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第五章 罠と決闘 第4話

 それからしばらくして、城に着いた兵士たちは、隆宗の労いの言葉を受けて、それぞれの家へと帰還した。

 そして、隆宗を始めとした武将たちも、着込んでいた鎧を脱ぎ終わって、ようやく一息つこうとした時だった。

 どたどたと慌ただしい足音が響いたかと思うと、女中頭のおさねさんが、ひどく狼狽した様子で部屋に入ってきた。

「お、お、おお、お館様!大変でございます!」

「どうしたというのだ?おさねさん」

 いつも物腰が柔らかく、とても落ち着いているおさねさんが、ここまで取り乱しているのを見たのは初めてかもしれないと思いつつ、隆宗はとりあえず落ち着くように告げた。

 しかし、

「こ、これが落ち着いていられますか!」

 おさねさんの怒鳴り声に、隆宗と鉦定、明治が驚いた。

「あのぅ…」

 明治が、おずおずといった様子で、提案した。

「とりあえず、何が大変なのか、おさねさんに話してもらった方がよくないですか?」

「そ、そうです!落ち着く場合じゃないんです!お館様、よく聞いてください!」

 何やら真剣な様子のおさねさんに、その場の全員が固唾を飲む。

 おさねさんは、一度深呼吸をした後、おもむろに口を開いた。

「大変言いにくいんですけど…、奥方様と幸が、かどわかされました!」

「「「何だって!?」」」

 おさねさんが告げた事実に、三人は驚愕して、おさねさんに説明を求めた。

 おさねさんは、蒼白な顔を俯かせて、起きたことを説明した。

「実は、お館様たちが戦に出た後、奥方様と幸が城下町に買い物に出かけたんです。私は女中が行くからと止めたのですが、奥方様と幸がどうしても、お館様たちに料理を作りたいからと聞かなかったんです。一応、護衛を付けて行ったんですが、買い物に行った先で、野盗が急襲してきたらしく、護衛は全員やられて、奥方様と幸はそのまま連れ去られてしまったらしいのです」

