自分で言うのもナンだけど……わたし、すごく可愛いかも」
その言葉も決して自惚れとは言えまい。そのくらい、今のユズハからは、初々しい可憐さと女らしい淑やかな落ち着きが同居した、不思議な魅惑が感じられた。
「ふふ、ロルくんも、この姿を見たら惚れ直してくれるかな?」
両手を広げて、鏡の前でくるんと一回転してみるユズハ。
──もし、ここまで浮かれていなければ、熟練の忍者たる彼女は、鏡に一瞬だけ映った、背後に浮かぶ不審な影を見落とさなかっただろう。
しかし、ソレが運命の別れ道となった。
「じゃあ、そろそろ式場に行こうかな」
ユズハが控室を出ようとした、その時!
(貴女の……)
ユズハ脳裏に、直接声が響いてきた。
それは、先ほど空耳かと思ったのとまったく同じ声だった。
(貴女の…身体を……私に…ちょうだい……)
「え? な、なに!?」
瞬時にして警戒姿勢をとったユズハは、何か武器になるものを求めて辺りを見回し、鏡台に置かれていた女性用の護身用短刀である“懐剣”を咄嗟に手に取った──なぜ、そこにそんなモノが置かれていたのか疑問に思うこともなく。
「あ……な、何これ……い、いやぁあああ……」
艶やかな髪から、手にした懐剣から、そして身にまとっている衣裳そのものから、何か得体の知れないモノが、自らの全身に流れ込んでくるのがわかった。
おぞましいその感触に、身を震わせようしても、身体はピクリとも動かない。
そして、体内に蟠ったソレが、瞬時にして奔流となってはじけ、全身を席巻した時……ユズハの意識は、そのまま途切れた。
しばらくして、ぼんやりと虚ろな目をして鏡の前に立ち尽くしていた彼女の瞳に、確かな意志の光が戻ってくる。
彼女は、鏡を覗きこむと、ペタペタと顔に両掌で触れ、次に視線を自らの身体に落とすと、左胸のあたりにソッと手を当てる……まるで、そこに鼓動があることが信じられないかのように。
「──この着物は、貴女のものじゃない。私のための婚礼衣裳……」
彼女の朱い唇から、そんな言葉が零れ落ちた。
──コン、コン!
控室のドアがノックされ、ドア越しに新郎であるロプルスが遠慮がちに声をかけて来た。
「ユズハ、そろそろ式が始まるけど、準備は大丈夫かな?」
ほんの一瞬だけ躊躇うよう素振りを見せたものの、次の瞬間、何事もなかったのように、彼女は“これから夫となる愛しい男性”に返事をした。
「ええ、問題ないわ……あなた」
結婚式は以前のレイナたちのものに劣らず大いに盛り上がり、列席した友人知人達は、花嫁の可憐な装いと佇まいを惜しまず褒めそやした。
そんな浮かれた雰囲気中で、婚礼式典を終えた新郎新婦は、居並ぶ列席者ひとりひとりに挨拶して回っている。
その中には、無事に新婚旅行から戻り、ちゃんと出席してくれたバーン&レイナ夫妻もいた。
刹那の間、「ユズハ」と「レイナ」の視線が交錯する。
「──どうやら貴女も、「そう」なのかしら?」
「……ええ。やっぱり貴女も?」
互いにアルカイックな微笑をたたえて見つめ合う新妻ふたり。
「ん? どうした?」
「いったい何の話?」
バーンとロプルスが首を傾げるが、彼らの妻達は曖昧に微笑むだけだった。
「フフッ、なんでもない。女の秘密よ」
「ええ、これからは今まで以上に仲良くできそうね、ってだけ」
<幸福な彼女達>
4人の結婚式から、およそ1年の歳月が流れた。
今日はふた組の夫婦が合同で、親しい友人を呼んでの“結婚一周年記念パーティ”を開催したところだ。
宴自体はたけなわを過ぎ、そろそろお開きになろうかという頃合い。
