博士と奢りと噂話 な後編
「いや、さすがの僕でも知り合いにそんなことはしないからね?」
もし知り合いじゃなかったらどうなのかとは怖いので聞かないでおこう。
「妖精の好物とかも色々話を聞いてみたいしさ。自然の珍しい薬草なんかも置いてるから、君のおやつになるようなものもあるかもしれないよ?」
「はっはっは、そんなおやつに釣られて人の家にホイホイお呼ばれされるような歳じゃ……」
「最近だとマルクトから来た行商の人におまけでもらったピーチナッツミルクとかいいんじゃないかな」
「行こうレイ!すぐ行こう今行こうさぁ行こう!!?」
「落ち着けツッコミ役。解剖されっぞ」
目の色を変えるスピカがアドバイス常識人ポジからただの食いしん坊妖精ポジションに今にも転落しそうで心配だが、すでに手遅れかもしれない。少なくともキョメちゃんやナビィ的な正統派マスコットはもう無理だろう。それでも友達としてガッちゃんやカービィの所までは行って欲しくない。俺が困る。
「まあ俺にとっても面白そうだし、邪魔にならないようでしたら今度遊びに行かせてください」
「もちろん歓迎させてもらうよ。探索以外はわりと暇してるしねぇ」
それはない。研究施設の中で外にいるのより暇な研究者ってどんな奴だ。
「辺鄙なところにあるけどね。まぁレティを連れてれば絡まれる心配はまずないさ」
「そのかわり『死なないだけ』トレーニングを試させてもらうがな」
「……………………」
「……レティ、せめてジュネーブ条約は守るんだよ?」
無言で空っぽになった焼きそばの皿目掛けて顔を突っ込ませる俺を見て、シモン先生がレティをたしなめた。しかし俺は思う、どうして新米冒険者の訓練の話に、戦争捕虜の扱いを定めた条約の話が引き合いに出されるのだろう。
「でもマジな話、ミスカトニックが奥地の方で何か重要な実験をやってるらしくてね。最近迷宮全体が気が立っているみたいだから、訓練にしろ依頼にしろ気をつけるんだよ?」
一瞬真顔になった先生が鋭い目で言いながら眼鏡を直す。ガラスの反射が何か重要な事を言っているっぽい雰囲気を醸し出していた。
「レティも女の子なんだから、お猿にスカートめくられたりしないようにね」
がくっ。
「っ、薬棚の標本片っ端から割られてえのかこのトンチンカン野郎っ!!スカートで迷宮に潜る奴がどこにいるっ!?」
頬杖がテーブルからずり落ちたレティに怒られるシモン先生。レティにそんな冗談が言えるのはアーカム広しといえどもこの人だけではないだろうか。さすが変態、器が違うぜ!!
「そこのガキはどうしてニヤケてんだ?明日のメニュー水責めに変更されてーのか?」
「普通にただの拷問だよ!!」
明日はマジでダンジョン来るのやめよう。久しぶりにルキとでも仲良く遊んでやろう。うん。
「けっ!どいつもこいつもアホらしい。ミスカトニックも迷宮にストレスかけてまで何やってんだか……」
「異世界からアーティファクトを持ち込んでいると噂になってるね。にわかには信じ難い話だが、ネクロノミコンまで動いているとか」
「おいおい本当にそんなもんあるのかよ!?ただの学生の噂話だろそんなハナシ!?」
「え?そんなヤバイんスか、その猫のノミ取りって」
俺にはレティが驚いてる方が驚きだ。
ちなみにアーティファクトというのは、人々の信仰や強い感情が集まることで、通常では考えられない程の霊力を秘めた宝具のことだ。聖遺物や聖杯、魔剣や宝珠、魔道書など、伝説の数だけアーティファクトは存在するが、その中でも特に有名なものはより信仰の対象となり、力を増す。
「いくらミスカトニック入ってからの日数が浅いとはいえネクロノミコンも知らずに魔術師やってんのかお前……?」
今度は俺が驚かれた。これは稀によくある。主に戦闘技術の進歩のなさとかに驚かれる。……あれ?自分で言ってて目頭が熱くなってきた……?
