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第三章 親友と仇敵 第4話

 一方、城に帰り着いた隆宗のもとに、ある一報が届けられた。

「何!?あの村の近辺で野盗が頻繁に襲撃しているだと!」

「はい。どうやら、犀音国が放った野盗らしく、今までにも、いくつか村が焼打ちに遭っているようです」

 報告してきた密偵に、隆宗は詰め寄った。

「なぜ領内でそのような事件が起こっていたのに、今まで俺に報告がなかった!」

「そ、それは。焼打ちに遭った村が、城下から離れすぎていたために、事実確認が遅れたことと、襲撃に遭った村は、どれも小さな村で、気づきにくかったためかと」

 密偵の報告に、隆宗の表情は険しくなる。

「なんということだ。領内の村が襲われていたのに、俺は何もできなかったなんて。…くそっ!」

 自己嫌悪に陥る隆宗の頭をなでながら、光姫が宥める。

「あなた。今は、そんな風に落ち込んでいる場合ではないでしょう。今、あなたにはやるべきことがあるのではなくて?」

「お光。…そうだな。落ち込んでいる場合ではないな。隠密部隊!」

「はっ。ここに」

 どこから現れたのか、部屋にはいつの間にか、忍び装束を着た男たちが跪いていた。

「明治は無事か?あいつは今どこにいる?」

 隆宗の問いに、忍び装束を着た男の一人が、一度頭を下げてから、

「先ほどの部下の報告によりますと、明治様は、城へ帰る道が分からなくなり、本日は美作村で助けた、矢矧という少年の家に厄介になるそうです」

 実は、明治は知らない事実だが、現在、明治には密かに護衛が付けられていて、定期的に隆宗たちに報告していたのだ。

「ただ…」

 忍びの男が、深刻そうな声で、続きを話しはじめた。

「ただ、先ほど申し上げました野盗どもの動きが気になります」

「どういうことだ?」

「実は今夜、野盗どもが、明治様が滞在されている村を襲撃するかもしれないという情報を入手しまして」

「何?それは本当か?」

「それなりに信頼がおける筋からの情報ですので、恐らく間違いないかと…」

 忍びの男の報告を聞いた途端、隆宗の顔色が変わった。

「すぐに具足の準備をせよ!明治の救出に向かう!それから、すぐに鉦定を呼び出せ!」

「はっ!」

 城の中が急に慌ただしくなる。隆宗は矢継ぎ早に指示を飛ばし、城にいる人間が走り回る。

「隠密部隊!すぐに明治の無事を確認せよ!鉦定!」

「ここに」

「部隊を率いて、すぐに美作村へ向かうぞ。俺も出る」

「部隊の人数は?」

「野盗どもが相手だが、あまりに大人数だと逆に小回りが利かなくなるか。そうだな。五十ほど連れて行け。部隊編成はお主に任せる」

「御意」

 鉦定もある程度の事情は聴いているのだろう、明治の身を案じながらも、主の命令に忠実に応え、すぐに準備を始めた。

 そうしているうちに、出陣の準備ができたと、隆宗に報告が入った。

「すぐに出発する!全員遅れるな!」

 隆宗は、部下たちに号令をかけると、自ら先陣を切って、城から出て行った。

「明治。無事でいろよ」

 隆宗の呟きは、日が暮れて暗くなった空へと消えていった。


―ゴオオオッ

 炎が爆ぜ、暗いはずの夜空を真っ赤に染め上げていた。

 人や家畜が燃える嫌な匂いが周囲を満たし、人々が逃げ回る悲鳴が響く。馬に乗った人間は下卑た笑いを上げながら刀を振りかざし、目に着くものすべてに向かって、その無情に光る白銀の刃を振り下ろす。

 建物に避難していた人たちは、乱暴に引きずり出され、子供と男、老人はその場で殺され、若い女は強引に犯され、建物に置かれた金目のものは運び出され、空になった建物には火がつけられた。

 のどかで戦とは程遠く、平和だった美作村が、阿鼻叫喚の地獄絵図に変わり果てていた。

 事の始まりは、隆宗が野盗の情報を聞いた頃に遡る。

 明治は城に帰る手段がなくなったため、矢矧の家に泊めてもらうことになり、再び矢矧の家を訪れ、母親に恐縮されながらも歓迎され、庶民からすれば豪勢な持て成しを受けていた。

