一日目 初登校時の出来事
▼▽ 一日目 初登校時の出来事 ▽▼
「肌に荒れている所は無いかな?」
僕は今、全身の映る立ち鏡の前に立って、顔にちょっぴり乳液をつけている。
ここは学院寮の一室で生徒達の皆が同じよーな部屋だよ。
水色がかった大きい目は自分でも気に入っているけど、鼻がもう少し高かったら良かったかなと思う。
ちょっと荒れているかなと思った部分を乳液と薄いお化粧で誤魔化して、鏡を通した自分に意識を集中するのを一度止める事にした。
上下水色のパジャマを脱いで、胸の上の複雑な文様の刻印に手を当ててみる。
刻印は翼と人と仮面を重ねたような神秘的な文様だ。すごい気になるけど、何かが足りないのか、今の僕にはまだ使えない。
胸は普通よりあると思いたいし、背がそれほど高くないのもコンプレックスだ。
少しアンニュイな気分になりながら水色のニーハイソックスを履いて、白いワイシャツを着た。
白と薄い赤の縞々のベストを着て、お揃いのスカートを履き、その上に深い青と灰色の縞々のブレザーを着た。
一部作り変えちゃったけど、基本的な制服だと認めてくれると思いたい。
肩までの薄い水色の髪を、いつも通りの青水晶から削りだした髪留めで、ツインテールにしてみた。
最後に白地の長い手袋、水色の流水の刻印を刻んだ物を装着した。手袋は色々なものから手と腕を保護するための丈夫な物だよ。
部屋の中をチラッと見回すと、色々な物が目に入ってくる。部屋の壁は白色で水色の花をあしらった壁紙で覆われていて、とても涼しく清潔に見える。
部屋にある物は壁紙に合うように水色系の物でまとめておいた。洗面台に簡易ベッド、金属製の普通の机と椅子と本棚に、クローゼットとタンス。
机の上に学校の行事予定表が置いてあるのに気付き、見やすい所に貼っておこうと思って忘れていた事に気付いた。後で机の上に貼っておこう。
金属製の灰色のドアが部屋と不似合いなのがネックだ。ドアはその内勝手に塗ってしまおうと思ってる。
扉の向こうのお風呂場の横に、洗濯機と冷蔵庫があるけどここからは見えないかな。
混沌迷宮制御学校へ初登校する為に用意しておいた、ベッドの上にある水色のカバンが目に入った。カバンは新品なので傷一つ無いよ♪
ベッドからカバンを取って、もう一度鏡を見て、ぐるっと一回転してみた。
何か忘れている気がするけど、覚えてないならたいした物じゃないだろう。
「よし、いこうかな!」
ドアを開けて、綺麗に掃除してある白い廊下を通って、階段を一段飛ばしで三階分降りると、すぐに一階に着いた。
そのまま食堂に歩いて行くと、白いかっぽーぎを着た、食堂のおねーさんが居た。
「マナさん。おはよーございまーす!」
おねーさんに元気良く声を掛けながら頭を下げる。
「おはよう。今日も元気だね」
食堂を見回してみると、丸いテーブルと椅子が何十組も置いてあるけど、誰も席についていない事に気付いた。
あれ? なんかおかしい?
「えっと……」
違和感を考えながら言おうとしたらすぐに言葉に詰まってしまった。
「朝食を出してあげたい所だけど、ちょっと遅かったね。というか間に合うのかい?」
そう言っておねーさんは時計を指差した。長い針が八で短い針が六を指している。
「あれ? そんなはずは……」
「ほら。これをあげるから、あとで、食べなさい」
あとでを強調されたような気もするけど、そんな事を気にしている余裕なんて無い!
「用意してもらっちゃって、ごめんなさい」
「遅れる子は何人もいるから気にしない」
「ありがとうございます」
「いってらっしゃい。転ばないようにね」
おねーさんから柔らかいパンと金属製の水筒を受け取って、ぱんを口にくわえた。
まだ時間はあるけど、ゆっくりしてたら間に合わなくなる!
