実在するもの、しないもの
夕食としてカップ麺を食べた後部屋に移動し、正道は声の主に語りかける。
(さて、聞きたいことは山ほどあるが、順番に一つずつ質問していく。 俺もなんとかこの状況を理解したいしな)
[随分と落ち着いているんだな。 今まで俺のことを知った人間は、ひどく混乱して話にならないか、幻聴だと思い込んで存在をなかったことにしようとしたりしたものだ。 お前みたいに、落ち着いて会話しようとする奴は初めてだ]
(俺だって動揺してるさ。 声だけ聞こえてくる正体不明の奴にいきなり体を乗っ取られたんだからな。 でも、それらは全て現実の出来事として起こった。 なら、とりあえずは信じるしかないじゃないか)
[なるほど。 まあ確かに一時的とはいえ、俺はお前の体を借りてたからな。 そんな事実があるなら一度は信じようと思うか。 今のところはそれで納得しよう]
声の主は、一人で勝手に何か納得しているようだ。
正道はとにかく話を進めることにした。
(まず、お前が何者か教えてくれないか? 間違いなく人間……ではないだろうが)
[はっきり言ってしまえば分からない……が答えかな]
いきなりそう言ってきやがった。
(質問には大方答えてやるって言ってたはずだが?)
[悪いが本当に分からないんだ。 自分が何者なのか、名前も、家族も、個人的なものは何もかもがな]
(なんだよそれ。 それじゃ他のことも分からないって言うつもりか?)
[いや、そんなことはない。 ただ自分の正体云々については、今のところ何も答えることは出来ないってことは理解して欲しい]
(名前が分からないんじゃ、お前のことはこれからどう呼んでいけばいいんだ?正直お前じゃ識別がつかないというか……)
[好きに呼んでくれて構わない。 まあ、よほど変なものでなければだが]
(名前……名前が無いから名無しとか?)
そう言った瞬間、両手が勝手に動き出して俺の首を絞めようとする。
[変なものは拒否するといったはずだが?]
(悪かった! もっと真面目に考えるって!)
しまった、つい遊佐と同じようなノリで会話してしまっているな。
こうして会話が成立しているのが不思議なくらい特異な状態なのだから、下手なこと言って破綻させるのはマズい。 というよりも、俺の命が危ない。
(うーむ……そういえば、名無しって英語でnameless……ネームレス……レス、これだ!)
正道は、もう一つの案を出してみた。
(なあ、レスならどうだ?)
[レス? まあ、名無しよりかは大分ましになったが……何処から引っ張り出した?]
(名無しを英語にしたらネームレスになるだろ? そこからさ)
[ひどく単純だな、でもまあいいだろう。 これからは俺のことはそう呼んでくれ]
(了解、それでレス。 自分のこと以外なら答えられるって言ってたよな? さっき俺を襲ってきた奴は何者なんだ?)
[あいつらのことか? そうだな、質問返しのようで悪いがお前には奴がどんな風に見えた?]
(え?)
まさか質問返しで帰ってくるとは思っていなかったのだろう、正道は不信感を表しながらも質問に答える。
(うーん、なんか同じ人間のようでそうじゃない感じがしたような……)
[どうしてそう思った?]
(なんか、その場にはいるって分かるのに、実際にはいないような……)
[まあ、だいたいそんな認識であってるぞ]
(どういうことだ?)
[あいつらは確かにいる。 だけど実在してはいないんだ]
(??? すまん、よく分からんからもう少し分かりやすく言ってくれ)
[そうだな。 分かりやすい表現で言えば幽霊みたいなものと思ってくれていい]
(幽霊? だけど奴は人を殺してるんだぞ。 幽霊じゃあんな殺し方はまず出来ないと思うんだが……)
[だから幽霊みたいな、なんだ]
(えーと……)
[混乱するのも分かる。 俺の説明が要領を得てないせいでもあるが、ともかく奴らの正体は実体を得た幽霊、とでも言うべき存在だと思ってる]
(ちょ、ちょっと待ってくれ! 実体を得ているってそれもう幽霊って呼べないんじゃ……)
[完全に得ているわけじゃない。 あいつらは殺人を行うときだけ、実体化してるんだ。 お前の前に現れたときも、そんな風に出てきたんじゃないか?]
(……言われてみると、奴が出てきたとき何処かからやってきたというよりはいきなり姿を現したような感じだったけど……いきなりそんな話を信じろと言われても無理があるぞ)
[あくまで仮説だし、本当にそうかはまだ分からない。 今までのパターンから考えてそうなんじゃないかと思われたのが今言ったものだからな]
正道には、とても信じられないという顔をしている。
このレスの話をまともに信じるとするならば、最近起きている複数の不審死の犯人はとんだ化物ということになるからだ。
(まさか、そんなオカルトの領域になるとは思いもしなかったぜ……)
そういえば、ふと正道は気付いた。
(なあ、そういえば奴と戦ったときに刀出してただろ? 気付いたときにはもうなくなってたんだけど、あれってどこにいったんだ?)
[ああ、それなら手元に戻ってるから安心していい。 また戦うようなことがあれば取り出せるし]
その言葉を聞いてゾッとした。
(手元って……俺の左手はいつから四次元空間に繋がるようになったんだ?)
[はは、別に四次元空間とかそんな科学的なものじゃないさ。 ただ今の時代、刀なんて持ち歩いてたら警察に捕まっちまうだろ、銃刀法違反でさ。 だから、普段は鞘の代わりにお前の左手の平にしまっているのさ]
(いや、説明してないぞそれ。 どうやってって聞いてるんだが)
[うーん、説明すると長いから大部分は端折るとして、簡潔にいえば俺の持つ特殊な空間に刀をしまっていて、その空間と左手の平をパイプのように繋げているってことなんだが、分かるか?]
(まあ、なんとなく)
要はその空間とこの左手の平は繋がっているから、空間に保管されてる刀を取り出すことができる、ってことだよな。
(で、詳しい説明は省略と)
[おう、長いし説明してもしょうがないからな。 まあとにかく、そんなものだってことを理解してくれれば大丈夫だから]
まあ、今のところはそんなもんだと理解すればいいだろう。
これで、一応最低限知っておくべきことは知れたと思う。
まだ細かいところ……レスが奴のことを「あいつら」と言ってたこと。
それから体をレスに譲ったあと、激しい疲労感を感じた。
あれも常人ならざる力で動いた代償なのか、今後もあんな動きをして体は持つのかなど、まだまだ聞いておきたいことはあるが、どうも体が重い。
今日のところはこのまま眠ってしまった方がいいだろう。
そう考えた正道は倒れるようにベッドへ飛び込んだ。