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エピローグ

 光姫と幸の拉致事件が解決して一月が立ったある日のこと。

 縁側でぼんやりとしながら、時々お茶を啜る明治に、幸が声を掛けてきた。

「アキ君。ぼんやりしてどうしたの?」

「いや、何だか平和だなって思いまして…」

「ああ、そうだよね」

 そういいながら、雲一つない青空を二人して見上げる。

 一月前に国の命運をかけた戦と、斑蜘蛛率いる野盗集団が襲撃してきたことが、まるで嘘だったかのように、のどかな空だった。

 鳶が暢気に空を飛ぶ様子を眺めながら、二人でお茶を啜る。

「「はぁぁ~」」

 二人の間に沈黙が流れるが、それは気まずいものではなく、むしろ明治には心地いい沈黙だった。

 しかし、その沈黙は、幸が思い出したように声を上げたところで、破られた。

「そういえば、アキ君は、勉強とか訓練はいいの?」

 明治は軽く頷きながら、

「実は、一月前の戦のあと、鉦定さんから勉強は終了って言われたんです。剣術の稽古も、一通り習ったから、後は自分で訓練しろって、お館様が」

「そうなんだ」

 自分で聞いておいて、あまり関心がないような返事をする幸に、明治は思わず苦笑しながら、幸を見た。

 幸は何かを考えるようにしていたが、突然、「そうだ」と声を上げながら、明治に向き直った。

「それじゃあ、アキ君はお昼食べた後は暇?」

 期待するように、きらきらと目を輝かせながら、にじり寄る幸に、明治は身体を仰け反らせながら、こくこくと頷いた。

 幸は、一層顔を輝かせながら、嬉しそうに言った。

「じゃあ、お昼食べたら、町にでて買い物しようよ」

 あまりにも嬉しそうに幸が提案するので、明治は断ることもできずに、「了解」と返事をすることにした。

 返事を聞いた幸が、嬉しそうに去っていくのを見送った明治は、軽く背筋を伸ばすと、隆宗の執務室へと足を向けた。

「お館様…、ちょっといいですか?」

 部屋の外から隆宗に声を掛けてみたが、返事がない。

「お館様?」

 もう一度声を掛けるが、やはり返事がなかった。

「(おかしいな。確かにこの時間帯はここにいるはずなのに…)」

 明治は首を傾げながらも、もしかしたら執務に集中して聞こえないのかもしれないと思い、そっと部屋の中を覗いてみた。

 すると、確かに隆宗は部屋の中にいた。

 しかし、隆宗は真面目に仕事をしているわけではなく、机に突っ伏して熟睡していた。

 明治は呆れつつも、隆宗を起こそうと声を掛ける。

「お館様、起きてください」

 隆宗の身体を揺すりつつ声を掛けるが、一向に起きる気配がない。

 段々焦れてきた明治が、隆宗を大きく揺さぶるが、相変わらず隆宗は眼を覚まさなかった。

 まさか隆宗に何かあったのではと、明治が不安になっていると、隆宗がむにゃむにゃと口を動かした。

「ふ、ふはははは」

 隆宗が突然高笑いを始めたので、明治は思わず後ずさりをしてしまった。

 明治が驚きながらも、隆宗の様子を見ていると、

「ふっふっふ。この紋所が眼に…」

「とっとと起きろー!!」

 いつの間にか現れた鉦定が、何かを言いかけた隆宗を蹴り飛ばした。

 ゴロゴロと転がった隆宗が、むくりと起き上がりながら、文句を言う。

「むっ。いきなり何をする!」

「やかましい!何寝てるんだよ!ああん!」

 隆宗の文句をバッサリ切り捨てて、鉦定が睨みつける。普段は温厚で、主人には敬語をきちんと使う鉦定が、怒りのあまり、ヤンキーのような口調になっていた。

「まったく、居眠りどころか、熟睡しやがって!」

 いつの間にか正座で説教されていた隆宗が、遠慮がちに言った。

「あのぅ…、鉦定?一応俺は、主人なんだけど…?」

「うっさい!黙れ!」

 しかし、鉦定の怒りが限界を超えてしまっていたため、一喝されてしまい、隆宗はシュンとしてしまった。

 もはや主従関係など無視された光景に、明治は苦笑いしながら、こっそりと執務室を出て行った。

 部屋を出た明治が、さてどうしようかと、廊下をぶらぶらとしていると、ばったりと光姫に出会った。

「あら明治さん。こんなところでどうしたんですか?」

 やんわりと笑いながら訊いてきた光姫に、明治は事情を説明した。

「別に大したことではないんですけど、ちょっとお館様にお願いがありまして。それで、執務室を訪ねたら、お館様が寝ていて、鉦定さんが説教しているってことです」

「あらあら。困った人ね」

 そういいながらも、あまり困ったように見えないどころか、むしろどこか楽しげにさえ見えてしまうのは、隆宗と光姫の仲がかなりいい証拠だろう。

 明治がそんな感想を抱いていると、光姫がずいっと顔を寄せてきた。

「それで?」

「へ?」

「それで?あの人にお願いって何なのですか?」

 光姫がぐいぐいと顔を近づけてくるので、明治は身体を仰け反らせながら答える。

「え、えっと。実は昼ご飯を食べた後、幸さんと町に買い物に行くことになりまして。それで、その、できればお小遣いを少々もら…え…たら…」

 説明しながら、明治は内心後悔していた。なぜなら、説明の途中から、光姫がこれ以上ないくらい、にやにやと笑っていたからだ。

 そして、明治の説明が終わると、

「まあ、まあ、まあまあまあ」

 明治の手を取りながら、これ以上ないくらい嬉しそうにしていた。

「やっと、明治さんも幸さんと逢瀬をするようになったのですね」

「へ?いや、あの、その…」

