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立派な戦士



 ルルの左腕にグラトニアスが宿ってから、およそ十日ほどが経った。

 その間、ルルは多忙だった。


 通常、戦う力を得たダナ村の人間は、村の先輩戦士達との模擬戦などを経て己の力を理解し、その後に狩りへ同行して実地で学び、戦士としての生活環を確立する。


 しかしルルの場合は、その力の強大さは村の工房に安置されている銀熊の素材が証明していたし、利便性については、それを殆ど完全に把握しているグラトニアスという人格(?)がいたので、肉体的な試行錯誤の末に『特異能』についての理解を深めるという作業の必要がなかった。


 その分、村長やルルの父であるキアヌ、村一番の狩人ロビンといった面々と、ただひたすらに話し合い、ひとつひとつ出来ることを地道に確認していかなければならなかった。


 身体は疲れることはなかったが、ルルの精神的疲労は途轍もなかった。


 

 それがある程度終われば、次は狩りの指導だ。


 今までは採集のみに従事してきたルルの知識や身のこなしなどは森の浅部に適応したものになっていた。

 しかし、〈狭間の森〉の生物の分布や植生は、森の浅部と深部で大きく異なっているので、戦士として、狩人として働くのならば、ルルのこれまでの知識や経験はほとんど通用しなくなる。


 それゆえ実地での訓練はルルにとってなによりも重要な位置にあった。


 訓練の開始時期は同年代と比べると遅れてはいたが、ルルの頭や戦闘の才は悪い方ではなかった。

 加えて、身のこなしなどは浅部で培ったものを、深部でも通用するように適応させるだけで良かったこともあって、キアヌやロビン、ヴァイスといった狩猟・戦闘の達人達の教えをどんどんと吸収していったルルは、僅か一週間程でいっぱしの戦士だと認められるようになったのであった。


 わずか一週間と侮るなかれ。

 戦いたくてもその力がなかったルルに気を遣い、そういった面では余りルルに構えなかった村人達とくにキアヌの熱の入りようは凄まじく、ルルは休む間もなく怒濤の一週間を過ごしたのだ。


 このときのことは、ルルは『地獄の一週間』と呼び、『生涯で一番長い一週間だった』と、後に語っている。

 


 そんなこんなで多忙な日々を過ごしていたルルではあったが、その左腕に宿るグラトニアスにとってはそうではなかったらしい。

 疲れ果てたルルを横目に『ヒマだヒマだ』と連呼するグラトニアスを宥めるために、半ば冗談で「いつか旅にでも出てみるか」などと言っていたルルではあったが、それが発端となってとんでもない道を歩むことになろうとは、このとき予想もしていなかったのだった。




♢♢♢



「おにーちゃーん! 朝だよぉー!」


 張り切った父を筆頭に、これもまた張り切った村人達に精根尽き果てるまで鍛えられ、昨日とりあえずの合格を言い渡されたルル。

 そんな少年は、尽きた体力を回復させるために昼過ぎ頃までは寝通す心算であったが、結局いつも通りの健康的な時間に起こされてしまった。


 寝惚けた頭をぶんぶんと振りつつ、流石に文句を言おうかと思ったルルではあったが、自分を起こしに来たリリの慌ただしい様子に興味を惹かれたようで、何も言うことはなかった。


「……おはようリリ。 なにをそわそわしてるんだ」


『おう、おはようさん、おジョーチャン』


「おはようお兄ちゃん! グラちゃんもおはよう! すっごいんだよ! 来て来て!」


「……ちょっと待ってくれ」


 そう言ってルルは、何をするよりもまずグラトニアスを発現させることにした。

 寝ているときは流石に邪魔(というかグラトニアスの身体でシーツが破れる)なので除外されていたが、それ以外のときはなるべくグラトニアスを発現させておくようにと、ルルは村人達に言い聞かされていた。