「その野盗は今どこに!?」

「え?あ、その、文があります」

 突然の明治の声に驚いたおさねさんは、明治の勢いに流されるように、野盗からの手紙を出した。

 隆宗が受け取ってみると、そこにはこう書かれていた。

―山辺隆宗、貴様の妻と連れの女中は預かった

―城下の外れの河原にまで来い

―部下を連れてきても構わないが、

―こちらには人質がいることを忘れるな

 明らかな脅迫文が記された手紙を、隆宗はぐしゃりと握りつぶす。その肩は、怒りのあまり震えていた。

「すぐに兵を…」

 隆宗が、命令を下しかけた瞬間、明治が乱暴に戸を開けて、廊下へ飛び出した。

「待て!明治!何をするつもりだ!」

 隆宗が制止するが、明治はそれを無視して、自分の部屋に飛び込むと、刀を掴んで城を飛び出していった。

「ちっ、追うぞ!鉦定!」

「はっ!」

 隆宗と鉦定も、必要な武器を持って飛び出していった明治を追いかける。

 一方、明治は、城下を走りながら、美作村で矢矧が殺された時のことを思い出していた。

「(あのころの僕とは違う!今度こそ絶対守るんだ!)」

 町の人々が何事かと振り返るのも構わず、明治は懸命に馬を走らせ、ついに指定された河原に辿り着いた。

 そこで明治が目にしたのは、手を後ろに回されて、体を縄で縛られた光姫と幸の姿だった。

「幸さん!光様!」

 明治は、急いで二人の元へ駆け寄ろうとした。

 しかし、今まで身を隠していたのだろう、あちこちから野盗たちが姿を現すと、幸たちと明治の間に立ちふさがった。

「おやおやおや」

 最後に姿を現した、野盗の頭領らしい人物を目の当たりにした明治は、驚愕して目を見開いた。

「お、お前は…、まさか…、美作村で矢矧を殺した…」

「ほう。覚えていてくれたとは嬉しいねぇ」

 明治の反応に、野盗の頭領、斑蜘蛛がにたりと笑った。

 明治は、怒りを露わにしながら、斑蜘蛛を睨みつける。

「お前が二人を攫ったのか!」

「見ての通りだと思うがねぇ」

 斑蜘蛛の飄々とした態度に、明治の怒りが爆発した。

 明治は、手にしていた刀を一気に抜き放つと、一直線に斑蜘蛛へと突進した。

 斑蜘蛛は立ちふさがろうとした部下たちを止めると、明治が振り下ろした刀を身軽によけ、無防備になった明治の腹を、思いっきり蹴り飛ばした。

「うわぁ!」

 明治は蹴られた勢いで、ゴロゴロと草の上を転がる。

 それを見て、斑蜘蛛はけたけたと笑いながら、明治を挑発した。

「どうした?坊主。お姫様と娘さんを助けるんじゃないのか?」

 明治は痛みに呻きながらも、どうにか立ち上がって、再び斑蜘蛛に立ち向かっていくが、今度もまた、明治の刀は避けられて、蹴り飛ばされてしまった。

 激しくせき込みながらも、どうにか立ち上がった明治を、斑蜘蛛は急に冷めた目つきで見た。

 そして、そのままくるりと踵を返すと、

「もういい。お前はもう飽きた。俺はお殿様が来るまで寝るから、後はお前たちで適当に遊んでやれ」

「ま、待て!」

 明治は慌てて追いかけようとするが、斑蜘蛛が指を鳴らした瞬間、野盗たちが立ちふさがって、明治は囲まれてしまった。

「どけ!」

 明治は、目の前の野盗に向かって刀を振るうが、闇雲に振った刀が敵を捕らえるはずもなく、虚しく空振りする。

「へっへっへ」

 下卑た笑いを浮かべながら、野盗の一人が前に進み出て、ゆっくりと刀を振り上げた。

「(僕は、仇を討つどころか、誰かを守ることさえできないのかな)」

 明治が、自分の非力さに悲しくなりながら、迫りくる刀を見つめていると、何かが風を切る音と、「タン」という軽い音が聞こえたかと思うと、明治を殺そうとしていた野盗が短い悲鳴を上げて、そのままどさりと倒れてしまった。

 何が起きたのかよくわからない明治が、倒れた野盗を見てみると、額に矢が突き刺さっていた。

「明治!無事か!」

 突然響いた声に振り向いてみると、馬上から矢を射終えた態勢の隆宗と、急いで馬を走らせる鉦定が見えた。

 鉦定は、馬を走らせたまま、明治を囲んでいる野盗たちに突っ込んでいく。

 突然仲間を殺されたことで、野盗たちはいきり立っていたが、鉦定の行動の意味を知るや否や、蜘蛛の子を散らすように、逃げ惑った。

 野盗たちの包囲から抜け出せた明治は、ほっとしながら訊いた。

「鉦定さんもお館様もどうして?」

 鉦定の後ろから追いかけてきた隆宗は、馬から降りると、明治の頬を叩いた。

「馬鹿者!」

 突然叩かれて唖然とする明治に、隆宗は矢継ぎ早に言葉を浴びせていく。

「なぜ飛び出していった!無策に飛び出していけば、お光たちの命はもちろん、お前の命さえも危なかったのだぞ!それも単身で乗り込むなど、愚の骨頂!俺たちが間に合ったからよかったものの!まったく!」