「これで、二人が祝言を上げるのも時間の問題ですわね」

 光姫の後ろに控えていた女中たちも、光姫に同意するように頷いていた。

 明治が言い訳もできずにおろおろしていると、

「そういうことでしたら、私にお任せなさい」

 光姫は、そばにいた女中の一人に命じて、一貫文を持ってこさせた。ちなみにこの一貫文は米一石―約千合分―に相当する額である。

 明治は慌てて断った。

「ちょ、ちょっと待ってください。さすがに一貫文は貰いすぎです!」

「そうかしら?着物とか装飾品とか買ってあげれば?」

「それでも多すぎです!せいぜい二十文くらいで十分です!」

「まあまあ、何があるか分からないから、とりあえず持っていきなさい」

 そういわれて、結局明治は一貫文を受け取ることになってしまった。

「重っ」

 受け取った明治が思わずつぶやいてしまったが、これは仕方のないことだった。

 何せ、この一貫文。文字通り重量が一貫―約三・七五キロ―もあるのだ。持ち運ぶにしても不便なことこの上ない。

 そんな明治の心情を知ってか知らずか、光姫の話は続いた。

「いいですこと?明治さん。女の子は皆甘いものが大好きです。ですから、最初は甘味処に連れて行きなさい。その後は、着物を見たり、装飾品を見たりして、最後に二人で夕焼けを眺めればばっちりですわ」

 その後も延々と話が続きそうだと感じた明治は、わざとらしく咳払いをして、慌てたように言った。

「すいません!そろそろご飯を食べて、準備しないといけないので!失礼します!」

 勢いよく頭を下げると、明治はそのまま走り去っていった。

 それを呆然としながら見送った光姫は、拗ねたように頬を膨らませた。

「まあ、まだ教えておきたいことがあったのに…」

 光姫のその様子が、あまりに幼く見えたので、後ろに控えていた女中たちがくすくすと忍び笑いをしたのだった。

 一方明治は、廊下を全力疾走して、炊事場に辿り着くと、おさねさんに頼みごとをした。

「すいません。おさねさん。僕、この後用事があるので、先にお昼をいただいてもいいですか?」

 おさねさんは、事前に幸に事情を聴いていたのだろう、軽く頷いた後、お膳を運んできた。

 明治がお膳を受け取ると、おさねさんがにやりと笑いながら、明治の脇腹を肘で突いた。

「幸から聞いてますよ。一緒に買い物に行くんだって?やるじゃないですか」

 よく見ると、炊事場にいた女中全員が、作業の手を止めて、にやにやと笑いながら明治を見ていた。

「(ここもかー!)」

 明治は、内心で思いっきりツッコミを入れ、お礼もそこそこにお膳を持って、自分の部屋へと戻っていった。


 しばらくして、明治がややぐったりしながら、待ち合わせ場所に行くと、既に幸が明治を待っていた。

「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」

「ううん。今来たところだから大丈夫」

 そんな現代におけるデートの定番のような会話をした後、二人はそろって城下町へと歩いて行った。

 町に出た二人を出迎えたのは、野菜や魚などの食材を討っている店や、団子やおはぎなどの甘味の店、着物や簪などの装飾品を売っている店など、大小さまざまな店と、それを売買する商人たちだった。

「うわぁ」

 幸が感動したように目を輝かせた。普段、あまり城から出ることがない彼女からすれば、いろんな店や商人が溢れる城下町は、珍しいのだろう。

 幸は、明治の手を取ると、急かすように引っ張った。

「早く行こうよ」

「わわっ」

 急に引っ張られた明治は、体勢を立て直し、幸についていった。

 それから二人は、いろんな店を見て回った。

 当初、明治が貰いすぎだと言っていた、お小遣いの一貫文も、気に入ったものを買ったり、城の皆へのお土産を買っているうちに、いつの間にか三十枚ほどが消えていた。

 やがて、夕方になり、二人で城へ戻っている最中に、幸が訊いた。

「アキ君は、自分の時代に帰っちゃうの?」

 幸のあまりにも真剣な顔に、明治も真面目に自分の気持ちを話した。

「うーん…、最初はやっぱり帰りたかったです。自分が生まれて、生きてきた時代ですし。でも、最近は、違うような気がするんです。何ていうのかな、お館様や光様、鉦定さんとか幸さんとか、いろんな人と出会って、優しくされたり、怒られたりして、お館様の手伝いで忙しかったり、そういうのがすごく充実してるって思うようになったんです。変に思えるかもしれないけど、ここにきて初めて自分が生きてるって実感できたんですって、すいません、うまく言えなくて」

 明治が誤魔化すように笑いながら幸を見ると、幸は嬉しそうにしながら、首を振った。

「言いたいことは分かったから、大丈夫だよ」

 それからしばらくの間、二人は無言で歩き続けていたが、突然、明治がぽつりとつぶやいた。

「家族…」

「家族?」

 幸が思わず聞き返すと、明治は頷いた。

「もしかしたら、僕は皆を家族みたいに思っているのかもしれません。城の皆は、僕にとって大切な人たちだから。だから、帰りたくなくなってるのかもしれません」

「そっか」

 明治の考えを聞いて、幸は満面の笑みを浮かべながら走ると、くるりと明治を振り返った。

「ほら、早くしないとおいていくよ!」

「わわっ、待ってくださいよ!」

 夕日に赤く染まる空の下を、明治は慌てて幸を追いかけて行った。

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