1-3ステラの森
どちらかといえば、探し物も追いかけっこも得意な2人だ。2人で組めばなんだって出来た。
「真っ直ぐ東へ逃げてる、このまま行くとトレンカの街を過ぎるな。」
「トレンカの郊外には大きな森があったはず、逃げ込まれる前に追いつこう。」
マリリンとワーティは顔を見合わせてこっくりと頷いた。
「・・・いた!あいつだ!!」
追っていた背中がようやく見えたと思ったら、向こうもこちらに気付き森へ逃げ込もうとする。
「まずいぞ、見失ったら終わりだ!」
ステラの森、そう書かれた看板の前をその男は走り抜けていく。
「特大のをぶちかます。」
いいよね、と言ってマリリンはスピードを上げて森へと突っ走る。
「・・・わかった、行って来い。」
スピードを落とし、森の手前で立ち止まったワーティは「はあ」と息をついた。
変な呪いのおかげで普段から常に敬語の幼馴染は、どういうわけか自分に対してだけは気負わない言葉を投げてくる。
「お前さあ、信用してるけどなあ・・・」
見えなくなった背中に、ワーティは小さくそう投げつけた。
不言実行のマリリンが、やると言ってやり遂げなかったことは一度も無い。
だからと言って心配しないと言うわけではないのだという事を、あの幼馴染にはよく言って聞かせないとダメだなあと、ワーティは改めて思うのであった。
小さい頃から兄と一緒になんでもかんでもやりたがるような、やんちゃが過ぎる子どもだった。
親がいなくて特別さみしいからというわけでもなく、ただただ好奇心の塊のような人間だったから。
7つの時に呼び出した使い魔との契約で、今はほぼ敬語しか喋ることができない。
よくわからない呪いを患ったまま育ち、緊張感は少し無いけれど、別段問題はなかった。
「お待ち下さい!」
敬語キャラだから落ち着きがあるとか、照れ屋とか頭がいいとかそういう付加価値は無い。
良く言えば元気いっぱい問題事に喜んで首を突っ込んでいくタイプ、みなまでいえば悪ガキだ。
正直今も、楽しくて仕方がない。
口角がゆっくりと上がっていってる自覚は、しっかりとある。
「誰が待つか!!」
しかし悪いが、このまま持ち逃げされては国家機密、いや『世界の禁忌』が認識されてしまう。
そうなれば肉親同然に育ててくれたウィルバート家に迷惑がかかってしまうので、それだけは避けなくてはならない。
彼らに恩を仇で返すような真似だけは死んでもできない。
だって彼らだけだったのだ、路頭に迷う所だった兄と自分を拾おうとしてくれたのは。
「止まって下さらないのであれば、こちらも強硬手段をとらせていただきます。」
ちゅ、と右の中指にはめた指輪に軽く唇を当てる。
<力をお貸しくださいませ>
そして前を走る不審者に向けて、魔力を充填させた掌をかざした。
「<植物拘束>!」
瞬間、木々から木の葉や、しなるツルが勢いよく飛び出して不審者を囲い込んだ。
「な、なんじゃこりゃ!?」
不審者は攻撃から身を護る為に防護壁を張っているが、それ故動けず完全に足を止めている。
「く、くそっ・・・」
「追いかけっこはここまでに致しましょう。」
追いついたマリリンは、自分の放った攻撃が当たらないギリギリの位置まで近づいていく。
「邪魔をするな!!」
闇雲に打ち出される魔法をそよそよといなし、マリリンは確実に歩を進めていく。
「お返しください、それは我々にとって非常に大切なものでございます。大人しく返していただければ、言い訳くらいは仰って頂いて結構ですが・・・いかがいたしましょうか。」
にっ、と笑って見せれば相手の顔色が悪くなる。
多分右手に集めた魔力の所為だろう。
「お前、俺を誰だと思っている!?」
額に汗を浮かべながらも、研究成果の入ったカバンを離す気は無いらしい。
「申し訳ございませんが、存じ上げません。」
一歩近づく事に顔が引きつっていく様子は最高に笑えるが、どうしても返してもらいたい物なのでさっさと手放して欲しいものだ。
「俺はドド!ドド・ハルモニアだ!!」
「そうでございますか。申し訳ございません、やはり存じ上げません。」
人差し指の先に魔力を凝縮させると、その男はあわあわと手をふりだした。
「待て待て待て!俺は『世界魔法』が何なのか調べている!!どうだ、一緒に謎を解き明かさないか?!」
「残念ながら、貴方の助けは不要です。」
考える余地も無く、反射でそう切り返す。
「そもそも、貴方はご存知無いのでしょうか?」
「何、が」
「世界魔法を語る人間を信用するな、と言うことです。」
「!!」
しまった、と言う表情を浮かべるがもう後の祭りだ。
言葉というものは、放ってしまったら戻らないのだ。
「『世界魔法』は世界最大の禁忌・・・」
存在すら知る者はごく少数
識者は無闇に他言する事は無く
存在を知らぬ者は口すら開かぬ
その事実を口にするものは愚者に他ならず
・・・極めて無知
「や、やめろ・・・」
「貴方の盗み出したものが何故秘匿され続けてきたのか、お分かりになりますか?」
ドドは絡まり合った蔦や草、木の枝に檻のように囲まれて未だ身動きが取れずにいる。
「やめろボウズ!!」
マリリンはそっと人差し指で植物の檻に触れ、口角を上げた。
「残念、時間切れですよ。精々舌ァ噛み切らないないようにお気をつけくださいませ。」
ぴんっ、と指を弾くと、球体状に絡み合った植物の檻は、猛スピードで元来た道を回転しながら戻って行った。