過去の苦労、将来の不安
その死に意味はあっただろうか?
その生に意味を持つことが出来ただろうか?
私は生の意義をどのように捉えることができるのだろうか?
翌日、というよりロクに眠ることができないまま朝を迎えてしまった。
考えてみれば自分は殺されかけた経験をした筈なのに、驚くほどあの異常事態を受け入れていた。
今思えば、まだあの時には色々実感を得られていなかったからこそ対応できていたのではないか。
こうしてあの体験が過去になったことで、ようやく危険でとんでもない目に遭ったのか感じることができた。
その証拠に身体がガタガタと震え、激しい運動をしたわけでもないのに過呼吸気味になったり、心臓がバクバクとうるさく収まるまでに長い時間がかかった。
ようやく収まったときを計って、レスが声を掛けてきた。
[やっと治まったか。 昨日のことを思い出してそんなになっていたのか?]
(まあ……俺はあの時死んでいたのかもしれないって思うとゾッとしちゃって……)
[確かに死にかけたかもしれないが、今お前は生きているんだ。いつまでも過ぎたことを考えていても仕方のないことだ……いやすまない、人を励ますなんて慣れなくてな。 どうも突き放した言い方しかできない]
(いいよ、そんなの。 今まで平穏な生活を送ってたせいか、それだけ衝撃的だったってのもあるし……)
[ならば今日はもう少し休むべきではないか? でないと、また昨日みたいに倒れてしまうぞ?]
(俺の体調の事なら心配しなくていい。 それより、お前が俺の身体を使っている時って俺はどの位平気でいられるんだ?)
[……正直、俺みたいな存在が人間であるお前の身体に乗り移るのはあまり良いことじゃないんだ。 昨日は緊急だったからああ行動してしまったが……おそらく数分、4〜5分くらいがデッドラインだと思った方がいい]
(そうだよな……昨日身体を使ってたのは1分も無かったのに、ぶっ倒れるくらい消耗してたからな……その辺りが限界か)
[疑わないのか?]
突然、レスが聞いてきた。
(何を?)
[お前は俺の言っていることを無条件で信じてしまっているが、言ってしまえば俺は何一つ信用を得られるようなことは言えていない、はっきり言って拒絶されても文句は言えないと思っている。 何故そんな奴の言葉をお前は信じられるんだ?]
正道は少し考えた後、こう答えた。
(ここで嘘を言ったってお前に何の得もないだろ? それに、お前の正体だのあの怪物のことだの正直俺の手には余るものだ。 だったら、ただの凡人に過ぎない俺が出来ることはお前の話を聞いて一刻も早く事態を解決させることしかない、そうだと思わないか?)
[………]
レスはしばらく言葉を発せずにいたが、やがて
[すまない、少しお前という人間を甘く見ていた。 確かにその通りだ、だがそんな風に物事を考えられる人間だと思っていなかった]
正道は苦笑して、
(いや、俺の歳から考えればそう思われてもしゃあない所はあるさ。 ただ俺にはそうならざるを得ない事情があったからさ)
[そうか、その歳でなかなか苦労してるんだな]
(苦労なんて思ってないさ。 ただ必要だったからなっただけ、それだけだよ)
そう言いながらも、正道は自分のことについて振り返っていた。
本当に大したことではない。
両親は仕事熱心な人だった、悪く言えば家庭をおざなりにしてしまっていた。 俺はそんな環境で育ってきため、小さい頃から見よう見真似で料理を作っていく必要があった。 正直、自分一人だったならそれ程料理など上達していなかったかもしれない。 その理由として妹の存在があったからだ。 いつまでも出来合いの料理では味気ない食卓になってしまうからと、なるべく自炊するよう心掛けた。
沙英にもよく料理を教えてもらったりしていた。 あれで、結構料理上手なのだ。 思えば沙英には近所だからと色々世話になっていた。 男の自分では気づかない所などよく沙英にフォローされてたな……
(まあ俺が鈍いってのもあるのだが……)
そんな風に幼馴染を頼ってたりしたが、なんとか妹と二人で生活してきた。 だから苦労したといえばしたと思うが、まさかこれ以上に苦労するハメになるとは思いもしなかった。
(これからどうなっちまうんだろうな……俺)
正道は漠然とした不安を抱えながらも、それでもどうにかしていかないと気合いを入れるのだった。