 グラトニアスへと変化したときのルルの左腕の重さ、長さがいつものそれと変わっていることに気付いた村人達は、ルルの重心の変化について懸念していたのだ。


 重心がどうこうと言われてもルルにはいまいち違いがわからなかったが、狩りの大先輩である村人達が言うのだから、と律儀に言いつけを守っているのだった。



 少し時間がかかった左腕の変化が終わったと同時、リリはルルの右手を取って走り出した。


 わけも分からず寝間着のまま手を引かれ、連れてこられたのは村の工房だった。

 そこにはいたのは工房主のゴブニと村長のダグザだった。

 駆け寄るリリと、それに連れられたルルに気付いたゴブニは快活に笑った。

 

「おう! 連れてきたかリリ!」


「うん!」


 ゴブニとリリは楽しそうに笑いあっているが、それを寝ぼけ眼で見つめるルルに気付いたダグザは、皺の刻まれた顔を顰めてリリに言った。


「これ、リリ。 無理に起こさんで良いと言ったろう。 ルルは疲れておるのだから」


 それにリリは舌をぺろりと出して快活に答えた。


「えへ。 でもでもだって、早く着てみて欲しかったんだもん」


「だよなー。 はやく兄ちゃんの格好いい姿見たかったんだよなー」


 熊のような体格の、髭をもじゃもじゃと生やした厳つい外見の男が、これでもかというほど目尻を下げてリリに同調した。


「お主はリリに甘い」


「そんなことないよむらおさー!」


「そんなことないよなー」


「で、あの……なんなの?」


 放っておくといつまでもじゃれあっていそうな三人に業を煮やしたルルは、彼らの会話を遮って、自分を叩き起こしてまで工房に連れてきた意図を問うた。


「おお、すまんすまん。 これだ」


『ホォ、こいつぁリッパなもんだな』


 そう言ってゴブニが工房の中から持ち出してきたのは、銀に煌めく革鎧だった。

 一見すると、構造は肩と胴を保護するだけの簡単なものだ。

 しかし実際には使い手の着やすさや鎧の性能に気を使った繊細なつくりになっていた。


 胸部は鈍く灰色の光を反射する革を幾重にも重ねて鉄の鋲で固定し、急所の防護を固めてある。

 部位によって柔らかい革と、茹でて硬化処理を施した硬い革を使い分けることで、柔軟性と堅固さを両立したと見て取れる。

 さらに鎧の各部位の継ぎ目には銀の毛があしらわれており、存外に弱点となり易い鎧の隙間を埋めていた。


 おそらくは、その色から察するとおり、銀熊の皮や体毛から作られた革鎧なのだろう。

 そうであるならば、ただの革鎧だと侮ることはできない。

 硬度や柔軟性、靭性を併せ持つその鎧は、使いやすさの面でも防御力の面でも、下手な金属鎧を凌駕するであろうからだ。


 いつも偉そうなグラトニアスが素直に感嘆の声を上げるほどの見事な革鎧だった。

 

 それほどの逸品を目の前に持ち出されたルルは呆気にとられた。


「おお、分かるかグラ坊! なかなか見る目があるじゃねぇか……目なんて無い癖にな! がははは!」


『つまんねぇことイってんじゃねぇよオッサン! あとオレサマはボウズじゃねえから』


 グラトニアスとのじゃれ合いもそこそこに、ゴブニはルルに銀革鎧を慣れた手つきで着せ始めた。 


「ふむ……よし。 多少でかいがルルはまだまだ成長期だからな。 すぐに良くなるだろう」


 何が起こっているのかわからないという顔でダグザを見つめるルル。

 そんなルルの視線に気が付いたダグザはことの次第を説明し始めた。


「銀熊の素材をふんだんに使って作らせた革鎧だ。 二つ作ることができたのでな。 そのうちの片方をお主にやることにした」


 ダグザの言葉にルルは目を見開いた。


「え……でも、こんな凄い鎧なんて貰えないよ」


「うむ、しかしお主が仕留めたもので作った鎧だからな。 そもそもにして、銀熊の死体も全てお主のものにしても良かったくらいなのだ。 使い道が無いとエウリスに止められたがね」


 そう言ってダグザは少し気まずそうに笑った。

 ルルは、基本的にダナ村においては狩猟したものの所有権は狩猟した本人に認められることにしている、と教わったことを思い出した。

 

