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第三章 親友と仇敵 第2話

 それからは、今までの自分はもしかしたら、生きていなかったのかもしれないと感じずにはいられないほどに、明治はとても充実した日々を送っていた。

 先日から始めた戦略の勉強や、隆宗の雑務の手伝い、時折参加する軍議などは、今まで経験したことがないため、明治にとって、そのすべてが新鮮に映った。

 また、そうした仕事の合間や、食事時などに、隆宗の家臣の武将たちや、幸や光姫を始めとした城で暮らす人々とも、かなり仲良くなることができた。

 明治がいた時代では、明治はいじめの対象であり、母親を除いて、明治と一緒に笑ったり、食事をしたりといったことをしてくれる人は、誰ひとりとしていなかった。

 また、元がネガティブな性格のためか、本格的に勉強に対して身を入れることがなかった。そのため、テスト対策などで覚えたこと以外は忘れてしまうのが常だったが、戦国時代に来て、自分の能力が認められたことが幸いしたのか、自分から意欲的に勉強を始めたため、必要なことはすぐに覚えられたし、それを忘れてしまうこともなかった。

 確かに、忙しいことは忙しい、でもそれ以上に楽しいと明治は感じていた。

「こら!よそ見をするな!」

 明治の頭に、丸めた本が振り下ろされ、小気味いい音を立てた。

「アイタッ!」

 実際は大して痛くない頭をさすりながら、明治は叩いた犯人を見上げた。

 そこには、一般的に想像される羽織袴を着た武将ではなく、まるで庶民のようなシンプルな服装をした、ともすれば粗暴な一般人にも見える武将、志茂月鉦定しもつきかねさだがいた。

