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第五章 罠と決闘 第2話

 やがて、隆宗たちの行く手に、地図に書かれた通りの森が姿を現し、一行はそのまま森の中へと入っていった。

 先行部隊に導かれて森を進むと、そこはすでに周囲の樹が円形に切り倒され、本陣の設営準備が始まっていた。

 その後も着々と準備は進んで、明治たちが森に入ってから一時間ほど経過したところですべての準備が整い、兵たちは思い思いに休んでいた。

 一方、武将たちはすぐに本陣に集められ、戦の作戦会議に追われていた。

「さて、まずは戦力の確認だ。こちらの戦力はやはり二千が限界だ。内訳は、歩兵が千、槍が四百、鉄砲が二百、弓が三百、本陣の護衛に百。対して敵方は、歩兵が三千、槍が二千、鉄砲四百、弓が六百の総勢六千だ。このまま正面からぶつかっても勝ち目はない」

 地図の上に、それぞれの絵が描かれた駒を配置しながら、隆宗が状況を説明した。

 その場の全員が難しい顔をしながら、地図を睨みつけるが、いい考えが浮かばずにいた。そこへ、明治がつと地図の一点を指さした。

「ここは何ですか?」

「ここは、両側が壁のようになった狭い細道だよ。大体馬が三頭並んでぎりぎりの広さだ」

 明治の疑問に、武将の一人が答えた途端、隆宗がはっとした顔をした。

「ここをうまく使えないか?例えば、敵をここにおびき寄せて前後から挟み撃ちとか」

「どうでしょう。たとえ挟み撃ちにするにしても、地力が違いすぎますから、撃破されそうですけど」

 そこへ明治がおずおずと手を挙げた。

「あの…いいでしょうか…」

 全員が注目する中、明治は考え付いたことを話した。

「敵の戦力を分断できないでしょうか。例えば、壁の両側に火薬を仕込んでおいて、敵がここを通ったら壁を爆破するとか」

 以前、映画でそういうシーンを見たことを思い出しながら、話を続ける。

「爆破が無理なら、両側から岩を落とすとか。とにかく、敵の戦力を分断できれば、後は少しずつ撃破していくだけでいいですよね」

 全員が感心する中、鉦定がその作戦の穴を指摘した。

「確かにそうすれば、戦力の分断はできるだろうが、問題はこの道の長さだ。仮に敵戦力すべてがここを通ろうとした場合、この道を通れるのは多く見積もっても、大体二千人程度だろう。その二千は撃破できたとしても、後四千が残ってしまう。それはどうするつもりだ?」

 明治はしばらく唸りながら思案した後、近くに落ちていた枝で地面に図を描き始めた。

「こういうのはどうでしょうか。まず、敵をこの道におびき寄せて、先頭から二千ほどは道を抜けさせます。それで、道にいる連中は、さっき言った方法で閉じ込めて、上から弓とか落石とかで攻撃する。そうすれば、残りの敵は二千にまで減ります。あわよくば、それで残りの敵は逃げるかもしれませんし」

「だが、先頭の二千はどうするつもりだ?いくら罠を張り巡らしても、二千もの兵はそう簡単には減らんぞ?」

「そうですね…」

 明治の作戦が効果的だと思い始めていた武将たちは、その作戦の穴に頭を悩ませた。

「あっ」

 突然、明治が何かを思いつたように声を上げ、手をポンと打った。

「こういうのはどうです?作戦は、暗くなってから始めるんです。暗い森の中なら罠に誘い込みやすいし、例え罠を抜けてきたとしても、わざと本陣に誘い込んで囲んでしまえば叩けます」

「どうやって本陣に誘い込むのだ?」

「明かりを本陣にだけ大量につけて、森の中とかはつけないようにしておけば、そこに本陣があると思って誘い込めませんか?」

「それについては、俺に考えがあるんだが…」

 それまで、部下たちのやり取りを黙って聞いていた隆宗が、口をはさんだ。

「敵陣に間者を送っておいて、こちらの合図で、敵軍が全軍攻めてくるように仕向けよう」

「そうか。それなら、誘い込むこともできますね」

 明治も、他の武将たちも隆宗のアイデアに感心した。

 しかし、鉦定の指摘はまだ続く。

「だが、道に閉じ込める連中はどうする?明かりがなくては、敵が分からないぞ?」

「必要ありませんよ。だって、暗いなら敵自ら自分たちを明かりで照らしてくれますから。それに、道に入ってこなかった残りの兵たちも、目の前で罠が発動すれば、躊躇して時間を稼げますし」

 明治の考えは、一応理に適ってはいる。しかし、実際に作戦を実行するには、あまりにもリスクが大きいように、鉦定は感じていた。だからと言って、他に有効な作戦があるかと言えば、否である。

 困った鉦定は、隆宗に最終決定を求めた。

 全員が注目する中、しばし黙考した後、膝をパンと叩いた。

「悩んでいても無駄に時間を消費するだけだ。それに、明治の作戦以外に有効な手立てはないのも事実だ。よって、今回は明治の作戦を採用する」

 自分たちの主が下した最終決定に、異を唱える者はなく、こうして軍議は終了し、全員がすぐに準備を始めた。

 明治も、鉦定や隆宗、他の罠を仕掛ける担当の武将たちと、仕掛ける罠の種類とそのポイントを検討していく。

「大切なのは、罠を仕掛けて、自分たちがそれにかからないように徹底することです。後は、徹底的に罠の情報を敵軍に秘匿すること」

 明治の注意点に、その場の全員が頷く。

「具体的な罠としては、樹と樹の間に縄を張って、馬を転倒させたり、落とし穴を作ったり、横から丸太とか矢が飛んで来たり、といった感じでしょうか?」

 明治に意見を求められた鉦定は、軽く頷いた後、さらに補足した。

「加えて、ここの沼を利用しよう。縄を岸に張って、その上に木の葉をかぶせて沼を隠す。そうして、敵が罠の上に乗った瞬間に縄を切って、敵を一気に沼に叩き落とす、というのはどうだ?」