 銀熊の処理を勝手に決めたことにバツが悪そうなダグザだったが、エウリスの言う通り銀熊の肉などならともかく、皮や骨などをルルが貰ったところでどうしようもなかったので、そのことについて文句を言うつもりはルルにはなかった。


「えぇ、いいじゃん貰っときなよ! かっこいいよおにーちゃん!」


「おう、貰っとけ。 一からお前の為にあつらえた鎧だ。 今更他人のものになるとなっちゃあコイツも納得しねぇだろうよ」


 何も考えていなさそうなリリに、銀革鎧を撫でながらゴブニが同調した。

 銀革鎧は今ルルが着ているので、一見すると慈愛に満ちた目をした熊男にルルが撫でられているように見えて、ルルはその場から逃げたくなった。


『イいじゃねーかよモラっとけよ。 オマエまさかフダンギでタビにデるつもりじゃねーだろうな』


 銀熊討伐の真の功労者であるグラトニアスにもそう言われ、ルルは分不相応のような気がしながらも、ありがたく鎧を受け取ることにした。

 

 そしてルルの方便を真に受けているらしかったグラトニアスに、今のところは旅に出るつもりなんてないと訂正しようとしたところ、それよりも早くダグザが食い付いた。


「む? ルルは旅に出るのかね?」


『おう。 オレサマがヒマだヒマだっつってたらよ、いつかタビにでもデるかってイったんだよコイツ』


「ほう」


 何故か満更でもなさそうなダグザの反応に、ルルは慌てて訂正しようとした、が――


『いやぁ、ヒダリウデオモいのヤドヌシサマでウレしいぜ』


 グラトニアスは、ルルの真意などわかりきっているとばかりに、不自然に声を張ってルルを牽制した。


「ほお、旅か。 ならアレはルルに任せりゃいいんじゃねぇか?」


「うむ、そうだな。 旅といえるほど上等なものではないが、とりあえずものは試しだな。 おお、そうだ、ついでに……」


 勝手に進んでいく話に焦るルル。

 しかしじっくり二人の話を吟味すると、旅というよりは近くの街へのお遣いのようなものだと分かったので、ルルは安堵した。

 往復一週間程、街での用事も考えれば長くても十日ほどの旅ではあるが、グラトニアスも満足そうだったので、その意味でもルルは安堵した。

 しかし、より詳しく聞いてみると、そこまで甘い旅路にはならないであろうということがルルにもわかった。


「アレって何?」


「回復薬だのなんだのの売り付けだな。 それと余った銀熊の素材も、だ」


 回復薬とは、〈狭間の森〉の浅部と深部の中間地点あたりで採れる薬草の類を、ダナ村に伝わる方法で生成した薬のことだ。

 様々な種類の薬草を緻密な配合で製薬することで、傷の消毒や回復の促進、滋養強壮を高める効果もある汎用性の高い薬品となる。

 

