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変なおじさんだったな

「まったく、一体何なんだこれは」


男はぼやきながら、フィオナよりも先に周囲の魔物達を見回した。


フィオナの背後で地響きがした。

さきほど男がぶっ飛ばした黒い魔物が、ようやく地面に墜落した衝撃だった。

男のかけ声に気圧されていた魔物達は我に返り、殺意の矛先をフィオナから男へ変えて一斉に襲いかかった。


「うるぅああああぁっっ!!!!」


背後から飛びかかってきた、鳥のような姿の魔物の顔面を、男は振り返りざまに裏拳で殴りつけた。

その衝撃で鳥の魔物は地面すれすれの高さをほぼ水平一直線に飛び、大岩に叩きつけられた。


数十体はいたであろう魔物の群れは、ほぼ全て男の拳か蹴り一発であっという間に倒されていった。


「ふうっ、これで全部か」


あまりにも現実離れした光景に、フィオナは呆然としていた。


「おい、大丈夫か?怪我は?」


男は無造作にフィオナに近寄り、手をさしのべたが、目の焦点も定まらず、だらしなく口を開けっ放しにしているフィオナには、その姿が夢なのか現実なのか、それすらも判断できずにいた。


「おーい!もう大丈夫だぞー!」


男はフィオナの肩をゆすり、耳元で呼びかけたが、それでもフィオナは意識が飛んだままである。


「やれやれ、仕方ないな」


男は左手でフィオナの口をふさぎ、右手でフィオナの鼻をつまんだ。


「………うっ、ぐっ、ぶはっ!げほっ!がはっ!ちょっ、やめっ…!」

「気がついたか」


フィオナは男の手を振り払った。


「なっ、何するのよっ、げふっ、はあ、はあ、…苦しいじゃないの!」

「さっさと夢から覚めない方が悪い」


男はぶっきらぼうに応えた。


「………」

「………」


座り込んだまま男をにらみ付けるフィオナ。

両手を腰にあて、フィオナを見下ろす男。口元が緩んでいるのは、目の前の少女が無事だった事に対する安堵からだろうか。


「さて、まずは…」

「ていうか、あなた誰?」


男の質問を、フィオナが遮った。


「おっと、お嬢ちゃんが先手か」

「そんな事いいから、あなたは一体誰?なんでここに居るの?」

「まあ答えてやらんでもないが、その前に言う事があるんじゃないかな?」


男は周囲で気絶している魔物達の一群を一瞥した。


「あ…。その、えっと…助けてくれて、あ、ありがとう…ございまし…た」

「ふむ、よろしい。ご両親の教育が良いようだ」


男は優しげに微笑んだ。


「では質問に答えよう。私はミルザリット=アノン=シードル。国王陛下より上級騎士の叙任を賜った者である」

「ジョウキュウキシ?」


男の格好をよくよく見てみると、見たこともない異国の服装である。しかし縫製は丁寧で、高価な純白の布がふんだんに使われたものだ。

そして胸元や肩に何かのシンボルのような刺繍が控えめに施されていた。


「では今度は私が質問させてもらう」

「あ、は、はい…」

「まず、ここはどこかね?」


ミルザリットはフィオナの背後の街を見据え、そして周囲を見渡した。

青々とした木々をまとった、なだらかな山々に囲まれた世界があった。


「えっと、レナウスのはずれ、ですけど…」

「レナウス?聞かない名前だな…。王国内の主要な街は一通り頭に叩き込んであるんだが…」


ミルザリットは頭をかいた。


「まあいい。レナウスというのは向こうの街の事だな?」

「え、ええ」

「ふむ、とりあえず街の騎士の詰め所へ行くか…。お嬢さん、案内してくれるかな?」

「それは別にいいけど、ツメショって何?私あの街で生まれ育ったけど、そんなの聞いた事ない…」


ミルザリットは豪快に笑った。


「あっはっはっはっ。騎士の詰め所はどんな街にもあるもんだよ。でなければ誰がレナウスの安全を守るというんだ?」

「え、街の警備とかは魔法使いの人達の仕事だけど…?」


魔法使いという言葉に、男の目の色が変わった。


「魔法使いだと!あの街は魔法使いに支配されているのか!」


ミルザリットが突然大きな声を上げたので、フィオナは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

そして、そんなフィオナにお構いなしに勝手に納得していく。


「だとしたら私が街の名前を知らないのも説明が付くか…。これはとんでもない大発見かも知れん。よし、では…その…」


ミルザリットはようやく、目の前の少女の名前を尋ねていない事に気付いた。


「名前を、教えて貰えるかな?」

「…フィオナ・マドガリムだ…で、です」


ミルザリットはフィオナの肩に手をあてた。


「よしフィオナ、君は街に帰るんだ。魔物がまだ近くに潜んでいるかも知れんしな」


最初からそのつもりだとフィオナは思ったが、敢えて飲み込んだ。


「そして頼みがある。街に帰っても、私の事は決して口外しないで貰いたい。いいかな?」

「…別にいいですけど」


フィオナは訝しむ表情を隠しきれなかったが、とりあえず応えた。

時々こういう旅人が街にやってくる事がある。危険な野山を一人で何日も旅する位なのだから、大概は変わり者なのだ。


「私はこの街…レナウスだったか、の様子を周囲から観察するつもりだ。そして王宮に戻り、レナウス奪還のための精鋭を組織し急派する。安心しろ私も同行する。魔法使い達の捕縛は我々騎士団に任せて、住民は家から一歩も出ないように…」

「ちょ、ちょっと待って!え、魔法使いの人達を捕まえるの!?」


予想外のフィオナの反応に、ミルザリットはきょとんとした顔をした。


「当然だろう。魔法使いといえども、まずは法の裁きにかけねばならんのだからな。無論、抵抗が激しければ戦闘の最中に負傷者や、中には命を落とす者が出るのも否定は…」

「だーかーらー!どうして魔法使いの人達をおじさんが捕まえなきゃならないのよ!?」

「お、おじさんとは失礼な!これでもギリギリ二十代だぞ!」

「てことは二十九歳?わたしのほぼ二倍じゃん!おじさんじゃん!」


どうやらミルザにとって「おじさん」は初めての経験だったらしい。


「と、とにかく、フィオナ、君は街に戻って、今までどおりに過ごしてもらうだけでいい。内部の情報を知らせるとか、そういう難しい事はしなくていいから」

「おじさんの事を秘密にしたまま、でしょ?」

「そう、その通りだ。数日以内には街は解放される。それまでの辛抱だ。頼むぞ!」


そう言い残すと、ミルザリットは街から少しはずれた林の中へと消えていった。


「…変なおじさんだったな」


母親が家の玄関で不良娘を待ち構えていることを、フィオナは完全に忘れていた。

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