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第五章 罠と決闘 第1話

 城門が開け放たれ、およそ二千人にも及ぶ集団が、列をなして移動を始めた。

 その集団のちょうど中間あたりにいる明治は、大人数が移動する、まるで地鳴りのような音を、緊張した面持ちで聞きながら、馬に揺られていた。

 馬の手綱を握る手は、緊張のためか、じっとりと汗に濡れ、先日届いたばかりの真新しい鎧に包まれたその身体は、小刻みに震えていた。

 明治の緊張を見て取ったのだろう、そばにいた隆宗が馬を寄せて明治に近づくと、肩をポンとたたいた。

「明治。今からそんなに緊張していては、いざという時に動けなくなるぞ」

「…、それは分かってるんですけどね。どうしても、緊張してしまって…」

 隆宗に苦笑いを向けた後、俯いてしまった明治の背中を、隆宗は景気よく「パァン!」と叩いた。

「緊張してもいいが、気合入れろよ」

「…はい。でも、僕が部隊長というのは、さすがに…」

「なぁに、お前なら大丈夫だ。今までちゃんと勉強してきたんだ。それに、鉦定を補佐に付けてある。失敗を恐れるな。お前がやりたいようにやればいい」

「はい」

 隆宗との会話で多少緊張がほぐれたのか、明治は自分の身体の震えが止まっていることに気づいた。

 それからしばらくして、先行していた偵察部隊から伝令が来た。

 話によると、どうやら犀音国の軍は、ここから二里ほど離れた丘の上に本陣を張り終えて、既に隆宗たちを待ち構えているらしい。

「先を越されたか…」

 隆宗は、顎に手を当ててしばし考え込んだ後、伝令に全軍停止するように伝えた。

「お館様?」

 明治の疑問の視線を感じた隆宗は、理由を説明した。

「相手に先を越されて、有利な陣地を押さえられてしまったからな。このまま進軍するよりも、ここで一度止まって、作戦を練り直した方がいいか。進軍を止めよ!」

 隆宗の命令で、進軍が止まり、武将たちは隆宗のもとへと集められた。

 何事かという顔をする一同に対し、隆宗は声を張り上げた。

「緊急の軍議を開く!」

 その言葉を合図にして、、その場の全員の顔が引き締まる。

 隆宗は、地図を広げると、扇子で地図の一部を指示した。

「つい先ほど、先行した偵察部隊から連絡があって、敵軍はすでにここの丘に本陣を敷いたらしい」

 隆宗の報告に、その場がどやどやと騒がしくなった。

「できれば、我々がここに本陣を敷きたかったが、取られてしまっては仕方がない。ほかにいい場所はないだろうか?」

 いくら自国の領内とは言え、完全に地理を把握しているわけでもなく、全員が地図のあちこちを指示して、意見を出し合うが、中々話が纏まらずにいた。

 明治も皆と一緒に、懸命に考えていたが、ふと疑問に思ったことを口に出した。

「あの、本陣って開けた場所じゃなければいけなんですか?」

 明治が聞く意味が分かっていないのか、その場の全員が首を傾ける。

「どういうことだ?」

 隆宗の問いかけに、明治はおずおずと答えた。

「別に、敵に見つかりやすくて、攻め入られやすい場所に本陣を置く必要はないんじゃないかなって思ったんです。そういうことなら、敵が攻めてきにくくなる場所で、なおかつ兵がおけるような場所、例えば、ここの森の中みたいなところでもいいんじゃないですか?」

 そういって、明治が地図に記された森を指し示すと、隆宗たちは驚いたような顔をした。

 誰もが感心する中で、鉦定が問題点を挙げてきた。

「確かに森の中に本陣を置くのは、相手の盲点を突ける。しかし、もし、敵が本陣に攻め入ってきた場合、こちらが逃げにくくなる。それに、森の中には開けた場所がないから、本陣を敷くための場所を確保できない」

 まるで、試すような視線を向けてきた鉦定に、明治は毅然として反論した。

「事前に、敵が攻めてきそうな道には、罠を仕掛けておけばいいです。そうすれば、こちらが逃げるための時間を稼げます。それに、本陣の場所は、ある程度樹を切ったりすれば、十分に確保はできます。ついでに、森の中なら、敵も大勢で一気に攻めてはこれないはずですから、安全性もあります」

「…ふむ、一理あるな」

 鉦定は教え子の成長を確認できて満足そうに笑い、隆宗に目配せをする。

 鉦定の意思を理解した隆宗は、すぐに伝令を呼ぶと、

「本陣は森の中に敷く。先行部隊を走らせて、場所を確保しろ。十分な広さがなければ、樹を切って確保だ」

 伝令は、命令を復唱すると、一礼して走り去っていった。

 それを見届けた後、武将たちは各自の持ち場に戻り、再び進軍を開始した。

「明治」

 誰かに呼ばれて、明治が後ろを振り返ると、鉦定がすぐそばに近寄ってきた。

「さっきの軍議での意見は中々のものだったぞ。それに、俺の問題に対しての答えも悪くない。よくやったな。お館様も褒めていたぞ」

 鉦定は優しく微笑みながら、明治の頭を撫でた。

「や、止めてくださいよ!子供じゃないんですから!」

 照れた明治は、乱暴に鉦定の手を振り払うと、そのまま馬の足を速めて、前へ行ってしまった。

 鉦定は、快活に笑いながら明治を見送ると、急に真剣な顔つきになって、隆宗のそばに寄った。

「お館様、本当に大丈夫でしょうか…」

「明治に部隊を任せることか?」

 鉦定は軽く頷くと、

「あれは、まだ子供ですし、初陣でいきなり部隊を任せるのは荷が重いのではないでしょうか。まずは、私や他の武将の補佐に付けて、戦の空気に慣らしてからでも遅くはないのではないですか?」

「本来なら、俺もそうしたいところだがな…」

 主の珍しく言い淀む様子に、鉦定が訝しげにしていると、隆宗は前をすっと睨んだ。

「実はな。明治のことに関して、不穏な動きがあるらしいのだ」

「明治に関して?」

「うむ。どうやら、いきなり城に現れた奴を俺が可愛がるのが気に食わないらしくてな」

 そこまで聞いて、鉦定が息をのんだ。

「まさか…」

「そのまさかだ。どうやら、そいつらは派閥を組んで、明治を失墜、あわよくば亡き者にしようとしているらしい。だから今回、明治を部隊長に抜擢したのだ。明治が武勲を立てれば、そいつらも明治の実力を納得するはずだからな」

「そうですか。分かりました。不肖、この鉦定、全力で明治を補佐して、あいつに活躍させます」

「頼んだぞ」

 鉦定は頷くと、隆宗と同じ方向を鋭く睨んだ。

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