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二度目

書き溜めが尽きました


不定期になります




 モーリアンと別れ、再び歩き出したルル達。

 明後日からの旅路がとんでもないものになりそうだ、とルルの気分は落ち込んでいたが、考えようによってはヴァイス程の戦士から付きっきりで見てもらえるということは良いことだと気持ちを切り替え、つかの間の平穏を楽しんでいた。


「おっと、あんた達いいところに来たよ」


 すると村の入り口辺りで出会った女性に声をかけられた。

 工房の主ゴブニの妻、アルミーヌだ。

 夫と二人で村の工房を切り盛りし、彼女自身は回復薬などの薬の調合に造詣が深い。

 年齢は四十は越えているはずであるが、見た目は未だ三十代と言っても通用しそうなほどに若々しかった。

 目元に少し、今までの苦労を忍ばせるような皺が薄っすらと刻まれている程度である。


「どしたのおばちゃん!」


 なにか用事があるらしいアルミーヌに、リリが元気いっぱいにたずねた。


「いやね、明後日にヴァイスさんが街まで出ていくらしいじゃないか。 だから残った素材を全部使っちまって回復薬やらなんやらをこしらえようと思ったんだけどね、調合に使う清水を使い切ってたのを忘れちまってたのさ」


 清水というのは、ダナ村の薬師が代々好んで使う特別な水だ。

 〈狭間の森〉の浅部と深部の丁度中間地点あたりにある、湧き水がたまってできた小さな泉。

 そこから湧き出たばかりの水を、ダナ村の薬師達のみが知る特殊な方法で加工したものをそう呼ぶのだ。

 普通の水とは、含まれている魔力の量や密度が違うだとか、地下の水源に神秘の魔獣が潜んでいるからだとか言われていたが、結局のところ本当のことはわかっていなかった。


 それが足りず、なおかつ「いいところに来た」ということは、すなわちそういうことだ。


「もし暇なんなら、頼まれておくれよ」


 普段世話になっているアルミーヌの頼みに、リリには否やはなかった。

 もちろん、自分の力を村のために使いたいと考えているルルも同様だ。


「いいよー!」


「わかったよ。 何時頃まで持っていけばいいかな?」


「夕頃までに持ってきてくれりゃあ助かるよ」


 元気に返事をした二人に、アルミーヌは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

 

 ルルが空を見上げると、太陽はかなり真上に近付いていた。

 日が暮れるまでにはまだまだ時間は残されている。

 

「それじゃあ、昼ごはんを食べてから行こうか」


「うんっ!」


「あとで水筒を取りにきておくれね」


「はぁい!」


頷いただけのルルの代わりにリリが元気いっぱいに返事をした。


「それじゃあまた後でね」


 そう言うと、アルミーヌは二人に手を振って、来た道を戻っていった。

 その背を見送ったルルとリリも、腹を鳴らせたリリに急かされるようにして家へと帰っていった。



♢♢♢



 母の作った昼ごはんを心ゆくまで食べ尽くし、満腹になった二人が家を出ると、そこにはフィンが立っていた。


「やぁ二人とも、とグラトニアス。 もしこれから暇なら少し森にいかないかい?」


「あ、フィンちゃんだ」


「おー、どうしたんだよ」


『おう』


 いきなりの誘いに驚きつつも、ルルはフィンの出で立ちに目をやった。


 いつもの服装の上から胴体部分のみの軟革鎧ソフトレザーアーマーを身につけていて、腰巻いた太いベルトの右側には、盾のついた短剣と、長めの吹き矢を差している。


 マインゴーシュと呼ばれる、防御に重きをおいた短剣だ。

 華奢ゆえに普通の剣も盾も持ちづらいフィンらしい得物だった。


 吹き矢はフィン自身が作ったもので、それゆえに簡単な構造をしていた。

 三十セントメルよりいくらか長い程度の木に半円形の溝を彫ったものを二つ合わせ、それに漆を塗ったものだ。

 備え付けられた革袋には、これもまたフィンお手製の、縫い針や動物の革で作った矢が入っている。


 左側には、細めのベルトを組み合わせて作った変わった形の籠のようなものを下げており、そこには水棲生物について書かれた分厚い図鑑がすっぽりと収まっていた。


 硬化処理の施されていない、申し訳程度の防御力の軟革鎧に、武器としても盾としても半端と言わざるを得ないマインゴーシュ。

 さらには動きを阻害するほどの厚さと重さを持った図鑑と、およそ森に入るに相応しいとは言えない格好だった。

 