 鉦定は隆宗が信頼を置く武将で、また、戦略、戦術に詳しく、有事の際には、軍師として隆宗を支える右腕のような存在である。

 先日、明治が戦略を学ぶことになった時に、鉦定は、隆宗から明治の教育を託されたのだった。

「全く、貴様、少し集中力が足りないぞ。そんなことでは、戦局を見誤ってしまう」

 とはいえ、この日、鉦定が授業を始めてから、既に三時間以上が経過していた。

 さすがに、小休止を挟んだとはいえ、明治も疲れ始めていた。

 その様子に気づいた鉦定は、軽くため息を吐くと、

「仕方ない。今日はここまで。続きはまた明日だ」

 鉦定の授業の終了宣言に、明治は思わずそのまま後ろに倒れこんでしまった。

 鉦定は、そんな明治を見て、苦笑しながら、

「休憩が終わったら馬を引いて門まで来い。乗馬の訓練がてら、散歩に行くぞ」

 そう告げて、すたすたと立ち去ってしまった。

 一方、明治が床に寝そべりながらだらけていると、幸がくすくすと笑いながら顔をのぞかせた。

「お疲れ様。アキ君。これ、女中頭のおさねさんが持って行けって」

 幸はそういいながら、手に持っていたお茶を手渡した。そのお茶は、淹れたての熱いものではなく、程よく冷めていて、すぐに飲める温度だった。

 幸の心遣いに感謝しながら、明治は手渡されたお茶を一気に飲み干した。

「ぷはっ。生き返った」

「ふふふ。大袈裟ね」

「大袈裟じゃないですよ。鉦定さんは、鬼ですね」

「またまた。鉦定様は優しいお方だよ?」

「いやいやいやいや!どこがですか!?あれだけ人を机に縛り付けておいて、この後さらに乗馬の訓練ですよ!?」

 明治は、幸にツッコミを入れながら、再び項垂れてしまった。

「はぁ~。まあいいか。正直、今まで生きてきて、今が一番楽しいし」

「そうなの?」

「うん。今までは、勉強してても楽しくなかったし、何よりいじめられてましたから」

「いじめ?なにそれ?」

「ああ、ええっと、要は力の強いやつに虐げられてたってことです」

「抵抗したりはしなかったの?」

「初めはしてたんですけどね。抵抗すればするほど、後でもっとひどい目に遭うので、途中から抵抗する気がなくなったんです」

「そう。大変だったんだね」

「まあ。ここにはそういう連中がいないだけましですね」

「あ~き~は~る~!いつまで休憩してるんだ貴様!!」

「「ひぃ!?」」

 二人が同時に悲鳴を上げ、ゆっくりと声のした方を振り返ると、中々来ない明治にしびれを切らしたのだろう、鉦定が恐ろしい形相で、やってきていた。

「確かに休憩していいとは言ったが、長いにもほどがあるだろう!」

「す、すいません!」

「さっさと支度をして、乗馬の訓練だ!」

「は、はい~!」

 慌てて準備をしに走り去る明治に、鉦定は苦笑するしかなかった。

「全く、あやつは。やる気があるのかないのか」

「鉦定様、アキ君の調子はどうなんですか?」

「ん?ああ、基本的には成長しておるよ。覚えもいいし、応用も効く。筋はいいな」

「へぇ、じゃあ初陣も近そうですか?」

「それは、どうかな。理論と違って、実戦は何が起こるか分からんし、何より、あやつが戦に出ることを望んでいないからな」

「そうなんですか。ちょっとがっかりです」

「何だ?幸。お主、明治に失望でもしたか?」

 そう問われた幸は、顔を真っ赤にしながら慌てて否定した。

「い、いえ。そういうことではないんです。ただ、アキ君が鎧と陣羽織を着たところを見たかったなと思って」

 幸の言い訳を聞いて、鉦定は快活に笑った。

「はっはっは。そういうことか。それなら、お館様に相談してみるといい」

「お館様にですか?」

「うむ。気の早いあの方のことだ。きっと、明治の鎧と陣羽織を作ろうとしているだろう」

 隆宗の気の早さは、この城にいるものならば、皆が知っていたため、幸は思わず納得してしまった。

 そこへ、庭のほうから、鉦定を呼ぶ明治の声が聞こえてきた。

「おっと。教育係のわたしが遅れていくわけにはいかないな。幸もあまりサボってると、おさねさんに叱られるぞ?はっはっは」

 鉦定は、手をひらひらと振って、明治の元へと向かっていった。

 それからしばらくして、城の近くで、明治は馬に乗ったまま、刀を振り回す鉦定に追い掛け回されていた。

「どわぁ~!」

「どうしたどうした!早く逃げないと、斬られるぞ?」

 なぜこんなことになっているのかと言えば、「乗馬経験の無かった明治を、一刻でも早く、馬で自在に動き回れるようにするため」というのが、鉦定の弁である。

 曰く、「何事も、命の危機になれば、通常以上の力を発揮して、進歩も早い」ということらしく、明治は、乗馬訓練が始まってからずっと、鉦定に刀を持って追い掛け回されていた。

 スパルタ教育にもほどがあるとは思うが、その結果、明治はわずか数日の間に、馬での全力疾走が可能なまでに上達していたため、あながち間違いではなかったのだろう。

「いや~!く~る~な~!」

「はっはっは。ほれほれほれほれ!」

 必死に逃げ惑う明治を、鉦定は笑いながら追いかける。

 しかし、よく鉦定の表情を見てみると、実にサディスティックな笑みを浮かべていた。どうやら、この訓練は、明治の乗馬の訓練であると同時に、鉦定のストレス解消も兼ねているようだ。

 その後も、端から見れば間抜けな、しかし、当人からすれば正に命がけである、この奇妙な追いかけっこは続き、やがて、馬がかなりへばってきたところで、ようやく終わりとなった。

当然、馬を操る明治の体力も底をつき、馬の上に突っ伏して、ぜーはーと息を荒立てていた。

「なんだ。その体たらくは。この程度でへばってどうする。情けない」

 鉦定は、やれやれと首を振ると、ため息を吐きながら、抜身の刀を鞘に納めた。

「この鬼教官め…」

「ん?何か言ったか?」

 明治がぼそっとつぶやいた言葉が聞こえた鉦定は、頬をひくつかせながら、刀に手を掛けた。

 明治は、冷や汗を流しながら、慌てて否定する。

「イエ、ナンデモアリマセン」

「…全く。お前という奴は」

 鉦定は、もう一度ため息を吐くと、刀から手を放した。

「仕方ないな。今日の訓練はここまで。馬に水を飲ませて、少し休ませたら、城に戻るぞ」

 それを聞いた明治は、よろよろとしながら馬から降りると、近くを流れている川へと馬を連れて行き、馬の横で、川に直接顔を突っ込んで、がぶがぶ水を飲んだ。

 そして、一通り水を飲んで満足した明治は、鉦定に渡された手拭いで顔を拭いた後、そのまま、河原に横になり、そばに立っていた鉦定を恨めしそうに見上げた。

「どうして、毎度毎度、刀を振り回して、追いかけてくるんですか?」

 明治の唐突な質問に、鉦定は何を今更という感じで笑う。

「その方が、上達が早いだろう?……あと、楽しいし」

「今、ぼそっと何か言った!楽しいとか聞こえた!ひどい!おーぼーだ!」

「ええい!うるさい!実際、上達しておろうが!それで文句はないだろう!」

「うぐっ。確かにそれはそうですけど…」

「じゃあ、感謝こそすれ、文句を言われる筋合いはないな。よし。この話は終わり。休憩も終わりだ。城に戻るぞ」

 勢いよく言い終わって、さっさと馬を城のほうに連れて行く鉦定を、明治はまだ憮然として見ていたが、やがて、ため息を吐くと、馬の手綱を引いて、鉦定の後ろを追っていった。

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