「いやぁ。まさかこんなに歓迎されるとは思ってなかったよ」

 明治は、軒先で涼みながら食べ過ぎて苦しいお腹を摩る。矢矧もお腹を摩りながら苦笑する。

「まあ、ただでさえお客さんが少ない村だし、それに何より明治はお侍だからね。母さんも失礼のないようにって、できる限りの持て成しをしたんだよ」

「失礼のないようにって…。別に僕は侍だからって偉そうにはしないよ?」

「明治はそうかもしれないけど、お侍の中には、俺たちが農民だからって、やたら態度がでかくなる奴もいるんだよ。それに、俺たちの村は小さいからな。下手に失礼なことをして、明治の機嫌を損ねて、後で村を破壊されたらいやだからね」

「機嫌を損ねて村を破壊って…。僕はそんなことしないし、お館様もしないよ?」

 あまりの突拍子もない考えに、明治は呆れてしまうが、矢矧は空を見上げながら、

「うーん。確かにこの国は、領主も地方を収める武将も割と穏やかな人が多いし、俺たち庶民のことを考えてくれるから、そういうこともないかもしれないけど、他の国では結構権力を振りかざす奴はいるって話だぜ。例えば、年貢をわざと高くして借金させたり、村で評判の娘を人さらい同然に連れて行ったり、酷いやつだと、目の前を横切ったからって、切り殺したって話もあるくらいだ」

 身分の差がそのまま権力と富の差につながるこの時代では、そういう理不尽なことをされても、身分の低いものはそれを享受するしかない。それが、当たり前の世界なのだ。

 矢矧は勢いよく立ち上がると、それまでの空気を入れ替えるように手を叩くと、

「さて、暗い話はここまでにして、だいぶ時間も遅くなってきたし、そろそろ寝ようぜ」

「そうだね」

 そうして二人が家の中に入り、寝るための準備をしている時だった。

村の入り内にある、物見やぐらのほうから、見張りの村人が警鐘を叩くけたたましい音が村中に響いた。

 驚いて外の様子をうかがう二人の耳に、誰かの叫び声が聞こえてきた。

「野盗だ!野盗の襲撃だ!」

 途端、村中の家から人々が顔を出し、外の様子を伺い始めた。

 そこへ、馬が駆ける音と怒号、逃げる人の悲鳴が聞こえてきた。よく見ると、既に火をつけられた家があるらしく、村の入り口のほうが、不自然に明るかった。

「あんたたち!何をしてるんだい!早く逃げる準備をしな!」

 家の中から響いてきた矢矧の母親の声に、二人はお互いに顔を見合わせると、慌てたように家の中から、飛び出した。

「明治!とにかく逃げよう!」

 明治の手を引っ張りながら叫ぶ矢矧に、明治も叫び返す。

「逃げるって言ったって、どこに!?」

「とりあえず、森の中だ!あそこなら隠れる場所もある!」

「で、でも。矢矧のお母さんはどうするのさ!?」

「母さんは母さんでなんとかする!大丈夫だ!」

 実際は、矢矧も心配には違いないのだが、自分の逞しい母を信じ、迷いを振り切るように走り続けた。

 息を切らしながらも、三十分ほどかけて、どうにか森の入り口まで辿り着いた二人は、呼吸を整えながら村のほうを振り返った。

 村の大半はすでに火に包まれ、逃げ惑う人の悲鳴が村から離れた二人の元まで響いてきていた。きっと、阿鼻叫喚になっていることは想像に難くない。

「村が…」

 村が襲われているのに、自分が何もできないことが悔しいのだろう、矢矧は固く手を握りしめている。

 明治も悔しい思いはあったが、今はとにかく生き延びることが先決だと思い直し、矢矧の手を引いて、森の方へと歩き出した。

「とにかく、あいつらがいなくなるまで、隠れていよう」

 矢矧も迷いを断ち切るように振り返ると、再び歩き出そうとした。

 その瞬間、二人のすぐ側の樹に、「タンッ」と軽い音を立てて、矢が突き刺さった。思わず立ち止まった二人の耳に、野盗の怒鳴り声が聞こえてきた。

「そこのガキども!待ちやがれ!」

 振り返ると、既に野盗が数人がかりで押し寄せてきていた。

「やばい!早く逃げるぞ!」

 矢矧は再び明治の手を引いて、森の中へと駆けだした。その後に続いて、野盗たちも追撃のために、森の中へと侵入する。

 二人は森の中を必死に逃げた。普通、樹がたくさんある森などの場所で逃げる場合、木々の間を縫うようにジグザグに逃げた方が追いつかれにくいのだが、何の知識もない彼らは、ただひたすらまっすぐに走り続けた。