「行っへひまふっ!」
頭を下げた後、すぐに歩き出した。玄関に着いたけど誰もいないね。
おしゃれな白い木製の下駄箱から、金属で補強をいれた水色の靴を取り出して履き、両開きの扉を開けてすぐに外に出る。
風が気持ち良くて、パンがおいしい。
正面には僕の住み始めた寮と同じ、四階建ての白い建物が見える。白い建物は確か並んで、んー……何件か建っていたはず。
右側を向くと、白くてとても高く太い塔が天高くそびえているのが見える。高さも太さもわからないけど、一度登ってみたいなぁ。
塔の周囲を囲むように色々な大きい建物が建っていて、手前に見える五階建ての宮殿みたいな感じの建物が校舎のはずだ。
他の建物の事がわからないので、後で誰かに聞いてみたいかなと思うけど、今は考え事をしてる場合じゃない。
塔の上をもう一度見上げてみてから、走り出した……
走り出してからあんまり時間はたっていないけど、すぐに校門が見えた。門は閉じていないので、まだまだ余裕だと思った。
何も起こらなかったのでパンは半分くらい食べれた。
校門の横には制服を着た男子生徒が二人立っている。ブレザーは僕のと同じで、パンツがベストと同じ感じ。ネクタイもベストと同じ感じだなぁ。
どちらも金色の髪で、目の色は左の人が青色で右の人が赤色だった。同じくらいの高い身長で、整った顔も似ているかも。自然な二重と、染みの無い肌に少し嫉妬したような気がする。
もしかして双子かな? そう思いながら、一応挨拶の声だけ掛ける事にした。
「ほはよーほはいまふ!」
「遅いぞ。それに、食べながら走るな!」「……喋るな!」
二人は、声がハモッていてなんだかおかしかった。
「ほへんははーい」
「待ちなさい」「待て」
頭を下げて、すぐに横を通り抜けようとしたら、首をガッチリとつかまれた。
パンを落す所だった! 許せない。
「ふぇ、はにふるんふぇふか!」
「間に合うから、食べてからいきなさい」「行儀悪いですよ」
「ふぁっふぇ」
「言い訳しない……」「……」
二人とも顔は笑ってるけど、目は笑ってない気がする。しょうがないから一旦止まる事にしよう。怖かったわけじゃないと自分にしっかり言い聞かせた。
「ふぁーい」
モグモグモグ……ゴックン。
「それじゃ行きます。すみませんでした」
頭を下げた後、振り返ってすぐに走り出したら後ろから声が聞こえた。
「次はブラックリストに追加するからな」「もう追加した」
「……ぇ」
なんの事だろう。気になるけど、聞いたら負けな気がするので聞かないし、考えないようにした。
混沌迷宮制御学校の玄関は大理石ぽい円い柱や四角い柱がたくさん建ち並んでいて、良くわからないけど綺麗だと思う。その玄関に、僕と同じ制服を着た人や、男の人がどんどん入ってく。
手前にある四角い柱の所で止まって、挨拶してみよっと……
「おはよーございます!」
「おはよう」「おはようです」「おっは」「おはようございます」「おっす」「……」
いろんな人がお返事をくれたので、今日も良い事がありそうだ。嬉しくて少し頬が緩んじゃってるかも。
そのまま一歩踏み出してみた……ら柱の影から出てきた人にドン、と思いっきりぶつかってしまった。
「わっ、たっ、とっ」
そっちは人が通ってなかったはずなのにー。と思いながら体勢を立て直そうとすると、ぶつかった人にギュッと抱きしめられた。
「大丈夫? 可愛いおちびちゃん」
抱きしめられて顔が柔らかい物にうずめられると、テナーな声が聞こえた。
「大丈夫です。ぶつかっちゃってごめんなさい」
顔を上げると、ぶつかってしまった人は女性だって事に気付いた。
「気にしないでいいの。でも……」
ぶつかった人は僕よりはるかに背が高くて、胸も非常に大きい。
僕と同じような制服を着ているはずだけど、まったく別物に見える。