「ルルは〈前線都市〉へ行ったことがあったかな?」


「んー、ないと思うよ」


 ダグザの問いにルルが答えた。


 〈前線都市〉とは、ダナ村の南東に位置している自治都市だ。

 〈狭間の森〉を開発するために建造されたその都市には、国中から腕に覚えのある戦士や荒くれ者が集まり、そのため商人なども集結し活発に商売が行われている。

 そんな都市でもっとも儲かる商売といえば、武器防具の類。

 そして治療道具の類であった。


 そういうわけで、ダナ村で作られた回復薬は重要な収入源となる。

 今回は余った銀熊の素材も同時に売るわけであるから、一口に『お遣い』といってもそれにのしかかる責任は重い。

 そんなものの輸送をルルに任せようというのだ。


 さらに悪いことには、〈前線都市〉中で広まるダナ村の回復薬の噂はろくなものを呼び寄せない。

 片道三日とかからない旅路で、野盗に襲われることもままあるのだ。


 つまりダグザ達がルルに任せようとしているのは、旅というよりはお遣い。

 お遣いというよりは品物の護衛であった。


「ええっ! 無茶だよ! 」


『あぁ!? バカいってんじゃねぇぞこのヘタレ!』


 グラトニアスはお気に召さなかったようだが、ルルの反応は当然だ。

 つい最近戦士として認められたばかりのルルには野盗の相手など荷が勝ちすぎている。

 ルルには対人戦の経験などないからだ。


 ダグザはそんなルルの懸念を和らげるように言った。


「大丈夫だ。 これはもともとヴァイスに任せようと思っていた事でな」


 村一番の戦士であるヴァイスの『特異能』はルルも知っていた。

 『天眼』と呼ばれるその力は、自身の周囲を最大数千メルにわたって見渡すことができるので、この力の前ではいかなる不意打ちも意味をなさない。


 すなわち、ヴァイスがいるだけで旅の途中に戦闘に入る可能性はなくなると言っても過言ではない。


 それならばとルルは了承した。

 暇に取り憑かれたグラトニアスは、戦闘がないと聞いて不貞腐れていたが、ルルには知ったことではなかった。


「ついでに武器も見繕ってくるといい。 〈前線都市〉には優れた鍛冶が多いからな」


「武器かぁ……ん? 村では作られてなかったっけ?」


 ルルはゴブニに問うたつもりであったが、彼の返事はなかった。

 周りを見回してみると、少し離れたところでリリとじゃれ合っている熊男が見えた。

 ダグザ曰く、


「ついて行きたがりそうなリリを隔離して貰った」


 とのことらしい。

 

 仕方がないのでダグザにたずねた。

 

「この村では武器は作られておらんよ。 整備程度ならゴブニにも心得はあるが、そもそもあ奴は鎧専門だからな。 武器が欲しいなら街まで行く必要がある」


 その答えにルルは納得した。


「出発はいつ?」


「明後日の早朝だな。 それまではいつも通り過ごすといい。 ヴァイスには儂から伝えておく。 それと……ゴブニ!」


 ダグザに呼ばれ、何やら視線を交わしたゴブニはリリに断りをいれて工房へと入っていった。

 出てきたゴブニの手には大きく湾曲した小振りのナイフと、革袋が握られていた。


「こいつぁ餞別だ」


 ルルはまずナイフを手にとった。

 刀身は黒く、鉄独特の光沢がない。

 更に大きく湾曲していて、その弧の内側に刃がついていた。


 小首を傾げたルルは、すぐにその材料に思い当たった。


「これ、銀熊の爪?」


 ゴブニは大きく頷いた。


「そうだ。 多少削って作っただけだが森を歩くときなんかにゃ重宝するだろう。 獲物を捌くのにも充分使える。 鉄のナイフだとグラ公が食っちまうかもしれんしな!」


『テメーオレサマをナンだとオモってやがる』


 次にルルが確かめたのは頑丈な作りの革袋だ。

 手にとってみるとずしりと重く、中を覗くとそこには鉄片が大量に入っていた。

 ダグザ曰く、「鉄の頑丈さは便利だが、毎度ナイフを使っていたら金がいくらあっても足りんだろうからな」とのことだった。

 

「ありがとうおっちゃん! すごい助かるよ」


 例を言ったルルに、ゴブニはガハハと豪快に笑った。


「いいってことよ! 俺からの祝の品ってとこだ。 ナイフだの何だのを食うんなら、こっちを食えよグラ公」


『まだイうかクソジジー!』


 

♢♢♢



 ダグザ達に改めて礼を言い、彼らと別れたルルとリリは、村の中をぶらぶらと歩いていた。

 満面の笑みでルルの腕に自分の腕を絡ませながら歩くリリを見て、ルルは溜め息をついた。

 お出かけ(リリにはそう聞こえたらしい)に連れて行って貰えないことに不貞腐れたリリを宥めるために、今日一日は彼女の思うままに付き合うことになったのだ。


 ただ村の中を歩いているだけの何が楽しいのかとルルが嘆息していると、二人に話しかけてきた女性がいた。


 年齢は二十を少し過ぎた頃。

 背はルルよりも高く、膝裏あたりまで伸びた灰色の髪の毛をところどころ赤いリボンで纏めている。

 要所のみを覆う革鎧のうえに、赤茶けたマントを羽織っていた。

 容姿は端麗で、顔の小ささや手足の長さはまるで貴族の令嬢のを彷彿とさせるが、、父親譲りの鋭すぎる眼光が、一見して与えられる涼しげで華やかな印象を見事なまでに否定していた。


