妖刀、有喰い
公園に着いた際、未久に「すまん、急用が入った。大分遅くなる」と送っておいた。そのすぐ後に「なるべく早く帰ってきてね」との返信が。
(心配かけてるな俺…)
早く帰りたいところではあるが、レスの様子から難しいだろうなと思った正道ははぁ、とため息をつく。
前来た時に見つけたあの日の惨殺死体はもうないようだ。だが、完全に清掃されていないのか、所々に血のような染みが残っている。明るいうちならば、もっとよく確認することができそうだが、今はそのことは置いておこう。
(レス、実戦状態の特訓って言ってたけど、それって俺の体に入り込むってことだよな?)
[そうだ、それと刀も出す]
(え、出すのか?見つかったら通報されるんだが…)
[だから、人が来ないところと指定しただろう。まさかこの公園を選ぶとは思っていなかったよ]
(他は住宅街だし、山や丘って近くに無いんだからしょうがないだろ)
[まあいいや、捕まるのお前だし]
(なんてひどい扱い…)
まだ言いたいことはあったが、話が進まないので黙っておくことにした。
[それじゃ始める。正道、刀を出せ]
(えっ、俺でも出せるのか?)
レスは呆れたように、
[何を言ってる。お前の体なんだからお前が出すことだって出来るに決まってるだろうが]
(…そういうものか)
正道は、前にレスが刀を出した時のことを思い出す。左手のひらから棒を抜くようなイメージで、
ソレを抜き出した。
大きさ的にそこまで大物というわけではない。重さも真剣を持ったことのない正道には他と比べようがなく、それが軽い方なのか重い方なのか分からなかったが、鉄パイプを持ったときのような感触に似ていた。
正道はまじまじとその刀を見つめ、
(こうして改めて見てみると普通の刀っぽいんだけど…ん?)
[どうした?]
(なあ、これ刃の部分つぶれてないか?)
[そうだが]
(いや、それじゃ斬れないっていうか殺傷能力ねぇじゃん!こんなのであの化け物を倒せるのかよ!)
レスはそれを聞いて静かに笑った。
[ああ、問題ないさ。この刀に関してはな]
(?)
いまいち要領を得ない説明に戸惑う正道。
[とりあえずなんでもいい。手頃なものを斬ってみてくれ]
(でも、斬れないんだろ?)
[いいからいいから]
レスに急かされた正道は辺りを探してみる。
(じゃあ、あの木で試してみるか)
正道は自分の身長の倍近くある木で試すことにした。
「せいっ!」
正道は上段から振り下ろすように、その木を斬った。
斬ったといっても、実際にはちょっと傷を付けたくらいのものだったが…
異変が起こったのはその後だった。
その木が一瞬にして消えていたのだ。
まるで初めから無かったかのように。
(えっ?)
混乱する正道に、レスは答える。
[これがこの刀の持つ特殊な力…刀で斬ったものの存在そのものを消滅させることができるのさ]
レスの話が理解できない正道はさらに混乱してしまう。
(いや、ちょっと待てよ!じゃあさっきの木は?)
[もちろん消滅したさ。誰もここに木があったことなど覚えてないだろう]
その話を聞いた正道は驚愕した。
自分の振るった刀が…こんな物をロクに斬ることのできないものに、そんなとんでもない効果があるとは信じられなかった。
[これはただの刀じゃない…斬った相手を存在ごと消し去る。物であっても人であっても…な]
(なんなんだよそれ…そんなの、まるで魔剣じゃねぇか)
[剣ではない、刀だからな。そうだな、敢えて言うなら…]
レスはそこで一拍おいて、
[これは妖刀と呼ぶべき代物だな]
何てこともなく、そう告げた。
(妖刀…)
正道はレスが妖刀と呼んだそれを再び見つめていた。
先程見たときはなんの変哲もないものだと思えたのに、今はひどく禍々しく感じられた。
レスはさらにこう続けた。
[そんな特殊な力を持った刀だ。存在を消し去るその効果を恐れて、この刀はこんな名前を付けられた…
有限のもの際限なく喰らうという意味を込めて、
ーー有喰い、と]