未久の心情
体を引きずるような歩き方だったため、通常の2倍以上掛けてようやく家に帰ることができた。とはいえ、道中どこをどう通ったのか全く覚えていないのだが…
「ただいま…」
ドアを開けてなるべく平静を装うように声を出したが、結果としてひどくかすれたものになってしまった。
それでも、ドアの開けた音に気付いたのか、わが妹君はすぐにパタパタと足音を立てながら出迎えてくれた。
「…おかえり、随分ごゆっくりだったんだねぇ?」
…若干、いやとても分かりやすいドスのきかせた声で。
(なんか…勘違いさせちゃってる?)
[知らん。お前、連絡した際に何かいらんこと言ったんじゃないのか?]
(そんなことはない、はずだ)
[なんでそんな自信なさげなんだよ]
(仕方ないだろ!分からないんだから)
[俺に当たらないで欲しいんだけど]
「お兄ちゃん、聞いてるの?」
レスとのやり取りに夢中になってるせいで、未久の機嫌が更に悪くなっていた。
「はい、聞いてます!なんでございましょうか?」
「…はぁ、もういい」
そのまま未久は背を向けて、自分の部屋へと戻っていってしまった。
[あ〜あ、ありゃ怒ってるぞ。しかも相当に]
(分かってるよ。いずれにしろ沙英の家に厄介になること、伝えないといけないし)
そう思いながらも、あの不機嫌な様子だと時間かかりそうだなと苦い顔をする正道だった。
「未久ー、いるか?いるよな?入るぞ」
「…せめて返事くらいさせてくれてもいいと思うんだけど」
「どうせイヤだと言うんだろ。残念だが大事な話もあるし、強制で聞いてもらう」
「……」
ただでさえご機嫌ナナメなのに、さらに悪くしてしまったみたいだ。
(それにしても…久しぶりだな、この部屋に入るのも)
最後に入ったのは未久が中学に入った時だろうか?あの頃はまだお兄ちゃんである俺にべったりだったからか、しょっちゅう出入りしていたものだ。
まあ、お互いプライベートを守るためかそんな風に相手の部屋に入っていくことはその後ぱったりと無くなってしまったが。
「話って、なに?」
「実はさ…」
正道は、未久にしばらく自分たちが沙英の家で暮らしていくことを話し、了解をとろうとするが…
「嫌」
「なんとなくそう言う気はしてたけど、ダメか?」
「まず、なんで沙英ちゃんの家なの?」
「いや、お前も沙英の家なら知ってるししばらく暮らすならあそこが安心かなと思って…」
正道の煮え切らない応対に、ますます未久は気を悪くしていく。
「それに、どうして家があるのに沙英ちゃんの家に泊まる必要があるの?」
「それは…」
本当のことを伝えるべきか戸惑う正道。
「…やっぱりそういうことなんだ」
急になにか納得したようにいう未久に正道は戸惑う。
「え?」
「お兄ちゃん、沙英ちゃんのこと好きなんでしょ?だから、近くにいたくて私をエサに家に転がりこもうとしてるんでしょ?」
「いや、そういうわけじゃ…だいたい沙英のことはあくまでただの幼馴染であって」
「じゃあどうして沙英ちゃんの家に泊まる必要があるの?」
「だから、それは…それは…」
「言えないの?そんな理由の言えないことに私を巻き込むのは止めて欲しいんだけど」
どうも未久の様子が変だ。いつもなら、こんな頑なに拒絶したりすることはないのに。
「なあ、どうしたんだよ未久?確かにここ最近、お兄ちゃんあまり未久にかまってあげられなくて申し訳ないと思ってたけど…」
「子供扱いしないで!いつまでもお兄ちゃんが居ないとダメな妹じゃないんだよ!」
「……」
マズい。どこか分からないが、地雷を踏んでしまったようだ。
というよりも、いろいろツッコみたい部分はあるのだがそんなことしたらさらに逆鱗に触れそうなので、今は止めておこう。
(それにしても、なんでこんなに沙英と暮らすことを嫌がるんだろう?)
