一日目 追いかけっこ
▼▽ 一日目 追いかけっこ ▽▼
「パルちゃんちょっと手を離して欲しいかな」
「また、逃げ出そうとするから駄目だ!」
パルちゃんと一緒に手を繋いで歩いているんだけど、何を言っても離してくれない。
「逃げようとしてないよう。道をちょっと間違っただけで、逃げてないってばー」
「駄目なものは駄目だ!」
トイレに寄った後、方向がわからなくなって一歩違う方向に進んだだけじゃん……
通路とか階段とかにいる他の生徒に見られて少し恥ずかしい。そう思いながら気を紛らす方法を考えた。
「ろーうかはつづくーよ。ど・こ・ま・で・かな? かーいだんころがーりー……」
廊下は続くよ、訓練場まで。作詞、ティルト・エルド。歌元・○路は続くよ。
「何をいっているのだ?」
少し暇だったので、声を出してみるとパルちゃんに不審そうに言われた。歌とわかってもらえなかったのが心外だったので沈黙した……
「パルちゃん、なんでそんなに校舎に詳しいの?」
どんどんパルちゃんが進むけど、僕は道を知らないのでたずねてみた。
「ん? 入校前に校内地図をもらったから覚えてるだけだぞ?」
「あー。なんかもらった記憶あるなぁ」
保健室と休憩室と仮眠室とお風呂と食堂の記憶がある。
「んん? 必読と書いてあったような気がするのだが?」
「ごめーん。見方が難しくて良くわからなかったんだ」
本当はめんどくさくなって、条約の所で読むのを止めたからだけど。
「なんだと。そのような……」
パルちゃんはそこで言葉を飲み込んだけど、僕には何を言いたいかわかったぞ! 問い詰めるために口を開く。
「頭の弱いものがいるはずはない?」
「そこまでは思っておらぬ! あ……」
パルちゃんは言った後に、手で口を押さえたけど、手は離してくれない。
「へぇー。そうなんだー」
パルちゃんの反応に、やっぱり近い事思ってたんだとわかった。どうでもいいけど、少しだけ傷ついたかも知れない?
「今のは言葉のあやでな、そのなんて言うかだな……」
あたふたしててなんだか面白い。
「なんでそのような学力で、この学校に入れたのだ?」
パルちゃんの口調を真似してみた。
「そのような事は思っておらぬ!」
パルちゃんがいつの間にか涙目になって、歯を噛み締めている。涙は僕のせいじゃないし、僕は悪くなくない? でも、からかいすぎたかもと思って謝る事にした。
「パルちゃん、言い過ぎてごめんね」
「こちらこそすまぬ」
パルちゃんは手を離して、頭を下げようとしたけど、僕はそれを止めた。
「気にしないで。僕、本当に難しい文字は余り読めないし……」
疲れるから読みたくないだけなんだけど、いきなり嘘にするのもまずいと思うったのでそう言い、言葉を続ける。。
「これ、があったからここに入れただけだしね」
いいながら自分の心臓の辺りを親指で示した。
パルちゃんが真剣に僕の胸を見詰めているので、透けてるんじゃないかとチョッとだけ心配になった。
「なるほど……先程見せてもらった刻印か。始めてみる形だったからわからぬが、どのようなものなのだ?」
「わかんない。使えた記憶ないんだ。だから痣かなと思ってたけど、僕の住んでた所の一斉健康診断受けたら、ここの学校に行きなさいって言われたんだ」
「ふむ、そうか。私も刻印があるので使い方を教えてやりたいが、小さい頃から使えたので教え方がわからん。参考にならなくて済まぬ」
「パルちゃんもあるんだ! どんなのなの?」
刻印はいろんな効果を発揮する事があるって言われているけど、刻印が効力を発揮しているのを見た事があんまり無い。
魔物と戦うためにあるような物だから、ヒーローになるためには必須かもしれないので、色々な物を見ておきたい。
「すまぬ。それは言えぬのだ」
パルちゃんは額に眉を寄せて、困っているみたいだ……これは攻め時だ!