どうしてかというと、たくさん宝石の付いたカラー状の首飾りがとてもゴージャスな感じがして綺麗だから、それと同じように制服も気品があるように見えちゃったんだ。
濃い金色の長い髪にウェーブがかかっていて、金色の目がとても優しそうな感じ。鼻が高くて綺麗にカッコ良くバランスが取れてるなぁと思う。
でも、声はテナーでちょっとアンバランスかも? と感じていた。
「しっかり前を見て歩かないと駄目よ?」
綺麗な人にそう言われたけど納得いかない。そっちが急に出てきたんじゃんかと文句を言いたいけど、上級生ぽいし逆らわない方がいいかなぁとも思う。
「うん。今度から気をつけます」
頭を下げたので、素直に謝っているように見えるはずだ。
「うんじゃないでしょう?」
「……はーい」
べっつにどうでもいい事じゃないかとちょっと頬を膨らませて睨もうとしたら、両手で頬を挟まれた。
泣きたいわけじゃないし、痛くも無いけどチョッと涙が出た。
「お返事は、はい」
「……ふぁい」
睨んでジッとしていても見詰め返してくるだけで、僕の頬を離してくれる気配が無い。負けた気がするので嫌だけど返事した。
「いい娘ね。新入生かしら?」
「ひがいま……ふぁいほーへふ」
弄るのは好きだけど弄られるのは嫌だ。弄る目標にされるのは嫌なので、誤魔化すために否定しようとしたら、笑顔になった。
背筋がゾクッてなったので、この人は笑うと怖い人だ。
「えっと……」
逃げた方がいいと僕の危機感が告げていたけど、強引に逃げちゃおうと思った途端に強く抱きつかれた。
何でかわからないけど、トグロさんに睨まれたゲコゲコさんのように体が動かない。
「その、苦しいので、離してほしいんですけど」
「駄目よ。逃げる気でしょ?」
金色の目が僕の考えを見透かしているようで、なんか怖い。
何とかしないといけないと考えると、すぐに回答の言葉が思い浮かんだ。
押しても駄目なら引かせて見せろだ。進む事も下がる事も出来ないなら別の手段だ!
「そんな事ないです。このままずっといたいです!」
チョッと間違ってるような気もするけど、自分の頭を信じて言った。
「あら? そう? じゃあこのまま一緒に遊びにいっちゃう?」
「えーと、ほんとはそんな事なかったです」
「あら? 私に嘘ついていいと思ってるの?」
「ぅ……」
僕を見る細められた目が危険だ! この人は危ない人だと完全に僕の中で決まって、どうにかしないと僕のてーそーが危険だと悩み始めた……
「あはは。怯えないで可愛いおちびちゃん」
「……ちょっちょと」
悩んでいたら膝下に腕を回されて、横向きに抱っこされた。これは好きな人にされると嬉しいお姫様抱っこだ。
意味も無いのにそんな風に抱っこされると恥ずかしくて、顔が赤くなっているのが自分でもわかるかも。
「教室まで連れて行ってあげる」
「だいじょーぶです。歩いていけます」
周囲からの視線が気になって大きい声で断れなーい。ここから脱出する方法は……
そうだ、泣き真似だ! 悲しい事を思い出して目を見詰めて、涙をためてみた。
「あら? 遠慮しなくていいのよ?」
「ほんとだいじょーぶですよ」
僕を抱きしめる手が少し緩んだ気がするので、嘘泣きの効果はあったと思う。
「あらあら? 早く行かないとホームルームに間に合わなくなるからかしら?」
歩き出したような動きは感じなかったけど、景色が後ろに流れ始めた。
「ぇー。あれ? ちょ、チョッと待って」
嘘泣きをしながらジッと見詰めていると、勘違いして歩き始めちゃったみたいだ。
「しっかり捕まってないと落ちるわよ?」
「わぁ、ちょっ……」
落ちるともっと注目浴びちゃうし、しょうがないから抱きついた。視線が集まっているのがわかるので、とてもじゃないけど顔を上げられない。
揺れて柔らかいので、チョッとだけお姉さんに欲しいかもしれない。りんごのスッキリするような香りが先輩からする。
