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人狼は誰?

 ああ、私は夢を見ている。それも、とびっきりの悪夢を……それなのに、どうして? どうしてこんなにもあなたの手は――




【さあ、もう一度ゲームを始めよう……】




 バッと目を覚ました瞬間、思わず自分の手のひらを凝視する。窓から差し込む太陽の光に照らされた自身の手は、情けないほどに震えていた。


(あれは――何?)


 知らず知らずのうちに乱れてしまった息を整えながら、私は汗がにじんだパジャマの上から心臓を押さえた。まだバクバクしてる……。

 きっと、それほどまでにあの夢は怖かったのだろう。いや……怖かったのだ。あれはなんだった? 血だまりの中、こちらを振り返ったあの黒い毛むくじゃらの――


「人狼だって! 絶対!」


 外から聞こえてきた少女の大声に、二重の意味で心臓が飛び上がった。


(人狼……)


 夢の中で見た赤い瞳を思い出し、震えが止まらなくなる。


(いやいや、しっかりしてよ私。たかが夢よ? 何もそんなに怖がることはないでしょ)


 私が長く息を吐き、気持ちを落ち着ける。


(ああ、でも、夢の中であの人に会えた――そう、あの人に……って、あ……れ? あの人って――誰? 私は何か大切な――)


 私の思考は、外から盛大な溜息と共に聞こえた面倒くさそうな少年の声によって中断された。


「そんなのお前の見間違いに決まってるだろ。人狼なんて大人達が子供に言うことを聞かせるために作った架空上の生物だって」


 その言葉に、私も心の中で頷く。


(ああ、人狼――ね。そう、あれはただの架空上の――)