「ぇー。ケチ! 僕のは見たのにパルちゃんだけズルイ!」
「ぬぅ。その……」
「ズルイズルイズルイー。教えてよーっ!」
駄々をこねるように詰め寄ってみた。
「お尻にあるのだ、だからすまぬ」
お尻に、だけ、聞こえない位小さい声だった。教えられないのは恥ずかしいからだと思うね。だったら、なおさら見ないといけない。
これは僕の使命だ!
「パルちゃんお願い。見せて欲しいな」
パルちゃんの手をつかんで、お祈りをささげるように綺麗に両手を組んで、挟んだ。更にキラキラ光りそうなほど真剣な目を作って、パルちゃんの目を見詰めた。
「お願いされてもな。こればかりは駄目だ」
「僕、他の人のってみた事ないから、凄い気になる」
「駄目だ。本当に見せれないのだ」
「ほんとに少しだけでいいの。ねっ。お願い」
「ぬぅ、だがしかし……」
パルちゃんが目を閉じて悩んでるみたいだ。
今やるしかない! そう思ったのでお尻を見るために動き始めた。
「パルちゃん、無理いってごめん……」
パルちゃんが目を閉じたままなのを確認して、僕は足音を立てないようにゆっくり後ろに回り、スカートに手を伸ばした。
「……ねっ!」
つかむ瞬間にそのままスカートをめくろうとしたら、空気をつかんだ。
「ふっ」
パルちゃんの息が聞こえて、顔を見上げた。
「あれ?」
ニヤけた表情だとわかるまで、避けられたとわからなかった。
「馬鹿め! ティルの考えなどお見通しだ!」
そう言ってパルちゃんは走り出した。ズルっこだ!
「ズルイぞーっ! 見せろー!」
追いかけて僕も走り出した。パルちゃんかわすなんてズルイ。減る物じゃないし見せてもいいじゃんか!
「追いつけたらな!」
「絶対、追いついてやるー!」
パルちゃんの速度に会わせて一緒に走る。
「もう息切れしたのか? それでは追いつけぬぞ?」
「パルちゃん意地悪だー! いじめっ子だ!」
僕が息切れしたのは振りで、パルちゃんはそろそろ油断してきているはずだ。
「パルちゃん……待って……」
油断させるためにゆっくり走って、疲れ果てた振りして言った。
「ティル。どうした?」
「もう僕限界だよ。おんぶしてよー」
「目が笑ってるぞ! 嘘をつくな!」
パルちゃんが騙されなかった。どんどん成長していってる! このままじゃ僕だけ時代に置いていかれる。だから、僕も新しい手を考えなくちゃいけない……
パルちゃんと一緒に走っていたら、いつの間にか訓練場についたみたいだ。カバンは持ってるけど、何か忘れたような気がする……
ま、いっか。
訓練場の広さは人が千人以上入れそうな感じかな? 天井は人が八人分位の高さだね。看板に『第四訓練場 幅八十メートル四方 高さ十メートル』って書いてある。
中心に凄い太い石の柱が一本あって、それを囲むように八本の太い柱が天井まで伸びている。『柱に加撃した者は直ちに申し出るように』って紙が貼ってある。
目の前に四角い木製のテーブルがあって、紙が何枚も乗ってるので、受付だと思うんだけど、誰もいない。訓練場を見回すと、制服を着た人達がいろんな事をしてる。
「凄い広いね」
「そうだな。皆が実践訓練をする場所だからな」
なんとなく言ってみたら、パルちゃんから返事が来た。
「人も多いね」
「うむ。一学年の内の四クラス、二百人ほどが集まっているはずだ」
「パルちゃんと僕、同じBクラスだよね?」
「そうだぞ。どうした?」
「僕達の受付どこだろう?」
「ふむ……とりあえずあそこへ行ってみよう」
パルちゃんは、目の前のテーブルを指差して歩き始めた。
テーブルの前に着いたら、背筋に汗が流れたかも。
「やっと来たのか。いくらなんでも、遅れすぎだ」
後ろからあの先生の声が聞こえるんだけど、気配が無いのはどうしてだろう。
僕、この鬼のせいでトラウマになりそうだ。黒と白の縞々の馬はトラウマ? とそんな事を思い浮かべていたら、脇に手を入れられて持ち上げられた。
「ちょっ、ちょっと! 先生」
絶対この先生は許さないと心に決めて、抱っこされたままジタバタして降りようとしたら、やっぱり反撃された。口を閉じて我慢するしかなくて、それは反則だ!
