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帰路

短め






「はぁ……おわった……」


 ルルはどさりと尻もちをついた。

 全身から力が抜けて地面に寝転がりたくなったルルだったが、なんとか身体を起こした状態で保つ。

 ぼやけるルルの目の前には、鼻から上を失った銀熊の死体が横たわっていた。


『な? カルいもんだったろ?』


「軽いもんか……小便漏らすかと思った」


 なにがツボに嵌ったのか、グラトニアスはけたけたと笑った。

 それが少し癪に触ったルルであったが、彼にはそれよりも気になることがあった。

 

 それは、銀熊の牙を受けた自身の右腕のことだ。

 噛まれた部分を見てみると、大きな牙による歯型がくっきりと跡になって残っていたが、肉が裂けているわけでもなければ血も流れていなかった。

 うねうねと右腕を動かしてみた限りでは、骨が折れているということもなさそうだった。


 そんなルルの様子に気が付いたグラトニアスは、なにやら引いた様子で言った。


『ナニやってんだクソガキ。 キモちワリぃウゴきしやがって』


「……結局オレの身体が鉄だってのは、どういう意味だったんだ?」


 ルルの奇行に合点がいったというようにグラトニアスは語り始めた。


『はぁん、アレか。 ありゃあオレサマのチカラだ。 いや、トクセーっつーのかね』


「特性?」


『オォ。 オレサマはよ、クったモノの〈性質〉をヤドヌシに〈付与〉するコトができんのよ』


 見た目からは解らないが、どこか誇らしげなグラトニアスだった。


「ということは、さっきは鉄の〈硬い〉っていう性質を〈付与〉したってことなのか?」


『ホォ、アタマはワルくはねぇらしい。 ゲンミツには〈鉄の硬さ〉だな』


「ん……? 何か違うのか?」


『テツってのは、コウオンのネツでヤワらかくなるだろ? だから〈鉄の硬さ〉を〈付与〉しても、ネツにサラされっとそのカタさはウシナわれちまう』


 グラトニアスの言葉を反芻し、理解したルルは少し背筋が寒くなる思いをした。


「つまり、もし出会ってたのが銀熊じゃなくて、豪炎蜥蜴プロミナードなんかだとマズかったってことか……?」


『そういうこったな』


 豪炎蜥蜴プロミナードというのは、その名の通り、炎を纏った大きな蜥蜴だ。

 火山地帯に生息し、自身の縄張りの地面を溶かし、灼熱の陣を敷く炎の化身である。


 いくら〈狭間の森〉が魔窟であるとはいえ、炎を棲家とするような生物はここには生息していないので、ルルの懸念はまったく的外れなものであったが、たとえ話としては適していた。


『ま、それならそれでやりようはあったけどな』


「たとえば?」


『プロミナードがハきダすホノオをクってやりゃあイい。 そんで〈炎の流動性〉でも〈付与〉すりゃバンジカイケツだ』


 グラトニアスの汎用性の高さにルルは驚いた。

 あらためてとんでもない力だと気付かされたのだ。


「炎みたいなのも食べられるのか……。 実はオレが思ってる以上に物凄いヤツだったんだな、グラトニアスって」


 ルルは、驚きつつも嬉しそうに顔を輝かせてそう言った。

 これまで『無能』だと思っていた自分がこれ程の力を持っていたのだから、ルルがそう思うのも無理はなかった。


『アタリメーだろ。 オレサマをダレだとオモってやがる。 ……まぁトウゼンいくらかセイゲンはあるけどな』


「制限ってどんな?」


 制限という言葉に、少し水をかけられたような気分になったルルであったが、気を取り直して自分の出来る事を確認するべくグラトニアスにたずねた。


『そうだな、タトえば……いや、サキにこのデカブツをどうにかしたホウがイんじゃねぇか?』


 そう言われたルルは慌てて周囲を警戒し始めた。


 先程は突如頭に響いた謎の声や、途端に光りだしめきめきと姿を変え始めた左腕に気を取られてしまったせいで(そもそもふらふらと森の奥地へ足を踏み入れたのが原因なのだが)、忍び寄る銀熊に気が付かないという失態を犯してしまったルルだが、本来森の中で周囲の警戒を怠るようなことはあってはならないのだ。

 

