こんなに一杯喚ぶつもりじゃなかった
「『未分類』?何だこれ」
概略は極めて簡素なものだった。
「えーと、『この章に収録されている唯一の魔法陣と呪文は、記録として残っているものとしては最古のものではあるが、これが執筆されている今日までに発動に成功した魔法使いは一人も存在せず、よって喚び出される存在については詳細は一切判明していない』、か…」
魔法陣自体は竜や巨人に比べればかなり簡素な物ではある。大きさも両手を広げた程度と、かなり小さい部類といえる。
しかし描かれている図柄が意味不明である。
通常、魔法陣は喚び出す存在の特徴を想起させる記号や図柄が幾何学的に配置されている。
竜ならば「翼」「牙」「爪」「炎」、巨人ならば「山」「岩」「手」「足」などだ。
しかしこの魔法陣はメチャクチャである。
「滅亡」「栄光」「希望」「絶望」「扉」、そして「人」。
およそ使い魔とは無縁な記号ばかりである。
「『内包する記号の不穏さが特異ではあるが、陣の規模から推定するに危険な存在である可能性は低いというのが現在の魔法使い達の一致した見解である。しかしたとえ低級の使い魔であっても制御を誤れば人間に危害を加える可能性がある事は言うまでもない。よって発動を試みる際は、不測の事態に備え必ず熟練の魔法使い最低でも三名以上同席させ、人気の無い場所を…』うーん、よく分かんないな」
山間から太陽が顔を覗かせ始めた。
「やばっ、もう帰らないと…って、もういいや、最後にこれだけ試してみよっと!」
魔法陣はすぐに完成した。
呪文も短かった。
「えっと、『われのさだめ、ここになく、かれのさだめ、さきにあり。しんえんなるもの、これをたすけ、とびらあくもの、そこにいたらん』…どういう意味なんだろこれ」
やはり、何も起こらなかった。
「はあ、帰ろ…」
大全を拾い上げ、魔法陣に背を向けて小走りに帰り始めた、その時だった。
魔法陣は、差し込んだ朝日が重なると同時に輝き始め、地鳴りのような轟音を辺りに響かせ始めた。
「えっ?」
フィオナが異変に気付いて振り返った時には、既に無数の異形の魔物達が出現していた。
「…な、何、これ」
そのうちの一頭の魔物と、視線が合ってしまった。
大人の身長を軽く越す背丈の四足獣。全身どころか、額から突き出た何本もの角さえも真っ黒。
黒くない場所といえば、真っ赤な一つの目玉と口の中、そして不自然なほどに真っ白な、人間の腕くらいの長さがある、何十本と並んだ牙くらいだった。
その牙の隙間からしたたり落ちた涎は地面で湯気を発している。
「もしかしてこれ全部、私の使い魔…」
黒い魔物は耳をつんざくような咆吼を轟かせると、目の前のフィオナへと突進し始めた。
「やっぱ違うよねええええ!!!」
涙と鼻水と脂汗にまみれながら逃げ去るフィオナの叫び声に、残る魔物達も気付いてしまった。
恐怖で動揺し、腰が抜けかかっている状態で、平坦ではない不慣れな場所を、全力で走った結果、フィオナはあっさりと転び、魔物達に取り囲まれてしまった。
「あ、ああ、あ…」
黒い魔物は、俺の獲物だとばかりに他の魔物達を威嚇した。
そして無抵抗でへたり込む獲物の周囲を満足そうに二週、三週と周り、ゆっくりと口を開け、フィオナの頭を、
「せいやあああああああっっっ!!!」
先ほどの咆吼よりも遥かに大きなかけ声と同時に、黒い獣は口を開けたままフィオナの頭上を縦方向に回転しながら舞った。
まき散らされた獣の涎がフィオナの顔と服に降り注ぐ。
黒い獣がいたその場所には、拳を天に突き出した男がいた。