出会い
初です。
感想、批評、お待ちしております。
「はぁー。 今日もぽかぽかいい天気だなぁっと」
朗らかな春の風に頬を撫でられながら歩く少年は、眠気を振り払うためにぐいと伸びをしながら呟いた。
「ひぃふぅみぃ……うん、これだけあったらしばらくはもつかな」
目にかかるほどに伸びた濃茶色の癖毛を揺らし、きりっとつり上がった大きな猫目の少年、ルルが歩いているのは、彼の村の東に広がる鬱蒼と生い茂る森の中だ。
そこで今、ルルはキノコの採取に勤しんでいた。
狩猟採集で生計を立てるルルの村――ダナ村では、戦う力を持った大人達が獣を狩り、それ以外の村人達が野菜や果実などを採取するというように、役割が分けられていた。
ルルは今年で十六歳。
充分に大人として扱われる年頃だ。そのルルがキノコの採集に従事しているのには理由がある。
ルルには『力』がなかったのだ。
ダナ村の人々は皆、『特異能』と呼ばれる『力』を持っている。
ルルの母も、父も妹もその例に漏れない。
ルルの母は両の拳に炎を宿し、細身のものならば木すら砕くような拳撃を放つし、父は身体能力を底上げして身の丈程もあるグレートソードを片手で振り回す。
妹に至っては二つの掌で風を操り、様々な場面で大人顔負けの活躍をする。
事実、今日もルルの妹は父と一緒に木登り兎を狩りに行っていた。
木登り兎というのは鋭い鉤爪を持ち、暗く長い体毛に覆われた大きな兎だ。その発達した爪と脚力を活かして木々の間を縦横無尽に跳ね回り、すれ違いざまに蹴りつけてきたり、爪で斬りつけてくる厄介な動物だ。
とはいえルルの父ならば、そして妹ならば楽に仕留められるような獲物だ。
だが、ルルには無理だった。
「情けないよなぁ……オレが兄ちゃんなのに」
『力』を求めようにもルルはもう十六歳。
もちろん身体はそれなりに鍛えてはいたが、それだけではこの森の奥まで狩猟になど行くことはできない。
戦闘に適した『特異能』が必要不可欠なのだ。
だが『特異能』とは通常、生後半年からおよそ五歳、遅くとも八歳までの間に目覚めるものであると、ルルは聞いたことがあった。
ゆえに、ルルが狩猟で村の役にたてるようになる可能性はほぼないと言って良かった。
「はぁ……あ、キノコ発見っと」
見つけたキノコの根元を腰に差した鉄のナイフで切り取り、反対側の腰に結んだ革袋へ放り込むルル。
村人に暖かく励まされ、優しい家族に支えられたおかげで克服したはずの劣等感に再び苛まれていたルルは、今自分がどこにいるのかも忘れ、ふらふら歩いていくのであった。
森の奥へと。
♢♢♢
――力が欲しいか?
いじけながらも黙々とキノコの採集を続けていたルルの頭に声が響いた。
「え?」
一瞬、幼馴染みの少女のいたずらかと考えたが、聞こえてきた声が男のものであったと思い直したルルは、驚いて辺りを見回した。
――何者にも負けることのない、絶対的な力が――
再び響いた男の声に、ルルは驚くことも忘れて考え込んだ。
もう一人の幼馴染みの少年には及ばないとはいえ、ルルの頭は村の中では良い方だ。
過去、村長に頼んで字を習ったおかげで今ではそこそこ難しい本――大半が娯楽本だったのだが――を読むことも出来た。
数多く読んだ娯楽本の中で、ルルの一番のお気に入りの物語は、平々凡々な少年の成り上がり物語だった。
なんの『特異能』も特技ももたないただの少年に危機が迫った時、強力な『特異能者』として覚醒するのだ。
大きくなってから『特異能』が目覚めることなどないとわかりつつも、物語の主人公を『無能』の自分と重ね合わせ、その後の主人公の活躍に一喜一憂したものだった。
ルルは似たような筋書きの物語を沢山読んだ。
だからこそ、ルルは思う。
「……今、そういう場面じゃなくないか?」
――……チッ
「舌打ち!?」
理不尽な思いをしたルルであった。
と、その瞬間、ルルの眼前が光り輝き、再び声が響いた。
――お前が望んだっつー体を保ちたかったが仕方ねぇ。 今はそんな余裕もねえしな
しかしそれは、突然の事態に驚き戸惑っているルルの耳に入ることはなかった。
