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第1章 願い 第1話

 桜の花もだいぶ散り、葉桜の様相を見せ始めたある日の朝。爽やかな日差しとは裏腹に、とぼとぼと学校への通学路を歩く、一人の少年の姿があった。

「はぁ~…」

 深く、陰鬱としたため息を吐く少年の名は、安部明治(あべあきはる)。この春、市内の私立惣駄(そうだ)高校に入学した高校一年生である。本来ならば、新しく始まった高校生活に大いなる期待を寄せ、胸を躍らせるはずなのだが、彼の場合は、入学式早々にとある厄介ごとに巻き込まれてしまったため、学校へ行きたくないというのが、本音である。

 明治は、できるだけゆっくりと、通学路を歩いていたが、そんなささやかな抵抗もむなしく、学校についてしまった。

 明治は、一度校門前で立ち止まり、重苦しく立ちふさがるかのような校舎を見上げ、再びため息を吐いた。そして、とぼとぼと昇降口で上履きに履き替え、自分に割り振られた教室へと向かう。途中ですれ違う同級生や先輩たちの、新しく始まった生活に、希望があふれているかのような表情を妬ましそうに見ながら、教室の中へと入る。

 そうして、自分の席に座ると、窓の外をぼうっと眺めながら、本日三度目のため息を吐いた。

 そんな彼に話しかけようとするクラスメイトは、存在しない。

 それは別に、明治が入学早々クラスメイトからいじめを受けているわけではない。ただ、彼らは、明治に降りかかっている、とある災難が自分たちにも飛び火しないように、彼から遠ざかっているだけである。そんな微妙な空気の中で、やがて教師が到着し、いつものように退屈な授業を始めた。

 明治も、真面目に授業を受けていたが、しばらくして、高校の入学祝に、母親から買ってもらった携帯電話が、ぶるぶると震えた。

 まるで、その振動が明治自身も揺らすように、ビクッと体を震わせる。そして、着信を告げる携帯電話をそっと開くと、そこには、明治が恐れていた文面が記載されていた。

―一時限目が終わり次第、いつもの場所に来い

―来なかったら後でどうなるかわかるよな?

 脅迫と言って差し支えないそのメール内容に、明治はとうとう泣きそうな顔をしてしまい、心の中でできるだけ授業が長引きますようにと願っていた。

 しかし、そんな願いもむなしく、どこかのんきそうな音色で、チャイムが授業終了の合図を告げる。

 明治は、悲痛な面持ちで、そのチャイムを聞くと、ゆっくりと席を立ち、呼び出された場所へと向かう。

 明治が呼び出された場所は、一日中日当たりが悪い、体育館の裏だった。大抵の人が、体育館裏と聞くと、不良のたまり場と思いつくだろう。そして、この惣駄高校の体育館裏も、そんな場所の一つだった。

 明治が息を切らしながら、その場所へと向かうと、そこには髪を脱色し、両耳や鼻にいくつものピアスをつけ、いかにも不良ですといった格好の者たちが、待ち構えていた。

「おっせーぞ!コラァ!」

 明治がたどりつくと同時に、不良の一人が、文句を言いながら、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばす。あまりにも威圧的な態度に、明治は縮こまる。

「ご、ご、ごめんなさい」

 おびえながら謝る明治を、なおもその不良は睨みつける。

「てめぇ、ナメてんのか!ああっ!」

「落ち着けよ、ゴロウ」

 明治の胸倉を掴み、今にも殴りかかろうとしていた彼を、一人の少年が止めた。彼だけは、この不良グループの中で、一際異彩を放っている。それは、別に外見が派手派手しいというわけではなく、むしろ逆だからだ。髪を染めているわけでもなければ、ピアスを開けているわけでもない。ましてや、不良の必須アイテムとでもいうべき、タバコを加えている様子もない。

 そんな、一見穏やかで、どちらかといえば、明治と同じく、不良に絡まれそうなタイプの彼こそが、この不良グループのリーダー、財部銀二(たからべぎんじ)だった。財部は、惣駄高校の理事長の孫で、見た目とは裏腹に、理事長の孫という立場を利用し、学校の不良たちの頂点に立っている。

