魔法学校卒業試験要項
「魔法学校卒業試験要項」
これは学校問わず統一されたルールに基づいて行われている。
魔法学校に在籍する生徒は、満十五歳の誕生日を迎えると卒業試験を受けることが出来る。
試験は何度でも受験できるが、試験の間隔は最低でも一ヶ月は空けなければならない。
魔法学校は、満十六歳の誕生日まで在籍することが出来る。これを過ぎた者は例外なく除籍となる。
つまり、卒業試験は実質十二回までしか受けられない。
卒業試験は一次と二次に別れており、一次は筆記試験。科目は法律、歴史、地理、言語、医療、そして魔法である。
全ての科目の合計得点が七割を越えるのが一次試験の合格の目安とされている。
一次試験を合格した者は二次試験を受験することが出来る。言うまでもなく、魔法の実技である。
女子生徒に関しては、一次試験のみとなり、筆記試験も六科目のうち半数以上を科目ごとに七割以上得点すれば良いというのが、「石壁」独自の合格の目安となっている。
フィオナにとって筆記試験は問題ない。この日のために死にものぐるいで勉強してきたのだ。
問題は魔法の実技である。
「あの時、使い魔召喚が成功していれば…」
帰り道、下町の路地を歩きながらフィオナはため息をついた。
使い魔は、魔法がある程度堪能な者にしか喚び出すことが出来ない。
実技試験の場で使い魔を喚ぶことが出来ていれば、文句なく合格となっていたはずだった。
「あの変なおじさんが使い魔を全部倒しちゃったからなあ…」
「おじさんじゃないと言っただろう」
不意に後ろから声がした。
フィオナが振り向くと、ミルザリットが呆れた顔をして立っていた。
以前会った時の独特な服装ではなく、この街の男性が着る一般的で地味なものを着込んでいた。
「あれ、おじさ…ミルザリットさん、まだ居たの?」
「ああ、いろいろと事情があってな」
「事情?」
ミルザリットは若干疲れた表情で答えた。
「いろいろ、だ。まずここがどこなのかを知る必要があった。でないと,どの方角へ向かえば王宮へ戻れるのか検討もつかないからな」
「ふーん」
「街の周囲から観察すると言っていたが、やはりそれでは得られる情報に限りがあるのでな。意を決して住民に変装し、昼間は街の中を歩いて情報収集、日が暮れたら街の外で野宿をしていたわけだ」
「へー」
「おかげで得られる情報は飛躍的に増えたが、分からない事も余計に増えてしまってな。そこで君を探していたわけだ」
「え、私を?」
「この街で、君くらいの女子が通う学校となると、あの石壁があるところくらいしかなかったからな。出入り口付近で君が現れるのを待っていた」
「別にそれはいいんだけど、どうして私を探す必要があるの?」
「誰が魔法使いと通じているかもわからん状況では、迂闊に道行く人に訪ね歩くわけにもいかない。しかし君ならば、その心配はないからな」
フィオナは面倒なことになったと心の中で舌打ちした。
「ああ、うーん、困ってるところを助けたいのはやまやまなんだけれど、私もいろいろ忙しいし…」
「む、それもそうだな」
気まずい沈黙が流れる。
フィオナは思い切って、疑問に感じていた事をぶつけてみた。
「その、来た道を引き返すってのはナシなの?」
ミルザリットは答えた。
「そうしたいところなのだが、誤ってゲートに踏み込んでしまったようでな」
「ゲート?」
「おや、ゲートを知らないのか。いや、この辺りでは別の名前なのかもしれんな。ゲートというのは、自然エネルギーの滞留によってごくまれに形成される、全く別の場所へと繋がる、まさに門のような…」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「…どうした?」
「自然エネルギー?何それ?」
「ああ、それもここでは別の名前なのか。うーん、なかなか説明が難しいのだが…」
ミルザは事あるごとに勝手に納得しているが、魔法学校では自然エネルギーなる存在に一切触れなかったし、遠くの場所へつながってしまう自然現象などというのも、フィオナは聞いたことがない。