 しかし、彼が自分の『特異能』を使えば、森の浅部で起こるような物事には対処できるとルルにも分かっているので、そのことに文句を言うことはなかった。


「あたしたちもこれから森へ入るのよ」


「へえ、そうだったのかい? だったら僕も連れて行ってもらっていいかな?」


 そういったフィンに見つめられたルルは、特に断る理由もなかったので了承した。

 断る理由がないどころか、この友人は頼りになるので、むしろ付いてきてくれるというのなら心強い。

 

「もちろん良いさ。 ところで、お前は何しに森に入るつもりだったんだ?」


「うん? あぁ、少しやってみたいことがあってね?」


「なにー? フィンちゃん何するの?」


 はぐらかすようなフィンの言葉に興味を惹かれたリリが問うが、フィンは笑うばかりであった。


「ま、いいじゃない。 ルルたちはどこに行くつもりだったんだい?」


「……泉だよ。 清水が足りないんだってさ」


「清水か……なるほどね」


 フィンが言わないということは、理由があるのだろうと納得したルルとリリは、何やらぶつぶつと呟きだしたフィンを正気に返すと、村の東口へと歩きだした。


「まってよ二人とも。 ……そういえばルル、その革鎧は銀熊のかい?」


 二人に追い付いたフィンが今気付いたというように言った。


「あぁ、そうだよ。 オレが仕留めたからってゴブニのおっちゃんが作ってくれたんだ」


「かっこいいよねー!」


 珍しい銀革鎧に、フィンがは好奇心をいたく刺激されたらしい。

 リリへの同意もそこそこに、彼はルルを質問攻めにした。


「その鎧、重いかい? 硬度はどうなのかな。 動きやすさは? 空気の通り具合はどうだろう。 毛皮がいっぱい使われてるみたいだけど、暑くないのかな? それと――」


 いつものフィンらしい様子に笑みを浮かべたルルだったが、細かいことを聞かれてもそこまで使い込んでいるわけではない(そもそもこの鎧を受け取ったのは今朝だった)ので、困ってしまった。


「おいおいフィン、オレだってこれを貰ったのは今朝なんだから、まだそこまで分かってないよ」


 ただ、と一拍おいて、


「見た目ほど重くはないし、柔らかい革と硬化処理した革を組み合わせて作ってくれたみたいだから、動きの邪魔には今のところなってないよ。 防御力はどうかな……試したくないけど、普通の革鎧よりはあるんじゃないかな、銀熊の革だし。 それと暑さはそんなに気にならない。 それ以上のことは今のところわからないなぁ」


 と、なるべくフィンの疑問に答えてやった。


 フィンの疑問全てに答えられはしなかったルルであったが、フィンは一応の満足は得られたらしい。

 

「ふふ、なるほど……軽くて柔らかくて、それにもし硬いのなら、かなり上等なものだね。 さすが銀熊……というかゴブニさん?」


 そう言ってフィンは笑った。

 それをみたルルとリリの二人も笑った。

 好奇心が満たされたときのフィンの満面の笑みは、それを見たものの表情にも笑顔を浮かべさせる程に、心の底から幸せそうなのだ。



 そうこうしてながら工房へと赴き、背に背負った鞄に水筒を詰められるだけ詰めた後、三人は村の東口に到着した。


 そばにいた村人達と二、三言葉を交わして行き先を告げたあと、三人は見送られながら森へと入っていった。


 