んーと……抱かれたまま進んで結構時間がたったと思うけど、顔を見ると平気な感じで階段を登っていくのがわかる。
チラッと周りを見てみると、周囲を通り過ぎた人達がこの人に挨拶していってるのがわかり、偉い人なのかなと思い始めた……
そろそろちょっと降ろしてほしいから、口を開けようかなぁと思う。すると、見計らったように笑顔で見詰めて来る。なにこれ怖いと思った……
意外と楽で移動手段にいいかもしれないと考え始めて、この人見掛けによらず凄い力があるので鍛えているんだなぁ……とどうでもいい事を考えていたら、知らない人達が付いて来るのが見えた。
ついてくる人達は何だろうと頭を捻っていたら、景色が急に止まった。
四階についたみたいだ。この人が上級生の先輩なら、新入生の教室が何階かは知ってて当たり前かも知れない。
「クラスはどこかしら?」
「あ、ここで大丈夫です」
確かクラスはBだったはずだけど、身の危険を感じるので絶対に教えられない。
「え? そう……」
「ありがとうございました」
寂しそうにする先輩に優しく抱き降ろしてもらい、頭を下げた。
「おちびちゃん。冷たいのね」
先輩が唇を尖らせてすねたように悲しそうにするので、罪悪感がわいて来た。
僕が悪い? そんな事はない。騙されちゃ駄目だと自分に言い聞かせた。
「あの、お礼も出来なくてすみません」
「お礼なんて……キスでいいのよ」
「あっと……えーと」
「あはは。冗談よ冗談」
なんて答えればいいか困っていたらそう言われたけど、僕には冗談に聞こえなかった。
なんか疲れちゃったから、僕の気のせいだよねと思う事にした。
深く気にしたら負けだと思い振り返って歩き始めたら、耳に息を感じる。りんごの香りで先輩の息だと思って立ち止まり、振り返ると笑顔の先輩がいた。
「おちびちゃんのお名前聞くの、忘れてましたわ」
「んーと……エドバーグ・ヒポポッポ・ポポタマスです」
本名を教えるとまずそうな事が起こりそうだったので、好きな本に出ていたぐるぐる踊る登場人物から半分名前を借りた。
「踊りが好きなの? 情熱的な裸踊りであなたの花ぞ……」
「ティルトです! ティルト・エルドです」
これ以上先輩に言わせてはアウトになっちゃうと思ったので、大きな声で名前を教えて先輩の言葉をさえぎった。
踊りは好きで良く体操と合わせて柔軟の為に踊るけど、裸踊りはちょっと……意外と開放的で面白いかも? 危ない考えはやめよーっと。
「うんうん、ティルちゃんか、良い名前ね。わたくしはリリー・ローズ・ヴィクトリア。リリーお姉さまって呼んでね」
「リリーさん?」
どこかで聞いた事ある名前だと思ってチョッと考えた。
放送や行事で聞いた事があるような気がするので、偉い人と考えて思い出そうとしたけど、思い出せなかった。
「ティルちゃん裸で踊りたいの?」
「……リリーおねーさま」
陰のある笑ってない笑顔で言われたのですぐに言い直した。
「うふふ。良い娘ね。また、会いましょう」
そう言って抱きしめてくれた後、リリーおねーさまは振り返って歩き始めた。なんか寂しい感じもするけど、僕も振り返って歩き始めた……
改めて廊下を見ると、廊下は横に並んで七人から八人で歩ける位かな? 天井を支える柱が、一定間隔を置いて廊下の中心に建っているのがわかった。
床も壁も白くて光を反射してるし隅々まで綺麗に掃除されてるなぁと思いながら自分のクラスを探した。
廊下を見渡してチョコッと歩くと、あそこだっ。と思った。
『①―B』と書かれた表札が黒い扉の上に掛かってるのが見える。
少し早歩きでそこまで歩いて、両開きの黒い金属製の扉に手を掛けた。
何だろう、何か感じる……
視線かな? そう思って振り返ってみた。でも誰もいない。気のせいだとわかったので扉を開けてそのまま中に入った……
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