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第三章 親友と仇敵 第1話

 戦国時代の朝は早い。

 日の出とともに、人々は起きだして、朝食の準備や畑仕事などを始める。

 そして、簡素な朝食を済ませた後、本格的に自分の仕事に取り組み始める。

 それは、城仕えの者であれば、掃除や洗濯、戦の兵糧の準備や、馬の世話などであり、城下町の民であれば、農作業や商売、農具の手入れであり、武将たちであれば、自分たちの収める領地の視察や、設備の整備、兵士たちの訓練や、軍議などである。

 そうして、昼過ぎ辺りまで仕事をした後、夕方ごろに夕食を食べ、翌日の準備や、入浴をした後、一日を終えて眠ってしまう。

何せ、戦国時代には電気がないため、必然的に照明は松明や蝋燭になってしまうが、それらは非常に高価なため、できるだけ使用を控えている。

その結果、大抵は夜になると、そのまま布団に入ることになるのだ。

 明治も、隆宗に手伝いを申し出た翌日から、戦国時代の生活を始めた。

 しかし、明治のいた時代と大きく異なる生活サイクルに、始めは慣れずに戸惑ってばかりだった。

 朝は起きることができずに、幸を始めとした女中に無理やり起こされ、慣れない城の仕事に失敗を繰り返す。そうして、一日が終わるころには、明治はすでに疲れ切っており、日が落ちて、布団が敷かれると、すぐにもぐりこんでしまう。

 とはいえ、そんな生活も何度も繰り返せば、慣れてくるもので、一月が立つころには、明治は、城の生活にすっかり溶け込むことができた。

 そんなある日、手が空いた明治が、書庫で調べ物をしていると、小姓に呼ばれた。

「明治様、お館様がお呼びです」

「お館様が?」

 何の用だろうと、明治は首を傾げる。

 余談ではあるが、明治が隆宗の手伝いを申し出た翌日から、明治は隆宗を「お館」と呼ぶようになった。理由は単純に、周囲がそう呼んでいるからである。

 しかし、明治は「お館様」と呼ぶことによって、隆宗や、城の皆と馴染めた気がしていた。

 それはさておき、明治が、小者に案内された部屋は、普段、隆宗が家臣たちと軍議を開いている部屋だった。

「(軍議が開かれている部屋?今日も確か話し合ってるはずだよな?)」

 明治の記憶を裏付けるように、部屋の中からは、話し合いの声が漏れてきていた。

 小姓は、気にした風もなく、軽く襖を叩いた。

「お館様。明治様をお連れしました」

「おお、来たか、明治、入れ」

「失礼します」

 隆宗に促されて、明治は襖をあけて、中に入った。

 そこでは、既に見知った顔の武将たちが隆宗と一緒に、床に置かれた地図を囲んでいた。彼らの顔を見ると、皆一様に明治を待ちわびた様子だった。

 よくわからない明治は、とりあえず、要件を聞いた。

「お館様、一体何の用ですか?」

「うむ。今、敵が領地に攻め込んできたと想定して、どういう陣形を組むか話し合っているんだが、中々有効な手がなくてだな。明治ならどうするかを、聞いてみたかったんだ」

 無論、戦術、戦略のプロが集まって話し合っているので、有効な手段というのは考え出されているが、明治の実力を試すために、あえて嘘を言って、明治を招きよせた。

「?…はあ」

「とりあえず、この地図を見てくれ」

 明治は、呼び寄せられるまま、隆宗のそばに行き、とりあえず空いていた座布団に、腰を下ろし、地図を覗き込んだ。

 どうやら、以前に見た全国地図ではなく、隆宗の領地をできるだけ詳しく書いた、所謂地方版の地図のようだった。

「まずは、状況を説明しよう。今回の仮想敵は隣国の、犀音さいね国。敵方の軍勢は、およそ六千。対するこちらの軍勢は二千程度で、数としては圧倒的に不利だ」

 隆宗は、説明しながら、地図に書き込まれた「×印」を指さした。

「会戦場所はここ。我が国と隣国の境付近にある、平地。敵の兵力は、歩兵がおよそ半数の三千。弓兵がおよそ一千。槍兵が、一千三百。騎馬がおよそ二百。鉄砲隊が残り五百。それらの部隊が、ここに展開されている」