「いいですね。それも使いましょう。後は、他の罠を仕掛ける場所ですが、森の入り口にいきなり罠を仕掛けると、先頭の敵は倒せるでしょうが、後続の敵が森に入ってこない可能性があります。なので、ある程度森に入った場所に仕掛けようと思うのですが、どうでしょうか?」

 自分の意見に全員が同意したことで、明治は満足げに頷いた。

 それを確認した隆宗が、締めの一言を放った。

「よし。各自、急いで罠の作成を行え。くれぐれも敵に悟られるな!」

 全員が隆宗の号令に応えて、罠を仕掛けるために散っていった。

 明治と鉦定も自分の部隊に命令を伝えに戻った。

 しかし、

「鉦定様はともかく、何でそこの坊主の命令を効かないといけないんだ」

 明治が初陣で、さらに自分たちよりも幼い年齢であることに、兵たちは不満を持っていた。

「えっと、その、い、一応、お館様の…」

 おどおどしながら説明しようとする明治の背中を、鉦定が勢いよく叩いた。

「シャキッとせんか、お前がそうおどおどしていたら、部下たちに余計舐められるぞ」

 そして、今度は文句を言う兵たちに鋭い視線をむけた。

「お前たちもだ!明治が部隊長なのは、お館様がお決めになったこと!それに不満を言うなど、不敬にもほどがある!それに今回の作戦の発案者は、この明治だ!私たちにもこれ以上に有効な作戦が思いつかなかった!お前たちにそんな作戦を考えられるか?」

 鉦定が一喝したことで、さっきまで不満を漏らしていた兵たちが一斉に黙り込んだ。

 鉦定は、気持ちを静めるようにため息を吐くと、明治の背中を軽く押した。

「ほら、お前が隊長なんだ。号令を掛けろ」

「はい」

 前に出された明治は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、

「それじゃあ、さっき説明した通り全員持ち場について、作業を開始してください」

 明治の号令に不満そうにする兵もいたが、結局は命令に従って、全員作業を開始した。


 やがて、空が茜色から群青色に変わり始めたころになって、隆宗たちは、ようやくすべての罠が仕掛け終わったと報告を受けた。

 その報告を受けて、隆宗たちの緊張も高まらざるを得なかった。

 次第に夜の気配が強くなっていく中、作戦の最終確認のため、武将たちは本陣に集まっていた。

 隆宗は、罠の設置の進行状況、動作確認、自分たちの移動する道順、敵軍にもぐりこませた間者の状況など、必要事項を確認し終えると、全兵を本陣前に集め、兵を鼓舞するための演説を行った。

「皆の者、よく聞いてほしい。皆も知っての通り、今回の敵は、隣国の犀音だ。兵力、練度、どちらも我々よりも上を行っている。しかし、今回のこの戦で我々が負ければ、奴らは確実に我々の国を乗っ取ろうとする。だから、この戦は絶対に負けるわけにはいかない。我々の国を守るためにも、どんな手段でも我々は厭わない」

 隆宗が一度言葉を切って、集まった兵たちを一通り眺めると、兵たちは開戦直前で皆が緊張していた。

 隆宗は、一度ふっと表情を緩めると、再び話を続けた。

「だが、俺はあえて皆に、この命令をする!絶対に死ぬな!必ず生き延びろ!どんなに無様でもいい!敵に背中を見せても構わない!ぎりぎりまで戦って、それ以上は死ぬと思ったなら、ためらいなく退け!」

 あまりに意外な命令に、その場が騒がしくなる。

 明治も、驚いたように他の武将を見るが、彼らはどうやら慣れているらしく、特に驚いた様子もなく平然としていた。

「俺からは以上だ。開戦時刻は半刻―約一時間―後。各自、それまでに入念に準備をしておくように」

 そういうと、隆宗はくるりと踵を返し、天幕の中に入っていった。

 兵たちがどやどやと解散する中、明治は隆宗を追って、幕の中に入った。

「お館様…あの、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

 明治は、さっきの隆宗の言葉の真意を問いただした。

「どうして、あんなことを言ったんです?」

「あんな事とは?」

「生き残れって言ったことです。あんなことを言ったら、戦わずに逃げる兵も出てくるのでは?今回の戦は絶対に負けられないのでしょう。だったら、必ず勝てとかそういう感じに言った方がよかったのでは?」

「確かにその通りではある。だが、人は死ねばそこまでだ。死んでしまえば、そこから先、笑うことも、泣くことも、怒ることも、もちろん戦うこともできなくなる。例え、戦に負けても、生き残ってさえいれば、次がある。だから、俺はいつも生き残れと命令してるんだ」

 隆宗が意外に深く考えていたことに、明治は感心した。

「さて、間もなく作戦が始まる。明治、お前も準備をしっかりしておけよ」

「はい!」

 元気に返事をして持ち場に戻る明治を、隆宗は優しい目で見送った。

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