「お館様、説教は後にしたほうが…」

「む、ああ、そうだったな」

 鉦定の一言で冷静さを取り戻した隆宗が、視線を向けると、斑蜘蛛が部下たちを伴って近づいてきていた。

 隆宗は、斑蜘蛛を憎々しげに睨みつける。

「貴様か。俺の妻と女中を攫った犯人は」

「ああ、そうさ。最高の演出だっただろう?戦から帰ってきたら、愛する妻が攫われていたなんて。ひっひっひ」

 にやにやと笑いながら答える斑蜘蛛に、鉦定と明治が激昂しかけるが、隆宗がそれを手で制しながら訊いた。

「貴様の目的はなんだ?金か?地位か?」

「全部さ」

 斑蜘蛛は欲望に顔を歪める。

「俺は、すべてが欲しい。金も、地位も、名声も、女も、この世のありとあらゆるものすべてが欲しい!まずは手始めに、貴様を殺して、この国を乗っ取るつもりさ」

 斑蜘蛛が話しながら指を鳴らすと、野盗たちが隆宗たちを取り囲んだ。

 隆宗は、にやりと笑いながら言った。

「それは無理な話だな」

「何?」

「俺が例えここで死んだとしても、家臣たちには後継者を立てるように言ってある」

「後継者だと?ふん。ならば、そいつも殺すまでだ!やれ!」

 斑蜘蛛の号令で、野盗たちが一斉に飛びかかってきた。

 隆宗、鉦定、明治は、それぞれの刀を抜いて、野盗たちを迎撃する。

 しかし、隆宗と鉦定は、さすがに戦いなれていて危なげないが、明治は違った。

 相手の刀をなんとか交わしたり、受け止めたりするだけで精いっぱいであり、例え相手に隙ができても、反撃しようとはしなかった。

 その様子に気づいた隆宗が、明治に怒鳴る。

「明治!なぜ反撃しない!」

 明治は、辛そうに顔を歪め、

「できません!人を斬ることなんて、僕には…」

「甘ったれるな!」

 弱音を吐く明治を、隆宗は一喝した。

「お前が反撃しなくても、敵は容赦せず、お前を殺しに来る!俺たちが庇うにも限界がある!死にたくなければ、やるしかないんだ!」

 隆宗は、明治を説教しながらも、向かってくる敵を切り伏せる。

「俺が戦場で生き延びろと言ったのは覚えているな?」

 明治は必死に敵の攻撃を捌きながら頷く。

「生きることを諦めるな。生きるために、自分が今できることを必死になって実行しろ。後悔も懺悔も後でできる。あれはそういう意味だ」

―ザク!

「がっ!」

 突然、隆宗がうめき声をあげた。

「お館様!」

 鉦定が、隆宗を斬ろうとしていた野盗を切り伏せて近寄る。

 明治も、敵の攻撃を捌きながら隆宗を見ると、隆宗の左肩から血が流れていた。

 どうやら、明治に話しかけていたために、完全に戦いに集中しきれていなかったらしく、一瞬の隙を突かれたようだ。

「お館様!」

 鉦定が隆宗を庇いながら声を掛けると、隆宗はどうにか立ち上がって、襲ってきた野盗を迎え撃った。

「大丈夫だ!それよりも目の前のことに集中しろ!」

 鉦定は、すぐに了解して、目の前の敵に集中したが、明治は違った。

 隆宗が流した血を見て、美作村での事件が脳裏にフラッシュバックしたのだ。

 明治を庇って、斑蜘蛛に斬られた矢矧。

 血に染まった刀を持って、狂気に顔を歪める斑蜘蛛とそれを見て笑う野盗たち。

 夥しい血を流し、明治が握った手から力が抜け、矢矧が息絶える光景。

 そして、同時に、夢の中で矢矧が言ったことも思い出した。

『強くなれ、誰かを守れるくらいに…』

 瞬間、明治の目に強い意志の光が宿る。

「ああああぁぁぁ!」

 明治は叫び声をあげると、野盗の刀を受け流して、そのまま野盗の右腕を切り裂いた。

 その瞬間に、明治の手に嫌な感触が伝わってくるが、これを無視して、すぐそばにいた野盗を切り伏せる。

 今までと全く違う様子の明治に、野盗たちは怯んだ。

 当然、隆宗たちも驚いていたが、今はそれどころではないと、瞬時に我に返ると、明治の両側に立って、怯んだ野盗をなぎ倒す。

「明治!行け!」

 鉦定が、明治を促す。

「私とお館様でこいつらを食い止める!お前は、斑蜘蛛を倒して、奥方様と幸を助けろ!」

 明治が戸惑いながら、隆宗を見ると、隆宗はこくりと頷いた。

 明治も頷き返すと、襲い掛かってきた野盗をかわし、そのまま包囲を突破して、斑蜘蛛の元へと走っていった。

「斑蜘蛛!!」

 明治は、斑蜘蛛のそばに辿り着くと、走った勢いのまま、刀を一気に振り下ろした。

―ガキンッ!