 彼女の名はモーリアン。

 老戦士ヴァイスの一人娘である。


「やぁ二人とも。 ご機嫌そうでなによりだ」


「うん!」


「ご機嫌なのはリリだけですけどね……」


『オレサマをワスれんなよネェちゃん』


 天真爛漫な様子で素直に頷くリリと、苦笑しながら答えるルルの対照的な様子、それと忘れ去られていたグラトニアスに、モーリアンはその怜悧な表情に浮かべた笑みを深めた。


「ははは、結構なことだ。 グラトニアスも悪かったね。 ……おっと、それが銀熊の革で作った鎧か。 なかなか格好良いぞルル」


「あ、ありがとうアン姉」


 ルルの彼女に対する呼び方が示すように、モーリアンという女性は村の子供達にとって姉のようであり、同時に憧れの存在だった。

 そんな女性に褒められたルルの声は少し上擦った。

 横から複雑そうな表情で睨み 上げているリリには気付いていない。


「ところでルルよ、父と前線都市まで出向くそうだな」


「耳が早いなぁ……うん、そうだよ」

 

 もしかすると、彼女も同行することになったのかとほんの少し期待したルルではあったが、そうではなかったらしい。

 それどころか「父のしごきに付き合うのはごめんだな」とまで言われてしまった。


「え……じっちゃんって厳しいの……? ていうか別に訓練しに行くわけじゃないんだけど」


 慄いたルルに、モーリアンは笑った。

 甘いと言いたげな顔だった。


「戦うために生きているような男との二人旅が、平穏無事にいくわけがなかろう? 同時に、課せられる訓練も並大抵のものであるはずがない」


 しかしルルには信じられなかった。

 地獄の一週間では、ヴァイスと共に森へ入ったこともあったからだ。

 その時のヴァイスの指示は的確で、態度はぶっきらぼうだったものの厳しくは見えなかったのだ。

 そんな彼が、村でも有数の戦士であるモーリアンが遠慮するほどの鬼教官であるとは思えなかったのだ。


 しかしモーリアンは、ルルの考えを容易く否定した。


「あれはキアヌさんに気を遣っていただけだな。 いくら父でも親子水入らずの訓練に支障が出るようなことをするほど野暮ではない」


 そういうことらしかった。


「ええ……た、たとえばどんなことがあると思う?」


「ふむ……荷をすべて担いで徒歩で街まで向かう、などいかにもやりそうなことだ」


 荷馬車に全ての荷を載せて、前線都市までは三日程かかる。

 重い荷物を持って最初から最後まで歩くとなると、どれだけ時間がかかることかわからなかった。

 ルルが内心で見積もった、十日という旅程が早くも崩ることになりそうだった。


「……リリ、一緒に行こうか」


「え!? ほんと!?」


「こらこら、情けないぞ少年」


 村の皆に可愛がられているリリがいれば、ヴァイスもそう無体なことはできまいというルルの奸計は、その娘に容易く打ち砕かれたのだった。


『おいおいネェちゃん。 あのキズのオッサンはそんなにヤんのか?』


 グラトニアスは凄く嬉しそうだった。

 ルルの落ち込みなどなんのそのだ。

 むしろルルに苦難が迫っているからこその上機嫌のようだった。


「あぁ。 ダナ村一の戦士の肩書は伊達ではないぞ」


『ほぉ、タイクツはしなさそうだな』


「なかなか言うな。 君の宿主の危機だというに」


 そう言ってくすくすけらけらと笑う一人と一本。

 

 好き勝手言いやがってというルルの呪詛は、グラトニアス達には聞こえていないらしかった。





 

 

 

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