ある夏の日
どうしよう。
その五文字が延々と脳内でぐるぐるとまわる。
視線の先には、この中三という節目にどう足掻いても避けられない進路指導の便り。
別に何かをやらかしたわけではないし、内申が足りないというわけでもない。
ただ行きたい高校もなければ、そもそも高校に行くのか否かという所さえ決まっていないので、その話し合いをするだけでも億劫なのだ。
もうどうにもならない事で机に突っ伏して唸っていると、慣れた気配が前に立っているのを感じて、面を上げた。
「煌子、帰ろ!」
「あー、うん。そうだね、帰ろうか」
いつも仲良くしている友人の麻衣だった。
本人は否定しているがかなりのお節介で、独り暮らしをしている煌子にご飯をおすそ分けしに来たり、昼食を一緒に取ったり、休日は家に遊びに来たりする。
事実麻衣に割と精神面でも助けられていることが多々あったりするものだから、彼女には頭が上がらない。
でも素でやっているのだから、彼女にそんな覚えはないんだろうが。
煌子がそんなことを考えている事など露知らず、麻衣は目を輝かせて煌子の前で飛んだり跳ねたりしていた。
何でこんなテンション高いんだ。
「煌子さ、夏休み暇?」
「残念、イギリスに帰るよ。毎年恒例」
「ちぇっ、つまんなーい。たまには相手してよ」
夏休み前恒例の会話だ。
煌子の実家はイギリスにある。
元々はイギリスに滞在したまま日本に来ることはなかったのだが、煌子の頼みに祖父が折れ、長期休暇中は帰省することを条件に日本滞在を承諾された。
中々頑固な祖父は、煌子が遠くに行くことを大分渋っていた。
煌子が高校に行くか否かで迷っているのは、このまま日本に滞在して日本の高校に入るか、イギリスに帰るかを決めあぐねているからだ。
「…ていうか麻衣、今年受験なんだから遊んでる場合じゃないだろ。内申大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ。多分」
「塾の夏期講習行きなよ、小森先生が握り拳作って待ってるよ」
「うっ、頭が…!」
そんな会話をしながら学校を出る。
明後日から夏休みにはいるため、煌子は早いうちにイギリスに行く荷造りをしなければならない。
名残惜しいが早めに麻衣と別れ、マンションの自室まで駆け足で向かう。
すると郵便入れに案の定、手紙が入っていた。
差出人は祖父のようだ。
部屋のカギを開けて中に入り、便箋を開けながらベッドに腰掛ける。
便箋の中には手紙と数枚の写真が入っていた。
手紙には向こうの様子が日記のように綴られていた。
今日は誰かが床にパンを落としたとか、別の日はネットの調子が変だっただとか、そんな他愛もない事ばかり。
写真には、イギリスでいつもお世話になっている人達が映っている。
こっちにピースをしていたり、海で泳いでいたり、誰かの寝顔だったり。
煌子が寂しくないように、定期的に送ってくれるのだ。
「ふふ、ふふふっ」
煌子の大好きな人達が、大好きな表情を浮かべて映っている写真を胸に抱く。
「早く帰りたいなぁ」