「絶対にいたもん!」


 私の思考は、先程から外の声に邪魔されまくっている気がする。

 窓を開けて外の様子をうかがうと、向かいの教会に住んでいる少女と少年が花壇に水をあげているところだった。


「だから、何かの影をそれと見間違ったんだろ? よく言うだろ、幽霊の正体見たり枯れ尾花って」


「本当にいたもん。だって、赤い目でこっちを見たんだよ! 絶対絶対、いるもん! だから……今日一緒に寝てよ」


 少女がジョウロそっちのけで少年の服の裾を引っ張りながら、今にも泣きそうな声でお願いしている。よっぽど怖かったのだろう……。


「嫌だって。いつも通り一人で寝ろって」


「でも、人狼が……」


「人狼なんているわけ――」


「いるよ」


 白熱していた少年と少女の会話に、しわがれた老婆の声が入ってきた。


「うっわ、いきなり出てきてなんだよババア! ビックリしただろうが!」


「ああ、驚かせたようで悪いねぇ」


 老婆がニッコリと笑うと、少女は少年の後ろにさっと隠れ、チラチラと老婆へと視線を送っていた。少女の人見知りは健在のようだ。


「そうさね、さっき言っていた人狼のことだけど……奴らはいるよ。そう、今もぎらついた赤い目を隠し、人の中に混じって……。ほうら、お前さん方のすぐ近くにも――」


「よう、坊主達にばあさん、元気か?」


「「!!!」」


 老婆の声を受け継ぐようにおじさんの明るい声が響き、少年と少女は面白いほどに飛び上がった。


「おいおい、ジョウロ吹っ飛ばして何してんだよ坊主」


「い、いきなり出てくんなよ、おっさん! ほら見ろ、コイツだって怖がってるだろ!」


 少女がギュッと少年にしがみついている姿を見つけたおじさんは、申し訳なさそうに頬をかいた。


「いやあ、その……悪いな。何か大事な話でもしてたのか?」


 おじさんの言葉に、老婆はニタリと笑った。


「人狼の話だよ」


「……ばあさん、顔怖いんだから、その話するの冗談抜きでやめてくれないか。俺が小さい時もそれでビビってトイレに行けなくなったの忘れたわけじゃねーだろ?」


 おじさんが少し困ったように笑った。


「おお、そうだったか? 最近物忘れがひどくてねぇ」


「ばあさん、それ、ただ単に面白がってやってるだろ。まったく、いつまでも元気なことで……あ、でも、坊主達にはほどほどにな」


「ああ、分かってるよ。話もここら辺にしておこうか。あんたのところに下宿してる女学生さんも来たようだしね」


「ん? あ、朝飯できたみてぇだな。それじゃあ、またな」


 おじさんが元気に家までかけていく背を少し眺めた老婆は、少年に怖がらせたお詫びだと言って少女の分と二つの飴をあげていた。


「人狼……か」


 不意にこぼれた私の声は、誰の耳にも届かず、窓から入ってきた柔らかな風に運ばれていってしまった。


 そして、この時の私は――いや、この村に住む人々は誰も気付いていなかった。これが悪夢の始まりに過ぎないことを……。




 ★ ★ ★




 夜、自室にて今日一日のことをそれとなく日記に連ねていると、突然視界が黒い霧に覆われた。


(なんだろう、これ? なんだか、眠……く――)


 霞んできた視界に必死に目をこすりながら、私は眠気に抗おうとしたが、その抵抗虚しく、私は机の上に突っ伏して寝てしまった……。


「ここ……は?」


 私はゆらゆらと揺れる黒い霧の中にいた。


『夢の中さ――』


 どこからともなく声がした。男なのか女なのかも分からない。老人なのか子供なのかも分からない……その、コロコロと変わる不思議な声に、私は恐怖を覚えた。


「また、悪夢なの?」


『ああ、そうかもね。でも、考えようによっては変わるかもしれない。だからそう、悲観的に捉えなくてもいいんじゃないかな?』


「考えようねぇ……もう、人狼の悪夢はごめんよ」


 黒い霧に向かい、私は苦しげに言った。あの少女ほどではないが、私だって人狼は怖い。


『悪いけど、そうも言ってられないよ。だって、君達は今からゲームに参加してもらうんだから』


「ゲーム……」


 その言葉に、私は昨日見た悪夢を思い出した。赤い目の人狼がこちらを――


『そのゲームに人狼は不可欠だ。君ももう気付いているんだろう?』


「――ッ」


『ああ、そんなに息を乱して……怖いのかい?』


「……怖いに決まってるじゃない」


『そう、素直なのはいいことだ。まあ、怖いからといって棄権は認められないんだけどね』


「……」


『ああ、そんな怖い顔しないでよ。生き残る方法もあるんだから』


 霧の中の声に、私は希望ではなく、絶望を感じた。


(生き残る――つまり、ゲームの負けは死を意味するってことよね……)


『これから説明するルールをしっかりと聞いて、見事ゲームに勝利する。君が生き残るにはそれしかない。もちろん、他の人達も条件は同じ。各勝利条件を満たすことでしか生き残れない。だから……存分に頑張ってね?』




 ★ ★ ★




「――ッ」


 目が覚め、私は頭を抱えたくなった。あの声の最後の言葉を信じたくない。


(最初の犠牲者は――)


「うあああああ――」


 向かいの教会から聞こえてきた叫び声に、意識が覚醒する。私は、昨日の服のまま外へと飛び出した。

 外に行くと、おじさんが寝巻きのまま飛び出してきたところだった。私と同じで叫び声を聞きつけたらしい。おじさんの家は私の隣なので、ほぼ同じタイミングで駆けつけることができたようだ。私達は互いに頷き合い、教会の扉を押し開けた。教会は礼拝者のためにいつも鍵が掛かっていない。


 中に入ると、いつもは固く閉じられている奥の部屋へと続く扉が開いていた。先におじさんが駆け出し、その中へと入り、私もすぐさま後に続いたが……私はおじさんの背に勢いよくぶつかってしまった。


