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なまえのはなし

作者: えすみ

以前、当時のホームページに載せていた小説の手直しです。

彼女は彼が嫌いだった。

いや、苦手だったと言う方が正しいかもしれない。

彼女と彼の出会いは、ふたりが小学生だった頃に遡る。六年生になって初めて彼と同じクラスになった彼女はある日、お気に入りのバニラの匂いつき消しゴムが消えているのに気づいた。彼女が苦手な算数の授業の度にくんかくんかと匂いを楽しんでいた消しゴムは、彼の手によりぶちぶちと千切られ、クラスメートの、彼女の幼馴染へと撃ち込まれる弾丸と化していた。勿論彼女は幼馴染と共に彼に抗議したが、弾丸が飛んでくるばかりであった。空薬鋏のように床にばらまかれた消しゴムの破片を拾う彼女の頭は混乱で渦巻いていたが、彼は彼女の困惑などお構いなしに一方的に彼女を標的認定した。


それからの日々は彼女とって地獄であった。


消しゴムは新しく買ってもすぐに乱射され、大事にしていたヘアピンはピッキングに使うなどと言われ真っ二つに折られ、綺麗に髪を結っても前衛的な髪型に無理矢理セッティングされ……彼女がどんなに泣いて嫌がっても彼はお前は俺のストレス発散の為に生まれてきたんだと言わんばかりに彼女へ非人道的嫌がらせを続けたのだった。十も幾ばくも過ぎない彼女がそんなものに耐えられるはずもなく、彼女は彼の名前の文字列が目に入るだけで胃に疼痛を覚えるまでになっていた。理由も分からぬ嫌がらせをされ1カ月も過ぎた頃、彼女は幼馴染と愚痴をこぼしあっていたところバケツの水を頭にぶちまけられた。言わずもがな彼によって。そして彼女は思った。こいつマジ殺したい、と。


ここで前言撤回させて頂こう。彼女はやはり彼が大嫌いだった。


無垢だった筈の心を雑巾の絞り汁のように濁らせた彼女が犯罪を犯すのを踏みとどまったのは、ひとりの友人に的確なアドバイスを貰ったからだ。

「そういう奴はあなたの反応、嫌がる顔を楽しんでいるんだよ。だから存在から無視すれば消えてくれるはず」

目からウロコだった彼女は友人のアドバイスを忠実に守り始めた。

消しゴムを奪い取られたら修正液を使い、ヘアピンは百均の物を使うようになり、髪を引っ張られても表情ひとつ変えず、どんなに大事な物を盗られて逃げられても、あら? 貴方そんな物が欲しいの? と見えるように振る舞い、卒業式の記念撮影で頭の上に指で鬼のツノをつくられても、にこやかに笑ったのだった。そして中学生になり、彼女はまた幼馴染と共にバケツの水をかけられた。彼女は無言のまま鞄からバスタオルを二枚取り出し一枚を幼馴染に渡して、彼をじいっと見つめながら自分の体をもう一方で拭いた。彼はまるで自分がバケツの水をかけられたかのような顔をして立っていたので、彼女は自身の勝利を確信した。

それから彼の嫌がらせはぱたっと止み、彼女にやっと平穏な日々が戻ってきた。彼女は"なんだか彼に構ってもらえないと寂しい。物足りないわ"などとは全く、毛頭、微塵も考えずこれからは青春を謳歌しようと意気込んで部活動にも打ち込んだ。因みに帰宅部であった。

数日後、いつものように直帰しようと靴箱を開けるとバニラの匂いつき消しゴムがローファーの上にちょこんと置いてあった。

またまたある日、靴箱を開けると綺麗なヘアピンが置いてあった。

またまたまたある日も、またまたまたまたある日も彼に奪われ壊されていた物品が靴箱の中に置いてあるのだった。

彼女は思った。なんて私は心が広いんだろう、と。



それから幾年も経った今、彼女の目の前にはただの紙切れが置かれている。薄っぺらい紙切れだ。こんな紙切れ一枚でかと心許なかったが、彼女はある文字列を見てその考えを改めた。彼女が聞く度に胃に疼痛を覚えていた、あの名前である。達磨の目を入れるように自分が名をその紙切れに書いたら、毎日胃痛を訴えるようになってしまうのだろうかと思い彼女が笑うと、彼はつられて珍しく幸せそうに笑う。



彼女は彼が大好きだ

幼馴染は男です。

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― 新着の感想 ―
[一言] M女じゃなかったら即縁を切られるか親の責任を問われる問題行動してるな。 それにしても幼馴染にはちゃんと謝罪したのだろうか?悪戯の域を超えて虐めの領域だし、友人に水ぶっかけるような基地外は自…
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