生きるための特訓開始
下校時間が近づいていたため、今日のところは帰ることにした。
「やっぱりというべきか、何にも出てこなかったな」
遊佐はなんとも言えない顔で、そう言う。
「ああ、こうなったら虱潰しにネットの情報を調べて……」
[そんな非効率なのに付き合ってられるか]
いきなり頭の中から声がしたと思ったら、レスが呆れたように呟いていた。
(そういや、調べてる最中一言も発さなかったな。 寝てたのか?)
[んなわけあるか。 一応、お前らの茶番を見守ってたんだ。 それに収穫ならあったと思うぞ]
(……あったか?)
[大いに。 これでお前が見たものは現実であり、今でもこの街のどこかで誰かを狙ってるって]
(どうしてこの街だって言い切れるんだ? 他の場所に行ってる可能性もあり得るじゃないか)
[ヤツを見た人間が少なくとも2人いる。 それを見逃すほど甘くはないし、そのうちの一人は攻撃を凌いでしまってる。 しばらくはこの街に潜伏してると考えるのが筋だろう]
(あんな危険なやつが、すぐ近くにいるかもしれないってのか……)
[ああ、次に会う時のために……]
「正道? どうした、おーい」
レスとの会話に夢中になってたせいか、遊佐の話を聞きそびれていた。
「ワりぃ、ボーッとしてた。 何?」
「何って、お前大丈夫か? なんか、今日1日話していてもうわの空に見えたが…」
「ゴメンゴメン、昨日あんま寝てなくてさ。 今日はもう帰って寝るわ」
「ああ、分かったけど……もしかして一晩中エロサイト巡ってたとか?」
「茶化すな、というかそんなこと聞くな」
「いいじゃねぇか、俺とお前の仲だろう?」
「この場合で言われても気持ち悪いだけだな、それじゃあ」
「非道い去り方……いいけどさ」
遊佐とは道の途中で別れることにした。 元々あいつの家は俺の家からそんなに近くないので、いつも一緒に帰るときは最寄りの繁華街で散々遊んでから帰っている。
でも、今はそれよりも大事なことがある。
(レス、さっき何か言いかけてただろ?)
[今のままじゃ、またヤツに会った時にはお前の命は無いって言いたかっただけだ]
(いや、ただの脅しじゃんそれ。 もっと、別の大事なことを言おうとしてただろ?)
[あぁ?]
(なんでもありません、すみません)
ダメだ、ヘソを曲げてしまったみたいだ。 困ったな。
というか、いつの間にこんな上下関係が出来上がってしまったんだろう?
逆らえないから仕方ないけどさ。
[今のお前に必要なのは情報ともう一つ、身体能力の向上だ]
(身体能力の向上って……俺にあんな化け物と戦えってのか!)
[何も戦えとは言ってない。 というか戦って勝てると思ってるのか?]
(思ってないけど……)
[あくまで備えとしてだ。 それに実際に戦うときは、俺がお前の体を使うわけだから、この状態を慣らすためってのが大きい]
(慣らすって……鍛えてどうにかなるものなのか?)
[何度か繰り返していけば、時間を伸ばすことはできるだろう]
(それは……危険じゃないのか?)
[安全とは言えない。 だが、何もしなければお前は確実に死ぬだけだぞ]
(くっ……)
分かっている、分かってはいるんだ。
俺の命がなくなることは、こいつにとってはどうでもいいことなんだろう。
だけど、俺は妹を……未久を置いて逝くわけにはいかない。
まだ、あいつは一人で生きていくことは出来ない。
せめて、あいつが自立できるまでは……俺が側についていないと。
(分かった、お前の話に乗ろう。 それで、どうすればいい?)
[始めは基礎体力を上げる必要があるから、当分は筋トレかな]
(じ……地味〜だな。そんなんであいつに勝てるのか)
[お前の体力を少しでも上げておけば、それだけ俺も動きやすくなる。 この前の戦闘では少し動いた程度で倒れてしまったからな。 そうならないために付け焼き刃程度に鍛えておけば、それだけでも変わってくる]
俺の体力向上は付け焼き刃程度かよ、と悪態を吐きたいのを堪えてレスの提案に従うことにした。
未久にコンビニ弁当などで済ますようLI○Eで伝え、俺は一旦家に帰って動きやすい格好に着替えてからトレーニングを開始した。
しばらく生活リズムが変わってしまうが仕方ない、これも自分がこれからも生きていくためには必要だと言い聞かせながら、没頭して取り組んだ。