「グラトニアスは泉には行ったことないよね?」


『あぁ、シらねーな。 ここんとこ、オッサンタチのウシろについてわちゃわちゃしてただけだったからな。 どんなとこだよ』


 森へ入って少し経ったころ、フィンがグラトニアスにそうたずねた。

 ルルにとっての『地獄の一週間』が、違う意味で『地獄の一週間』だったらしいグラトニアスが、興味を惹かれた様子で聞き返した。


「きれいなところだよ。 そこだけ拓けててさ、大きさは僕達の村くらいあるかなぁ」


『ほぉ、デケぇな。 そこになんか、キョダイギョみてーのはいねぇのか?』


「巨大魚って、一体なにを期待してるんだお前」


 フィンの説明を聞いて、物騒なことを言い出したグラトニアスに、ルルは思わず口を挟んだ。


「それがね、その泉には魚がまったく住んでいないんだよ」


『マッタくか?』


「うん」


 ルルの抗議など知ったことではないとばかりに話を進めるグラトニアス。

 フィンもフィンで、知識を披露できるのが嬉しいのか、話を中断する様子はない。

 

「泉から海に続く川にはいるんだよね。 そこで捕まえた魚を泉に何匹か放してみたりはしたんだけど、結局繁殖はしなかったみたいなんだよね」


『そのミズがドクだったとかか?』


「その可能性はあるだろうけど、泉の清水は僕らだってなにかにつけて飲んでるし、森の動物達も飲みにくるんだよ。 魚にだけ効く毒なんてあるのかなぁ」


『ねぇんじゃねぇか?』


「だよね。 だから僕は泉の底とか、地下水源なんかに理由があるんじゃないかと思ってるんだよね」


『ほぉ……なるほどな。 んじゃあそのチカスイゲンにナニかがいるってぇカノウセイもあるわけだ』


「ん……たしかにね。 いや、むしろその可能性の方が――」


 こちらの声も聞こえないほど熱中している一人と一本はおいておくことにはしたルルは、隣を歩くリリに話しかけようとした。


「リリ――リリ?」


 右を見下ろしたルルが見たものは少し眉をひそめて周りの藪を伺うリリの姿だった。

 いつもの快活さはまったく鳴りを潜めていた。


「……どうした?」


 何か、『空気』の乱れでも感じたのかと、越えを潜めてルルが問うた。

 ルルの様子の変化に気付いたフィンとグラトニアスも会話を止め、リリへと視線をむけた。


「なんか……なんか森がざわついてる。 なにこれ……」


 リリは幼い。

 まだ十になったばかりの少女だ。

 だがリリは、生まれ持った強力な『特異能』ゆえに、早くから森に入り慣れ親しんできた。

 それこそ、〈清水の泉〉までの道程など庭同然とばかりにだ。

 

 幼いとはいえ、そのリリが感じた違和感。

 それはルル達一行を緊張させるのには充分だった。


 その刹那、ルル達の前方に生い茂っていた藪ががさりと震えた。


「……!」


 ルル達は声を潜めたまま、各々が最も力を発揮できる位置についた。


 ルルは前衛。

 腰を落として左腕を引き絞り、開いたグラトニアスの口腔のすぐ前に、ゴブニから貰った鉄片を摘んだ右手を添えた。


 フィンは中衛。

 皆とは少し遅れたが、マインゴーシュを引き抜き、それを前方に突き出すようにして構えた。

 戦士としては落第とせざるを得ない構えだが、何がなんでも後ろの少女を守るという気迫が伝わってくるかのような緊張感を漲らせていた。


 フィンの斜め後ろに立つその少女も守られるばかりではない。

 それどころか、この場での最大戦力こそが彼女――リリだった。


 リリの持つ『特異能』は『双嵐』。

 両の掌で大気の流れを操り、さまざまな現象をもたらす驚異の『特異能』である。

 撃ち出す風の塊は、樹皮猪(バクサス)を容易く打ち据え、響く風の刃は木登り(フリリット)程度ならば容易に切り裂く。

 

 言葉もなく適切な陣形をとれたのは、彼らが若いながらも一人前の戦士である証左だった。


(来るならこい……!)


