nameless(ネームレス)
レスから妖刀有喰いの話を聞いた正道は、改めてレスに質問をした。
(レス、もう一度聞く。お前は何者なんだ?)
[…そろそろ聞いてくるかとは思っていたよ。そうだよな、こんなモノを持っている奴を本当に信じてもらうには、事情を話さないとな]
そう前置きをして、レスは自分のことを話しだした。
[俺も、元はお前らと同じ人間だ。こうしてコミュニケーションもとれるし、物事の考え方もそう変わらないだろう。そうなると、なんとなく察するとは思うが…]
(お前自身は既に…亡くなっているってことだろ?)
[その辺りの記憶が無いから曖昧だが、そうなんだろうな。いや、それだけじゃない。自分の名前も、年齢も、家族も、性別さえも分からなくなっていた。そして俺が死んだのは…あいつらに殺されたからだろう]
(そう言い切れる根拠は?)
[普通に死んだならば、こんな状態になっていないからな。あいつらのことが憎くて憎くてたまらなかったから、こうして死んだ後も怨霊みたいな存在としてあり続け、ずっとあいつらを殺してきたんだ。いや、正確に言えば、存在ごと抹消したと言うべきか]
(ずっとって、どのくらいなんだ?)
[さあ、そんなもん忘れちまったよ。
あいつらは一人や二人じゃなく、何十人もいるんだ。そしてそれぞれ一箇所に固定せずに色んなところを彷徨っているんだ。俺は一つ一つその場所を巡って、消してきた]
(……)
あまりの壮絶な話に黙り込んでしまった正道をおいて、さらにレスは話を続けた。
[場所っていっても、同じ時代にいるわけじゃない。過去も現在も、未来にさえあいつらは点在していた。色んな世界を見てきたよ。そして、それはこれからも続けていくよ。あいつらを皆消し去るまで]
(レス……)
正道にはスケールの大きすぎる話だった。話の内容は理解できても、それが実際にはどんなものなのか想像することなどできなかった。自分みたいな生まれて10数年のような若造が、その重みを共感することなどできるわけがなかった。
ただ、正道は思う。その道を進むことは、果たして幸福をもたらしてくれるのだろうか、と。
正道からすればそんなことを続けていたら、間違いなく心が壊れてしまうだろう。人を殺すこととはそんな造作もなくできることではないと分かっているからだ。
[…俺のことについて少しは理解してくれたと思うが、正道]
(なんだ?)
[今からでも遅くはない。ここまで巻き込んで言うことではないが、手を引くこともできるぞ]
(……!)
その提案は、追い込まれた正道にとってどれほど魅力的に映っただろうか。しかし、正道は首を縦に振ることは無かった。
(ありがたい申し出だと思うけど、俺は降りるつもりは無いよ)
[なぜだ?後のことは問題ない、それにこれは俺が片付けるべき問題だ]
(調子に乗るなよ、レス)
正道は、ここにきて始めてレスと対等に話をすることができていた。
(俺はな、確かにお前のことはまだ信じちゃいないよ。既に死んでるだの怨霊だの言われても、そんな曖昧な存在を信じられるのはオカルト好きの連中だけだ。現実主義者なんだよ、俺は。俺がお前と協力しているのは、どんな形であれお前に助けられた恩をまだ返してないからだ。その恩を返す前に、勝手に手を引かれてもこっちが迷惑なんだよ)
[正道……お前]
(返されてくれよ。俺からそのチャンスを奪わせないでくれ。それに、そんなことをしてもあの化物が俺や未久、沙英を襲わなくなるなんてまずないよ。どうせ逃げらんないんなら、やるしかねぇだろ?)
[…そうだな。お前はそういう奴だったな]
レスは納得したように、それでいて嬉しそうな声で続けた。
[だったらとことんまで付き合ってもらう。今度こそ命の保証はない、覚悟はしてもらう]
(そんなの、最初にお前と会った時には済ませてるさ)
正道とレスは互いに信頼をわずかばかり深めることが出来た。
人間と人外。
本来なら交わることのなかった者たちが力を合わせるということがどれほど難しいことか。
しかし、そんな時間もつかの間。脅威がすぐそばまで近づいていた。
先に気付いたのはレスだった。
[…!正道!かわせ‼︎]
(え?)
反応出来ない正道の代わりに、レスは正道の体を2、3歩後ろに動かした。
直後、先程まで正道がいたところに閃光がきらめいた。
そして、今最も会いたくない化物が正道の前に現れた。
「……コロ…ス…。お…まえ……たち」
正道の命をかけた戦いが、再び始まろうとしていた。