04.大魔術師(笑)の契約
まずは地からいこうと思う。光は下手したら失明する可能性があり、火は火傷を、風は切り刻まれ、水は溺死してしまうかもしれない。もしそうなりそうになった時、身を守るのに適しているのは地だからだ。
念の為にとカンテラを片手に自室を出て、深呼吸する。今からやろうとしているのは無の魔術を使った浮遊移動だ。
「地面から働く重力を軽くする…」
地面から自分へ働く重力をほんの少し軽くすると、ふわりと体が浮かび上がった。しかしこのままでは移動出来ないので、移動したい方向から重力を働かせなければならない。今のLevelで出来る最大限の力で働かせると、数センチ体が滑るように移動する。
へぇ、Level.1だとこれぐらいなのか。これは城から出るのに結構時間が掛かりそうだな。
しかしやるしかないだろうと、体を進行方向へ捻って向けた。
さて、ここから先は地図無くては進めない。周りを視線だけで見渡して地図を発動させると、上の階への階段とは逆の方向へ重力を働かせながら進んで行く。どうやらこの階はOの字に廊下が広がっているらしく、地図上で見ると上の階へ進む階段が下に、下の階へ進む階段が上にきている形だ。
何室もの部屋を通り過ぎてやっと階段を下ると、今度も同じ造りの階のようで、また同じように下の階へと下る階段へ進む。
そしてまた階段を下り、進み、下り、進み、下り、進み……。
魔力を大幅に使い、汗をかく程に進んで下った。それはもう、城を破壊してしまいたくなるくらいに疲れた。
「……後何階ある?」
『後二階分です。頑張って下さい」
息切れをしながら問うと、楽しげに聞こえたネシムの声に多少イラつきながら、無の魔術を使って体を進める。チラリと窓から外を見れば、もう夕方になっていた。確かに少し冷えてきたなと思っていたが、まさかこんなにも時間を費やすなんて思ってもみなかった。
帰りはカンテラの光が頼りになりそうだ。
『さぁさぁ、後一階分ですよ!』
「……ねぇ、ネシムさ。楽しんでない?」
『えっ?ナンノコトデショウ?』
「いつかネシムを実体化させよう」
『………ま、まさか!それで私にあーんな事やこーんな事をするのですか!?綺麗な顔してゲスい奴です!』
「……僕が君に欲情するとでも思ってるの?馬鹿馬鹿しい」
『酷いっ!?』
私だって色気出せるんですよっ!だとか何だとか言ってるが、そんな事を聞き流して体を進める。そもそも僕が言いたかったのは、実体化させてこの城を何往復もさせてやろうと思ったからだ。あんないかがわしい理由ではない。
無の魔術を使って延々と体を進めていたが、後一階分だと言っていたから残り僅かだろう。
そう思うと、口角が思わず上がる。
『楽しそうですね。そんなに精霊との契約がいいんですか?この私の色気云々よりも?』
「精霊との契約が出来れば、戦闘が楽になるからね。…逆に色気で何が出来きるって言うのかな?」
そう言いつつ地図を確認すると、城の出入り口である扉まであと少しだった。無意識に無の魔術の使用速度が速まり、それにより体の進みも速くなる。
えぇーっと…と悩んでいたネシムがあっと声を上げるのと同時に、廊下の角を曲がった。
『ゆ、誘惑が出来ます!』
「どうでもいいから却下」
『そんなっ!?』
そもそも一体誰を誘惑すると言うのか。
しかしそれは頭の隅に置いておいて、最後の階の廊下を真っ直ぐ進みそしてまた角を曲がる。
すると、二メートルは超えているであろう大きな両開きの扉が目の前に現れた。やっと城の出入り口に着いたらしい。
早速開けようとワクワクしながら手を扉に手をかけると、やがて扉は白金の光を放って一人でに開き始めた。
知識でこの扉が一部の者の魔力に反応し開くとあったのだが、それは本当だったようだ。扉が開いた事によって、その向こうの景色が目の当たりになる。整えられた庭に、噴水、バラのアーチなどが美しいその光景に胸が温かくなるのを感じながら、無の魔術で重力を働かせて一歩分前に出た。
さて、これほど立派な庭があるのだ。十分すぎる程に地の要素はある。
「早速地の精霊との契約を始めようか」
にこりと笑って、頭の中にある知識通りに髪を一本引き抜き、それを地面へ落とす。
「地の精霊達よ。今我が魔力を与えよう。それを気に召されたならば、このアサーティル・クードに力を与えておくれ」
これこそが契約のスペルだ。それを静かに口ずさめば、ガタガタと地面が揺れた。まるで地震のように揺れる地面だが、無の魔術で浮かんでいる僕からすれば大した問題ではない。問題があるとすれば、僕の魔力を精霊達が気に入ってくれるかだ。