 『見えない』というものほど厄介なことはない。

 人は見えないものを本能的に恐怖するからだ。

 それゆえに少し怯みかけたルル達であったが、彼等の緊張はそう長くは続かなかった。


 音の主が間をおかず、その姿をみせたからだ。


「ぷぎぃ」


 ルル達の前にあらわれたのは豚だった。

 薄緑のなかに濃緑の斑点模様をもつ、体高がルルの鳩尾あたりにくる大きさの豚だ。


「森豚……かぁ……」


 森豚(フォグ)というのは、その名の通り森に生息する豚だ。

 特に牙や爪をもつこともなく、気性も大人しい動物ではあるが、家畜として飼われている豚と同列に扱うと、痛い目にあうこともある。

 

 怒らせた際の、その短く逞しい四足から繰り出される突進は強烈で、少し前までのルルならば簡単に撥ね飛ばされていただろう。


 しかし今のルルには、無論リリやフィンにとっても驚異的な相手ではなかった。


 ほっと一様に安堵の溜め息を漏らすルル達。

 この一連の流れを見ていたグラトニアスはけらけらと笑っていたが、リリの様子がおかしかった直後の事であったから、はたから見れば滑稽に見える程過剰に警戒するのも仕方ないといえば仕方のないことであった。


 すこし放心していたルルであったが、こちらへの視線を外し、ふごふごと鼻を鳴らし始めた森豚を見て、妙案を思いついた。


「なぁグラトニアス、こいつを狩っといて肉を燻製にしとけば、いつでも森豚の嗅覚を得られるんじゃないか?」


『んー……どうだろうな。 まぁいけんじゃねえか? クサりきっちまってなけりゃダイジョウブだろ』


「あ、でも荷物になるかな……?」


 ルルは案を実行しようかどうか逡巡したが、それはリリとフィンに後押しされた。


「でも、泉までもうそんなにないし、大丈夫じゃない?」


「うん、それに森豚の嗅覚は欲しいよ。 まさに今、索敵としてね」


 ということで、ルル達は森豚を狩ることにした。

 先ほど驚かされた報復かと思うほどの狩りっぷりだった。


 たいした時間もかけずに森豚を仕留めたルルは、その肉をグラトニアスに食わせ、森豚の嗅覚を〈付与〉することにした。

 

「ぐへぇあっ」


 慣れた様子で〈付与〉しようとしていたルルを見ていたフィンとリリは目を見張った。

 いきなりルルが鼻を摘み、涙目で悶え始めたのだ。


「うがぁぁ! くっさ!」


「おにーちゃん大丈夫!?」


「森豚の嗅覚が人間の鼻に適応しなかった……? いや、これはそういうのじゃないかな……急に嗅覚が過敏になった、とか……」


『ぎゃはははははは!!』


 ルルの悶えっぷりに、リリたちは三者三様の反応を示した。

 ルルの嗅覚が落ち着くまでの数十分間、リリは心配し続け、フィンは考察し続け、そしてグラトニアスは、飽きることなく笑い続けていたのだった。


♢♢♢



「あぁ、ひどい目にあった」


 鋭くなりすぎた嗅覚がルルの身体に馴染んだあと、血の滴る森豚を軽く処理し終わったルル達は、そこらに落ちてあった手頃な大きさの枝にツタで森豚の四肢を縛りつけ、ルルとフィンの二人がかりで運んでいた。


 作業中、森豚の裂かれた腹から漂ってくる、えもいわれぬ血の臭いに度々えづくルルがグラトニアスに大爆笑されるといった一幕もあったが、完全に余談だ。


「どう? 鼻はもう慣れた?」


 後ろ側を担ぐフィンが、前を歩くルルにそう聞いた。


「大丈夫だけど……さっきからやっぱ後ろがすげぇ臭うから、索敵どころじゃないな」


「それは僕も臭うよ」


 結局、嗅覚を索敵に使うことが出来ないなら、えづいた分だけ損だったじゃないかと不貞腐れるルルだった。


「おにーちゃん、フィンちゃん。 そろそろ着くよ」


 村を出ておよそ一時間ほど経った(途中で思わぬ時間を使ってしまったが)あたりで、ルル達は無事に泉へと到着した。


 ここからルル達は泉の清水を採取しなければならないので、一旦木の影に森豚の死体をおろし、持参した鞄いっぱいに入っている大きめの水筒を取り出した。

 これに清水を入るだけ入れて、アルミーヌに届ければお遣いは終了だ。


 もうひと踏ん張り、と気合を入れ、ルルが泉へと足を踏み出そうとしたその時。


 ルルにとって強烈な臭気の元となっていた森豚の死体から離れたその時。



 鋭敏になったルルの鼻が、どこか懐かしい、しかし戦士と認められた今でもできれば二度と出会いたくはないと思っていた猛獣の臭いを捉えた。

 









 

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