「それもそうだな……と、どうしようか。 一旦村に戻って人を呼ばないと駄目かな」


『いや、ヒトリでいけんだろ』


「無茶言うなよ……」


 ルルの前に横たわっているのは全長およそ三メルにも及ぶ肉塊だ。

 ただの肉の塊だったのならまだしも、この巨体を支えるほど太い骨が中に入っているはずであるから、合算するとその重量は相当なものになるだろう。


 そんなものを一人で運べと言い出したグラトニアスにルルは呆れたが、グラトニアスには無茶を言うだけの理由がきちんとあった。


『さっきナニをクったのかオモいダしてみろよ』


「お、おう。 ええと……ナイフと……?」


『ノロマ。 そこのクマコーのアタマもクっただろうが』


 グラトニアスの言葉に、ルルはなるほどと頷いた。

 銀熊を仕留めた際の捕食行動は、攻撃の為だという印象が強かったために、「食べた物は」と聞かれて咄嗟に思い浮かばなかったのだ。


「そういえばそうだったな。 ということは……銀熊の〈力強さ〉を〈付与〉すれば良いのかな?」


『そういうこったな。 ただタンに〈力強さ〉だけ〈付与〉したんじゃハンドウでテメーのカラダがズタボロになるかもシれねぇが、〈鉄の硬さ〉も〈付与〉してるイマなら、タえられるだろうよ』


 自分の力の思った以上の扱いにくさに、ルルは少し頭が痛くなった。

 グラトニアスの力は確かに強力ではあるが、だからと言って何も考えずに〈付与〉を使うと却って自分の首を締めることになりかねないということだからだ。


「〈性質〉の組み合わせも考えないといけないんだな……。 ところで、その〈付与〉ってのはどうやれば良いのかな。 グラトニアスがやってくれるのか?」


『アマえんなタコ。 それと、やりかたなんざシらねーよ。 テキトーにネンじてみればイいんじゃねーの?』


「そんな無責任な……」


 自分の左腕の適当さ加減に戦慄するルルだった。

 

『ンなことイうならテメーはテメーのアタマがどんなふうにウゴくからモノをカンガえられるのか、セツメイできんのかよ』


 もっともだと納得したルルは、とりあえずグラトニアスの助言(?)に従って念じてみることにした。


(銀熊の〈力強さ〉をオレのものに!)


 するとなにやら暖かくもやもやとした何かが左腕から溢れだし、臍の下――丹田のあたりに収束してぐるぐると渦を巻いた。

 その後全身に熱が拡散していき、身体中の熱が新しいものに置き換わったような感覚があった。


 ルルは体中に活力が漲ったのを知覚し、清々しい、生まれ変わったような気分だった。

 

「おお……何だか不思議な気分だ」


『おう、しっかり〈付与〉できてんぜ』


「ナイフを食べたときはこんな感覚に気づかなかったけど……なんか気持ちいいな」


『そのカンカクはよくワカんねーが……なんにせよ、サスガオレサマってこったな』


 あくまで偉そうなグラトニアスだが、事実それだけの力を持っているのだから、ルルに文句はなかった。

 


 実際に銀熊の〈力強さ〉とはどの程度なのだろうかと、ルルは試しに四つん這いになって右手で銀熊の肩のあたりを掴み、仰向けになるようひっくり返してみた。

 軽々と、とは流石にいかなかったが、思っていた以上に驚くほどあっさりと動かせたことに、ルルは感嘆の声をあげた。


「おぉ……これはすごいな……」


『だろうがよ。 アガめタテマツれよクソガキ』


 なおも尊大な態度のグラトニアスを軽く受け流して、ルルは力が抜けて震えていた脚に活を入れ、立ち上がった。


 身体の感覚を確かめるようにゆっくりと歩を進め、銀熊の脇腹あたりに周り込んだルルは、グラトニアスの大牙を銀熊の下腹部に食い込ませ、胸のあたりを右手で掴み、一気に持ち上げた。


 両腕と頭の三点で支えると、巨体の割りにはそこまで重くもなく、軽く持ち運べそうだった。

 その証拠に、ルルは足どり軽く歩くことができた。

 

「これなら早く帰れそうだな。 んじゃあ血の匂いに獣が寄ってこないうちに帰るか」


『おう。 そういやテメんとこのムラってどんななんだよ』


「んーそうだなぁ、良い村だよ。 面白いやつらもいっぱいいるし、退屈はしないね」


『そいつぁイいな。 タイクツはテキだ』


「はは、なんだそれ」


 人生初の死闘(実際にはそれほどのものではなかったが)の熱に浮かれ、普段よりも口数が多くなったルルは、グラトニアスとおしゃべりをしながら帰路についた。

 

 『特異能』に目覚めたことで、やっと心の底から対等に家族や村人と接することができると喜ぶルルの歩調は、銀熊の死体という荷物を持っているにも関わらず、いままでになく軽かった。




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