「まあとにかく、私は事故で一瞬で元いた場所からここへ飛ばされてしまって、ここが王宮からどの方角へどれくらいの距離にある場所なのかが全く分からない、という事だな」
「分かったような、分からないような…」
「おそらく、この辺りではそういう事はもっと大人になってから教わることなのだろう。君はその時にしっかりと学べばいい」
「うーん」
「そこで、だ。フィオナに頼みたい事というのは、この街とその周辺の地図をどうにかして手に入れてもらいたい、という事なんだ」
「地図?」
「そう、なるべく広い地図がいい。一つでも私の知る地名があれば、王宮の場所も目星がつくだろうからな」
あまりにも簡単な頼みに、フィオナは肩の力ががくっと抜けた。
「なーんだ、地図か。それならすぐに手に入るから、ちょっと待ってて」
「おお、それはありがたい。是非、頼む」
フィオナはちょうど真横の建物のドアを叩いた。
「あのー、すみませーん!」
中から返事が聞こえ、男が顔を出した。
「おや、フィオナちゃんか。どうしたのかい?」
灰色のローブをまとった、髭を蓄えた老年の男は、フィオナに優しげな笑顔を向けた。
「この人、遠くの街から来た旅の人なんですけれど、帰り道が分からなくなっちゃったそうなんで、この辺の大きめの地図を一つ、あげて欲しいんです」
「ほう、それはそれは、災難でしたな旅のお方」
ローブの男はミルザリットを見て会釈した。ミルザリットも深々と頭を下げる。
「ミルザリット・アノン・シードルと申します。どうか、地図をお見せいただきたく、お願い致します」
「ジョシュアと申します。地図ならば無償で提供しておりますので、ご遠慮なさらず。今お持ちしますので少々お待ちを」
「まことに有り難い。大変感謝致します」
ローブの男は建物の中へと消えていった。
「ちょうどいいタイミングだったね」
フィオナは笑顔でミルザリットに言った。これでこの変な男にこれ以上関わりを持つ事もなくなるだろう。
「ところで、さっきの御仁、どういう方なのだ?」
「この地域の統括魔法使いだよ。ここはジョシュアさんの自宅兼事務所。困ったこととかトラブルとか起きたら、とりあえずジョシュアさんに相談するんだ」
「そうか、統括魔法つか…魔法使いだって!?」
「うん、魔法使いの人だけど」
ミルザリット顔がみるみる青ざめていく。
「な、何てことをしたんだフィオナ!」
「え…、あ!」
フィオナはここでようやく、この変な男が魔法使いを異常に警戒している事を思い出した。
「ご、ごめん。なんか魔法使いの人はダメなんだっけ…?」
「うぬぬぬぬ…」
ミルザリットは頭を抱えて苦悶している。
「で、でも、ほら、ジョシュアさんは別に悪い人じゃなかったでしょ?ミルザリットさんが欲しがってた地図もくれるし」
「そういう事では無いのだ!あの男に私は名乗ってしまった!いずれ追っ手が…!」
「おや、どうしましたかな?」
ジョシュアが丸められた地図を手にドアから現れた。
「あ、いやその、別に大丈夫!何も問題ないよ!あははは!」
「ん…?」
ジョシュアは、不自然なフィオナの態度と、さっきとうって変わって妙に緊張した面持ちのミルザリットに怪訝な表情を浮かべつつもあっさりと地図を手渡し、フィオナに寄り道しないよう一言添えて二人を見送った。
「…」
「…ね?何ともなかったでしょ?」
「…あ、ああ」
下町の中心部にある小さな広場には人工の泉があり、地域住民の憩いの場となっている。
フィオナは出店で焼き菓子の詰め合わせを一袋買い、泉の縁に座って難しい顔をしたままのミルザリットに一つ渡した。
「これ、美味しいよ」
「む、あ、ありがとう…」
「ねえ、ミルザリット…さんは…」
「ミルザでいい。近しい者からはそう呼ばれている」
「うん。…で、ミルザは、どうして魔法使いの人達をそんなに嫌ってるの?」
焼き菓子を頬張りながら、ミルザは語った。