 教師たちも、理事長の孫ということで、強く出れないため、余計に調子付いていた。

 ゴロウと呼ばれた少年は、財部に不満を言う。

「けどよぉ、銀さん。こいつ、…」

「いいから、放せよ」

 財部に凄まれたゴロウは、少しおびえながら、ようやく明治を解放した。明治が、ほっと息をついていると、財部が、にこやかに宣言した。

「とりあえず、安部。お前、今からオツカイに行って来い」

「へっ?」

 唐突な命令に、明治が戸惑っていると、財部が、メモを突き出してきた。

「オツカイだよ。わかるだろう?このメモの物だ」

 財部に一方的に渡されたメモを見ると、そこには、パンやジュース、漫画雑誌などが羅列されていた。明治が、呆然とそのメモを見ていると、財部は怪訝そうに眉をひそめた。

「どうした、安部?まさか、行かないなんて言わないよなぁ?」

「えっ?で、でも、あの、お金は…」

 オツカイといわれて、メモだけを渡された明治が、代金はどうするのかと聞こうとしたが、

「何か言ったか?」

「…、何でもないです」

 財部に睨みつけられてしまったため、それ以上、何も言うことができなくなってしまい、明治は、肩を落としながら、オツカイに走っていった。

以前、とぼとぼと歩いて向かっていたら、まるで牛か羊のように、原付で追い立てられ、ひどい目にあったことがあり、それ以来、彼らの称するオツカイには、できるだけ走っていくことにしている。

 教師に見つからないように、そっと学校を抜けだした明治は、学校そばのコンビニに向かいながら、もはや癖になりつつあるため息を吐いた。

 なぜ、明治が不良たちのパシリに使われているのか。その原因は、入学式の時にある。

 惣駄高校の入学式を終え、明治が自宅に帰ろうとしていたところ、突然、体育館裏から、いくつかの怒号と、悲鳴が聞こえてきたのだ。普段の明治ならば、聞こえなかったふりをして、何事もなかったかのように、その場を立ち去っただろう。

 だが、高校という新しい環境に飛び込んだためだろうか、好奇心に駆られてしまい、体育館裏を覗き込んでしまった。そして、不良たちが寄ってたかって、一人の生徒を囲んでいるのを目撃してしまった。

当然、すぐにその場を立ち去ろうとしたが、運悪く、足元に落ちていた空き缶を、思いっきり踏んでしまったのだ。

―カキョ

 その場に、空き缶が潰される音が大きく響いた。そして、逃げようとしていた明治は、すぐに捕えられて、口封じの恐喝をされた挙句、便利に使われることになったのだ。もちろん、明治も当初は抵抗していたが、そのたびに制裁を加えられ、そのうちに、従うしかなくなってしまった。

 そんな嫌な記憶を思い出してしまった明治は、頭を振って振り払うと、辿り着いたコンビニで、メモに書いてあるものを購入し、すぐに元来た道を引き返していった。

 そうして、ようやくオツカイを済ませた明治は、教室には戻らず、屋上へと足を向けた。まったくと言っていいほど人がやってこないこの屋上は、明治のお気に入りで、不良たちから解放されると、いつもここで過ごしていた。

「どうして、いつもこうなんだろう?」

 地面に寝転びながら、明治は深いため息を吐く。

「せめて、僕がもっと強かったらなぁ。あいつらなんか、簡単にやっつけれるのに」

 誰が聞くこともない愚痴を、明治はつぶやき続ける。

「もっと頭がよかったら、こんな学校からさっさと転校して、別の高校に通うのに」

 明治は、容姿、成績、運動能力、全てにおいて平均を地で行く自分に嫌気がさしていた。とはいっても、別に漫画の主人公のような立場になりたいと願っているわけでもない。ただ単に、自分の弱さが嫌いなだけだった。

 だからと言って、勉強したり、武道を習ったりといった努力をしようとも思わなかった。自分が努力をしても無駄だと、すでに諦めていたからだ。

もし、明治が諦めることをしなければ、明治のあこがれる強さが手に入ったかもしれない。少なくとも、もっと前向きになれるだろうし、そうなれば、今のように不良たちにいいように使われることもなかっただろう。

―キーンコーンカーンコーン

 取り留めもないことを考えていて、いつの間にか眠ってしまったようで、授業終了を告げるチャイムで、明治は眼を覚ました。

 授業をサボってしまったという罪悪感を感じるよりも、ようやく長い一日が終わったと、ほっとした明治は、不良たちに見つからないように(時には、帰りに見つかり、その日の遊び代を奪われてしまうため)、帰り支度をして、部活にいそしんで、青春を謳歌している生徒をしり目に、そそくさと学校から立ち去った。

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