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第四章 覚悟と開戦 第1話

 真っ暗な空間の中で、矢矧が明治に向かって手を伸ばし、明治もその手を掴もうと、懸命に手を伸ばす。

 やっとの思いでその手を掴むと、途端に矢矧の全身から血が噴き出て、明治の全身を真っ赤に染めた。

 明治が視線を移すと、そこには血に濡れた刀をぶら下げた斑蜘蛛がいた。

 斑蜘蛛は、刀に付いた血を舐めると、にたりと笑いながら刀を振り上げ、ゆっくりと明治に近づいてきた。

 明治は、じわじわと近寄ってくる斑蜘蛛から逃げようとするが、体が金縛りにあったように動かない。

 斑蜘蛛はとうとう明治を切り捨てられる距離まで近づくと、そのいやらしい笑みをふかめながら、その手に持った凶刃を、何の躊躇いもなく振り下ろす。

「うわあぁぁ!」

 明治が、叫び声をあげながら飛び起きた瞬間、

―ガンッ!

 かなりいい音とともに、固い何かに頭を思いっきりぶつかった。

 明治が涙目になりながら頭を押さえていると、視界の端に誰かが、明治の寝ていた布団のすぐそばで蹲っているのが見えた。

 どうやら、その人物も頭をぶつけたらしく、頭を押さえながら呻いていた。

「うぅ~。痛い。ひどいよアキ君」

 そういって顔を上げたのは、幸だった。

 幸は、恨みがましい声で文句を言いながら、明治を睨みつけた。

「せっかく心配してたのに、いきなり叫びながら頭突きをしてくるなんて」

「ご、ごめん。…って、幸さん?」

 明治は目の前の人物が幸であることに、今更のように気づくと、慌てて部屋の中を見回した。

「ここは…、城?」

「そうだよ。お館様がアキ君を助けてくれたんだよ」

 頭突きをされたことを、相当に根に持っているのか、いまだに恨みがましい声で幸が答えた。

「そ、そうだ!あいつらは、野盗たちはどうなったの?」

「お館様の話だと、野盗たちは逃げたらしいよ」

 それを聞いた明治は、俯いて固く手を握りしめた。沈黙が二人の間を支配する。

「じ、じゃあ、私、お館様を呼んでくるね」

 気まずい空気を感じた幸は、その場に居辛くなったのか、そっと襖を開けて、部屋から出て行った。

 一人残された明治は、美作村で何があったのかを思い出していたが、やがて、どたどたと騒がしい足音が聞こえてきたため、考えるのを中断した。

 乱暴に襖を開けて顔をのぞかせたのは、心配していた様子がありありとわかる隆宗だった。

「おお、明治。目が覚めたか」

 隆宗がほっとしたように笑って、明治に近づこうとしたが、それよりも早く、光姫が隆宗を押しのけて、明治をぎゅっと抱きしめた。

「明治さん。本当に無事でよかった」

 明治が大した怪我もなく、無事に野盗たちから逃げ延びたことがよほどうれしかったのだろう、光姫はうれし涙を流しながら、明治を抱きしめ続けた。

 しばらくして、満足したとばかりに、光姫が満面の笑みを浮かべながら解放したので、明治は状況を訊いた。

「野盗たちは逃げたんですか?」

 隆宗は軽くうなずくことで肯定し、状況を説明した。

「あの村が襲われるという情報を手に入れた俺たちは、すぐに兵を率いて村に向かったんだ。でも、俺たちが村に着いた頃には、既に村は壊滅。生存者を探すのが難しいくらいだった。どうにか生き残った村人を見つけて話を聞くと、お前とあの少年が森に向かったというから、急いで追いかけたんだ。正直、お前を森で見つけた時は、もう手遅れかと思ったぞ。何せ、あの少年に覆いかぶさりながら倒れていたからな。とにかく、野盗たちは、兵を見て慌てたように撤退していった。本来なら、追い打ちをかけるべきなのだろうが、お前の安否を最優先にしたからな。残念ながら取り逃がしてしまった」