「遅れて申し訳ありません」
パルちゃんが頭を下げて心配そうに僕を見ている。見るだけじゃなく、助けてよと思っていたら、鬼の攻撃が激しくなって耐えられなくなってきた。
「ああっ。なにもしてないけど、んんっっ、僕が悪かったです、んあっ。おろしぁー」
「君も何か言いたそうだな?」
くすぐりも度を過ぎたら拷問だ。変な声が出るのが我慢出来ない。仲間と小さい子達と遊んでいる時にてきとーにしていたけど、楽しそうに見えたのは気のせいだった!
「はい。その、余りいじめてあげないで欲しいのですが」
「ふん。君が変わりになるのか?」
「にゅーおーやーあーめえーあーあーえー」
「いいえー……はい。ティルを離してあげてください」
「はぁっはぁっ。にゅおー。パルちゃんありがと……」
先生におろしてもらって、膝が震えるのを押さえて、心の底から助かった思ったのでお礼を言った。でも、パルちゃんは最初断ろうとしたからちょっと許せない。
だから、このくすぐり地獄を味わうといい! パルちゃんの事は一生忘れないよと思いながら、手を握ってあげた。
「気にするな」
「よし。仲が良いのは良い事だ」
先生は僕を降ろしてくれた後、パルちゃんに向かおうとはしなかった。
ずるくない! そう言おうと思ったけどまたこしょこしょされると命に関わりそうなので、我慢してあげた。
そのままテーブルの反対側に移って、机に乗っている紙を一枚ずつ渡してもらった。
「では説明する。準備はいいか?」
先生もパルちゃんも真剣な表情になったので、長くなりそうだなーと思った。多分つまんないし、てきとーに聞いておいてパルちゃんに後で聞こうと決めた。
「はい」「はーい」
「その紙を担当官に渡し、一日目午前の項目を全て埋めるだけだ。そちらの君は特に真面目にやるように、以上だ。行きなさい」
予想に反して……すごい短かった。
でも、行こうかなと思ったら、パルちゃんが間抜けな顔で先生を見詰めて固まっていた。なので、先生の真似をしてみようと手を動かし始めた。
本当の所、パルちゃんは紙を見ていただけだったけど、パルちゃんのために僕の中ではそうゆう事になっている!
「わひゃっ。ちょっと、ティル! ひゃぁぁっ」
「パルちゃんがいけな……」
背中に、手に、足に、汗が流れた気がする。
僕は悪くないけど、ここは危険だ!
そう思って全力で走り出そうとしたけど……
「真面目にと言っただろう」
鬼からは逃げられなかった。持ち上げるのはいいけど、いや、あんまりよくない。
この体勢で持ち上げるのだけは止めて欲しいけど、僕の思いは大体通じない。
「ごめんなさーい! パルちゃん助けてー!」
「ティル、助けてやれなくてすまぬ」
思わず助けを求めると、神妙そうなそんな言葉が聞こえた。顔が笑ってるので、どう見ても僕を助けてくれそうに無かった。でも、僕はパルちゃんを信じて口を開いた。
「パルちゃん。嘘だよね……その手は何!」
「やれ」
「参ります!」
鬼の掛け声でパルちゃんが不気味な動きをする手を、動けない僕に向けてきた。
僕は歯を強く噛んでこらえようとしたけど、すぐに間違いだと体に思い知らされた。素直に謝るべきだったんだろうけど、僕は悪くない!
「もうしまぁあ――――――――-アッ」
僕は鳴いてないし叫び声なんて上げてないぞーっ!
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