♢♢♢
「うわぁ!」
目も眩むような光が迸ったその時、左腕がズシンと重くなったのをルルは感じた。
それにまたもや驚いたルルが目を凝らして見てみると、ぼんやりと見える左腕の輪郭が大きく変わっていた。
それは一言で表すならば、まるで竜の顎のようだった。
五本の指が猛禽の嘴のように大きく鋭く変化し、親指であった部位はそれ以外の四指と真反対の位置へと移っていて、まさに顎のようだ。
掌側の指の付け根あたりからは無数の牙が生え、掌があった部分は奥が見えないほど深い口腔へと変化していて、そこには紅くぬめる長い舌が見えていた。
変化はそれだけに収まらず、手の甲から肘にかけては鉄のように鈍く光を反射する甲殻を纏っており、未だ少年の域から逸脱しないような人間の腕とは思えない程に太く長くなっている。
甲殻のない部分は隙間なく鱗に覆われていて、肘の部分で鱗が集中し、重なり、鋭い角を形成していた。
ルルの腕らしい部位は全くと言って良いほど残っていない。
「えぇー……」
ルルの声は不満げだった。
何がなんだかいまひとつ分かっていなかったものの、まるで物語のような展開に胸が弾んだのも事実だったのだ。
ところが、いざ発現させられたらしい自分の『力』を見てみると、自分の左腕が異形へと変化しただけだったのだから、落胆の声が上がるのも無理はなかったのかもしれない。
(まるで御伽話に出てくる竜人か何かみたいだ)
などとルルが考えていると、先ほどまで頭の中で響いていたものと同じ声が聞こえた。
『ンだそのハンノウ。 シツレイなヤツだなクソガキ』
ルルの左腕がもごもごと動き、喋りだしたのだった。
『チッ、まぁイい。 このオレサマがテメーのチカラってヤツだ。 テメーみてーなモノのシらねークソガキにはスぎたチカラだが、hezyclvcoccサマのゴメーレーだからシカタねぇ……』
「ヘズィ……なんだって?」
声がだんだんと小さくなっていったせいで左腕の言ったことが聞き取れなかったルルは思わずたずねた。
『あぁ? ナニイって……あぁ、いやナンでもねぇ。 キにすんな』
が、ルルの左腕は何事かに納得した様子を見せたあと、明らかに誤魔化した。
しかし、おおらかな気質を持った村で育ったために、細かいことはあまり気にしない性分だったルルは、左腕のあやしい返答を気にする素振りも見せず、もっとも気にかかっていたことについてたずねた。
「ところでこの状況、まったく意味がわからないんだけど……」
至極真っ当に思えるルルの疑問を聞いた左腕は、何やら呆れたように言った。
『ハァ?』
それに構わずルルは続ける。
「とりあえず、お前がオレの『特異能』なのか?」
『トクイノー? ……あぁ、そうか。 まぁそのニンシキでカマわねぇよ』
「……オレもう十六なんだけど」
『だからナンだよ』
「『特異能』って五歳くらいまでにしか発現しないんじゃないのか?」
『……そのヘンはオレサマはよくシらねぇが、ジッサイモンダイこのオレサマがオマエにヤドってんじゃねぇか』
「まぁそうだな」
またもや釈然としない気持ちを抱えつつ、一応納得したルルは続けて疑問を投げ掛けようとした。
「お前は――」
『オマエじゃねえ。 hrg……チッ、グラトニアスだ。 そうヨべ』
目覚めたばかりの己の『特異能』が人格のようなものを持ち、更に既に名を持っていることに違和感を覚えたルルだったが、そういうこともあるものかと気持ちを改め、了承した。
「わかったよ。 なんだか大層な名前だな」
こんなことを言うとこの左腕は怒るのかなと思ったルルは、今の奇妙な状況と、それになんだかんだと適応している自分がおかしく思えてクスクスと笑いはじめた。
そんなルルに、左腕――グラトニアスは少し硬い声色で言った。
『オイ。 キヅいてねぇのか? さっきからのんびりしてやがるけどよ』
「なにが?」
まったく予想していなかったグラトニアスの様子を怪訝に思ったルルは、小首を傾げて言った。
『ウシろ』
返ってきたのは、簡潔な言葉だった。