「ネクロノミコンっていうのは、世界最強最悪と呼ばれる魔道書の一つだよ。死者の書、死霊秘法、死者の掟の書なんて呼ばれることもあるね」
「スピカでさえ知っているだと!?」
「この中で一番年長者だよ!!」
それこそにわかには信じ難い。
「そのネクロノミコンの中でも特に原本に近い力を持つラテン語の写本がミスカトニックの禁書庫に所蔵されているって噂が昔からあるんだよ。眉唾だけどな」
「いやでもミスカトニックならその可能性もあるんじゃ……」
「そうそう人間に扱える代物じゃないからね。普通の人間なら近づくだけで精気を吸い尽くされて死に至るとまで言われる魔道書だ。アーティファクトの中でも最上級と呼ばれるものの一つを保持していながら生徒の誰にも知られていないなんて、ちょっと信じられないね」
確かに近づくだけで死ぬの辺りからめちゃめちゃ嘘臭くなってきた。現代魔導科学を舐めているのだろうか。いや俺もそんなもんよく知らんけど。
「なんにせよ、僕の目から見ても最近少し森の生物の様子がおかしいことは事実だ。ロスト・エリュシオンを探索するならしばらくは注意しておくに越したことはないよ。これはミスカトニックの同窓生として、友人としての忠告だ」
「……はん。迷宮進むのに注意すんのはいつものこった。ちっと雲行きが怪しいから仕事しねえってのは無理な話だぜ。カメハメハ大王じゃないからな」
「微妙な例えですよ師匠それは」
……殴られた。
「もう大分夜も遅い。街から出るだけだから心配もしてないけど、学生は気をつけて帰りなさい。それじゃ、僕はこの辺で失礼するよ」
立ち上がったシモン博士はテーブルに置かれたお会計票を持っていく。
すぐにレティも立ち上がった。
「おい、私らの分払ってねえぞ」
「いいよ今日は、大した額じゃないんだし僕が持つよ」
「おお!」
「おとこまえやー!」
焼きそばとジュース代が浮いて目を輝かせている俺とスピカってどうなんだろう。しかもそもそもレティの金だ。
「焼きそば代でカッコつけんじゃねえエビオタク。こんな事で借り作らされてたまるか」
「意外とみみっちい事気にするなぁ……。気にしなくていいよ、依頼の品が高品質ならお釣りがくる。そのささやかなお礼ってことでいい」
「それはそれでささやか過ぎるぞおいオッサン」
「ハハハ、聞こえんなぁ」
爽やかな笑いを浮かべて立ち去る博士の後ろ姿は絶妙にカッコ悪かった。
「まーまーいいじゃないレティ。同級生に奢ってもらうぐらいさぁ」
「何もしてないのに同級生に奢られるのが一番後味が悪いってことをお前らももう少し大きくなったら理解できるようになるだろうよ」
「だから私の方が年上だって言ってるだろ!?」
むすっとした顔で再び食堂の椅子に腰掛けるレティ。少しの間考えるような沈黙があってから、お冷を少しだけ飲んでまた立ち上がった。
「っち。仕事上がりだがなんかしらけちまったよ。あいつの言う通りお前らにはもう大分遅いだろ、さっさと帰るぞ」
「うーい」
「ういういー」
特に依存はないので俺たちも気だるげに立ち上がる。
「「ご馳走様でしたー」」
「……お前らって妙なとこだけ礼儀が出来てるよな」
二人して手を合わせる俺たちに呆れた顔をしながらもレティも続いた。この人こそ妙なところで礼儀がしっかりしていると思うのは俺だけだろうか?気功の修行のおかげなのかな?
ココアさんとマスターに挨拶して、俺たちも夜の食堂「ホウレン荘」を後にした。
週別ユニークがずっと100未満になってるのは何故なの……
1000とか行かないと無理なんですかね。
情けない話雲の上の話なのでよくわからぬ。これが宣伝不足か。
ちうことで活動報告とか書いてみようと思います