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魔法は男にしか使えない

あれから数日が経った。

案の定、フィオナが夜中に抜け出した事は母親に発覚し、こっぴどく叱られた。


あの時現れた男、名前はミルザリット・アノン・シードルと名乗っていた。

しかし話が通じたのはそれだけだった。


彼は街に入らず、オーキューとかいう見知らぬ街に帰ると言っていた。

数日後にキシダンというのが、魔法使いの人達を捕まえに大勢やってくるらしいとも。

不穏な予告が気がかりではあったが、口止めを頼まれていたのと、仮にミルザリットが仲間を引き連れて来たとしても、魔法使いを力づくで捕らえる事など到底不可能なのは明白である。

異国風の名前と出で立ち、安全な街道から外れた草原を荷物も持たずに徘徊した挙句に道に迷い、自分がどこに居るのかすら分かっていない。

明らかに変人である。

フィオナはさっさと忘れてしまおうと努めていた。


「フィオナ、ちょっと来なさい」


魔法学校の一日が終わり、帰宅しようとするフィオナに、担当教官が声をかけた。


「何でしょうか、先生」


用件は大体察しが付いていた。


「本当に、卒業試験を受けるつもりかね?」

「はい」


魔法は男にしか使えない。

そのため、かつて魔法学校と言えば、男子の中でも特に魔法の素質のある者だけが通う場だった。

しかし時代が下るにつれ、魔法使い達に求められる役割も広がっていく。

それに伴い、魔法学校は魔法以外にも、広範かつ高度な学問や技能の訓練を生徒達に施す場となっていった。

フィオナが通う、レナウスの中央に位置する「石壁の魔法学院」は、その長い歴史に似合わず革新的で知られており、十数年前からいち早く女生徒の入学を認めている。

もちろん、女生徒達には魔法に関するカリキュラムこそ無いが、それ以外は男子と変わらずこなし、世に役立つ人材として巣立っていく。

ただし、卒業は出来ない。

形式上は、学院が独自に発行する「修学証明書」を授与された後、自主的に除籍する事になっている。

魔法が使えない女生徒に、魔法使い認定のための「卒業試験」を受験する意味など無いからだ。


担任は短く唸った。


「確かに卒業試験に性別の制約は無いが…」

「女が合格した前例は無い、ですよね」


迷い無くまっすぐに答えるフィオナに、教官はさらにため息をついた。

学舎の窓の外には、夕日に照らされ紅く染まった巨大な石壁がそびえ立っていた。

偉大な魔法使いであり、この学院の創設者でもあった初代学院長が、その強大な魔術により一晩で積み上げたという、学院の名前の由来にもなっている名物の「壁」である。


「受験した前例も、な。まあ、君が本当に望んでいるのならば、試験の手続きをしてもいいとは思っとるよ。しかし…」

「はい、よろしくお願いします」

「母上には、ちゃんと相談したのかね?」

「はい。思うようにやってみなさい、と」


確かに嘘ではない。

嘘ではないが、フィオナの荒唐無稽な挑戦を心から応援する言葉、というわけではない。

言い出したら聞かないフィオナの強情さをこの世で最も熟知しているが故の、諦めが半分混じったそれなのだ。


「…ならば、これ以上私が口を出す理由はないな」


教官もフィオナの母親の気苦労を察した。

年齢相応に保守的な考え方の持ち主ではあるが、何ともなく視界に入った、初代学院長が石壁に刻んだとされる格言を見て踏みとどまった。


「常に挑戦者たれ、か…」

「え、何ですか?」

「何でもない。明日、帰宅する前に私の執務室に来なさい。必要な書類を用意しておく」

「ありがとうございます!」


フィオナは母親に次ぐ、第二の関門を突破した。

そして教官に一礼すると、羽のように軽い足取りでガッツポーズを取りつつ、学舎を走り去っていった。


「いよっしゃあああっ!!」


帰路を急ぐフィオナの腹の底からの雄叫びが、教官の耳をくすぐった。

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