しかしだからと言って不安がってはいけない。契約者の感情が精霊に伝わり、そして精霊達に舐められてしまう。
僕は真っ直ぐ前を見つめ、やがて揺れる地面の震動が弱まっていくのを感じた。
「(呼んだの、呼んだの)」
「(人が呼んだね、私たちを呼んだね)」
「(契約だって、契約だって)」
子供っぽい声が辺りに響き、そして僕の周りを黄色く丸い光が十四つ飛んでいる。これが地の精霊達だ。
現れる精霊の数は契約者の魔力量によるのだが大体は一体程で、僕も一体現れてくれれば…と思っていたのだが、まさか十四体も現れるとは思わなかった。
あまりの多さに目を瞬かせていると、脳内でネシムが態とらしく咳をした。
あぁ、そうだ。今は契約に集中しないと。
「地の精霊達よ。僕の魔力は気に入ってくれた?」
「(うん、気に入ったの。気に入ったの)」
「(美味しい、美味しい)」
どうやら僕の魔力を気に入ってくれたようだ。ホッと頬を綻ばせる。
「なら僕と契約をしよう」
「(するよ、するよ)」
「(契約、契約)」
契約、契約と声が響くと、やがて光が大きく一つになり、その光が僕へ近づいて来て全身を包んだ。咄嗟に目を瞑ったのだが、脇腹辺りが何故かチクチクと痛い。何か細かい針で刺されているかのようだ。
しかしそれと同時に精霊の存在が近くに感じられ、第六感が敏感になる。
これが契約か。これを後何回もしないといけないとなると大変だな。
そんな事を考えていると、えいっと精霊の可愛らしい声が響いた。
「(契約完了、完了)」
「(ティル、ティル)」
何かが離れていくのを感じて目を恐る恐る開けると、一つになっていた光がバラバラと元通りに戻っていくところだった。契約は無事何事もなく終わったようだ。
ホッと息を吐いて、十四体もの光達を見る。形が一緒なので全て同じように見えるが、お互いが戯れるようにぐるぐると飛ぶものや、こちらが気になるのかジッと見られているような視線を感じさせるものなど様々だ。
暫く観察していると、そんな視線を感じさせていた一体がふわりとこちらへ寄って来た。
「(ティル、ティル)」
「…それは僕の事?」
「(うん、うん)」
どうやら地の精霊達は言葉を繰り返すのが好きらしい。まるで首を振っているかのように光の体を震わせるその様子に、微笑ましく思えて笑みが零れる。
『デレデレし過ぎですよ、Mr.クード。しかも顔が整っているから、カッコ良く見えてしまうのが憎たらしいです』
「だから、なんでそんなに辛辣なのかな。まさか、まだ色気云々を気にしてるとか?」
『べーっつに〜?』
拗ねたようなネシムの声。
仕方ない、今度何か要望があれば叶えてあげよう。そうすれば機嫌も治るだろう。
脳内にメモして、一歩分後ろへ下がる。これから僕は他の精霊達とも契約をしなければいけないのだが、ここから立ち去ろうとした時に、地の精霊達がどんな反応をするのか見てみたかったが為の一歩だ。反応によっては怪我どころでは済まないかもしれない。何かあればすぐに無の魔術で移動出来るように、魔力を体内で練り上げる。
「(どうしたの?どうしたの?)」
「僕はこれから、他の精霊達とも契約をしなければならないんだ。だから僕は城の中に戻るけど、君たちはどうする?」
「(ティルに着いて行く!着いて行く!)」
「(置いてっちゃヤダ、ヤダ!)」
まるで子供が大人にしがみつくように、体へとくっ付いてきた精霊達。
どうやら危害を加えるつもりはないようだと心の中で安堵しつつ、練り上げていた魔力を散らした。
さて、それでは地の精霊達を連れて城の中へと戻ろうか。
地の精霊達へ体にそのままくっ付いているようにと告げ、無の魔術で移動し門である扉を潜るが、問題なのはここからだ。またあの移動を延々と続けると思うと、自然とため息が出てくる。しかしまぁ、移動しない事には永遠と自室へたどり着く事が出来ないから、移動するのだが。
無の魔術で重力を働かせて、前へと進んでいく。きゃっきゃっと地の精霊達が楽しそうに笑っているが、今の僕にそれを気にしていられる余裕はあまりない。
もう空は暗くなってきている。急いで、自室へと戻らなくては。
「(ティル、ティル)」
「ん?どうかした?)」
「(闇が来てるよ、来てるよ)」
闇とは、暗闇が迫って来ているという意味だろうか。それとも…。
「(闇の精霊、精霊)」
「…………あー、やっぱり?」
「(ぱりー、ぱりー)」
僕の夜は長い。
もし魔術の表現や考えで可笑しな点が御座いましたら、ご報告して下さると有難いです。