未だに新婚熱々なバカップル夫婦として知人間では有名なふた組の、旦那さん──バーンとロプルスは、同世代の独身者からのからかいや陽性な羨望の言葉に小突かれつつ、“新婚生活の実態”を吐露していた。
「しかし、なんだな。女ってのは結婚すると変わるって言うが、アレは本当だったんだなぁ」
飲み慣れない高級ワインのせいか、すでにほろ酔い気分になりつつ、バーンがロプルスに話しかける。
「あ、やっぱりバーンもそう思うかい?」
ちびちびとグラスの中身を舐めながら、ロプルスも嬉しそうに同意する。
「あのレイナがなぁ……キチンと朝から起きて朝ご飯作ってくれるんだぞ?」
「ウチの奥さん──ユズハも、随分と立ち居振る舞いが女らしくなったし」
「レイナもそうだな。まぁ、元々お嬢様なんだから、礼儀作法とかそのあたりは心得てたはずだけど、今じゃどこの貴婦人かって感じだぜ」
「言葉遣いも、丁寧になったね~」
「家計を預けてるせいか、無駄遣いもしなくなったし」
「ユズハは逆に、ちょっとした小物とかを欲しがるようになったよ。でも、たいした金額のものじゃないし、買ってあげると凄く喜ぶ。それがまた可愛いんだ」
「それに、冒険時の立ち回りも的確になったなぁ。コレが夫婦ならではの以心伝心ってヤツなのかね。それに我が嫁ながら「魅惑のダンス」とか仕掛ける時の艶っぽさは以前の3倍増しだし」
「そう言えば、ユズハも焦ってドジ踏むことはほぼ皆無になったね。それに、結婚前と違って僕をたてて、指示にキチンと従ってくれるんだ。まさしく夫唱婦随って感じ?」
「そうそう、俺のこと、「ダーリン」って呼ぶんだぜ?」
「ウチは、「あなた」だな」
横で聞いていた独身者の群れが、思わず砂を吐きたくなるようなノロケっぷりであった。
そして、馬鹿夫達とは少し離れたテラスで、妻同士が差し向かいでしんみりと酒盃を交わしている。
「よもや数百年の時を経て、再び人としての生を謳歌できるとは思いませんでしたわ」
「私も……まさが、自分が誰かと結婚することができるなんて……」
彼女達はともに、報われぬ生の果てに命を落とした哀しい存在──それがほんの偶然から、こうして再び人として妙齢の女性として暮らすことになったのだ。
その感慨はひとしおだろう。
「おふたりの様子を見ていれば、聞くまでもないことでしょうけれど、ロプルス殿は優しくしてくださいますの?」
「──ないしょ」
ほんの少し頬を染めて恥じらう“ユズハ”の様子が、結婚から一年が過ぎた若奥様のものとは思えぬほど初々しい。
「フフフ、可愛らしいこと」
「む……それを言うなら、貴女の──“レイナ”の方がおさかんなのは、確定的に明らかでは?」
“ユズハ”の視線の先には、こんもりと膨らんだ“レイナ”の下腹部がある。もちろん、そこには新たな生命が宿っているのだ。
「そろそろ6ヵ月ですか?」
「それくらいですわね。貴女方のほうは、まだなんですの?」
キョロキョロと辺りを見回すと、女忍者は踊り子の耳元に口を寄せて囁く。
「──実は、先々月から生理が来てないんです」
「まぁ……おめでとうございます!」
「シィーーッ! まだわからないから、他の人には内緒ですよ?」
「ええ、わかっています。そうですわ! わたくしたち、互いの子供の名付け親になりませんこと?」
「それは、素敵ですね♪」
そんな他愛もない未来への展望を述べながら、彼女達は微笑を浮かべる。
それは、ほんの一年前のどこか非人間的なソレではなく、ごく自然に心からあふれ出る優しい笑顔だった。