「見るな」


 呆然と立ち尽くすおじさんにそう言われたが、制止の声は少し遅かった。だって、私には見えてしまったのだ……血だまりの中、少年が〝何か〟を抱えて泣きじゃくる姿を――

 むせ返る吐き気をもよおす匂いに、私は耐え切れずその部屋に背を向けた。


「おい、赤髪の嬢ちゃん、至急村の皆をこの教会に集めろ。人狼が出た――」




 ★ ★ ★




 私はすぐさま村の人々を教会へと集めたが、あと三人見つけることができなかった。そのため、ここには……生存者八人が集まっていた。


「ちょっと、人狼ってどういうことよ!」


 娼婦が顔を真っ青にしながら金切り声を上げたのを見て、老婆はため息をついた。


「落ち着きなさいな、見苦しい。それに、あんた病気の治療でこの村に来たんだろう? そんなにヒステリーを起こしていたらそのうち死んじまうよ」


「そうだな。今は落ち着くことと現状の確認が先決だ」


 娼婦が老婆に何か言う前に、茶髪の青年が二人の間に入った。その瞬間、娼婦の顔色は真っ青から真っ赤に変わった。


「な、な、何よ! なんでそんなに落ち着いてられるのよ! 頭おかしいんじゃないの! だいたい――」


「皆さん、温かいハーブティーをどうぞ。これで少し落ち着きましょう」


 娼婦の言葉を遮り、シスターがトレーに乗せたカップを運んできた。


「そ、そうです……ね。皆さん一度、お、おち、落ち着いて――」


 シスターからカップを受け取り、女学生がカタカタと震える手でハーブティーを飲んだ。


「お前こそ、もう少し落ち着けって」


「ブッ――ゲホッ――ッ……その、すみません……」


 おじさんが女学生の背中を軽く叩いた瞬間、女学生が盛大に吹き出してしまい、女学生の服にじっとりと血のように赤いシミが広がった。


「いや、こっちこそすまん、まさか吹き出すとは――」


「うあああああ――」


 おじさんの言葉を遮るように、少年の絶叫が響いた。少年は血に染まった服のまま、ずっと〝何か〟を抱きしめていた。見かねたシスターとおじさんが少年を毛布に包んでいたが、絶叫と共に激しく頭を振ったため、頭にかけられていた毛布がずり落ちてしまった。


 少年の顔には、こびりついた赤い跡があり、その瞳は暗い色をしていた。目に溜まった涙は、少年が動くたびに床へと飛び散った。その姿に、娼婦がヒッと短い声を上げ、青年の後ろに引っ込んだ。


「おい、坊主、落ち着けって。おい――」


「はい、そこまでです」


 少年の動きを止めたのは、戸惑うおじさんではなく、開けっ放しだった教会の扉から入ってきた薬師だった。


「うあああああ――」


「はあ、まるで手負いの獣ですね」


 薬師が少年を抑えながらため息をついた。薬師の後ろには、先程私が見つけられなかった二人もいた。


「へぇ、こりゃ興味深い。人間の精神状態が崩壊するとこんなになるのか。イヒヒヒ、いやあ、面白いねぇ」


 この状況にも関わらずニタニタと笑うオカルトオタクの男と、心配そうに少年と薬師を交互に見つめる若い農夫――


「三人とも無事だったんだ……」


 私がホッとして息を吐くと、薬師は少し困ったように微笑んだ。


「心配をおかけしたようで申し訳ありません。実は、あの夢が本当かどうか確かめようかと思いまして……ちょっと村の外れまで出かけていたのです。皆さんも見たのでしょう? あの悪夢を――」




 ★ ★ ★




 状況を整理すると、私達はこの村から出られなくなっているらしい。というのも、少年と薬師を除いた全員で再度村の外れを見に行き、私達は見たのだ。村の外れで陸も空も全てが消滅しているという理解不能な現象を……。そんな意味不明な状況の中、出た答えは一つだった。そう、私達にはこのゲームを続ける以外に道は残されていないのである。そこで、私達はそろってルールの確認をすることにした。




 ✝ ✝ ✝




《✝人狼ゲームのルール✝》


○村人陣営○ 合計8人 (現在の生存者は7人)

勝利条件:人狼をすべて吊る


【村人】 5人 (少女死亡により現在の生存者は4人)

何も能力を持たない村人陣営のプレイヤー。できることは、推理と吊る人を決める投票のみ。


【占い師】 1人

夜のターンで、誰か一名を指定して人狼か否かを知ることができる。知ることができるのは人狼であるか、そうでないかの二択で、占い先が役職持ちであったとしても、村人としかわからない。