 刀同士がぶつかる音が響いた。

 斑蜘蛛はにたりと笑いながら、刀ごと明治をはじくと、

「小僧。俺様に向かってくるか。あの村では、震えて隠れているか泣くしかできなかった貴様が」

「黙れ!」

 明治が刀を横なぎに振るが、斑蜘蛛はそれを軽く後ろに跳んでかわす。

「ほう。あの時より、少しはましになったじゃねぇか。いいぜ、来いよ。切り刻んでやる」

 斑蜘蛛は、凶悪に顔を歪めると、刃をべろりと舐めた。

 対する明治は、刀を正眼に構え、一息に斑蜘蛛に接近し、鋭く刀を振り下ろした。

 しかし、斑蜘蛛はあっさりと明治の刀を受け止めると、反撃とばかりに、怒涛の勢いで刀を振り始めた。

「ほらほらほらほら。どうした、どうした!」

 斑蜘蛛の戦場で鍛えられた剣術に、明治は守勢に回るしかなかった。

 明治はどうにか、斑蜘蛛の刀を防ぎながら、必死に反撃の糸口を探すが、その隙が中々見つけることができないでいた。

 そうしているうちにも、斑蜘蛛の凶刃は、明治の防御を掻い潜り、明治に小さな傷をいくつもつけていく。

「明治さん!」

「アキ君!」

 近くにいた光姫と幸が、心配そうに明治に声を掛けるが、明治には余裕がなく、応えることができない。

「(なんとか反撃しなくちゃ、どこかに隙は…)」

「明治!」

 歯を食いしばりながら、必死に耐え忍ぶ明治の耳に、突然隆宗の声が届いた。

 と同時に、脳裏をよぎったのは、剣術指南を受けた時の隆宗の言葉だった。

『いいか、明治。相手に隙が見つからない時は、隙を作らせろ。敵に、自分の攻撃してほしい場所へ誘導すればいい。そうして、敵がその場所を攻撃してきたら、後は今まで通り攻撃を受け流し、斬る!』

「(思い出した!)」

 明治は、斑蜘蛛が刀を振り上げた瞬間に、頭の上に掲げていた刀を下げた。

 斑蜘蛛は隙ありとばかりに、大きく刀を振り上げ、勢いよく、明治の頭めがけて振り下ろす。

 その瞬間を見計らって、明治は柄を上に、切先を下に提げ、斑蜘蛛の刀を受け流す。

 刀身を滑っていく斑蜘蛛の刀を見ながら、明治はくるりと手首を返し、そのまま鋭く刀を振り下ろした。

 斜めに振り下ろされた明治の刀は、斑蜘蛛の右肩を深く切り裂いた。

「がぁぁ!」

 斑蜘蛛は刀を落とし、がくっと膝をついて、血が溢れ出している右肩を押さえる。その傷は、致命傷ではないにしても、斑蜘蛛の戦意を奪うには十分だった。

「俺様が…、こんなガキに…」

「お頭!」

 斑蜘蛛がやられたことで、野盗たちは動揺を露わにする。

 と、同時に、城からの援軍も、河原に到着し、鉦定が明治のそばへと駆け寄った。

 斑蜘蛛は、舌打ちすると、部下たちに命令を下した。

「野郎ども!これ以上は不利だ!退くぞ!」

 斑蜘蛛は、刀を拾い上げると、部下たちを率いて、どこかへと去っていった。

 それを見た明治は、刀を落とすと、その場に座り込んでしまった。

「アキ君!」

 援軍に縄を解いてもらった幸が慌てて駆け寄って、抱きついてきた。

 明治は、困ったように笑いながらも、幸たちの無事に安堵するのだった。

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