正道が悩んでいるとレスが呆れたようにいった。
[うわ〜、こんなラノベの主人公みたいな鈍感なやつ実在してたなんて…]
(うっさいなあ、貶すだけなら黙っていてくれよ)
そもそもラノベを知ってることに驚いた…意外と生きてた頃は現代に近いってことか?
[本当に分からないのか?これだけ分かりやすく出してるじゃねぇか」
(何を?)
レスは再び呆れたように答えを言った。
[嫉妬してるんだよ。妹である自分よりも幼馴染の方を優先してるから]
(えっ、嫉妬?マジ?)
[まず間違いない]
(でも沙英のこと優先してるなんて、俺は全く思ってないのに)
[お前がどう思うかなんて関係ないの。妹から見てそう見えたからこんなにも態度に出ちゃってるんだよ]
(そう…なのか。でもどうして嫉妬なんか…)
[そんなのお兄ちゃんであるお前が好きだからに決まってんだろ!]
(‼︎)
レスのその発言は、薄々とだが気付いていて敢えて知らん顔をしていた俺にとってはあまり喜ばしいものではなかった。
「…やっぱりお兄ちゃんにとっては私はただの妹でしかないんだね」
「待て、どうしてそうなる」
未久は悲しげな顔をしてうつむく。
「お兄ちゃん最近帰ってくるの遅いよね?今までは暗くなる前には帰ってたのに」
「まあ、俺も高校生なんだから帰りが遅くなることだって…」
「遅くなったのは本当にここ最近からだよ。それに帰ってくるといつも体ボロボロになって帰ってくるし…今まで聞かなかったけどいつまで経っても言わないからもう聞くね。いつも学校終わってから何をしているの?」
「それは…」
未久の追及に何も言えない正道にレスは言った。
[なあ、もういいんじゃねぇか?]
(なにが?なにがもういいんだよ?)
[これ以上隠していたって仕方がないってことだよ。いくら巻き込みたくないからって言わないでいると後悔するぞ?]
(それは…でもまだ未久に言うのは)
[じゃあ何時になったら言うつもりなんだ?このままだと言う前に巻き込まれてしまうぞ。そのほうが彼女にとっては酷だと俺は思うんだがな]
(レス…)
正道はレスの言いたいことも分かっていた。ただ正道にとっては、未久のことはなにがなんでも守らないといけない存在であるからこそ、危険なことに関わらせたくない気持ちもあった。
だが、そんな風に何もかもを隠してことを進められるほど、未久ももう子供ではないってことも分かってしまった。ならば今の自分にできることは、未久に今までのことを話すべきだということも。
「心配なんだよ。そうやって何も知らされずにただ帰りを待たされているのも。それなのに、いきなり沙英ちゃんの家で暮らせって言うし…それってお兄ちゃんの身になにかあったなんでしょ?ねぇ、それも教えてくれないの?」
未久は相当参ってるようだ。
「分かった、話すよ。だから最後まで聞いてくれるかな?」
「!うん…」
正道は観念して事の顛末を話し出した。
「そんな、お兄ちゃんが狙われてるなんて…」
やはりというべきか、話した後の未久はひどく動揺していた。
「まだ可能性の範囲内だけどな。だけど、これからは一人でいるのはあまりにも危険だと俺は思う。だから、沙英の家を頼ったんだけど…」
「……」
未久は少しの間考え、そして答えた。
「分かった。私も狙われてるかもなんでしょ?だったら言う通りにする。私だって危ない目に遭いたくないし」
「そ、そうか。よかった…」
「ただし!」
未久はそこで一拍おいて、
「極力沙英ちゃんの部屋とかには入らないこと!あと、お風呂は私たちよりあとに入ること!」
「あ、ああ…分かってるよ」
「そ、それにお風呂で私たちのあとに入る際匂い嗅いだりお湯飲むのも禁止!」
「俺は変態親父か…そんなことしないよ」
「そ、そんなことってなによ!」
「なぜ怒る…」
妹ながら、たまになに考えているか分からないがとにかくこれで沙英の家にしばらく暮らすことは認めてくれたようだ。
…時間と精神は大分削られたが。