(狂人や狩人を占っても村人とだけ出る)


【霊能者】 1人

夜のターンに、前日の昼のターンに吊られた人が人狼だったか、それ以外かを知ることができる。


【狩人】 1人

夜のターンで、誰か一人を人狼の襲撃から守ることができる。狩人が守っている人を人狼が襲撃した場合、襲撃は失敗し、翌日犠牲者は発生しない。自分は守ることができない。




●人狼陣営● 合計3人

勝利条件:人狼の数と村人の数が同数になる


【人狼】 2人

人の皮をかぶった狼。夜のターンで村人を一人襲撃して食い殺す。『噛む』とも言う。ただし、人狼となった者は夜に自身の影が人狼となり、選んだ相手を襲撃するため、朝、犠牲者が見つかるまで襲撃が成功したかどうかわからない。


【狂人】 1人

素性は村人だが、人狼に加担する人。人狼陣営が勝利することで勝利となる。占い師に占われても村人と判断され、人数カウントも村人としてカウントされる。誰が人狼なのかを知ることはできない。




☆妖狐陣営(第三勢力)☆ 合計1人

勝利条件:ゲーム終了時に生き残っていること


【妖狐】 1人

仲間を持たない単独の勢力。村人陣営か人狼陣営のどちらかが勝利した瞬間に生き残っていることで勝利。その場合勝ったはずの村人や人狼はゲーム上は負けとなる。

人狼に襲撃されても死なないが、占い師に占われると呪殺で死んでしまう。




※現在の生存者……11人




✝ ✝ ✝




 ゲームの内容を整理して紙へと書き、皆の反応をうかがう。少年は叫び声をあげたり暴れたりしなくなったが、その瞳はやはり虚ろだった。


(当然……よね。だって、あの少女はもう――)


「イヒ、イヒヒヒ、やっぱり、このゲームとやらはボク達に対する罰なのかもな。みんなもそうは思わないか? これは神がボク達に与えた罰――いや、もしかしたら救済なのかもしれないって!」


 オカルトオタクが楽しそうに連ねる言葉に、その場にいる全員が答えられなかった。


「だって、この村はそういう場所だろう? 俗世で犯した罪から逃げてボク達はここにやってきた。だからこの村では名前を名乗ってはいけない、素性を詮索してはいけないというルールがある! 君達だって、いつかは来るであろう罰を理解して――」


「だまんなさい、若造」


 老婆の静かな声に、オカルトオタクの言葉は止まった。そう、それほどまでに老婆を纏う空気――いや、殺気だろうか……が重かったのだ。


「確かに理解はしていたさ。どんな死に方をしたって仕方ないことだってしてきた……けど、それを誰かに面白おかしく語られるいわれもないだろうよ。私は惨めでも意地汚くても、ここまで必死に生きてきたんだ。そして――この生き方に後悔もしていない」


 老婆の言葉に薬師が頷いた。


「いいですね、その心意気。惚れ惚れしますよ。まあ、理由はどうあれ、この村ではほとんどの人が他人との関わり合いに慣れていません。その状況でこのゲームは少々キツく感じられますが、私は負けたくありません――そう、生き残りたいのです。皆さんも気持ちは同じなのではありませんか?」


 その言葉に、皆の顔つきが変わった。


(生き残る――)


「……皆さん、いい表情になりましたね。そうでなくてはいけません。あの夢でも言われたのを覚えていますか? これは夢の中――そう、つまり自分の陣営が勝てば夢から覚め、生き残れる可能性があるのです」