 隆宗はそういいながら、犀音国寄りの場所を、大きくまるで囲んだ。

「こちらは、歩兵が一千。槍兵が五百。弓兵が三百で、騎馬と鉄砲隊が百ずつ。場所はここだ」

 今度は、「×印」を挟んで、逆側にまるで大きく囲む。

 そして、にやりと笑いながら、明治を見て、

「さて、この不利な状況、お主ならどうする?」

 明治は、助けを求めるように、その場に列席している武将たちに視線を向けるが、彼らは皆一様に、主と同じようなにやにや笑いを浮かべるだけで、助言も何もしようとしない。

 明治は、諦めたようにため息を吐くと、しばらく考え込んだ。

 と言っても、明治に戦術や戦略の心得があるわけでもないので、明治が見たことのあるテレビや映画、小説や漫画などから、心当たりを探っていた。

「えっと、敵軍の勢力が圧倒的である以上、こちらから攻め込んでも、やられるだけですよね。だとすると、ここは守りに徹するべきかと。とはいっても、普通に守るだけだと、やっぱり負けてしまうからなぁ。いっそ、数を一気に減らせる兵器か何かがあれば…」

 独り言のようにぶつぶつつぶやく明治を、その場の全員が期待しながら見ていた。

 それに気づかない明治は、なおも独り言を続けた。

「数を一気に減らせる…か、待てよ。あらかじめ相手が戦闘不能な状態にすればいいのか?」

「ほう」

 隆宗が、明治の言葉に興味深そうに聞き返した。

「その方法とは、どうするのだ?」

「えっ?ああ、はい。ええっと、例えば、戦闘が始まる前に、あらかじめ敵軍に体調が悪くなる何か、例えば、腐った食べ物とか毒のあるものとかを食べさせるとか、酒で敵を酔わせてしまうとか、そんな感じでしょうか。後は、敵の進路に落とし穴みたいな、罠を仕掛けておくのもいいかもしれませんね」

 隆宗は、感心したように頷いた。

「なるほど、敵の勢力をそのまま迎え撃つのではなく、その勢力を削ってから戦うか。それなら、こちらの被害も少なくなるし、勝率も上がるな」

 隆宗の言葉に、他の武将たちも感心しながら頷いていた。

 明治は、照れ臭くなって、顔の前で手をバタバタと振った。

「い、いや。でも、それが上手くいくかはわかりませんし、当然、敵も罠とかには警戒するはずですから、やっぱり素人の浅知恵ですよ」

 明治としては、言い訳のつもりで言ったが、その場の武将たちは、ますます感心したようで、

「ほう。そこまで分かっているとは。中々侮れないな」

「うむ。まだ子供とはいえ、中々知恵が回る」

 と口々に明治を褒めた。

 対する明治は、混乱の極みだ。正直、なぜ自分がここまで褒められているのか、よくわかっていないのだろう。

 別に、明治が考えた戦略が、目新しいものだったり、優れていたわけではない。

 その証拠に、明治が到着する以前から、そういう戦略はすでに話し合いの場に出ていたのだ。

 では、なぜ彼らがここまで明治を褒めるのか。

 その理由は、戦術や戦略といった戦の運用方法を何一つ学んでいないはずの明治が、多少時間がかかったとはいえ、自分たちが出した戦略のうちの一つと、まったく同じ考えを述べたことにある。

 ともあれ、彼らのそういう意図を把握できてない明治は、褒められたことがよほど嬉しかったのだろう、顔がにやけ、かなり舞い上がってしまった。

 隆宗は、その様子を見ながらしばらく顎に手を当てて、何かを考えていたが、やがて、何か納得したように頷いた。

「そうだ明治。お主、本格的に兵法を学んでみるつもりはないか?」

「へ?」

 隆宗の全く予想外の提案に、明治は思わず間抜けな返事をした。

「お主には、軍師としての才能がありそうだ。だったら、本格的に兵法を学んでみてはどうかと思ったのだ」

「はあ…」

「そうだな。そのうち明治には、軍師として戦場に出てもらうのもありだな」

「ええ~っ!!」

 驚愕の声を上げる明治を無視して、その場の武将たちは隆宗の提案に納得したらしく、皆一様に頷いた。

 それに対して、明治は戸惑っていた。

 確かに、明治は隆宗の手伝いを申し出たが、それは隆宗の雑務だったり、城の仕事の手伝いだったりで、戦に出るつもりは毛頭なかったのだから、仕方ない。

「戦に出るかどうかは、また後で考えるとして、とりあえず兵法の勉強だけでもしてみてはどうだ?」

「え、えぇ!いや、あの、僕にはまだ早いっていうか、その…なんていうか…」

 手を顔の前でぶんぶん振りながら狼狽する明治を見かねたのだろう、武将の一人が、当面の折衷案を提示し、明治もそれならと納得した。

「そ、そういうことならやってみても…」

 そうして、明治は翌日から隆宗の手伝いに加えて、軍師としての勉強もすることになり、明治のいた時代に比べて、忙しくも充実した日々を送ることになったのだった。

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