 すぐ後ろから、馬が土を蹴る音が聞こえる恐怖の中、二人は必死に逃げ続けたが、もともと体力のなかった明治が、体力の限界を迎え、足をもつれさせて転倒し、すぐに周りを囲まれたことで逃げ場を失ってしまった。

「よう。ずいぶん遠くまで逃げたな」

 囲んだ集団から一人の男が近寄ってきた。その男は、他の野盗たちと違い、毛皮を首に巻き、その身を包む鎧も一目で造りが違うことが分かる。

 そして、何よりも目を引くのが、その男が腰に佩く太刀である。黒塗りの鞘に収まっていて刀身こそ見えないが、柄や鍔、鞘の意匠から、かなりの業物であろうことが分かる。そして、恐らくこの男が、この野盗たちの頭領なのだろうことも、容易に想像できた。

 男は、無造作に二人に歩み寄ると、ニタリと卑しい笑いを浮かべた。

「おれぁ、この野盗の頭領の斑蜘蛛むらぐもってんだ」

 矢矧が斑蜘蛛と名乗った男を、恐怖で震えながらも睨みつけるが、その程度でひるむような相手ではなく、逆に馬鹿にしたように笑われてしまった。

「おうおう。そんなに睨まれると怖いねぇ」

 言っている言葉とは裏腹に、斑蜘蛛はおどけたように立ち上がると、スラリと腰の太刀を抜いて、明治の頬を太刀でペタペタと叩いた。

「ようお坊ちゃん。ずいぶんといい服着てんじゃねぇか。とりあえず、金目のものだせや」

 脅された明治は、脳裏に明治がいた時代に受けていたいじめの光景がフラッシュバックし、体が震え始めた。

 震える明治に気づいた矢矧は、斑蜘蛛と明治の間に体を割り込ませて庇うと、自らも震えながらも、斑蜘蛛に啖呵を切った。

「どうして俺たちの村を襲った?」

「どうして?そりゃ、お前、そこに村があれば襲うのが野盗ってもんだろ?」

 何を当たり前なことをとばかりに、斑蜘蛛たちは嘲り笑う。

 対する矢矧は、先ほどとは違う理由で震えた。

「なっ!それだけ…、それだけの理由で俺たちの村を、皆を殺したのか?」

「そうだ。運がなかったな、小僧。俺たちに見つかったのが悪い」

「…けるな」

「ああ?」

 斑蜘蛛は馬鹿にしたように、耳に手を当てた。

「聞こえなかったな。もう一度言ってみろよ」

「ふざけるな!」

 矢矧が怒りに身を任せたまま、斑蜘蛛に殴りかかる。

 不意を突かれた斑蜘蛛は、殴られた勢いのままよろけた。

「お頭!てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 頭領が殴られたことで野盗たちは怒り、一斉に刀を抜き放つと、切っ先を矢矧に突きつける。