「じゃあ……こいつも――?」


 少年の虚ろな瞳が薬師を見つめた。


「ええ、悪夢から目覚められるかもしれません」


「でも、それは可能性だろ? だって、こいつはもう――」


 毛布の中、少年は震えながらギュッと〝何か〟を抱きしめた。


「イヒヒヒ、目覚める可能性はあるぞ、少年。薬師が言いたいこと、ボクも理解した」


 先程まで意気消沈していたオタクが、目を輝かせ始めた。


「いやあ、そうかそうか、今ボク達がいるここがもう既に夢の中ってことなんだろう?」


 オタクの言葉に、薬師はニッコリと笑い頷いた。


「じゃあ、現実世界では……コイツがまだ生きている可能性がある?」


「坊主、まだ諦めるには早いってことだな」


 おじさんが、毛布の上から少年の髪をわしゃわしゃとなでた。少年は、嗚咽を漏らしながら下を向き、涙を流していた。


「それじゃあ、さっそくで悪いが、昼の話し合いをしたいと思う。いいだろうか?」


 茶髪の青年の言葉に、その場にいた全員が頷いた。


「まず【占い師】という役職の人に占い結果を教えてもらいたいと思う。占い師は妖狐を消すために必要な職だから、人狼も最初から殺しに行くことはないはずだ。そんなわけで、怖がらずにきちんと出てきてほしい」


 青年の言葉を聞き、私はバッと手を挙げた。


「占い師です」


 その一言を言うだけでも、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。役職持ち……できればそんな大役などやりたくなかった。


(私は目立たず静かに暮らしていたかったのに――)


「私が本物の占い師です」


 その言葉に、私の思考が停止し、心臓が一瞬止まりそうになった。


「え――」


 見ると、シスターが静かに手を挙げていた。


「占い師が……二人? どちらかが偽物?」


 若い農夫の言葉に、茶髪の青年が渋い顔で頷いた。


「まあ、そうなるだろうな……とりあえず、最初に手を挙げた赤髪のお嬢さんから占い結果をどうぞ」


「あ、うん。おばあさんを占ったら村人でした」


「ちなみに、占ったのはなんで?」


 私の言葉に、元気を取り戻しつつある少年が質問を重ねた。


「その……昨日、私あなた達の会話を聞いてしまったのよ。だから、人狼はいるって話すおばあさんを一番に占ってみたの」


「ああ、あの時のか。人狼がいるって言うばあさんが、あんたには怪しく見えたんだな」


 おじさんが顎をさすり、納得するように何度も頷いていた。


「理由はもっともらしいけど、シスターの占い結果はどうだったのよ?」


 娼婦の言葉に、シスターは初めて困った顔をした。


「どうも後出しばかりが続いてしまいますが、老婆を占いました。結果は村人でした」


「どっちも村人判定? じゃあ、おばあさんは完全な村人? でも、シスターはどうしておばあさんを――?」


 若い農夫の言葉に、シスターは一度目を閉じた。


「神の導きのままに決めました」


「神の導き――ねぇ。イヒヒヒ、ボクとしてはオカルトチックな内容は大歓迎だけどなあ……。今そんなふざけたこと抜かしてると、さっきのボクみたいに痛い目みるだけだって分かってる?」


 オタクがニタニタと笑いながらシスターを見据えると、シスターは再び困った顔をして頭を下げた。


「すみません、でもそれ以外には何も言えないのです。私はずっとこの礼拝堂にいました。皆の声はここでしか聞けません。しかし、村の誰も礼拝堂には来ないではないですか。私にはあなた達の誰かが怪しいなどと疑えるような材料はゼロに等しいのです。その中でただ勘を頼り選んだにすぎません」


「……とりあえず状況を整理しましょうか。まず、おばあさんは完全に村人ということが分かりました。そして、ここで考えてほしいのは、今晩、狼が狙うのは誰かという問題です」


 薬師の問いに、娼婦が得意げな顔をする。


「狼が狙う相手は当然ババアだろうね。何せ完全な白だろう? 占い師のどっちかが死んだ時点で残りが本物だって分かっちまうし、まだ判定が出てないグレーゾーンの中に隠れるなら、そいつらは多いほうがいいに決まってる」


