一日目 冷静になれない年頃
▼▽ 一日目 冷静になれない年頃 ▽▼
「ううう、ああ……」
パルちゃんがうなされてて少し心配だ。膝枕してあげたまま、カバンからタオルを取り出して、それで額の汗を拭いてあげてる。
起こした方がいいかなと思い始めたら、目が少しだけ開いた。
「んぅ……ぬ?」
「パルちゃん大丈夫?」
「ティル? ここは……」
なんだか眠たそうだ。あっ、辛そうの間違いかな?
「ゆめ、訓練場だよ、大丈夫なの?」
うそを教えようと思ったけど、寝起きは仕返しされた時に危険なので止めておいた。
「大丈夫だ……もしかして、私はまた、やってしまったのか?」
後悔しているような感じで少し心配だけど、別になんでもなかったことだし、結構どーでもいい。寝ているときに額にイタズラする位の感情だ。
「またなんだ。結構あーゆう事はよくあるの?」
「ティル! 大丈夫なのか!」
パルちゃんが急に起き上がった! 危ないなぁと思って少し体を下げようとしたら、肩をつかまれた。パルちゃんがなんだか焦ってるように見えた。
「僕? 僕は平気だよ。パルちゃんの方が心配なんだけど……」
なんとなく手を握って、ゆっくり落ち付いてもらえるように言った。
「ぬ。私はなんともないぞ」
「えー? 暴れてた事覚えてないの?」
「ぬぬ? 確かティルと勝負して、それから……」
「だからぁ、僕は勝負してないってば」
何度も否定しているのに聞いてくれない。パルちゃんは、手を額に当てて一連の事を思い出してるみたいだ。ちょっとぼけてきたのか心配だ。
「色々なボールをたくさん受け止めて……」
「その後鞘を振り回して、取り押さえられたんだよ? 覚えてる?」
一応思い出すのを手伝ってあげるために教えてあげた。
「ああ、ティルと言い合いして、先生に押さえられて、その後ティルに……」
パルちゃんの顔がどんどん赤くなっていく……
もしかして思い出させなかったほうが良かった? 怒った? ヤバヒ?
「っ、それはいいのだ! だが、しかし、まさか、ぬぁっ……」
パルちゃんは顔をぶるぶる振った後、目をつぶった。自問自答して悶えている感じだから、ちょっと関わりたくない。
でも、顔が普通の肌色に戻ったから大丈夫かな。
「こんなに早く、暴走してしまうとは思わなかったのだ」
パルちゃんは苦いものでもかんだような顔になった後、僕に顔を近づけてきた。
「暴走?」
言葉の意味はわかるし、それが何を示すかもわかるけど、わかってやったのかどうかは聞きたい気もするけど、めんどくさい気もする。
「ああそうだ。もっと早く説明するべきだった。すまない」
「なんとなくわかるし、別に謝らなくていいよ」
「私は感情が抑えられなくなると、時折ああなるのだ。自制しているつもりなのだが、やはり無理だったようだ……」
苦しそうに見えたので、少し考えてパルちゃんを抱きしめてあげた。
「ティル。心配しなくても大丈夫だ。もう私の傍には近寄らない方がいい」
「なんで? パルちゃんが僕を嫌いだから? だったら近寄らないけど……」
パルちゃんの言葉を聞いて少し悲しく感傷的になって、自分を卑下するように言っちゃった。言ってから失敗したなぁと思った。
「そうではない、私はティルが好きだが、私がティルに怪我を負わせたくないのだ」
「僕もパルちゃんが好きだし、怪我なんて気にしないよ」
告白みたいで少し恥ずかしかったけど、本音が伝わるように真剣に言った。
「ぐっ、怪我だけではすまないかもしれぬのだぞ!」
「でも、一緒にいたほうが楽しそうだしー」
パルちゃんがわからずやのようになってしまったので、僕もわがまな子供のように少しすねて言ってみた。
「駄目だ! 一緒にいるだけでも危険だ!」
なんか辛そうだ。今までもこんな感じだったのかな? 傷つけるのが怖くて。だから、教室でも他の人と離れていたのかな?
「パルちゃん……」
「わかってくれ、ティルと一緒にいると楽しくてな。一緒にいればまた感情が爆発してしまい、いずれ取り返しがつかなくなる」
「うん、わかった」
パルちゃんは僕と一緒にいて楽しいみたいだ。だったら、危険な時だけ離れてればいいはずだよね。そう発想の転換をして気楽に答えた。
「すまぬ……」
パルちゃんはそういった後、振り返って歩き始めた。なので、僕もタオルをカバンにしまってから、後ろについていくことにした……
「ティル、何故着いてくる」
後ろを歩いていたのは気付かれていたみたいで、歩き始めてすぐに声を掛けられた。
「ん? なんで?」
「危険だと言っただろう」
パルちゃんがこちらに顔だけ向けて言ってきた。
「危険?」
「聞いていなかったのか!」
パルちゃんが怒鳴った! あの鬼に勝るとも劣らない形相で、振り返ってきた! 僕は危険を感じたので、逃げちゃった方がいいと思った。
「パルちゃんのばーか! あーほ! まぬけーっ……」
そういいながら少しづつ振り返って後ろに下がっていくと、パルちゃんが間抜けな、コホン、呆けた表情になった。
「パルちゃんのたこーいかーまぐろー」
動く気配がないなぁ、ここはあの言葉だ!