 そして、我慢できないとばかりに一人の野盗が飛び出し、矢矧に斬りかかろうとした瞬間、

「待て!!」

 斑蜘蛛が一喝して、部下たちの行動を止めた。斑蜘蛛は殴られた頬を撫でると、幽鬼のようにゆらりと矢矧に向きなおった。

「小僧。てめぇ。いい度胸してんじゃねぇか」

 近寄ってくる斑蜘蛛に恐怖を感じた矢矧は、明治を背中に庇いながらもじりじりと後退する。

「くっくっく。そう怯えるなよ小僧。今まで襲ってきた村で、俺に歯向かおうなんて馬鹿な奴はいなかった。面白い。気に入ったぜぇ」

 愉快そうに笑いながら、斑蜘蛛は矢矧の両頬を片手で掴んだ。

「小僧。お前にその気があれば、俺の仲間に入れてやるぜ?どうだ?俺の仲間になれば、うまい食い物と酒は手に入るし、女も抱き放題だ」

「だ、誰が、お前なんかの仲間になるか!」

 矢矧は、斑蜘蛛の手をバシッと振り払うと、くるりと向きなおって、声を張り上げた。

「明治!走るぞ!」

「え?え?」

 突然走りだした矢矧に引っ張られるように、明治は戸惑いながらも走り出した。

 矢矧は叫びながら、目の前の突発的な事態に立ち尽くしている野盗に対して、力の限り体当たりをした。

 野盗と一緒に倒れこんだ矢矧は、すぐさま立ち上がると、再び明治を引っ張って森の奥へと走り始めた。

「追え!!」

 呆然としていた野盗たちは、斑蜘蛛の指示で慌てて二人を追いかけはじめた。

 二人は、樹の間を縫うように滅茶苦茶に進路を変えながら走っていくが、元々の体力の差と速度では敵うはずもなく、野盗たちがすぐに追いすがってきた。

 すでに体力の限界を感じていた矢矧は、明治の手を引っ張って、くるりとそれまでの進路と逆方向を向くと、野盗たちを掠めるように走り出した。

 野盗たちは不意を突かれ、一瞬の間矢矧たちを見失ってしまった。

 その隙をついて、矢矧と明治は樹の陰に身を隠すが、どうやら野盗たちは、すぐに二人の居場所に気づいたらしく、じりじりと二人のところへ近づいてくるのが分かった。

 このまま逃げ続けたとしても、何れ二人の体力が尽きて、捕まってしまうことは明白である。

 すでに逃げられないことを悟った矢矧は、ある覚悟を決め、明治にそっと耳打ちした。

「明治、俺が囮になって、あいつらの前に出ていくから、その間に逃げろ」

「そんな!逃げるんだったら、一緒に…」

「二人でこのまま逃げ続けても、どうせ追いつかれるだけだ。なら、一人でも確実に逃げた方がいいだろ?」

「だったら、僕が囮になる」

「まあ聞け、明治。俺は農民の子で、お前は侍だ。どっちが生き残るべきかは、ガキにだって分かるさ」

「そんなのに農民も侍も関係ないよ!」

「そういうことだ」

「?」

「お前がそういう奴だから、俺はお前を助けたいんだ。農民も侍も関係ない、本当にそうやって言える奴がこの戦乱の夜には必要なんだよ」

「でも…」

 明治がなおも反論しようとした時、二人の隠れている樹のすぐそばで、小枝を踏み折る音が聞こえた。

 矢矧は、緊張しながらも、しっかりと野盗たちがやってくる方向を睨む。

「もう時間がないか。じゃあ、ちゃんと逃げろよ?」

「矢矧…」

「大丈夫。俺は強いから。後で森の外で合流しよう」

 矢矧は、明治に向かって親指を立てると、隠れていた樹から飛び出した。

「うわあぁぁ!」

 自らを鼓舞するように声を張り上げた矢矧は、そばに落ちていた太い木の棒を拾い上げると、そのまま斑蜘蛛に向かっていった。

「ふん」

 斑蜘蛛はつまらなさそうに鼻を鳴らすと刀を抜いて、矢矧を迎え撃った。

 当然、樹の棒と日本刀では打ち合うことなどできるはずもなく、矢矧が渾身の力を込めて振り下ろした棒は、斑蜘蛛の刀に当たった瞬間、あっさりと断ち切られてしまった。

 矢矧の言う通り逃げだすこともできずに、すべてを見ていた明治は、斑蜘蛛が次にとるであろう行動に予測がついた。

「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ」

 刀を振り上げた斑蜘蛛が、矢矧に向かって振り下ろそうとするのをやめるように、明治が心の底から願う。

「やめろー!!」

 叫び声をあげながら明治は、隠れていた樹から飛び出して、矢矧の元へと駆け寄るが、斑蜘蛛は卑しく笑うと、そのまま刀を思いっきり振り下ろした。

 明治は、この先ずっと、この光景を忘れることはできないだろう。

 左肩から、右わきまでを大きく斬られた矢矧が、ゆっくりと仰向けに倒れる。

 その返り血を浴びながら、野盗の頭領が悪魔のように笑う。

 駆け寄った明治に、何かを伝えようとしたのか、矢矧はゆっくりと明治に手を伸ばす。

 その手を掴みながら、明治は必死に名前を呼び続け、その光景を見て、野盗たちが下品に笑う。

 やがて、糸が切れるように、矢矧の手から力が抜け、するりと明治の手を離れるのを見た瞬間、明治の意識は暗転した。

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