「占い師のどちらかが死んだ時点で残りが本物と決め付けるのは早すぎるんじゃないか?」


「はあ? なんでよ!」


 おじさんの言葉に、娼婦は早くも喧嘩腰になっていた。


「だって、考えても見ろよ。人狼側には【狂人】っていう協力者がいるんだろう? 占い師のどちらかが狂人の可能性もある。人狼側も賭けに出て――」


「おじさん、賭けに出るのは得策とは言えないんじゃないかしら。だって……この中にはまだ【妖狐】がいるんでしょ?」


 私の言葉に、少年が頷く。


「そっか、妖狐を退治できるのは会議の決議だけじゃなく占い師にもできる……じゃあ、人狼はババアを狙う?」


 思わず皆で老婆の方を見ていると、茶髪の青年が声を上げた。


「それじゃあ、【狩人】におばあさんを守ってもらえばいいんじゃないか? 妖狐がいる限り人狼だって、本物の占い師にいなくなってもらいたくないだろうし、もし偽物占い師が人狼だったらそれこそ本物を殺しにくい。まあ、その場合は偽物占い師狂人説を出していく可能性が高いが……」


「でも、現状はそれがいい? 完全に村人の人に引っ張っていってほしいし?」


 若い農夫の言葉に、老婆が苦笑した。


「引っ張っていって――か。さっきから私は議論に参加できてないがのう」


「議論への参加……ですか。そう言えば、先程から一度も話していない人がいますね」


 薬師の言葉に、皆の視線が女学生へと集まる。


「え? あ、あの……その――」


「今回、私は占い師のお二方と完全に白のおばあさんを除外したグレーゾーンの人々の中から犠牲者を選ぼうと思っています。議論に参加しないのは、村人側としては勝つためにも避けてもらいたい行為です。そう、たとえあなたが本当に村人であったとしても、意見を出せない、考えられないのであれば邪魔でしかありません」


「――ッ」


「キツイ事を言うようですが、私は生き残りたいのです」


「あ……いや、私も考えてはいて――」


「イヒヒヒ、そろそろタイムリミットみたいだ」


 オタクの言葉に、私達も異変に気付き、全員で教会の外へと出た。


「夕日……?」


「確か、タイムリミットは日没まで。イヒヒヒ、さあ、楽しい楽しい投票タイムの始まりだ」


 夢の中の時間だから、一日の時間も短い――ということだろう。それにしたって、夕日がまるで早送りでもしているかのように沈んでいく異常な光景には慣れられそうもない。


「最後に聞いていいか。女学生――お前、何か役職はないな?」


「え――私――?」


 茶髪の青年が言いたいことに気付いた女学生が、小刻みに震えながら涙をボロボロとこぼしていた。


「嫌! 死にたくない……」


「おい、ちょっと待て。殺すなら俺に――」


 おじさんが何か言いかけた瞬間、無情にもサイレンの音が鳴り響いた。驚いて声を上げようとしたが、サイレンの音以外何も聞こえなかった。サイレンの音が終わると、耳にあの夢の声が届いた。


『今日の犠牲者は誰? 君の一票は誰に入れる? さあ、せーので指をさそう。せーの!』


 音が戻ってきたのは、今日の犠牲者が決定した瞬間だった。


「あ――」


 女学生には九票入っていた。残りの二票は、女学生→薬師、おじさん→オカルトオタクとなっていた。


「その……おじさん、ありがとう。最後、嬉しかったよ? それから、私――ただの村人だか……ら――がんば――」


 女学生は涙ながらに微笑んだ。その体はどんどん薄れ、キラキラと輝く粒子になっていった。最後の方は上手く聞き取れなかったけど……その想いは伝わった。涙を流すおじさんの背中を見ながら、なんとも後味の悪い空気に、私はいたたまれない気持ちになった。


「薬師の意見は当然だ。あいつのためにも村陣営は勝たなきゃな!」


 おじさんは二カリと笑った。


「すみません……」


「謝んなよ。それよりも自宅に帰って寝るぞ。夜の時間が始まるんだろう?」


「はい……その、皆さん、聞いてください。夜の時間が終わって目覚めたら、またこの礼拝堂に集まってもらいたいのです。いちいち犠牲者の確認をしていては昼の会議時間が短くなってしまいます。それを避けるためにも、ここに来ないということは今回の犠牲者だったという結論付けをし、さっさと議論を進める必要があるかと思います」


 薬師の意見に、皆で頷き合い、私達は各自自宅へと戻っていった。薬師のことを非情だという人は誰もいなかった。だって、全員、生き残りたいと思っているのだから――。




※現在の生存者……10人





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