 隆宗はすまないとばかりに頭を下げた。明治は、首を振って自分が気にしていないことを伝え、一番気になっていたことを訊いた。

「そういえば、僕と一緒にいた矢矧は…、やっぱり…」

 隆宗は沈痛な面持ちで頷いた。

「俺たちが発見した時には、既にこと切れていた。俺たちの到着がもう少し早ければ…」

 隆宗は苛立ちをぶつけるように、畳を殴りつけた。

 全員の気持ちを代弁するかのように、部屋の中が重い空気で満たされた。

 その空気を破ったのは、気を効かせてお茶を持ってきた幸だった。

「失礼します。お茶をお持ち…きゃっ!」

 幸が敷居に蹴躓き、お盆に乗っていたお茶が宙に舞う。やがて、お茶は重力に従って落下を始め、その先の目標へ向かって中身をすべてぶちまけた。

―ばしゃっ

「あっちぃ~!」

 攻撃を受けた目標、つまり隆宗は叫びながら畳の上を転がりまわった。

瞬間、その場が喧騒に包まれる。

「す、すいません、お館様!」

「お館様!大丈夫ですか!?」

「あっちゃ~!」

「あらあらまあまあ」

 幸と明治はその場でおろおろし、隆宗は畳を転げまわって叫ぶだけで、会話にならず、唯一冷静な光姫は、その場の状況を見て、ただ微笑むだけであった。

 それからしばらくして、我に返った幸が慌てて桶に水を入れて持ってきて、お茶がかかったところを冷やしたことで、どうにか事態は収拾した。

「オホン」

 隆宗はそれまでの軽い空気を入れ替えるべく、軽く咳払いをしてから、

「それで?俺たちが村に到着するまでに、一体何があったのか教えてくれないか?」

「…はい」

 明治は、軽く頷いた後、目を閉じてゆっくりと口を開いた。

「お館様たちと別れた後、矢矧…、あの少年を家まで届けました。それで、そのまま城へ帰ろうとしたんですが、道が分からなくなってしまいまして。何せ道を尋ねようにも人が通らないようなところでしたので。結局、その日のうちに帰れないと分かったので、矢矧の家に世話になることになったんです。」

 明治はお茶を一口啜ると、部屋の中を見回し、全員が話を聞いていることを確認すると、再び口を開いた。

「えっと、あれは矢矧の家でいざ寝ようとした時のことでした。突然、村の警鐘が鳴って、野盗が来たって誰かが叫んだんです。僕と矢矧は、慌てて家から飛び出して、あの森に逃げ込んだんです。でも、野盗たちがすぐに追いかけてきて、追いつかれそうになって、それで矢矧は、ぼ…くを…かば…って…」

 明治が泣いてしまったため、話は一度中断して、明治が落ち着くのを全員で待った。

 やがて、ひとしきり泣いてどうにか落ち着きを取り戻した明治は、鼻を啜りながら謝ると、話を再開させた。

「野盗たちの頭領は、斑蜘蛛と名乗っていました。見た目から判断すると、大体お館様と同じくらいの背丈で、痩せ型。年齢も恐らくお館様と同じくらいかと思います」

「ふむ。斑蜘蛛か。聞いたことない野盗だな」

 隆宗は顎に手を当てて考えるが、どうやら思い当たる名前ではないらしく、やがて諦めたように顔をしかめると、襖の外に向かって声をかけた。

「隠密頭はいるか?」

 すると先ほどまで確かに誰もいなかったはずの場所に、突然人影が一つ現れた。その影は、膝をついてかしこまった。

「はっ。ここに」

「美作村を襲った野盗の詳しい情報を知りたい。野盗の頭領の名前は斑蜘蛛だそうだ。頼んだぞ」

「御意」

 隠密頭は、主の依頼に短く返事をすると、その場から消えるように去っていった。

 それを見届けた隆宗は、明治の方へ向き直って、明治の頭を撫でた。

「明治。お主も疲れておろう。今日はもう休むといい」

 それだけ言うと、隆宗は部屋にいた全員を引き連れて、部屋から出て行った。

 明治は、隆宗の気遣いに感謝すると、再び布団の中に戻り、眠気に身を任せたのだった。

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