「厨二病!」
パルちゃんがプルプル震えだした。これは効果的だ! 続けるしかないと思う。
「なんだと……」
「私ではないのだ、この剣が勝手に動き出すのだ」
パルちゃんから反応があったので、胸に手をあてて、パルちゃんの真似っぽく体をくねらせて言ってみた。
パルちゃんの目つきが危険になった! あと一歩だ。
「この赤いお尻に描かれた正義のういろうが」
「ティィィィルゥゥゥッ。許さんっ!」
パルちゃんが僕の言葉の途中で、唸り声のようなとても低い声を出して、とてつもない表情でこっちに向かってきた!
「許されなくていいもーん」
だから、僕は走って逃げざるをえなかったんだ。
「絶対にゆるさん!」「ぱるちゃんのばーか……」
「待てーっ!」「待たないよーだっ!」
僕の方が足は速いみたいだ。だから、パルちゃんの方を振り返りながら走ってた。
「ティィルッ!」「助けてー襲われるー……」
そのまま訓練場の中で追いかけっこしていたら、ドンと何かにぶつかっちゃった。
「何だよもー……うっ」
「フフフ、これで何度目かな?」
前を見ると……正直はしゃぎすぎちゃったなぁと思った。青・赤・白・黒という名を冠した鬼が思いついて走馬灯が流れてるかも?
「僕、先生の事尊敬してます。もうしないです、反省してます」
逃れたい一心で、頭を下げて必死に頼み込んでみた。
「そうかそうか、反省してるのか」
先生はわかってくれたのか、僕の後ろを見た後、うなずいて目をつぶった。
僕は助かったと思って、逃げるように鬼から離れて、振り返った。でも、その瞬間に誰かにがっちり抱きしめられた。
あああーっ、この感触は、耳元にかかる息は、名前を思い出したら負けだぁ……
「の・が・さ・ん」
とても低いけど僕にとてもよく響く、誰かの声が聞こえた気がする。
前門の鬼、後門も鬼。僕は罠にすでに引っかかっている! だから、ここで僕は隠しておいた力を使おうと思った。でも、動けないのでお腹を見せる事は出来なかったし、土下座も出来なかった。
「君、お仕置きは。任せたぞ」
「聞いたかぁっ! ティィィィルッ! 覚悟はいいなぁぁっ!」
「全然良くない! パルちゃん、ちょっと冷静になろうよーっ!」
周囲から注目されているような気もするけど、気にしてる余裕なんてなかった。
「確かに冷静ではないかもしれぬ。だが、そうさせたのは誰かな?」
パルちゃんは僕から顔を離して、冷たい目で僕を見る。でも、話が出来る状態なので一応僕の言い訳を聞いてくれるかもしれない。
パルちゃんさえ、パルちゃんさえ何とかすれば助かるかもしれない! そう期待を持って頼み込む事にした。
「僕はただ、ただ、パルちゃんと、パルちゃんと仲良くしたかっただけなんだ!」
目を潤ませてパルちゃんに必死に思いを伝えると、僕の目をしっかり見詰め返してくれた。目つきが優しく感じる。助かるかも……
「仲良く……そうだったのか」
パルちゃんは目をつぶった後、優しい声を掛けてくれた。
今までにない綺麗な微笑みで、女神とか聖母に見えた。恐怖心から心の中で鬼を変換してるなんてことは無いよ。
「ティル、寝言は寝て言え」
ですよねー。
「先生も嘘は許せないな」
もうどうにでもなぁれ!
くるっと回りたかったけど、四本の手にとらえられて僕は目をつぶった。目をつぶって無心になってこれから起こる事を乗り切ろうとした。
「い――――や――――っ」
誰かの叫び声が僕の頭に響く、僕じゃないよ。
「へんあ――――っ」
ウルサイなまったくもう。響くんだから、少しやばいし静かにして欲しいかな。
「あ――――っ、わきは駄目――っ! ほんとに駄ー目――――――っ」
悲鳴も叫び声も喘いでもないしーっ! くっそーっ! パルちゃのバーカーッ!
ぁぁーっ、もーっ、あぁ……いっそ意識を失えれば良かったのに……
なんて事はなくて、僕はあの出来事をなかった事にした。
「君は、未だにおしめをしなければいけない年のようだね。バラして欲しくなければ真面目にやることだ」
鬼は僕の目を見詰めて、謎の捨て台詞をはいたあと、どこかに歩いて行った。黒歴史を消すには、知るものを消すしかない!
「強くなって、消しちゃえばいい……」
謎の物体を証拠隠滅すると共に、鬼にわからないように、小さな声で決意を口にした。僕が悪い事はわかってるんだけどね……それでもね、それでもだよ!
「……いつか、いつか、同じ目にあわせてやるー!」
鬼が見えなくなって、小さい声で気合を入れてたら、誰かに背中を叩かれた。
パルちゃんは僕の隣にいるから、パルちゃんじゃない。
「バカ……」
パルちゃんが僕の後ろを見て、複雑そうな顔をしていてた。
「ふふふ……」
怒りを抑えたよーな笑い声が聞こえて、世界はやっぱり僕に優しくないみたいだと確信した。心を落ち着かせて、後ろを振り向くと、いた。
どこかに歩いていったと思っていたのに、いつの間にか後ろに、いた。
「あはは……」
楽しそうだったので、笑えない自分を慰めるように笑い返してみた。
笑いが引きつっちゃったのは、これから起こる事で僕が笑うとわかってるけど、笑えない事だってわかってるからだ。
「楽しそうでなによりだ……」
僕の学校生活は、まだ始まったばかりダ――――ッ!
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